●リプレイ本文
「私、休暇中なんですけどね‥‥まぁ、いいです。これが終わったら教師の有給目一杯楽しみますから」
アカベラス・シャルト(ea6572)はぼやきながらも、ウィザードの弟子に、皆が知りたがっている塔内の構造、ガーディアンの有無などを詳しく問い質し、ソーサラーの人相風体、立ち居振る舞いなどをゲルマン語の機微を知り尽くした者として、的確な言葉使いで引き出していった。
「鼻は見事なワシ鼻で、くすんだ肩までの銀髪を、丁寧に後ろに撫でつけている。中背細身のおそらく30代半ばの男。ジョルジュと名乗っていた。ローブはねずみ色で、すり切れた金糸銀糸の古代魔法語を意匠としたと思しき刺繍がされていた。
杖はおそらくトネリコの木、落ちた枝を持ち手以外は自然のままにしたもの。そして、塔の中にソルフの実の備蓄はない」
最後の朗報とは裏腹に、アカベラスの教師仲間、リューヌ・プランタン(ea1849)は悲しげな面持ちで──。
「せっかくの力を持ちながらこのような使い方をするとは‥‥何が彼をソーサラーに身を落とさせてしまったのでしょう‥‥しかし、どんな理由があろうとも、罪を犯した以上、その責任は取るべきです」
言うと、リューヌはウィザードの弟子に向き直る。
「手加減のできる相手ではないので、状況によっては塔の内部に傷を付けてしまうことになるかもしれませんが‥‥かまわないでしょうか?」
「仕方がない事だと思います──でも、その代わりにジョルジュは必ず討ち果たしてください」
自分と同じ年頃にも関わらず、弟子の明確な意志表現に、デニム・シュタインバーグ(eb0346)と、アンジェリカ・リリアーガ(ea2005)等、少年騎士と、少女ウィザードは胸を打たれるのであった。
「大丈夫。ひよっこ魔術師だと思って甘くみてると痛い目みちゃうんだからね?
術者の力量の差が、戦力の決定的差でないことを教えてあげる♪ 水は風に勝てないんだから」
アンジェリカは力づける様に、言葉をかける一方、デニムは歯を食い縛るように。
「人々を守るのが騎士です。こんな酷い事──見過ごすわけにはいきません!」
そこで昼間に、アカベラス、エルド・ヴァンシュタイン(ea1583)と紫微亮(ea2021)そして、カイエン・カステポー(ea2256)等が交渉に向かう──半ば以上に決裂が予期されていた。何しろ動かせる金は冒険者一行の報酬と同額なのだから──金貨50枚に満たない金で動く程、安い人物には見えない、というのが、ウィザードの弟子から聞いた人物像から描いた、ジョルジュに関するアカベラスの見立てだった。
エルドは村人に扮装し、カイエンは通りすがりの神父に扮すると、塔に近づき声をあげ、交渉を開始しようとする。
亮が──。
「軽く要求とか聞いてきてくれって頼まれてね。まあいきなりブリザードとかは勘弁な?」
と、口を開くと、鎧戸が開き、しばしの時間が置かれると、一同に目がけて火球が放り投げられてきた。爆風が吹き荒れ、4人を巻き込む。
「入ってこい」
ジョルジュが傲慢な声で、塔から声をかける。
咄嗟に亮は対応しようとしたが、高速詠唱などの瞬間的に術を発動させる術がなく、あらかじめかけられたオーラエリベイションによって、魔法を堪えるのが精一杯であった。
エルドは自分と同等の火力を持つ、ファイヤーボムを目の当たりにして、塔の大きさから推し量り、これは塔の中での戦闘は危険になる、と判断した。おそらく共倒れだろう。しかも、エルド自身の方は確実にこの威力を発する事が出来るか、怪しいのだ。
(ソーサラー、か。同じ魔法使いとして、火のマギエルとして、その存在を放っておく訳には行かないな‥‥バカンスはしていたかったが──ひとつ頑張ってみるか)。
カイエンは白のクレリックを装うべく、むにゃむにゃと口の中で何かを唱え、術を施すふりをするが、脳裏では──。
バカンスもいいが、試練はもっといい!! 愚者はみなごろせー! しかし、聖書の中身を引用しようとしても、ラテン語で書かれているので、説教の内容以上は何も判らない、全く現世は地獄だぜー!)
──などと、結構せっぱ詰まっていた。
当然の事ながら、ジョルジュは要求を突きつけてきた。まず、頭の後ろで手を組み、合掌できないようにして、昇ってこい。周囲のケガを治すことは、金輪際許さない──と。
「おお、力強きお方よ。村の代表として、そのお言葉に従いましょう」
どっちにしても、カイエンは治療魔法などは使えないのだ。相手が安心している内に塔に入り、とっとと、下調べした方が吉。とばかりに、内側から塔の玄関が開けられるのを4人は待つ。
ジョルジュはキラキラと輝く鏡の様な霧を全身に纏わせていた。 精霊魔法の『アイスミラー』だろう。向こうはこちらを額面通りに受け取っていない証左である。
入ってみると、塔の内装は随分と変えられていた。
4階の窓をのぞいて、全ての窓は内側から重く、かさばるものをおもしにして、開けられないようにしている。
その為、突入がやや、難しくなってきていた。
弟子の証言通りに、塔の壁沿いへ木造の階段が巡らされている。重装備の面子が一気に昇るのは難しいだろう。
客間に通される一同。
やはり、交渉はテーブルに着く前に決裂していた。
道中、ワシ鼻のジョルジュは、はした金では動かず、目的は村の領主となる事だと、明言していたのだ。
「そうそう、愚者どもが、冒険者ギルドかどこか知らないが、異国人を雇って、対抗しようとしても無駄な事が判っただろう」
亮は自分の正体が見破られているのに気がついた。エキゾチックな容貌では、村人でないのは一目瞭然だと、異人種をも寛大に許す冒険者仲間に居て忘れ去っていたのだ。
あまつさえ、術に入れる様に精神集中しているのだ。敵意も何もバレバレである。
カイエンはそれに恐れ入った体で、鳥籠に入ったシフールのクレリック、ミネバに向かって呟いた。
「やはり、ゴリアテは愛された者では打ち倒せず、攻め込まれれば逃げのびるだけでしょう──」
「で、何です。最後の謎かけのような言葉は?」
塔を出ると、アカベラスが、カイエンのミネバに向かって呟いた言葉の意味を問い質す。
「いや、旧約聖書では巨人のゴリアテを、愛された者──ヘブライ語に訳するとダビデ──が子どもの頃、スリングで打ち倒されるという話があるのだが──」
「成る程、巨人=人間、子ども=シフールという事ですね」
「自分達が攻め込んだら、逃げてくれ、というニュアンスだけどな、どれくらい判ってくれるか‥‥」
一方、毒づくアカベラス。
「世俗にあまり干渉せず、己の知識を深めるのが我々の本分でしょうに‥‥何やってるんでしょうかね、あの(不適切表現につき記録者削除)ソーサラーは」
冒険者ギルドに入っているあたり、十分、世俗に干渉しているのでは? と一同はアカベラスに突っ込みたくなった。
キサラ・ブレンファード(ea5796)は襲撃を皆で打ち合わせた結果、払暁にしかけると聞き、日没に陽の精霊の加護があらん事をと祈りを捧げていた。
「なるほど、確かに強敵かもしれない。
──ただ。
‥‥‥‥ナマモノは斬れば死ぬ。その点やることは同じことだ」
と、愛用のダガーの刃を研ぎ出す事に余念が無かった。
双海一刃(ea3947)と、サフィア・ラトグリフ(ea4600)、そして、ウインディア・ジグヴァント(ea4621)の3名は塔の西側から攻める事にし、スクロールの点検に余念が無かった。
「‥‥俺のバカンスはどこ。むしろ、あそこの塔がバカンスの目的地?」
と、周りのふたりに流された感のあるサフィアは呟いていた。
仕方なく、ペット談義に耽る。
「俺の愛猫の名前『ルジェ』。ちょっとイギリス訛りあるけど、ここいらじゃ、赤って意味なんだろ? 本当に赤い訳じゃないけどな。
あ、ペットに全然、名前つけてないんだ、酷いじゃん、ウインディア? じゃ俺があの驢馬さんとわんこに命名してやるぜ」
「‥‥別にいいが」
ウィンディアは、素っ気なく応え、物思いに耽る。
「『空から海へ、たゆたい、誰かを癒しながら流れるのが水の勤め』──水の精霊魔法を学ぼうとした私が、師のウィザードに最初に言われた言葉だ。
人心が高きから低きへ流れることがあっても、けして水のウィザードは流されてはならぬと。
あのソーサラーに言いたい。
『我等、水のウィザードたるものは、そう教えられたはずだが。
どれだけ魔法の修練を積んだとしても、己の力を律することができぬ限りは未熟者だ』と」
一方、サフィアの振った話題に、興味なさげに一刃は漏らす。
「‥‥また中途半端な目的で人をヤったもんだな、この仕事は。しかし、救出をすると、自分で決めたからには、それに徹する。徹させて貰おう。俺たち以外全員を囮としてな。しかし、腹が減ってはいくさは出来ぬ、なあラグトリフ?」
サフィアは一刃のリクエストに十分に応じた。
そこへ荒巻源内(ea7363)が合流する。潜入者の数が少ないので、ある程度まとまった方が良いだろうとの事。
「いざとなれば、このフライングブルームもある。魔力に関しては考えに入れなくても結構」
「結局、潜入組はこれで全員か──」
最後に潜入者に加わったのは熟年のレンジャー、ゾナハ・ゾナカーセ(ea8210)であった。
食事の後、胸の悪くなるような話をしてすまない、と前置きし。
「そのソーサラーは一体何をしたいのか? という疑問だった」
塔の持ち主の知識や魔法の品を奪取するのが目的なら判るが、自らの存在をアピールし、近所の村を支配しようとするなんて‥‥。
そういう発想をしている時点で魔術師としては落伍者だと言える。
尤も、村人を贄として邪悪な魔法を行おうとしているならば別だが。まさか、シフールが目的ではあるまい‥‥多分。
逆に言えば、これが彼の者に対する悪口になる。
ところで悪魔にでも魂を売っていない限り、魔術師というのは特有の弱点を持っている。
その魔力の源を己の精神力に求めている点だ。凄まじい効果を示す魔法を放ててもその回数には限度がある。
悪口で怒らせて精神力を消費させれば勝機は見える──とゾナハは考えていた。
一方、村で、ソニア・バネルジー(ea5634)は深夜ひとり祈りを捧げる。
「許されないでしょうね、私利私欲のために力を求め、力で他人を屈服させようとする人は‥‥。
だから、私は敵となるジョルジュには一切、接触する気はありませんでした。
知ってしまうと何かが揺らいでしまいそうですから‥‥私のやろうとしてる事は間違っているかもしれません。それでも弥勒様は私をお許し頂けるでしょうか?」
当然、神託など降りる筈もなかった。
「私にやれることは少ないと思いますが、出来る限りは‥‥」
「そういえば、奴がまだ使える魔法を隠している可能性は無いのか?」
姚天羅(ea7210)は、一同と打ち合わせをしていた時、浮かんだ疑問をウィザードの弟子に問い質してみる。
だが、疑問は疑問形で返された。
「それは判りません。何かヒントはありますか?」
黎明。
ウィンディアがスクロールに念じると、周囲から音が消える。ゾナハもスクロールで周囲の風を鎮めて、塔に登坂する手間を僅かでも抑える。
ミネバの位置は判っているのだ。そこを目指して、最短距離を目指すのみ。
オレノウによって、カイエンのメッセージは正しく解明されている事は一同、確認している。
ソニアも考えを変えて、弥勒の加護は6分間もあるのだ。1分を無駄にしても、残り5分でソーサラーを鎮圧すればいいと、戦闘前に突入組にグッドラックをかける方針に頭を切り換えた。
弥勒の加護で心身ともに活性化する一同。しかし、ソニアの魔力は空っぽになった。
ドアは中から、南京錠がかかっているのは判っているので、ドアを壊すしか突入方法はなかった。
エルドが火の精霊に働きかけてファイヤーボムの魔法を発動。2発でドアを吹き飛ばす。
この爆音で相手は十分に戦闘準備を固めただろう。キサラとローブ姿のデニムがツートップで、狭い階段を駆け上る。
そこへ淡い青い光と共に、氷雪が打ち下ろされる。
莫大な量の凍気と氷刃がふたりを苛む。下からアンジェリカが応戦。ストームで吹き戻そうとしたが、神の加護があっても、地力の差で呪文詠唱に失敗。あっという間に重傷となる。五分五分の賭けに負けたのだ。
しかし、そこへ石壁を昇りながら、共同でスクロールを広げて、何とかウィンディアがアースダイブに成功し、中から窓を開けて突入した潜入班が、ジョルジュの居ない客間に潜入。ミネバ奪回に成功する。
一方、空いた窓から源内が影の如く忍びより、ジョルジュの水月に一撃を浴びせる。蹲った所へ、キサラとデニムが忍びより、止めを刺そうとするが、伸ばされたデニムの腕を掴んで、力任せにむんずと掴み寄せる。
「はっはっは、魔法使いの弟子が我が輩に止めを刺そうなど──」 蹲りはフリだったようだ。
しかし、そこまで言った所で、デニムの隠し持っていたシークレットダガーが太ももに突き刺さる。
動きが止まった所で、掠めるようなダガーの刃がジョルジュの命を奪う。
「こ、姑息ですけど‥‥強大な敵相手には仕方ありません。人々を守ることこそが騎士の誇りですから」
デニムはそう言って、自分を見ている皆の視線から逃れようとするが、騎士としての己が、少年の己自身を攻め立てる。
自らにべったりと貼られた騎士失格の烙印が妙に痛かった。
カイエンとソニアがこの事件の後始末に、村の衆との会議に出ている間、亮はデニムを誘って塔に昇ってみるが、少年の気は一向に晴れない様であった。やはりカイエンが手配した騎士団が村に訪れる頃には(何しろ下馬してやってきてくれ、と言い出したのはカイエン自身なのだ)話し合いは済み。一同はバカンスに修行に大露わであった。
結局、魔法使いの塔はウィザードの弟子が成人するまで、村預かりとなり、弟子は別のウィザードを捜して、旅に出る事になった。 一方で、一同の深傷はミネバが癒やし、死者の弔いも彼女自身が行った。ソニアには悪いが、彼女は仏教徒であり、理解は出来ても、その流儀で葬られてもジーザス教徒としては具合が悪いのであった。
ともあれ、一同はカンを後にして、パリへの帰路につくのであった。傷心の少年と共に。
これが冒険の顛末である。