●リプレイ本文
家令は厳かに告げた。
「あなた方は家宝を襤褸箱に入れておきますかな?」
ミミル・ルース(ea4558)は家令の言葉に二の句を継げなかった。
「家宝の宝を入れる物ですから、相応の造りですので、我が主人の誕生日までに怪盗に看破されない質のものが間に合うとは‥‥楽観のし過ぎではないかと──」
と、ヴィーヴィル・アイゼン(ea4582)の助言もあって出した馬車の中で家令が告げる。
その言葉に賛同する李 斎(ea3415)も、箱一つにここまで厳しいとは思っていなかった。
「似たような箱で我慢するしかないだろうな」
「家紋入りのですか? その装飾を作るだけでも一苦労でしょう?」
「箱まで凝っているのかい、なんてこった」
「それより怪盗の手口が不明なまま、来てしまった方が問題──」
ルシード・ウィンディア(ea1880)は怪盗のバックボーンなどの下調べをしたかったが急ぎの出立となって断念せざるを得なくなった。
一方、カルザー・メロヴィック(ea3304)は作戦の大筋と問題点が浮き彫りになった事を確認して、馬で家令(もちろん、彼自身の馬である)と一緒に先行する事にした。
夕陽に照らされた城館が小高い丘の上に立っているのを見上げながら、体力の限界に来ている馬を宥めながら門を潜っていく。
応接間に通され、家令が主人を呼んでくると言って、待たされる事しばし──いや、かなり、とんでもなく。
いい加減カルザーも焦れて来たところで、ひとりのメイドが入ってくる、カルザーが声をかけようとする直前、悲鳴を上げる。
「待つじゃん、主人を待っているだけだぜ」
衛兵や召使いが手に手に得物を持って現れる。
「これは何かの間違いだろ‥‥冒険者ギルドから派遣されたんだぜ──家令の方から話は通っていないのか」
「何を言う! 家令殿はご主人様の誕生日祝いと怪盗対策の準備でこの館を離れられぬわ!!」
本物とおぼしき家令も出てくる。が、カルザーの人を見る目ではギルドに来た家令との差は判らなかった。
ともあれ、怪盗の一味として危うく袋叩きにされる所を神聖騎士という肩書きを出して、ようやくそれを免れるカルザー。
だが、不振人物というレッテルは拭いきれず城館付きの礼拝堂の懺悔室に押し込められてしまう。
遅れて到着した一行は仰々しく飾り付けられた城館を見るが、もし、自分たちを連れてきた家令が怪盗の方ならば、自分たちの策が筒抜けになっている事に慄然とした。
当然、領主はそんな依頼をした覚えはないと、カルザーに熨斗をつけ、馬車で到着した冒険者達を門前払いにする。
意気消沈する一同。
「成る程、毎年こんな飾り付けしているなら、誕生日だって判るな」
紫微 亮(ea2021)が真夏にも関わらず贅沢品の蝋燭でライトアップされた城館を見上げ呟く。
彼は領主の身内や家令、それに冒険者の中に怪盗が紛れ込む事を危惧していたが、それに対して具体的な行動を取らなかった事に後悔をしていた。
これには彼のゲルマン語が拙いせいもあり、一慨には攻められないのだが。
「ふっふっふ、全ての美術品や宝石は私に見られるために存在しているのだ。それを独り占めしようなどとはいい度胸だ。世の道理というものを教えてやらねばな。
ふっ、このジョセフ・ギールケの目の黒いうちは、絶対に宝石や美術品は渡さん!」
光り物狂いジョセフ・ギールケ(ea2165)は高々と宣言した。ちなみに彼の目は碧である。
「ま、俺達には法螺を吹きっぱなしだが、嘘はひとつしか言ってないな」
村人からの情報と、家令(偽)から聞いた話を総合して、怪盗が実際に予告状を出した事と。領主の家族構成、領主と孫(赤子)だけ、それと家令に加えて、衛兵、侍従、侍女は併せては21人というのを確認したギィ・タイラー(ea2185)は苦々しげに吐き捨てた。
「せめて、嘘じゃなく、ギャグだったら良かったのですけど」
エレアノール・プランタジネット(ea2361)も浮かない顔である。
「私の言葉はギャグではないぞ」
そう真剣にジョセフは付け加えるが、これだけの人数となると、怪盗が潜り込んだ時、フォローしきれないのではないか? という危惧も沸いてくる。
「この状態がギャグですよ。領主の信任も得られないまま乗り込んで行ったら、合計40人の怪しい集団が疑心暗鬼のまま、お宝の争奪戦に入るんですから」
「この中に怪盗がいるかもしれない、と言われると思ってたがな、家令の方が怪盗らしいとは──」
下調べする時間があれば、とルシードは歯がみする。
「とにかく、ミミルが城館の周囲の警備なら──と、衛兵隊長から話をつけて1Gの報酬で、話を請け負ったんだ、よしとしようじゃないの、馬車や何かの経費は家令が乗ってきた馬で補填したし、借金だらけになるより遥かにマシ」
尖った雰囲気でエルフのイクス・ヴィエッタ(ea4583)はまだ憤懣やるかたないといった風情で、天然100%の巨乳の上で腕組みする。体力に対し装備品が重く、自分の組み立てた戦術の組立が出来ないため、その整理で鎧を脱いだりするなどで、今は少々露出が高かった。
「天使の涙、見ておきたかったな──」
小柄なウィザード、レニー・アーヤル(ea2955)はニコニコしながら呟いた。
「そうだ。それだけでなく、城館中の美術品、工芸品全てを眼にしようと目論んでいたのに、どうしてこう藪蚊に刺されなければならないのだ」
続けるジョセフだが、一瞬の変化を見逃さない。
城館を包む蝋燭の炎が消えたのだ。
月光のみが一同を照らす。
一斉にカルザーとギィ、そしてルビー・バルボア(ea1908)は弓に矢を番え、ウィザード達は魔法の対象──有り体に言えば怪盗を探す。
「さてはて、始まったな‥‥」
左目を跨る様に見える傷がちりちりとした感触をもたらすのに関わらず、年に似合わぬ銀髪を掻き上げ、改めて矢を引く。
100メートルは離れたルビー達の視界には玄関上のバルコニーに出てくる黒一色の紳士然とした風体のロマンスグレイの人間の影が現れる。
怪盗だ。皆が直感した。
両手に広げたスクロール、その力を解放すると、淡い銀色の光に包まれ影の中に吸い込まれる様に消えていく。
「やっぱり、腕の立つレンジャーだけあってスクロールで来ましたか──2世か、3世の仕事初めである事を期待したのですが」
エレアノールがため息をついた。
「怪盗‥‥ですか。まぁ、仕事に当たって人を傷つけないという辺りは悪くないと思いますが‥‥でも、結局やってることは盗みなんですよね」
九条 葵(ea3563)はため息を漏らす間もなく、魔法の組立に入る。全身が淡い赤で被われた。
ジョセフはいち早く、高度な術を汲み上げた、全身を淡い緑色の光に包ませる後、一同に告げる。
「今、この近くに俺達じゃない呼吸の反応があった。確かめに行こう──とりあえず、最初の作戦でフリーを割り振られた者だけで、いいか? ミミル。反応は今も離れようとしている、急がないと」
「いや、全員で。全力で止めに入る」
そこは小高い丘の上であった。
怪盗が次のスクロールを広げて立っていた。
「おやおや大勢で。残念ですが、衛兵隊との混乱を期待したのですが、そうは問屋が卸さなかったようですね」
ルビーとカルザーとギィが弓の射程に入り次第、矢を撃ち放つが、怪盗は見事なステップで交わす。
そのつがえる間に、亮と斎、我羅 斑鮫(ea4266)、ヴィーヴィル、エレアノール、レニー、そしてジョセフが走る。亮はオーラショットの間合いまで走るが、斎はそれを追い越し、3連撃を浴びせる。同じく失神させようと素手での3連打を浴びせる斑鮫だが、相手も必至でこらえる。
「危ない、フレイムエレベイションをかけておかなければ失神する所でしたよ」
ジョセフはトルネード、エレアノール、レニーはアイスコフィンの間合いに捉えてそこで、魔法の詠唱が始まる。ヴィーヴィルはダガーで斬りつけるが、そこで猛撃は止まった。
怪盗は銀色の淡い光に包まれて、影に消えたのだ。
「天使の涙は頂いた。それでは諸君また会おう、ハハハハ」
「駄目だ。高い丘から、更に遠距離に跳んだ様だ」
ジョセフのブレスセンサーの圏外に消えた事を確認し、一同は敗北を悟った。
ジャイアントのフェリクス・カルリスタ(ea3794)はスペイン語が判るレニーの前に身長差から膝を折って訪ねた。
「今、一体何と言ったのだ? とりあえず、みんなが走るから着いてきたが」
「ん〜とね」
ニコニコ笑いながら説明を聞かされるフェリクスの顔は青ざめていった。
「神よ!」
そんな彼等の嘆きを洗い流す様に、亮の唄が響いた。異国の歌詞。静かな、それでいて哀愁に満ちたメロディーであった。
しかし、その曲も彼等の顔の涙は拭えても、心の涙は拭えなかった。
朝日が揚々と彼等の明日を照らすべく昇り始める──。