●リプレイ本文
パリはその日暑かった。
だが“怪盗記念障害物馬術大会開催”は予定通り行われた。
「美味しいお握りいかがですか? 観戦しながら食べられるジャパンのふぁすとふぅどですよ〜」
浪人女、薊 鬼十郎(ea4004)が背中に『ONIGIRI』と大書した幟を立てて、宣伝に明け暮れる。
(このままでは懐が‥‥凍傷です)
米とて輸入品。買い込めば懐も寒くなると言うものだ。
ともあれ、各馬はスタートラインに立つ。
そして、レースの開始が宣告される瞬間──。
巨大な黒い軍馬に跨ったアンジェリカ・リリアーガ(ea2005)
「貴様と闘うには、このアンジェリカも馬から降りねばなるまい」
「なんだいお嬢ちゃん、やりあうってか? 一体そこまでして何を目指すんだか?」
いきなり、宣告された東洋人と西洋人のハーフらしい、黒髪碧眼の少年が訪ねる。
「目指すは‥‥天!!」
「おいおい」
みーっ、と笛が鳴り、係員がアンジェリカの手を引き、軍馬の手綱を取ってコースから退出させようとする。
「えっ、ルール上ソッコーリタイアなの? 我がレースに一片の悔いなし‥‥」
改めてレースが開始された。
無数の四肢が大地を蹴りだす。
「キウイ・クレープ(ea2031)。灼熱地獄の野獣がトップに食らいつく。全力で走りきる自信があるのか、それとも単なる無謀?」
ナスターシャ・エミーリエヴィチ(ea2649)が淡々とそれでいて、堅苦しさを感じる口調で実況中継の馬車から大声で実況報告をする。
「そんな彼女に追い詰められるか? トップのクリムゾン・コスタクルス(ea3075)、一人ワンマンアーミーがゴールに向かって突進、いえ突撃しています。イスパニア人の情熱爆発だ」
「あんたみてえなデカ女には絶対負けねえからな!」
「おっと、クリムゾン先を譲るか?」
「もっちょっと我慢してな、先にあいつ等を行かせて妨害の悪戯とかの露払いをしてもらうからさ」
「てめえ、あたいから逃げる気か?」
キウィの怒声にも関わらず、少しずつペースを落とすクリムゾンは白兵戦のレンジから離れた。
キゥイは闘志に火がつき、後ろも向かずにダーツを投げ続けるが、クリムゾンは手に持っていた棒で飛んでくるダーツをたたき落とす。
「何!」
「相変わらず、マイペースなのが、イルニアス・エルトファーム(ea1625)、急ぎ歩きののシスコン、イルニアスと、ロニ・ヴィアラ(ea1699)二足歩行の地獄の黙示録が互いを牽制しあう形になった燻し銀となった戦いだ。もっとも只の地味ともいいますが。
今、泥池に入った先頭はガチンコ勝負をしているが、変わらず、一位を取りに行かない、これがふたりの戦略なのか?」
足下の見えない中をふたりは進み、ようやく活路を見いだす。
が、一度に通れるのはひとりだけだ。
イルニアスが牽制をするべく、闘気を集中すると、ピンク色の光に包まれ、全方位にオーラを放出した。
もちろん、対象は馬にも入る。馬は結構頑丈に出来ているため、被害は無いが、逆にこれでアドバンテージを取られてしまった。
「急ぎ歩きのシスコン、もとい愛馬殺しのシスコン、イルニアスやってくれました。やはり妨害はこのグループでも健在ですね」
もっとも混乱したグループが終盤であった。何しろ最後尾が3人もいるのだ。
ひとりは9分の1の速度の赤い彗星と赤いマントに身を包んだ男。
ひとりはおにぎり食べてパワー充填『おにぎり将軍』岬 芳紀(ea2022)。
最後は愛馬マッハに振り落とされないようにしているジャン・ダレク(ea4440)。彼にはナスターシャから地獄の道化師のふたつ名が送られた。
ジャンが愛馬と呼べるかどうかも怪しい荒馬マッハに振り落とされリタイアしたのを機に、芳紀の隣で彗星が呪文を唱え始めた。
「貴殿、何をするつもりだ!」
「赤い光に包まれた、という事はくるでしょうね、あれが」
ナスターシャが言うまでもなく、男の手から火の球が洟垂れ、後方集団の中央で爆発した。
少年達3人のうち、無口なひとりと緑色の眼の子は根性で堪え忍び疾走。高速詠唱で全身を鏡面の様にして精霊力を散乱させる。
「狙うなら俺達だけ狙えばいいだろう!? 女まで巻き込むことはないじゃないか?」
碧の眼の少年が仲間達ふたりを連れて前方へと一気に差しにかかる。
そして、セシリア・カータ(ea1643)潰し合いの魔女と称された彼女は叫んだ。
「これはどういった事でしょうか? 普通は優勝候補を狙うものでしょう?」
彗星は黙して応えない‥‥ではなく、次の呪文に入った。
「クリスティア・アイゼット(ea1720)黒き馬好き、が呪文の詠唱に入った。どちらが早いか? やはり出だしの差で彗星が押し切った。爆発、阿鼻叫喚がこちらにも聞こえてきます」
2発目のファイヤーボムを受けて尚、クリスティアのブラックホーリーが馬の鼻面を掠めて馬を棒立ちにさせたところへ、義憤に燃えた、響 清十郎(ea4169)──後に蜂蜜よりも甘い奴と呼ばれる事になる──鞍を蹴って飛びかかった。
「婦女子まで巻き込むなんて許せないよね──怒りの一刀だよ!」
そのまま勢いでもつれ込みながら彗星を落馬させる。
清十郎、彗星リタイア。
「ああ、マッハ。こうなる事が判っていたから、前に行かせなかったんだ。最高のパートナーだよ」
かなりドリーム入っているジャン君の頭はマッハの前脚に軽く踏まれていた。
「ごめんね、こんな戦いに巻き込んでしまいまして」
ネージュ・ブランシュ(ea3824)、ナスターシャ呼ぶところの“巨乳のマッチョスキー”が大枚払って借りてきた軍馬の首を撫でながら呟いた。
「でも、この戦いに勝たないと、もっともっと私の財布が厳しくなるんです。優勝目指して頑張りましょう」
「来い大女戦ってやる」
「断る」
2番手のキウイにトップのクリムゾンが一方的に追いつこうとする、最早本末転倒甚だしい戦いであるが、これにより脚を溜めてラストの巻き返しを狙った後方各グループの距離も迫ってきて団子になった。
「ならば、これでどうだ」
クリムゾンが最初のハードルを跳び越えるや否や。鞍袋から火の点いたランタンを取り出し、ハードルに叩きつけた。
燃えさかる炎にキウイの馬は竿立ちになる。
そこへ飛び込む少年の小さな影、白木の柄と鞘の日本刀を気合い一閃放つや否や、ハードルを斬り裂いた。
「また、つまらぬものを斬ってしまった‥‥」
みーっ。
審判の笛が鳴る。
「障害物の破壊につきリタイア」
「まだまだ修行が足りぬか──」
「あばよ、五の字、トップは俺が取ってやるから」
碧の眼の少年が言いながらも見事な馬術で追い上げていく。とても年相応とは思えない技である。
負けじとキウイもハードルを跳び越えようとする。だが、素早く割り込む影ひとつ。
ロニであった。
「何! 追いつく!?」
慌ててペースをあげようとするが、そこで馬術の地力の差が出る。同等程度の馬術を持つ少年達であったが、体重の差という物も出た。
少年達がやや遅れ、キウイ、クリムゾン、ロニが並ぶ形となって最終障害の100メートルのプールに飛び込み、派手な水飛沫が上がる。だが、陸上で少年が碧の眼の少年の馬に魔法をかけていた。
次の瞬間、少年の馬が走る──水の上を。
ゴール! 少年が1位となる。。
「きましたね、これは水上歩行の魔法です。他人に付与できるからにはあの少年も大したウィザードの様です」
ナスターシャは予想外の展開にも動じず。ゴールへの最短時間で馬車を向かわせるように指示。
それに続くように堅実な足取りでロニも2位でゴールイン!
一方、リードしていたもののついに近接したクリムゾンとキウイが互いに馬上のまま、素手でのガチンコを始め落馬寸前の所まで体勢を崩す。
「クッ‥‥ハハッ、アハハハハ」
「ククッ‥‥クククッ」
「オイ、てめー、自分の顔見てみろよ。ボコボコだぜ」
「バカか、てめー。てめーの顔こそボコボコだぜ、ククッ」
「ハハ‥‥アハハハ」
「ククッ‥‥ハハハハハ」
ふたりはしばらくの間笑いつづけた。
そして、キウイは口の中の血を吐き出した。
「ケッ! てめー、人間にしちゃあ、なかなかやるじゃねえか」
「ハン! てめーもな。ジャイアントのくせによ!」
「‥‥オイ、気は進まねーけどよ、てめー、ダチになれよ」
「ケッ、誰がてめーなんかと。お断りだね‥‥と、いいたいところだが、最近ヒマだしな」
「‥‥決まりだな。よろしく、頼むぜ、クソッタレ!」
「ハッ! すぐに寝首をかいてやるからな。覚悟しとけよ、クソッタレ!」
祝福するかの様に夕陽が差し込み、ふたりは同着3位でゴールした。
一方で馬が重傷を負い、走れなくなった所へ、マリー・アマリリス(ea4526)はセーラの使徒として、人馬を問わずに癒しの技を振るっていた。
普通、馬は苦しむ一方なので、治療費などの関係から処分される事があるが、彼女の心がそれを許さなかったのだ。
その一方で、レースの勝利者へのレースクイーン達の祝福が行われていた。
『ちょっと』ミニで『少し』背中が開けている衣装のシェーラ・ニューフィールド(ea4174)が表彰台の高さでちょうどいい碧の瞳の少年の頬に熱く情熱的な口づけをする。対面には予備の衣装を十歳児サイズまで急遽切りつめたアンジェリカが反対側の頬に柔らかな天使の様な接吻をする。
こんな時にもシェーラは──。
(あーあ、イスパニア女ふたりが1・2フィニッシュ決める見込みやったのにまったく番狂わせ。保険をかけておかなければ破産する所か〜)
勝者は金一封とポーションを幾らか受け取り、熱気の中を散っていった。
そこでシェーラは気づいた。
(あの子の名前聞いていなかった‥‥)