復讐鬼アーケチが追う者

■ショートシナリオ


担当:なちか。

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月03日〜06月08日

リプレイ公開日:2007年06月06日

●オープニング

●痛み――メモリーズオブペイン
 官憲。
 それがアーケチの肩書きだった。
 いや、これまでの彼の、といった方が正しいかも知れない。

 彼が追っていた犯罪者のうちの一人――『怪盗らんま』と呼ばれる盗賊の事件を担当していた事は、最近ではメイディア市民でらんまを知る者たちにも知れているほどで、中には色々な意味でいいコンビだとか言われる事が多かった。
 らんまが闇を暴き、アーケチがその闇を裁く。
 そうやって解決した事件は多く、官憲の間では非常に頭の痛い重要犯罪者でもあった。
 別にアーケチはらんまに『助けてもらっている』訳では、決して無い。だが、結局どの事件においても、らんまが逮捕されるような事は無かったのである。

 あの日。
 彼がらんまに命を救われ、そして命をかけて救った代償に、文字通り彼女が命を落とすまでは。

 メイディアの港で起こった密輸品取引事件の現場に重なるように、らんまは予告状を送りつけてきた。
 そしてアーケチはそれを追っているうちに、密輸グループであるカオスニアンの不意の襲撃を受けたのである。
 このカオスニアンの密輸グループはらんまが追っていた犯人で、らんまの残した『遺書』によると彼女の最も大切なものを奪った者達だったという。つまり、らんまは密輸グループの壊滅を目的に、予告状を送りつけてきたのだ。
 ところが事情は大きく変わる。アーケチが部下と冒険者らを引き連れて港にやってきたのを見たカオスニアンたちは逃げるどころか、逆に強襲をはかってきたのである!
 突然の襲撃に混乱するアーケチらだったが、冒険者らの活躍で何とかそれを鎮圧せしめる事に成功した。
 ところが、その際にアクシデントが起こる。
 いや、むしろカオスニアンにとっては、目の前の邪魔者は全て排除するという基本理念に沿っただけの行為だったのかも知れない。カオスニアンはアーケチを本気で殺しにかかった――。

 アーケチはその瞬間の事を、今もなお、鮮明に覚えているという。
 丁度倉庫と倉庫の間の細い通路で、前後をカオスニアンに道を塞がれ、突破するのは困難な状況。相手は前に二人、後ろに二人の計四人。
 いくらアーケチでも、カオスニアン四体を一度に相手をするのは無理があった。
 夜の倉庫の、ほとんど光が差し込まない最悪の条件の中で、アーケチはどこかのたいまつに反射しているであろう、ゆらゆらといびつに揺れる、カオスニアンの持つ刃の煌きの先にあるもの――死――を覚悟していた。
 だが、その時。
 アーケチははっきりと見たのである。
 暗がりだったにも関わらず、彼女が隠しつづけていた素顔も忘れて、命をかけて彼を救出にきたその姿を。
 彼女はひどい傷を受けたが、必死で彼を庇い肩を貸しながら、爆発的な跳躍を見せ倉庫の屋根に飛び上がった。彼女の使うトリックなのか、スキルなのかはわからない。ともかく、らんまはアーケチをカオスニアンから遠ざけたのだ。
 すぐさま冒険者らが倉庫の通路に突入しアーケチを襲ったカオスニアン二体はあっという間に倒された。
 しかし、残った二体は形勢不利を悟ると、凄まじい勢いで逃亡した。冒険者たちはそれを追ったが、結局追いきれずに逃がしてしまったのである。

 月明かりに照らされて、美しい顔を晒した『美少女風水怪盗らんま』だがその背中には深い傷を負っていた。血に染まる彼女の背中からは、大量の血液が流れ落ちる。
 見た目で、誰でも理解できていた。
 ――もう、助からない――。

 結局密輸グループは数名取り逃したままほぼ壊滅状態になり、そこから窃盗団との関連が明らかになった。そして後日、窃盗グループと密輸グループの元締め一派をまとめて叩く事に成功したのである。
 アーケチはその功績を称えられ、まるで英雄の様に取り上げられた。
 上層部からは、らんまの(既に死亡しているにも関わらず)確保した事にも、彼が役目を全うした事を褒める声が多かった。
 だが、アーケチはそのらんまを邪険に扱う上層部に対して、幾らかの苛立ちを覚えていた。
「彼女は私を守って、そして死んだ。なのに、彼女は結局泥棒のまま扱われてしまった‥‥」
 真実は彼だけが知っている。
 らんまが最後にアーケチに打ち明けた真実。

 その後アーケチはらんまの死に対し、責任を感じ、苦悩しつづける。嫌な夢に苛まれる事もあった。夢から覚めても、まだ悪夢の中みたいな感覚に襲われていた。
 自分のために、命を落とした者がいる。しかもその人は今もなお、悪党の烙印を押されたままだ。
 言葉にならない気持ちが芽生えた。
 彼女に対する、言葉にならない、感情が。そこで彼は気付いた。
「私は‥‥彼女の事を‥‥」
 だが、それ以上、また言葉にならない気持ちで溢れてくる。

 そして彼は官憲を辞める事を決意した。
 最後の仕事も終え、引継ぎも完璧である。何せ担当だった『怪盗らんま』の事件は彼女の死によって完結したのだから。
 しかしアーケチだけはそう思っていなかったのである。

●形見のペンダントロケットを胸に。
 アーケチは官憲を引退し、残された半生を彼女の為に生きる事を選択する。
 彼はそして、彼女を引き裂いた刃をたてた、あのカオスニアンに復讐する事を決意するのだった。
 だが、あまりにもその情報は足り無すぎた。
 密輸グループの一派はそのアジトまでを突き止め壊滅させたし、生き残りがいたという報告はほとんどはいっていない。だが、一派を叩いた時にらんまを殺した奴はいなかった事を彼は確認している。
「どこかに必ずいるはずだ――!」
 別のグループに移ったのか、残党が残っているのか、どちらにせよまだ奴らはのうのうと生き延びている。
 アーケチはまたも言葉にならない気持ちが芽生えた。そして、それは同時、彼に復讐の芽を植え付ける事になったのである。

 ところが事態は激変する。例の壊滅させたはずのグループにやはり残党がおり、再び力をつけてきているというのだ!
 そして、それを討つべく、討伐部隊の協力要請が冒険者ギルドに入ってきたのだった。
 募集枠になんとか入ろうとするアーケチだが‥‥。

 最悪、枠に洩れても単独で討伐部隊と共に残党どもの殲滅についていく覚悟は出来ていた――。

●今回の参加者

 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea5021 サーシャ・クライン(29歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea5934 イレイズ・アーレイノース(70歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb7898 ティス・カマーラ(38歳・♂・ウィザード・パラ・メイの国)
 eb8300 ズドゲラデイン・ドデゲスデン(53歳・♂・鎧騎士・ドワーフ・メイの国)
 eb8542 エル・カルデア(28歳・♂・ウィザード・エルフ・メイの国)

●リプレイ本文

●鬼の道。
 海賊窃盗団の残党を殲滅すべく組まれた、討伐隊。今回は海上騎士団の指揮の元、冒険者チームは遊撃隊扱いとして同行する事となった。
 集まったのは、八名の冒険者。
 対応するカオスニアンの数はかなりの規模だが、疲弊した残党共相手なら充分すぎるかも知れない。
 と、ミーティングに召集された面々の脳裏には、ふと、もう一人の搭乗者の事が浮かぶ。
 冒険者とは違い、彼は元官憲であり、メイディアに暮らす者にとっては馴染みのある顔だった。
 だが、今の彼は昔とは随分違っていた。
 温厚な性格はまるで影を潜め、眼光は鋭く、眉間も口元も厳しい表情でいる事が多かったし、ここ最近では笑った顔も見たことがない程。

「ん? 参加人数が一人増えているな‥‥」
 オルステッド・ブライオン(ea2449)は最初それに気付いた時、彼――アーケチ――の鬼気迫る執念を感じとる。
 その狂気とも思える異様な気迫は、かつて『正義』を貫いた男のそれとは思えない。
(‥‥危険だな‥‥)
 復讐を遂げようという気迫だけでなない、何かが、アーケチの回りを渦巻いているのがわかる。
「‥‥一応、仇というカオスニアンの特徴は聞いておこう‥‥」

 あまり話したがらない様子だが、未だにらんまが死亡した事を信じない者も多くいるように、彼が復讐の鬼と化した事も信じない者が多いのも事実である。
 そして、ゆっくりとだが、アーケチはカオスニアンの特徴を話し出した。しかしそれは同時に、深い傷をえぐられる思いであったろう。
 カオスニアンには、はっきりとした特徴がある。それは、彼らの独自の文化と思われる『刺青(タトゥー)』だ。
 男女ともに、まるで呪文のようにいびつな形状で掘り込まれた刺青こそがはっきりした彼らの判別方法であるという。
 だから、目視出来る範囲に『そいつ』がいれば、すぐにわかるのだと。

「失った命は、もはや還らない。命を懸けて、カオスニアンから街を守った一人の少女と、街を蝕むカオスニアンを今度こそ、完全に殲滅する為にアーケチさんに力を貸します」
 ファング・ダイモス(ea7482)はその悲しみと怒りに充ちた彼の思いに添えるように、力強く拳を握り締める。
「この、鬼屠りの剛棍――『石の王』にかけて!」
「カオスの名を冠する邪悪など、一人として逃さぬ。カオスニアン共によって、失われし命の為に、此処で全てを終わらせる」
 らんまの事だけでなない。多くの命が奪われた事を知っている。イレイズ・アーレイノース(ea5934)も、黒き者どもを討つべく、立ち上がった一人である。
「僕も最初の依頼で縁があった人だし、協力するよ」
「がははははははは!仇討とは見事な心がけぢゃのう!流石はメイの誇る名官憲ぢゃ!」
 ティス・カマーラ(eb7898)も、ズドゲラデイン・ドデゲスデン(eb8300)も、彼の『官憲だった頃の行い』を知っている者たちだ。
 これがただの独断先行だったなら、こうまで協力的にはなれなかっただろう。
「義理と人情こそ、冒険者の心意気。今こそ復讐の時です」
 エル・カルデア(eb8542)も、彼に協力する事を約束する。
 アーケチは冒険者たちの、決意を受け取った。
「私はこの作戦の邪魔にはならないつもりだ。だが、決着(ケリ)はつけさせてもらう‥‥!」

●艦隊戦? 上陸戦?
 今回は、海上騎士団が指揮を務めているが、先の通り冒険者チームは別働隊扱いである程度の自由があった。
 だが、島の形状が非常に複雑で、その島を抜ける海流もやや波を立てる、島そのものが『砦』のような形状である事が問題だ。
 こうなると強襲揚陸をかけるか、艦隊からの精霊砲での大規模な砲撃作戦がセオリーとなりそうだが、何分付近の海流の問題で、安定した砲撃が難しい。
 そうなると、やはり『あぶり出す』事よりも乗り込んだ方が全体的な効率は高くなる。
 その分リスキーだが、やはりここは上陸戦で完全殲滅を組み立てた方がよさそうだった。
 取り逃したり、船で逃亡を図ってきた場合は当然それを見越して高速船で追撃をかける。
 今回は捕獲ではない――殲滅である。
 情けは無用、奪われたものを全て回収するのだ。

●一騎当千、アトラン無双!!
 号令と共に、海上騎士団のゴーレムシップから爆炎球が打ち込まれる! 岩場に直撃すると、轟音をたててそれを粉砕していった!
 そして、それが上陸の合図となった。
 冒険者チームは島の混乱に乗じて別の場所から島に突入し、カオスニアンの目が砲撃に向いているうちに奴らを叩き伏せる作戦に出る。
 勿論、この砲撃は作戦上で行われる威嚇と陽動を兼ねた実力行使である。そして、二度目の爆音が島内に響き渡る――。
「船を破壊しましょう」
 全てをこの島で終わらせる為、船を動かせないように破壊する事を提案したのはイレイズだ。
 もちろん、船の全部を破壊する事など常識的に言えば個人ではほぼ不可能である。だが、船の心臓を叩けば、船を『壊す』事は可能だ。
「この伝家の双宝鎚、ボルケェィドハンマーとフリーヅハンマーの威力を見せてやるワイ!!」
 要は、相手の退路を断てばいい。ズドゲラデインは両手にハンマーを握り締めると、豪快に叩き壊して回る。

 そこからは、残党を皆殺しだ。
 ティスが上空から雷を降らせ、エルが重力波で大きく陣形を崩すと、砲撃への対処と侵入者への対処という生死を分かつ選択を迫られる格好になったカオスニアンたちは更に動揺し、混乱する!
 何とか態勢を整えようとするカオスニアンたちだが、みすみすそれを許す冒険者ではない。
「雑魚が、邪魔をするな」
 レインフォルスは小賢しくも動き回るカオスニアンの隙を見逃す事無く、突き、払い、斬打分けながらもアーケチに道を開ける。
「道は作ってやる。後はあんた次第だ」
 アーケチは肯くと、乱戦の中を、注意深く見回す。
 だが、どうやらこの場所にはいないようだ。他にカオスニアンが潜んでいる個所はあるだろうか?
 ティスは限界高度まで上昇しながら旋回して、索敵した。
「見つけた! アーケチさん、そこから左手の奥! 南側、八人っ!」
 ファングとエルがアーケチのサポートに回ると一気にダッシュして行く。
「‥‥ここは、任せてくれ‥‥」
 オルステッドとレインフォルスはアーケチたちの背後に回る。口数の少ない二人だが、目配せするとスピードとパワーのコンビネーションでそれ以上の追撃を許さない。船の舵破壊に成功したズドゲラデイン、イレイズも増援にやってくると、数では圧倒的にカオスニアンの方が上回っているにも関わらず、まるで関係無い。
「受けよ、溶岩氷河連獄撃ぃぃい!! アーケチ殿、今こそ仇を討つときぢゃ。見事本懐を果たされよ!!」
 嵐に飲み込まれるように吹っ飛んでいくカオスニアンたち!
 それでも、数の暴力はやはり、それだけで『力』となる。実力の差で、一騎当千を果せるほどの冒険者らだが、陣形を立て直されるとその優位も差が詰まってしまう事もある。
「そんな事はさせないよ!」
 上空には、ティスがいる。陣形が組まれれば、崩せばいい。
 ティスはもう一度、雷を降らせる!
 更に――。
「わっ!」
 四人の方向にばかり気を取られていたカオスニアンたちは、背後から急に声をかけられた事で一瞬だけ、気が逸れてしまった。
 その瞬間を、見逃すはずがなかった。
 オルステッド、レインフォルス、そしてズドラゲインは一気に踏み込むと、雷撃と謎の掛け声に気をやった隙に、畳み掛けるように豪腕を振り下ろした!
 崩れた陣形に追い討ちをかけるように、またもカオスニアンたちは紙屑のようにぶっ飛んでいく――。
 イレイズは、アーケチたちを追っていったカオスニアンの一体に剣撃を叩き伏せると、援護の為にアーケチたちの後を追う。

 アーケチ、ファング、エル。そして後から援護にやってきたイレイズの四人は、ティスの指示通りに奥まった個所に集まっていたカオスニアンを発見した。
「アーケチさん、どいつだ。それ以外は遠慮なく叩かせてもらう」
「‥‥そうか」
 アーケチの目には、そいつが、はっきりと映し出されていた。見間違えるはずもない、愛する者の命を奪った奴の顔と刺青を忘れるはずがないのだ。
「お前は私のことを覚えてはいないだろう、だが、私は覚えているぞ。お前だけは許さん、その為に私はここにやってきたのだ!」
 ここで一騎打ちなどというスマートな戦い方が出来るとは考えていなかったし、当然乱闘となるだろうと思っていた。ところが、そのカオスニアンはアーケチの胸に揺れる金色のペンダントを見ると、口元を引き締めた。
 グループの中でも、立場の強い者だったのだろうか。
 一対一の戦いの場を用意する為、その場からやや離れた所に移動するカオスニアン。それを追うアーケチ。
 ファング、イレイズ、エルは援護に回ろうとするが、アーケチはそれを拒む。
「これは私の戦いだ」

 残されたカオスニアン七体は、今度はたった三人の冒険者を取り囲むようにして邪悪な笑みを洩らす。
 だが、その笑みが恐怖に引きつる事になることを、今の彼らは、知る由もない。

●復讐――その後に残るもの。
 エルのローリンググラビティーとイレイズのブラックホーリーのコンボは凄まじかった。
 そしてファングの鬼神の如きスピードと、血を啜り上げてきた剛棍が唸りをあげる! 直撃した瞬間のインパクトは、肉と骨をまとめて引き千切るほどで、打ち下ろされたその一撃で盾や鎧ごと叩き潰していった。
 その光景は、復讐の鬼アーケチとは別の意味で、鬼そのものにも見える程。まさしく、『石の王』を体現したような強さを見せつけるのだった。
 そして――後にファングは文字通り『石の王』の二つ名を得る事となる。
 倍近い戦力は一気に反転。カオスニアンたちはあまりの強さに脱兎の如く逃げ出そうとするが、今回ばかりはそれを許す訳にはいかない。それに、逃げたところで、その先にはオルステッドやレインフォルス、ズドラゲインにティスまでいる。
 どうせ、逃げられるはずもない。

 ファング、イレイズ、エルたちが回りのカオスニアンらを血の海に叩き込んだ頃、オルステッドたちもあれだけいたカオスニアンたちを打ち倒したのか、地上に降りたティスと一緒に駆け込んできた。
「アーケチさんは?」
 だが、その答えを返せる者は、誰一人としていなかった――。

 永い、戦いだった。
 アーケチも、カオスニアンも、その実力はほぼ同程度。どちらが倒れても、おかしくないような状態だった。
 だからといって、ここで助太刀すればアーケチは本当の意味で『目的』を果したとは言えなくなり、その心を更に閉ざしてしまう事になるだろう。
 そして、互いに最後の一撃を覚悟すると、一気に間合いを詰めるように踏み込んだ!

●少女の、夢。
 アーケチとカオスニアンの最後の一撃は、相打ち。
 だが、それでも最後まで立っていたのは、アーケチの方だった。
 最後の一撃を構える瞬間、アーケチはその背後にらんまの声を聞いていたらしい――。

 結局、全てのカオスニアンは島内で全滅。数を確認すると、三十四体だった事が判明した。
 その後島内全区域を調査したが残党は確認されず、これで一派は完全に淘汰された事が認められたのである。
 海上騎士団は今作戦を大成功とした。
 その後、盗難品等の物資を全て回収すると、島そのものを進入禁止区域として王宮に報告する事にした。更なる調査を行い、島の安全が完全に保障された場合に、解禁されるようになるだろう。

 幸いな事に、今回、怪我人は僅か一名にとどめる事になり、これだけの規模の作戦でありながらほとんど無かった事は奇跡に近いものだったという。そして唯一怪我をしたアーケチもまた、すぐに治療を受け大事には至らなかったのである。
 少しだけ眠っていたアーケチが帰りの船で目を覚ました時、彼の目にはうっすらと涙を浮かべていた。
「夢を――見ていた」
 だが、それはあの悪夢ではなく、らんまもアーケチも笑顔でいられた夢だった。
「彼女は、確かに他人の物を盗み、灰色の犯罪者たちに対し犯罪すれすれの罰を与えてきた。だが、盗んでいたもののほとんどは、彼女の私物であったのだ」
 らんまは、天界から降りてきた人間のひとりで、その際に彼女の思い出を守る両親とらんま本人が映った『写真』を組み込んだ精巧な金のペンダントや『携帯電話』その他諸々がどこかに吹き飛ばされたのだという。
 彼女はそれを全て取り戻す為に、冒険者の道を選ばずに独自の戦法でそれを回収する事を決めた。その答えが『美少女風水怪盗』だったという訳だ。
 自らの危険をかえりみず、一心不乱に両親の絆を追い続ける彼女は、結果的に物を盗み悪党をこらしめるという事態を引き起こしていただけで、本当の意味で窃盗を行ってきた訳ではなかったのである。
 なにせ、やり方はともかく、自分の持ち物を『取り返す』だけなのだから。
 そしてアーケチの胸に揺れるペンダントこそが、彼女が最後に奪い返すはずのもの――遺品――だった。
「本当は、元の世界‥‥天界に帰りたかったはずなのだ。両親のもとに、帰りたかったはずなのに‥‥私の為に、命を落としてしまった」
 らんまがアーケチの事を想っていた事は、後から知った。そして、アーケチも自分の心に気付くのにも、随分かかってしまった。

 全ては、終わった。
 アーケチは作戦の成功を聞かされると、修羅の顔からようやく安堵の表情(かお)へと戻った。
 これからはらんまの思い出と共に、彼女の名誉を回復する事につとめる事を誓い、いずこかへと消えてしまった。
 その後の彼を知る者は、とても少ない。
 それでも、その一部始終を見守ってきたメイディアの民や、それに関わってきた冒険者たちの心には、正義を貫く男『アーケチ』と、不器用だが純粋な少女『らんま』の思いが刻み付けられただろう。

 メイディアの名官憲と謳われたアーケチの事件簿は、こうして全ての幕を下ろしたのである。

 そして――。
「よーし、出動だッ! アタイに付いてきなよ、お前達!」
 アーケチの後任となった新しい官憲が、遂に動き出す――。