ウタウタイの絆
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■ショートシナリオ
担当:なちか。
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:07月22日〜07月27日
リプレイ公開日:2007年07月25日
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●オープニング
●コルダ――絆を巡る物語。
リュートの復元の為、神木と呼ばれる巨木、オークを持ち帰った考古学者にして吟遊詩人、そして復元師としての顔を持つ男ユニウス。
彼はオーク材を村に持ち帰ると早速二つのリュートを作る事にした。
前回、護衛任務に携わった冒険者の一人が持っていたリュートベイルの機能美に圧倒された彼はこちらの世界(アトランティス)の不思議な世界観とリュートベイルの冒険者との繋がり――絆を垣間見ると、楽器としての美しさとはまた別の意味での、『活きた楽器』の使い道を知る。
そこで彼はリュートベイルの素晴らしさに感銘を受け、二つのリュートベイルを作成する事になったのである。
しかしここで問題が生じる。
ボディとしての木材はここにあるし、加工する器具も持ち合わせている。多少時間がかかるものの、その再現自体には問題ないだろう。
さてそこで、一体どんな問題が生じたのだろうか?
●ガット弦か絹弦か。
その問題というのは他でもない、リュート用の弦の確保である。
ユニがいた時代の天界の楽器はすでに科学的にも技術的にも相当高度な技術で弦が作られており、またその入手も比較的楽な部類に入るらしかったが、メイに限ってはそういう訳では無い。
魔法の武器――特に弓――や魔法楽器の弦は、その魔力の為か弦などの消耗は激しくないようであるが、やはり通常の楽器弦としては強度も精度も高くない。
これにはいくつかの原因があり、基本的な知識が無いという事と、それに対応した技術が確立されていないという二点に尽きるだろう。
だが、それを克服する事は不可能か? と問われると、実はそうでもない。
復元師というのは、直接その時代や歴史を生きていなくとも、その世界の出来事を深く調べる事で当時の生活レベルまで現代に再現する事すら可能になる。そんな技術を持った者の事をいう。
彼は、そして、楽器の歴史を学んでいる考古学者であり、楽器を演奏する奏者であり、失われた技術を甦らせる腕を持った復元師である。楽器としてこの二つのリュートを完成させるには絹弦が必要だと考え、冒険者の頼れる相棒としてのリュートベイルに使うにはそれよりタフである程度の強度も期待出来るガット弦が必要だと考えた。
●羊か豚か、それが問題だ。
ちなみに絹弦は文字通りの絹糸を結い合わせた『糸』であり、メイの国にも通常的にあるものと考えていい。当然彼のいた世界(天界)のような精度も強度も期待出来ないが、無い訳では無い。探せばあるだろうし、それこそ金を積めば取り寄せる事も可能だろう。
しかしガット弦というのは実は難しい。
一体何が難しいのか――。
実はガット弦の正体は、あまり知られていないかも知れないが元々は『羊腸』。つまり、羊の腸なのである。
そこで今回は自作弦の調達として、彼の元に羊の腸を届けてやってもらいたい。
●養羊場を狙う獣たち?
そんなユニの依頼と重なるように、メイディアに緊急の討伐依頼が舞い込んできた。
羊飼いの少女がある日突然、大きな狼に食べられそうになったらしい。一際大きな狼は取り巻きの狼と一緒に羊たちを一度に三頭も殺し、どこか遠くに持っていってしまったという。
それから数日何もなかったが、またその大きな狼たちがやってきて、今度は羊飼いの少女が食べられそうになったというのだ。
幸い彼女にはケガひとつもなく(お尻はぶつけたらしいが)一応は無事だが、怯えきってしまっている。
依頼というのはその狼たちを退治して、その羊と羊飼いの少女を安心させてもらいたいという依頼だ。そのお礼として羊を差し上げる、という。
羊の腸をユニに渡す事が出来るチャンスとしても、羊飼いの少女の為にもここは一つ、狼退治をしてもらえないだろうか?
なお、少女の証言によると、彼女の養羊場から少し離れた所に森があり、そこから狼たちがやってきたという。
覚えている限り一際大きなボスのような狼の他に七頭ほどの普通の狼が群れて来たらしい。
かなり狂暴な為、早いうちに排除してもらいたいとの事。
ちなみに、お礼の羊の他にもユニが必要だという羊腸をもらう事は、狼退治に成功すればもらえるかも知れない。
交渉次第といったところか。
●リプレイ本文
●絆という名の、繋がり。
「狼退治の依頼で参りました。恐れ入りますが、狼達の出現する時間帯や方角等、知る限りで構いませんので教えて頂けませんか?」
狼の名を出すたびに肩口をびくっとさせている少女。それでも導 蛍石(eb9949)が淹れたハーブティーをひとすすりするとようやく長い吐息を吐き出しながらゆっくりと口を開いた。
「ちょうど、羊達の放牧から戻す頃ですから、夕刻です。方角は‥‥そう、小屋の反対側でしょうか。とにかく恐ろしくて恐ろしくて、このままではとても羊達を外に放せません」
しっかりとした口調だが、目元にはうっすらと涙が浮かんでいる。余程怖かったのだろう、ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)は怯える少女を落ち着かせるようにそっと傍についてやった。
「実は楽器作成に羊の腸が必要だという方がいらっしゃいまして。狼退治に成功しましたら、もしよろしければ羊を頂けないでしょうか? もちろん代金は支払います」
「腸、ですか。皮でもミルクでもなく、ですか?」
突然そんな事を言われて、きょとんとした表情で思わず聞き返す少女。それはそうだろう、確かにその他にも肉を欲する場合もあるが、今回の様に『羊腸』を求めてくるのはほとんど無く――少女の場合だとはじめての事だったからだ。
直接養羊場ではそういう事は行っておらず、通常は皮と羊乳を提供する事のほうが多い。捌くのは、買い取ったりした業者が自分達で行うからだ。
その辺りの事を導とジャクリーンは踏まえての事だった。
●罠設置〜トラップ発動!
狼はイヌ科の中では最大種だ。大きいものになると、最大でおとぎ話で出てくるような人間の子供を丸飲みできるほど大きなものもいるようである。
また天界では神話などの絵空事ではない、実際の事件として、凄まじく巨大な狼が出現し男子や女性らを大量惨殺したという『ジェヴォーダンの獣』の事件が起こったとされている。その事件では、目撃情報として狼のサイズが何と牛ほどもあったという。
それだけ大きな獣の牙にかかれば、人間などあっという間に引き裂かれてしまうのは容易に想像出来る。少女の言う一際大きな狼というのも、決して被害妄想の誇大表現ではないのかも知れない。
今回の狼退治のキモとなるのが、シルビア・オルテーンシア(eb8174)の用意した『強烈な匂いの保存食』である。これを使い、養羊場や放牧地に再び近づけさせないようにするのと、誘導を兼ねた罠の設置を試みる事にしたのだ。
罠の設置等のセッティングにはシルビアの他、導と雀尾 煉淡(ec0844)が。
「クレモンテイン、狼が近付いて来たら教えて頂戴ね」
愛犬を撫でつけるジャクリーンは索敵及び巡回をレフェツィア・セヴェナ(ea0356)と共に。
そして羊小屋に被害が出ないように防衛及び補修を担当した導とルーク・マクレイ(eb3527)がそれぞれの役目を手早く行う事で連携を強めていった。
狼というのは一匹狼の例えの様に孤高であると思われがちだが、実際はそうでもない。イヌ科の動物であるので、一群による狩りなども通常的に行うのだ。群によっては二十頭前後で行動することもある。
今回は八頭という事で、平均よりやや少なめといった所か。だが問題は、先の通り、ボス格にあたる巨大な狼の話だ。数は少なくとも囲まれれば非常に厳しい戦いを強いられるだろうし、俊敏な肢体と牙と顎による強烈な一撃は、野生の獣の脅威として覚悟せねばならないだろう。
「‥‥この足跡」
警戒しながらレフェツィアとジャクリーンは獣道らしきものを森の中で発見する。二人はそれぞれのペットたちに匂いを覚え込ませると大体のルート捕捉の想定をたてる事が出来るまで散策し、羊小屋から離れるような箇所へ強烈な匂いの保存食と罠を設置する事にした。
「あとは上手くこちらの餌に誘き出せたなら、何とかなりますわね」
「直接小屋の方が狙われた、とは聞いていないからこっちのルートでまた来たらすぐに引っかかるかもしれないですね」
シルビアは、祈るような気持ちで罠を仕掛ける。
――罠を張った次の日の夕方。
「確か、夕刻に現れたと言っていて‥‥昨日は姿を見せなかったようですが、今日はどうでしょう」
雀尾は鼻の利くジャクリーンの愛犬やレフェツィアのペットであるフロストウルフのプリンの様子を見ながら、『匂い』に反応した時にはバイブレーションセンサーをかけてチェックを入れていた。
その時。
「来たのね、クレモンテイン!」
待ち伏せ班のジャクリーン、シルビア、レフェツィア、そして雀尾の四人は直後――罠の発動を五感で読み取っていた。
即座に雀尾はバイブレーションセンサーをかけて確認すると、感じた通りの情報を女性陣に伝える。
「この先約90m。五個の狼らしき振動を感知。ボスらしき大型の振動を先頭に、こちらの方向へ向かっています‥‥五体‥‥?」
言いながら、疑問符を浮かべる雀尾。
しかも、ボス格のものは120cmはある。確かに一回り大きい個体であるといえた。
だが。
「群が分かれて行動なんて、するかしら」
飛び出して全力で罠の方向に駆け出しながら、シルビアはふと気になる事を口に出していた。
杞憂であればいいのだが――。
だが、罠の付近に差し掛かって、茂みから一気に突入した瞬間その無駄な考えは命取りになるだろうと思えるほどに戦慄を覚える野獣がそこにいたのである!
カオスニアンや恐獣といった連中とは違い、『野生の獣』には強烈な存在感がある。それこそが、『本能』と呼ばれるものだ。
躊躇も何も無い。その本能こそが生命の根幹にあればこそ、狼たちはこれまで狩りを続けてこられたし、生き残れもしたのである。今回も同じだったのだろう、相手が人間であろうがエルフであろうが何だろうが関係無い。自分達を脅かす存在ならば全力で排除してきた。
まるで、『ここは俺たちの縄張り――テリトリーだ』と主張するかのように。
不法侵入したのは、つまりここでは、冒険者の方なのである!
「くっ!」
逃げて行くとばかり思っていた彼女らは少々面喰らった形になったが、ここで退く訳にもいかない。これ以上被害を拡大させる訳にはいかないのだ。咄嗟の判断で雀尾は自分達の手前側にライトニングトラップを仕掛ける!
突進してきた狼のうち三頭がそれを踏みしめて雷撃に塗れた。だがボス格の黒い狼とその妻であろうか、雌の狼は凄まじい速度で左右に分かれるとトラップ範囲の死角を、恐らく勘だけで避けきり、飛び掛ってきた!
アグラベイションが間に合わず、しかもどちらを狙ったらいいのか一瞬判断に迷ってしまった。その一瞬は冒険者たちにとって、まさしく命取りの瞬間だ。
不味い――。
レフェツィアも左右どちらにコアギュレイトをかけるかの判断が遅れてしまった。ギリギリ雌の狼に圧し掛かられる寸前に動きを封じたが、ボス狼は完全にフリーになってしまう! そのままボス狼はシルビアに突っ込んでいく!
ドシュッ!!
鈍い音を立てて、鋭い牙がその白い肌に食い込んで、無情にも引き剥がされた。
かと思われた。
だがそれはシルビアが受けた傷ではなかったのである。
雀尾が仕掛けた絶妙のタイミングのライトニングトラップのおかげで、ジャクリーンが弓を引く為の『たった数秒』の猶予を与えてくれていたのだ!
放たれた矢はそのまま黒い獣の右目に突き刺さり、更にその衝撃で軌道が僅かに逸れた事でシルビアは反対方向にかろうじて転がり、回避したのだった。もしライトニングトラップが無く、ジャクリーンの矢も無かったとしたら今ので確実にシルビアは肉体の一部を切り離されていただろう。
「ね、幸運の女神様っていうのは、ちゃんといるんだよ」
引きつった笑顔を見せながら、レフェツィアはそのまま倒れ込んだボス狼にコアギュレイトをかけ、拘束した。
この『幸運』は、彼女が皆にかけた祈り――『グッドラック』の賜物であったとしか言い様が無かった。
果たして冒険者らは九死に一生を得たといった感じで、奇跡的に無傷で一群の退治に成功したのである。
●それぞれの『命』の代償。
「本当にありがとうございました」
少女の依頼は完遂し、礼金代わりに頂いたのは羊一頭。結構な価値があるが、最初からそのつもりであったと語る。
しかしさすがにガット弦の作成の為に羊腸を求めているユニのところに羊一頭もっていくのはどうだろうか。非常に悩むところだが、ともかく少女の礼金代わりの羊を連れて、冒険者らは一路ユニウスの元へ向かった。
「――そうか、そんな事があったんだね」
冒険者たちの説明を聞いて、ゆっくりと肯くとユニウスは椅子から立ち上がる。
「もう、君たちもわかっていると思うけど。僕は羊腸を求めた。それはつまり、羊を殺して、その臓物を頂戴するという事だ。そしてその腸を加工して、人々に安らぎや優しい気持ちや、嬉しい気持ちや。そういった心に響く音楽を奏でるんだ。全ての、万物の源、『生命』の尊さに感謝してね‥‥本体ボディに使われているこの樹木、オーク材も百年以上の時を生きてきたものを頂戴しているんだよ」
天界ではすでに工業と化し、機械化されている楽器類。だが、その先祖、ユニウスがこうして復元しようとしている楽器たちは時に動物を屠り、その皮や内蔵物までを余す事無く使い切って作られる――彼らの生まれ変わった姿でもあるのだ。
人間たちも生きるために動物を殺し、その血肉を体内に取り入れる。それは命をひとつずつ、喰らっているのと同じ事だ。
それだけではない。時には皮を剥ぎ、衣服にする事もある。部屋の床に敷く事もある。
そういった食物連鎖の考えは究極的には、根源である精霊の崇拝という部分にも繋がっていくのである。
全ては、命という、『絆』を巡って――。
「それから、弦はとある地方ではコルダと呼んでいてね。弦という意味の他にも、『絆』という意味もある。面白いものだね、こうして僕たちが巡りあえたのも運命であり、『絆』が引き寄せてくれたものだと思うんだ。命という名のね」
結局。シルビアの提案で神聖魔法、デスによる即死が適切であろうという案に全員一致。
「狼退治じゃ残念ながら直接手伝ってやれなかったからな、これ位はさせてくれよ」
ルークはカースエグゼキューショナーズによって羊の魂を浄化させると共に、内蔵と肉とを分けていった。肉は食用に塩漬けして保存食用の干し肉にする他、調理して焼いて食べる事にしよう、という話になった。
当然丸ごと一頭であった為、ユニが世話になっている村長を含めた楽器製作に関わる面々と分けて食事する事になった。
今まで当たり前のように、動物の肉を食べてきた。当たり前すぎたといえばあまりにも当たり前すぎて、なかなかこうして『命』の尊さと食事が出来る事に対しての感謝の念を忘れがちである。
だが、人間だけではなくあの退治した狼たちも生きるために命を奪い、喰らっていた。彼らはそれを感謝しているだろうか?
野生の、自然の摂理でいえば文字通り弱肉強食ではあるが、人間には理性があり、感性があり、そして感情がある。
殺したり、食べたりするのが当たり前だと思ってしまえば――それは野生の獣と同じ。
考える事が出来、思いが行動へと繋がる人間は時にはこうして立ち止まって、人間として『生きる』という事を再確認してもらいたい。
●想いよ、届け。
今回の一連の依頼によって、考古学者であり吟遊詩人であり復元師であるユニウスが行っていたリュート復元は一旦の成功を見る。
「そうそう。ガット弦に使った、この羊腸。これにひき肉を詰めると何になるかわかるかな?」
答えは、そう。ソーセージである。肉を詰めたあと、茹でたり燻製処理を施す事で保存食にする事が出来るのだ。
ちなみに、天界にあるスポーツで『テニス』というのがあるのだがそれに使用される器具、ラケットの『ガット』も、元はこうした腸の加工物であったとされる。当時ラケットに使われていたのは牛の腸によるガット弦だったらしい。
冒険者らは残念ながら彼のガット弦完成まで付き合うことが出来なかったが、代わりにユニは特製のソーセージを皆に振る舞い前回冒険者の一人から受け取った楽器を手に取ると――色々な風景さえもが甦るような冒険や、深く悲しい愛の歌、更には彼が少年時代に本当にあった事を取り上げた歌などを歌い綴ってくれた。
この楽器にも、命の欠片が組み込まれているのだと、ユニは言う。
ウタウタイ自身だけでなく、生まれ変わった『彼らの声』が、人々の心を揺り動かすのかも知れないのだ、と。
楽器には『共鳴』という現象がある。
響きあう音と音の狭間には、そんな彼らの声が思いとなって伝わってきているのではないだろうか。
ウタウタイの詩に想いを乗せて、届け。
人々の――命という名の『絆』のもとへ――。
冒険者たちが帰還したその数週間後には、ユニウスがリュートベイルを完成させているだろう。
沢山の人たちが、一つの目標に向かい、そして、それを成していく。
物語とは、まさしくこうした人々の繋がりから生まれるものなのかも知れない。
今までも。これから先の物語も。
かくして冒険者たちは二つの依頼を完遂し、無事、帰還を果したのである。