ウタウタイの角
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■ショートシナリオ
担当:なちか。
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月25日〜08月30日
リプレイ公開日:2007年08月29日
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●オープニング
●至高の弓と欠けたもの。
前回、痒みにも負けず冒険者らが苦心して集めたブラックツリーの樹液とラミー麻のおかげで、『和製オークボウ』或いは『洋風梓弓』、もしくは『メイ式鳴弦の弓』――。
ともかく、ユニ特製の漆で漆黒に煌きを放つ、漆黒の聖弓がその完成を見る事となった。
通常の梓弓とも、鳴弦の弓とも違い、その作業工程からオーク木材を使用した弓でありながらもオークボウとは一線を画した画期的な神に捧げる弓となったこのユニウスの弓、通称・ウタウタイの弓。
しかし、弓単体としてはこれにて完成となるのだが、実はもう一つだけ大切なものが足りなかったのである。
それこそが、鳴弦の弓として鳴らす為の矢の存在。
そう。
蟇目矢(ひきめや)の存在が欠かせなかったのである。
今回の弓はユニの世話になっている村で村興しの為に設けられたイベント、音楽祭に彼が特別に復元の意味を込めて作成した弓であり、リュートベイルの演奏も検討しているのだとか。
また前回の珍事として山中に響き渡るうめき声の正体も明かされ、村を襲う不安感は拭い去られた。
他にもこの音楽祭に期待を寄せる声は大きく、ユニウス自身も楽しみにしていた。
そこで今回はその蟇目矢の鏃(やじり)部分である鏑(かぶら)及び蟇目(ひきめ)の材料を調達してもらいたいというのである。
天界では朴や桐といった軽量で加工性の良い木材が用いられていたが、かつては鹿の角などで作られていたらしい。
朴や桐という独特の木材を調達するのは難しいと判断した彼は、資料にもある鹿の角を加工してこれらを作成しようと考えたのである。
そして遂に最終段階を迎えたユニウスの弓作り。
その為に鹿の角を入手して彼の元に届けるという依頼が冒険者ギルドに寄せられたのだった。
●鹿の角と、最悪の敵?
シカは基本的に森林の中で生息していることが多く、里には降りてこないのだが時々里に降りて作物を食い散らかすという被害が起こる。あまりそういう事は頻繁に起こる訳では無いが、冬やまだ芽を吹かない春先に食料を求めてやってくるという事はある。
そういう習性から、時期的に見ても今回そういった村を襲うシカなどの被害は冒険者ギルドには届けられていない。
ところが、シカの多く生息すると見られるとある森の中に迷い込んでしまった旅人が鹿の怒りを買うまいと息を潜めながらそこを抜けようとした時信じられない光景を目の当たりにしてしまったのである。
「あれは、何なんだ? ぐちゃぐちゃの液体のようなもので、鹿をまるまる包み込んで、しまいには溶かしてしまった。喰われたのかどうかすらもわからなかった、あの巨体がまるごとすっぽり覆われていたんだ、今も信じられないよ」
彼の供述を聞く限り、森に棲む『それ』はスライム状のモンスター、クレイジェルであろうと思われる。
非常に厄介なモンスターではあるが、強敵という訳では無い。それに、放置しておく訳にはいかない。そこで旅人はその事を冒険者ギルドに報告した、という訳だ。
そこで今回はクレイジェル討伐と鹿の角の入手をワンセットにして依頼が組み込まれた。
旅人の通った森はメイディアからは少し遠いが、比較的抜け道として使われている道らしく彼以外にもそこを抜ける人がいるらしい。旅人は道順を教えてもらい通り抜けようとしたところ、そんな光景を目撃してしまったらしいのである。
鹿を丸飲みするほどの柔軟性を持ち、強力な粘液で溶かしてしまう狂暴さはやはり厄介だ。人間サイズであればひとたまりもないだろう。それでも弱点がない訳では無い。
実際には鹿の角さえ入手できればユニの依頼は完遂となるが、深追いせず鹿のみを捕獲してユニに提供するか、或いは更に限定して鹿の角のみを入手して持ち帰るか、或いはクレイジェルを倒して森に静寂を取り戻すかは冒険者次第である。
●リプレイ本文
●シカを求めて――。
今回の目的は、鹿の角だ。言ってみれば、シーズンを外したハンティングといったところか。
ちなみに、天界でも毎年恒例で行われている『鹿の角切り』というイベントは秋口に行われるのだが、わざわざ切らなくても生え変わりで時期になれば角が抜け落ちている事がある。
実際のところをいうと、ユニには肝心の蟇目矢を作り出す事も目的で鹿の角を必要としていたのだが、もう一つ。
ユニウスらしい考えのもと、鹿の角の入手が求められたのである。
村に着いたルメリア・アドミナル(ea8594)は彼の完成した漆黒の弓を見ると、その出来に嘆息を洩らす。
「やはりユニウス様の作られる物は素晴らしいですわ」
間もなく開催される村の音楽祭に向けて、村も段々と賑わいを見せてきていた。何せ一年に一度のお祭りである、村人たちにも熱が入るというものだ。
そんな音楽の村にユニウスがやってきたのは、偶然だったのだろうか?
いや――彼が導かれるようにここに来たのは、偶然などではない。運命というのは、偶然に見せかけ、必然を与えるものなのだ。
そして、それは今年の音楽祭をより盛り上げる為に必要不可欠だったともいえる。
「本当は角だけを入手してもらいたかったところだけど、例の服を溶かすというスライムの噂がね‥‥少し気になっているんだ」
オルステッド・ブライオン(ea2449)もユニの懸念に対し、眉をひそめながら。
「ジェルは服だけ溶かすとか言う流説がいくつか出回っているが、本当だろうか‥‥? どうも信じがたいが、この目で目撃するかもしれんな‥‥」
鹿が襲われている可能性は高く、骨すら溶かす強力な酸で溶かして捕食するらしい実体。
角というのも、言ってみれば骨が溶け出し盛り上がったものだ。骨すら溶かすという事は角すらも溶かしてしまう、という事である。
服だけ溶かすという器用な真似が可能なのだろうか? やや疑問は残るが、ともかく、ユニは冒険者たちにひとつお願い事を交わしていた。
‥‥というのも。
●強襲!? 見えざる敵との戦い
シカの好物というのは一体何なのだろうか?
シカの出現する場所に向かう前に事前情報を仕入れていた導 蛍石(eb9949)とマグナ・アドミラル(ea4868)は、レンジャーであるイェーガー・ラタイン(ea6382)とルメリアの知識をまとめながら打ち合わせを行っていた。
「若芽を主食とする‥‥といわれてもな。この時期では若芽などでていないだろう?」
「はい。しかしシカというのは基本的に植物を食べますわ。肉食などではないので、草木が生えた森の中というのは非常に暮らしやすいという事ですわね」
一応捕捉すると、シカはウシ科に属する動物なので植物が主食だ。時期によって食べるものは違うのだが、春から夏は山野に生える様々な草本を餌にしている。木の芽や若い葉も好物。
秋になるとドングリなどの堅果類、冬には樹皮を食べている事が多い。
ちなみに、牧草などももちろん好物なので、山からおりてきたシカが牧場の牧草を狙ったり畑の稲を食い荒らしたりという事があったりする。そういう事はメイでも頻繁に起こり得るのである。
そういう訳で夏場であるこの時期に効果的な『エサ』というのは存在しない。むしろ森全体がエサが豊富な餌場と言ってもいい。
だから、探せば意外と発見するのは難しくないのである。
そして、そういう時に発揮するのがレンジャーイェーガーの本領発揮だ。
獣道の発見や糞の状態、また食べた跡など様々な『情報』がイェーガーに飛び込んでくる。些細な変化も彼にとっては手に取るように理解出来た。
そしてその情報からどんな場所に罠を張るかを計算し、皆に指示すると協力しあいながら設置していったのである。
それにしても、とイェーガーは罠を設置しながら溜息を吐く。
「それにしても、ユニさん‥‥鹿を捕獲できたら持ってきて欲しいだなんて、何を考えているんだろう」
「そう、ですわね。あのお優しい方がまるで私たちに狩りをして来いと言わんばかりに‥‥」
「‥‥彼にも彼なりの考えがあるんだろう‥‥」
ルメリアもオルステッドもいつもとはやや違うユニの言葉に少しだけ困惑していた。
そう。
実は鹿の角の入手だけでなく、鹿の捕獲も可能ならしてもらいたい。と提案してきたのである。
どういう事なのだろうか? 確かに今までの経緯からすると彼らしくない提案だった。
しかし、彼の言っていた事は――間もなく真の意味を冒険者たちに語る事になる!
●ユニの真意。
――ピャアアアアッ!!
静かな森に、突然高音で響き渡る鳥獣の鳴き声が聞こえてきた。
「この鳴き声は‥‥シカだ!」
「シカって、鳴くんだな。もっと低い声かと思っていたが」
トール・ウッド(ea1919)は先ほどからウシと近い種である事を聞いていたので、モーモーと鳴くものだと勘違いしていたらしい。
直に聞いてみれば一目瞭然だが、実はシカの鳴き声はかなり面白く、その鳴き声にもかなりの変化がある。
今回のこの鳴き方は‥‥?
「行ってみましょう」
イェーガーは注意深く森を進みながら鳴き声のする方向へと足をのばした。
警戒を強める為と万が一の為に導とマグナはそれぞれウッドゴーレムを先行させながら急ぐ。
「不味いですね、あれは警戒をした時と‥‥」
「と?」
「叫び声ですよ、絶叫と言っていい。恐らく、襲われている可能性が」
そう、イェーガーとルメリアはこの鳴き声が届いた事で戦闘に突入する警報と捉えたのである。
ルメリアはその視力と集中力、そしてブレスセンサーを駆使しながら先行するウッドゴーレムと、イェーガーの急ぎながらもより安全な足場を辿るルートに追従していく。
戦いは、どんな局面でもそうだが、『先手のアドバンテージ』というのは圧倒的に強い。
確かに後の先という選択肢もある――だが、それは一瞬の躊躇もなく、死を覚悟しての『最後の手段』として考えた方がいいだろう。
基本的にイニシアチヴというのは最大にして最高のチャンスなのである。
だからこそ、不意打ちをかけられた側は圧倒的に不利な状況に追いやられるのだ。
クレイジェルは、そういう意味で非常に見えづらくわかりにくい事がイニシアチヴとなって冒険者たちにとってはやっかいな存在に映るだろう。
だが、最大の弱点がひとつだけある。
クレイジェルだけに限った事ではないのだが、実はこういったスライム類。
――動いたものに襲い掛かる習性があるのである。
「それに確か、打突攻撃は効かなかったはずだ‥‥弓なども役に立たないだろう‥‥斬るのが定法か」
オルステッドは再度確認しながら、皆に注意をうながす。
ゴーレムのような無機質なものでも反応するのかは、今のところわからない。だが、生理的に動くものに狙いを定めるという習性がそのまま反映されるとしたら、導とマグナが用意したウッドゴーレムは囮として機能する筈だが‥‥。
ルメリアはシカの鳴き声が聞こえた方向に目を凝らす。
「あれは‥‥泥浴びという訳ではなさそうですわね」
ルメリアとイェーガーはシカが繁殖期に行うという泥浴びとは違う、茶褐色の泥のようなものに足元を包まれてもがいている姿が目に飛び込んできたのである!
「あれが、クレイジェル――」
トールやオルステッドも後からその異形のゼリー状物体を確認すると、息を飲んだ。
「他にもいるかも知れないから警戒して!」
「うむ。よし、だったら、先ずは奴に一撃を入れてシカの救出といくか。‥‥斧の出番の様だな」
導のコアギュレイトで拘束をする手段を講じていたが、発動距離は相当近くにまで行かなければならなかった。リスクを覚悟しながらも、導はぎりぎりの距離感を覚えながら使い込んできた自身のコアギュレイトの感覚を信じる。
弓が通用しない事を懸念したイェーガーだが、動くものに反応する事を逆手に取って、ジェルに直接攻撃せずその近くに打ち込む事で注意をそらしていく作戦に出たのだがそれが意外と効果があったらしく、導の動きに触手のように伸ばしていた粘液みたいなゼリーは矢の着地地点に軌道修正したのだ。
そしてそれが一瞬のスキを生み、導の奇跡を助けたのだった。
発動した瞬間、飛び退いた導を見やると、今度はフルブーストしたルメリアが凄まじい雷光を放ちクレイジェルに浴びせ掛ける!
その雷撃に追撃をかけるが如くトール、オルステッド、マグナの三人が飛び掛っていった!
オルステッドが切りつけ、マグナが斧で叩き割る。
そして、トールが叩き潰そうとしたのだが――。
トールの大槌は妙に弾力のある体に衝撃吸収されるように波打って致命的なダメージを与える事が出来なかった。
「‥‥打突攻撃は効かないというのは本当のようだな‥‥」
「く、だが――どうやら」
まったく効果がない訳ではなかった。
どの程度のダメージが蓄積されたのかわからないが、コアギュレイトでの拘束で強制的に肉体が保持されていたのが解放されたからなのか。
ジェルはまるで水風船が割れたようにばしゃっと地面に弾けると、蒸発するように溶けて消えた。
他にもクレイジェルがいないかを警戒するが、どうやら付近には見当たらない様子。
だが――。
「ユニウス様が言っていたのは、こういう事だったのですね‥‥」
クレイジェルに足を溶かされ、逃げるに逃げられないシカを見下ろすルメリアたち。
ユニがシカを捕獲して欲しいというのは、こういう事態を見越しての事だった。
冒険者がシカを襲うクレイジェルを退治した時に、襲われていたシカはもう動けないような状況になるだろう。そうすれば、シカはもう自然では生きていけない。
だったら、持ち帰ってきてもらえないか――。
彼はそこまでを『読んで』敢えて彼ら冒険者に出来れば捕獲して欲しいと頼んでおいたのである。
果たして、冒険者たちはユニの真意を傷付いたシカを安楽死させ持ち帰る事で確信していた。
●間もなく音楽祭。
設置していた罠を帰りがけに外してから帰路に着く冒険者たち。
相当の重量があった為、馬などを使って持ち帰ったのだがユニウスはそれを見て黙って肯いていた。
「こうなる事を、知っていたのですね」
「いや、正確にはこうなる可能性があった、というだけだよ。このシカには悪いけれど、体を溶かされてしまったら森ではもう生き延びることは出来ないだろう?」
「そうですわね‥‥」
「それから、君たちにはまだ話していなかったかも知れないが――」
ユニから明かされた、もう一つの目的とは。
「角弓、ですか?」
「とはいっても、本来は水牛の角や骨、筋などを使って作る複合素材の弓なんだが。昔は羊を使ったり、鹿の角などでも角弓を作っていたという記録は残されているんだ」
無駄な殺生はしない、動植物を大切にする、そしてその命を最後まで使い切って昇華させる。
ユニの目指すものは万物の、自然的な思想からくる『生まれ変わり』を楽器や弓といったものに宿らせるという意味を持っていた。
だから、彼はもし鹿の角だけでなくシカを持ち帰ってきたらそれを『角弓』として復元したいと思っていたのである。
また、シカの肉は焼いたり、鍋などで音楽祭でも振舞われる事になるだろう。
彼はいつも、一つの材料を使って一つのものをではなく、いくつもの可能性へと変化させていった。それは彼の依頼を受け、共に彼の事を見てきた冒険者なら、身を持って体験している事だった。今回も角から蟇目矢を作るだけでなく、角弓すらも作り上げてしまおうというのだから、ある意味パワフルで柔軟な思考力を持っていると言えた。
「角は水に浸すことで、柔らかくなって、加工がしやすいと」
「その通り。それに加えてシカというのは他の動物と違って皮革が薄く柔らかいからとても加工しやすいんだ」
蟇目矢の製作の一部を見学しながら、イェーガーはユニの手際とその知識をその目に焼き付ける。
くりぬいたり、削ったりするのにも、角は水に浸した方がいい。もちろん完成までに充分乾燥させる時間が必要だが、加工の際にはこうして柔らかくしてからというのが基本である。
元々は『鳴弦の儀』という行事は弓を鳴らす事で破邪を願うものである。しかし、また弓は矢と一対になってはじめて弓とも言える。
だからこそユニは同じく『音色で邪を祓う』この矢の作成を決めた。
文献に習い、一番一般的な四つ穴(四目)の蟇目矢を作成した。
「これが放たれると、笛の様に高く澄んだ音色が響き渡る。そしてその音色が魔を祓うと言われているんだ」
鬼を弱らせたり、魔を祓う弓がある事は冒険者として旅を続けていれば知識として理解出来る。イェーガーは、率直にユニに質問をしてみる事にした。
「でしたら、『カオスを祓う弓』はあるのでしょうか‥‥?」
その質問に対し、ユニは。
「――カオス。聞いたことはあるが、その実体をほとんど知らないらしいじゃないか。僕にも彼らの正体は知らない、だから、明確に答える事は出来ないな。期待に添えられず申し訳ない」
「いえ、そんな。‥‥ないのなら――俺自身がそう云う『弓』になる必要がありますね‥‥」
イェーガーの決意にも似た一言に、ユニは笑顔でそれを返す。
「さて、これから音楽祭の準備も大詰めだ。僕はもう少し作業を進めて、それから準備の方を手伝おうと思っている。君たちの努力もあって、迎えられる今度の音楽祭。もし時間が取れるようならぜひ立ち寄って欲しい」
間もなく開催される一年一度の音楽祭に冒険者たちを招待するように呼びかけると、手を振りながら見送っていた。
村の一大イベント、音楽祭まで――。
本当に、もうすぐである。