メモライズド〜返還〜
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■ショートシナリオ
担当:なちか。
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月17日〜09月22日
リプレイ公開日:2007年09月20日
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●オープニング
●砕かれた希望
――最悪の事態だった。
セルナーからの使者は必死の治療のかいむなしく、遂に息を引き取ってしまった。
使者から引き出した記憶の言葉は、欠片のまま、元のピースに返ること無く弾けてしまった。
しかし、それと同時に言葉の欠片から引き出すことに成功した情報の数々は、次第にメイディアとセルナー領を巻き込んでの大きな事件の‥‥とはいえ、氷山の一角にすぎないだろうが、その一部の情報の裏を取る事は出来た。
前回までの重要ワードは以下の通り。
カオスニアン
ゴーレム
黒いゴーレムグライダー
恐獣
船
二騎
海路封鎖
海上騎士団
迎撃
派遣
この内、カオスニアンと恐獣の件では使者がメイディアに駆けて来た時にはじまっていた橋の工事中に目撃された情報では、橋に来た使者は二名。警備を担当した冒険者は迂回路を示した所、事件のあった方の橋へと相談して向かっていったという。
ちなみに、事件のあった橋とは反対――つまり、工事中の橋のそのまた向こうにある方は歩行者用の吊り橋であった事が官憲らの情報で明らかになった。
つまり、使者は、必ず、事件のあった橋を選択しなくてはならなかったのである!
また、追加情報として、被害者である使者セトテの傷跡から少なくとも全員別々の武器を持ち、集中的に上半身を狙って攻撃を仕掛けていった事。使用された凶器の種類は判明している時点では四つ。つまり、カオスニアンは四人いた事になる。
更に恐獣の足跡などを詳しく調査した所、爪などの跡から、小型の素早い恐獣である事が判明した。その数は三体ほど。
たった二人の使者を狙うには、いささか数が多すぎるのが気になるところだ。
元々、別の目的で橋にやってくる『何者か』を狙っていたのだろうか?
ゴーレム工房では黒いゴーレムグライダーの復元が完全にはいかず、結局解体されてしまっていた。
しかし担当者の証言と当時のスケッチを見せてもらった所、ゴーレムグライダーにはとんでもない秘密が隠されていた!
本当にそうだったのか、現物を見た訳では無いので断定はできないが『水上飛行艇』のそれに酷似していた、というのだ。
胴体はボートのような形状になっており、水上でも浮かぶことが出来たのでは? という仮説が立てられたものの、材質や重量など詳しいスペックなどは未だに不明のままだった。
更に港に向かった冒険者たちの情報によると、海上騎士団は何かを隠蔽している節があるという。
ゴーレムやゴーレムグライダーを乗せた船の目撃情報などが流れてこないが、とある騎士の表情などを読み取る限りでは恐らくゴーレムシップでゴーレムかゴーレムグライダーを運んでいた船との接触があったと見られる。
騎士団が公表しないのには何か理由があるのだろうか? 戦闘をしたのか、逃げられてしまったのか、或いは――。
どちらにしても、現時点では一切の情報が冒険者ギルドには流れてきていない。
●セトテを送り届ける事。
メイディアの病院で息を引き取った使者、セトテをセルナーに送り届ける事が決定した。
今回はその棺をセルナーに運ぶ事が目的である。
その前に――。
もう一度、あの魔女の手を借りなければならない。
というのも、黒いゴーレムグライダーのパイロットであると思われる人物がセルナーの病院に入院中であるらしいのだが、実は彼も何者かに『記憶』を奪われてしまっていたのである。
その為、ほとんどの情報を引き出す事が出来ないのだ。そこで、記憶を引き出す事の出来る魔女の出番、という訳だ。
メイディアから使者の棺の護送と同時に魔女を連れセルナーへと赴き、領主に使者を送り返す事が目的となる。
更にセルナーの病院でパイロットの記憶をリシーブメモリーで強制的に引き出し、状況を進展させる事が必要になるだろう。
●リプレイ本文
●涙色の雨
悲しみの雨なのか、分厚い雨雲に遮られた空は重く、鈍色のヴェールとなって大地を覆っていた。
何と言う結末なのだろう――。
望まざる結末に誰もが悔しさを滲ませる。一人の医師として向き合ってきた、必死に生きようともがいていた患者――使者が遂に息を引き取ったのだ。
救おうと思っていた命を救えなかった悔しさ、力及ばなかった無念さ。理想と現実のすれ違いに、月下部 有里(eb4494)は苦悩する。
全力は尽くした――自分の中に、それでも拭いきれない『何か』が渦巻く。
本当に――? 自問自答がいつまでも終わることのない螺旋を描いてゆく。
もう、二度とこんな風に死なせたりしない。
決意にも似た気持ちで誓うのは、自身への揺らぎそうな心。見上げる空の雨粒にうっすらと浮かべる涙を流し溶かしていった。
エンバーミング。
聞きなれない言葉だが、簡単に説明すると死体に対し腐敗を防ぐ為、或いはそれによる感染症などの防止などを理由に消毒や洗浄などの処理を行い、死者を長期保存するという目的で、古代の『ミイラ』がその起源とされている死体処理の一つの方法だ。
エンバーミング処理を行う、というのは基本的に土葬であるメイの国にとっては合理的な方法ではあるのだが、現時点でそういう処理を行っているという慣例はほとんど残されていない。
過去に貴族や或いは王族がそういう処理を受けた事があるかも知れないが、文献ではほとんど見ることはない。近年では、先日遺骸が返還された、竜人族――ナーガ族の一部が永久死体の一種である『死蝋』の処理を施している事は明らかになっている。
月下部は遠隔輸送である事と、死者へのセルナーへの帰還へのせめてもの手向けとして、簡易ながらセトテの遺体表面と鼻腔や口腔の洗浄、そして――いわゆる『死化粧』を施す事を決めた。
処理を終えると、導 蛍石(eb9949)がセトテを清め、簡素ながら弔いの儀式を行った。
「向こうじゃ今のメイよりももっと技術も進んでいない時代から、こうして死体の保存を行っていたらしいの。杉から抽出したグアイアコールや桂皮からケイアルデヒドなんかを防腐剤の代わりにしてね」
サミアド砂漠が広がっている辺りの地帯では比較的自然にミイラが生成される可能性はあるが、首都であるメイディア辺りでは気候も違う為、難しいかも知れない。それでも、数日程度なら充分に保存状態がよいままセルナーへ還してやる事が出来るだろう。
その後、二人はユニ・ランシェット(ec3440)と共にセトテをセルナーへと送り届ける為の準備を入念に行った。馬車などの借り入れやルートの整理、スケジュール管理などまだまだやる事は残されているのだ。
●魔女の元へ
そして、今回の死者を送る為の準備班とは別に、別働隊として数名の冒険者がとある村へと急いでいた。
使者セトテが昏睡状態の時――結果的には最後のメッセージとなった――彼の記憶を引き出した女性、かつて魔女と呼ばれた女性の力を、今、再び借りようというのである。
ところで、この魔女。名前はないのだろうか? かつて双子の魔女として恐れられた当時の事を知る者はもうほとんど残っていないという。更にとある吸血事件においても、すでに彼女の名前を知る者はおらず、『魔女』という肩書きだけが残ったと言われている。
最近ではやや温厚になった性格――といっても生来は双子の姉思いの心優しい魔法少女だった――や、とある男性との出会いによって、研究を続けていた当時から比べると『女』を取り戻したというか、女性としての女の生き方を振り返るように生き生きとした表情になっていた。
吸血事件を知るルメリア・アドミナル(ea8594)や、先日魔女との直接交渉を行ったグレナム・ファルゲン(eb4322)にとっても、魔女を知らないルエラ・ファールヴァルト(eb4199)も、彼女の今の素顔を見ればきっと驚くだろう。
先日違う依頼でちらりと見かけたルメリアだったが、諸事情で再会を喜び合う事は出来ずにいた。
だからこそ、今回はぜひ、顔を見合って話し合いたいと。
聞きたい事、話したい事はたくさんあった。
メイディアに買い出しに来るという魔女を知る商人から住所を聞くと、すぐさま出発する事になった。
つい先日、再び買い出しにやって来たという商人の情報と、ルメリアたちがとある村で見かけた時期はかなり近いうえ、場所もそんなに離れてはいない。
「お久しぶりです、魔女殿、再びお力をお借りする為に参りました」
グレナムとルメリアは、木枠に泥のようなものを敷き詰められている『何か』を横目に、魔女との再会を固い握手で交し合う。
ルエラとは初めての面識であったが、丁寧に挨拶をのべる。
「お初にお目にかかります。鎧騎士のルエラ・ファールヴァルトと申します」
「そうか‥‥あの男は死んだのか‥‥」
グレナムも直接頼み込んでの依頼のその報われない結果に言葉尻が重くなる。それでも、これから先にあるであろう重大な事項の為にもう一度彼女の、魔女の偉大なる力を借りたいという事は伝えなければならなかった。
「――記憶を? その男も死んだ男同様に記憶を奪われている、と」
「可能性、ですが」
「ふむ。で、私にそのパイロットの男とやらの記憶を読み取ってもらいたいと、そういう事か」
「お願いできますでしょうか」
「やれない事も無いだろうが‥‥以前同じ事をした時に言った事だが、記憶の内容を保証するものじゃない。その男が記憶をどの程度まで奪われているか、奪われ方にもよるだろうし、残り方も違う。ほとんど取り出せない可能性だってある。それでも、私の力を借りようというのか」
「少しでもいいですわ。きっかけがあるだけでも違うはず、決してゼロではないと、必ず手がかりを掴めると信じておりますわ」
「‥‥信じる、か」
自分自身、信じるものの為に生きてきた。信じるという事は、非常にリスクが高い。
それでも、だからこそ強くも優しくもなれる事を、魔女は知っていた。
そして、それはルメリアにも同じ事が言えるのである。
「面白い、その男とやらに一度会ってみるか」
「本当ですか!?」
「元々一度は乗りかかった船、私に出来る事なら協力すると言ったのだ。手伝い位はしてやるさ」
「ありがとうございますわ、魔女様」
「急ぎなのか」
「そうですわね‥‥」
「ご安心を。私たちが今回のセルナーへの旅路では護衛を勤めさせて頂きますから」
●残酷な結末は終わらない。
「うわ、ひでぇなこりゃ‥‥」
橋から少し離れた場所に林がある。恐獣の足跡やモーリィが引っ張ってきた捜査犬を使って匂いを追って林に入って一時間半ほど、かなり深い森林の中に変わり果てた『それ』があった。
すでに死後数日経過しているのはモーリィの目から見ても明らかだった。
そして身元も、『それ』が生前装備していたであろう装備品のいくつかから、先日息を引き取った使者と同じ所属の人間――つまりもう一人の使者である事が判明したのである。
更に奥に進むと、今度は彼の乗っていたであろう馬も倒れ、息絶えていた。
専門医であればおおよその死亡時刻が判明するだろうが、断片的に死亡している使者とみられる遺体と腐敗具合が同じ程度と判断された事から、ほぼ同時に殺害されたものとされた。
外傷で特徴的だったのは、セトテとまったく同じ片目がくり貫かれていた事だった。また、傷の付き方も同じように、いくつかの違う武器で攻撃された事を教えてくれていた。
セトテの方が傷は深いようだったが、結果的にはセトテよりも早く死亡したのではないだろうか。
それよりも、この特徴的な外傷。今回の事件に、何か重要な手がかりになるだろうか?
記憶を奪う為に必要なのだろうか、それとも、記憶を引き出すために必要だったのだろうか。或いは――。
どちらにせよ、非常に印象深い特徴ではあった。
モーリィたちは戦闘の痕跡から更に捜査を進めたところ、ようやく、ほんの小さなヒントを見つけることに成功した。
「どちらにせよ、これは一回メイディアに戻らないとならないようだねぇ‥‥」
紫煙がゆらゆらと立ち昇り、雨粒に吸い込まれるように霧散していった。
メイディアで準備をしていた月下部たちの元に、もう一人の死者が変わり果てた姿で戻ってきたという報告があったのはそれから間もなくの事だった。
「――死後、一ヶ月という所かしら。森林‥‥ね、確かに菌や微生物、蛆なんかが非常に多い場所だと腐敗速度は早まるから。でも、逆算するとやはり死亡したのは、おそらくセトテさんが襲われて病院に運ばれる前後と時期が重なるわ」
死体の装備品から、かろうじて使者セトテと同じくやってきた二人のうちの一人である事だけは判明したが、王宮側からはまだ彼の身元は回答が来ていなかった。
「一緒に送り届けた方がいいんだろうか?」
「王宮側からのコメントを待つしかないわね。本当にそうなのか、証明出来る人がいなければ勝手に連れ出す事は出来ないわよ」
「‥‥そう、か」
ユニは戻ってきた月下部の話を聞きながら、予想以上に事態が悪化している事を悟る。
「自分は彼の弔いをしていますから、少しだけ時間を頂きますね」
「わかったわ、私たちは王宮の回答と官憲‥‥モーリィさんの方にも情報をもらえるか聞いてくるから」
「橋から離れて、もう一人の使者を追っていったって事だろうね」
資料をまとめながら、煙管を吹かしてみせる赤い髪の女性。
「待ち伏せ路線は、厳しいか‥‥」
「やはり文書の方を狙って先回りした、と見るべきでしょうか?」
「ああ、あの森でガイシャの乗ってた馬も殺されてた。更に奥の方に、つまり、地図でいうと、ここだ」
モーリィが示したのは、街道とはまるで外れた森の切れ目、更に奥まった場所に広がる平原の付近でカオスニアンの死体が一体放置されていたという。
そして、手にしていた武器と使者を死に至らしめた凶器の傷跡と形状が一致した事が明らかになったのである。
「追撃したはいいが、森で戦闘になって、カオスニアンは使者に抵抗され傷付けられて、必死で使者を殺害。そこから逃げようとしたが思ったより傷が深く、足手まといになると自ら、或いは仲間から部隊を切り離された――という訳だ」
モーリィは探偵などではない、仮説で説明するほど間抜けではないが、唯一気になった点がある。
「目がくり貫かれていた、ですか」
「ああ、確か、使者のセトテってガイシャも片目を失っていたと報告があったはずだけど」
「あ、はい。右目と右腕を失って‥‥あ――」
検死した時に何か、違和感があった。同じように上半身を傷つけられていた、という事と頭部、特に右の眼球がくり貫かれていた事は確かに共通していた。
だが、それが何に関係しているのか、わからなかったのである。
「目だけ欲しければ、片目である必要はないな。二つとも奪えばいい、だが、片目だけというのは」
「片目で『充分』だったのよ‥‥」
医師は官憲と違い、様々な『可能性』を多方面からの情報を頼りにし、どんな小さな事も見逃さない。
基本的に『事実』のみで行動する官憲たちとは立場が違うからこそ、『最悪のケース』を覚悟するのである。
●セルナーへと、飛べ!
王宮側の回答が得られぬまま、合流時間になってしまった。準備班、魔女捜索班は無事に合流を果し、厳重な警備の元、遂に出発する事になった。
一晩ぐっしょりと濡れたメイディアだが、明けてようやく天候が回復した。
「ペガサスというのは、不思議な生き物だな。飛んでいるのか、走っているのか、こんな浮遊感ははじめてだ」
「ふふ、珍しいですか? 少し揺れます。恐れ入りますがしっかりロープを繋いで、つかまっていてくださいね」
「ああ、わかった」
「それから、この子は飛んでいるんでも、走っているんでもありません」
ルエラは赤い髪を風に任せながら、笑う。
「ペガサスは――空を駆けるのです」
「‥‥ふ、益々面白いものだ」
空から見下ろすメイの大地は、普通の人間では得ることの出来ない領域だ。自由にもあり、不自由にもあり、自在にもみえるし、ひとつ間違えば落ちるかも知れない恐怖と隣あわせ。
いつかこの空が戦火に染まる日が来るかも知れないが、今はただ、青い空と緑の大地がどこまでも続いていた。
地上の馬車は搭乗者が導と月下部。セブンリーグブーツで駆けるのはルメリア、グレナム、ユニの三人。
そして空を駆けるルエラと魔女で全方位をカバーしつつセルナーへと向かった。王宮で輸送用馬車を借りたのが正解だった、今回の使者の返還に馬車を借りる事が出来なければ、ここまで安定した移送は不可能だっただろう。
そこらにあるボロ馬車と比べると、まさしく雲泥の差。作りもしっかりしているし、乗り心地も快適だった。セトテの棺もほとんど揺れずにすみ、かなり安定した速度と状況をつくる事が出来たのである。
その安定さが護衛する冒険者たちには護衛に集中出来るとあって、すこぶる感触が良かった。
予想外のあまりのハイペースにユニはやや疲れたような表情を見せていたが、ベテラン冒険者たちのペースについて行くだけでもかなり上出来である。
結果的に予定よりも半日以上早くセルナーに到着した冒険者たちは領主に使者の返還ともう一人の使者が先日、変わり果てた姿で発見された事を伝えた。
メイディア側で身元を確認次第、セトテ同様に送り届ける用意がある事を伝えると、もう一人使者の返還を待ってから折り返し文書をメイディアに送る事を約束してくれた。
どうやらこの場では発行するのは難しいらしい。もう一人の使者の情報を聞いた冒険者たちはメイディアに戻った後、王宮側に確認の為情報と照らし合わせる作業がある。
文書を持ち帰る事は出来なかったが、病院ならという事で魔女と共に向かった冒険者一向。
ところが、官憲の管轄だったらしく直接面会する事は出来なかった。
実はセルナーに向かう事を知ったメイディアの官憲モーリィの方からも協力要請があったのだが、その要請受理に相当時間がかかってしまって、魔女を待機させているにも関わらず面会する事は適わなかったのである。
結果的に、冒険者たちのせっかくの予定より早く到着したマージンは完全に打ち消されたあげく、入院中のパイロットの男に面会する事すらも出来ずに帰還する事になってしまったのである。
「官憲からの協力要請を受理すれば面会する事は出来るのだろう?」
魔女はセルナーに留まり、冒険者らが帰還してギルドや王宮に報告している間にその男と面会する事を考えているようだった。
「何か得られる情報があれば、すぐに伝えを出そう」
タイミングと『たらい回し』の不都合に振り回されたが、魔女にこの場を任せるしか、無いようだ。
かくして――冒険者たちは新たな『転機』を得ることになる。