●リプレイ本文
●恐獣の氾濫
ここ最近の、いたる所に出現する恐獣。カオスニアンが率いていた恐獣部隊もそうだが、それ以外の、セットではない恐獣が増えてきている。
理由はわからない、だが、ただ増えているだけでは無いのだという事だけは確かなようだ。やはり大量に恐獣部隊が投入されている可能性と関連性があるだろうというのは大方の予想。とは言え、確証がある訳では無い。
事実だけを捉えるならば国や民をおびやかす存在である以上、恐獣による被害が拡大する前に沈静化させる事が第一だろう。増えた原因、増える理由を探るのはもう少し後回しにするか、そういう方針で調査を進めるのは民間レベルではなく、王宮側、つまり『上』が考える事だ。
今は兎にも角にも、ユニウスのいる音楽の村をその襲い来る可能性のある恐獣群を倒す事が最優先になる。
今回はシルビア・オルテーンシア(eb8174)がグライダーを使用し上空からの哨戒と足止めの先手をレフェツィア・セヴェナ(ea0356)と共に務める。
ガイアス・クレセイド(eb8544)は丸太を縄で縛り設置する防護柵、馬防柵にヒントを得たものを作成するのに必要な材料の運搬でチャリオットを使用して集めてきた。
相手は突撃してくる可能性がある、そういう意味からすると進行方向を逸らせる為の準備としては充分過ぎるほどだ。もし今回恐獣が突撃して来なくてもこのまま置いておけばかなりの抑制になるだろう。
カオスニアン付きの統率された恐獣ならともかく、野生に近い狩りを行っている恐獣相手ならわざわざそんな所を強襲しようとは思わないだろうが、何せ一番のボトルネックは中型の恐獣はハラペコで、その為小型恐獣を食い殺そうとしている点だ。もし獲物を見失ったとあれば多少リスキーでも臭いを嗅ぎ付けて侵入しないとは言い切れない。飢えた獣は何をするかわからないのが『野生』の生き物なのだから。生きる為なら、何でもする。
またイェーガー・ラタイン(ea6382)は鷹をシルビア、レフェツィア組の上空哨戒と共に偵察に向かわせる。
その間に、村で迎撃体勢を整える為、罠の設置や落とし穴を掘るなどの準備を手伝った。
マグナ・アドミラル(ea4868)、アルファ・ベーテフィル(eb7851)、ガイアス・クレセイド(eb8544)らが村の防衛ラインを形成している。万が一侵入を許しても彼らの戦闘力が最後の最後で村を守る事が出来ると信じて。
「本当は、村に入られる前に決着を着けるのが一番なんですけどね」
「ああ、だが、油断は禁物だ。今回、もし前衛でケリがついたとしても、その次、そのまた次に同じ事が起こって無事だとは言い切れまい。今回は事前に恐獣の存在を知ったから準備が出来ていたが‥‥既に侵入され蹂躙された後に連絡を受け、討伐した件もある」
「そんな事も‥‥あったのですね」
イェーガーはごくりと息を飲む。マグナは少しの連絡の遅れで致命的な損害を被った村、しかもナーガの村というここよりももっと複雑な地形と場所にある村での悪夢を思い出していた。
だから、今回は準備を整えられるだけ、その分幸運だったという訳だ。
「よーし、思い切り引き上げろ!」
マグナの指示で全員が掛け声合わせて縄を引き締め、持ち上げるように引き上げる。
もちろん力仕事もこなせるユニウスも協力している。繊細な腕を持ちながら、職人というのは意外と力の入れ方などの『コツ』を知っているようで、筋肉隆々でなくとも普通の人間とは少し加減を違えど工夫してこしらえる。ユニはそんなに筋肉質ではない、どちらかというとスラリとしたスマートな体格だが、『コツ』を知っている人間なのだろう。
縄で固く縛り上げ、そうして頑強な防護柵が完成した。もちろん丸太の先端は削り出してあり、尖っている。
完成度といい、強度といい、文句無しの一級品だ。罠の設置も偽装もほぼ完璧な仕上がりだった。
これぞ戦場で鍛え上げた知識と技術、狩猟に使う知識と技術のハイブリッド。
「短期間にしてこの出来とは、いやはや、恐れ入った。さすがは歴戦の冒険者だね」
「お久しぶりです、ご挨拶が遅れました」
イェーガーは柵の完成に喜ぶユニに再会の挨拶をする。
「ああ、僕の探す材料などの依頼以外で来られるとは思いもしなかったが、嬉しいよ。今回は少々厄介なのが相手だが、無事に済む事を祈るばかりさ」
「ええ、そうですね。その為に万全の体制を敷いています。ところで楽器の方の進展具合はいかがですか」
「そうだね、悪くは無いよ。いや、実はこの恐獣騒動がある前から少し恐獣の事を勉強していてね‥‥今回はそれをヒントに試したい事があるんだ」
ユニの思う、『試したい』事とは――。
●恐獣を倒した後の事。
どうもユニの話では、メイではほとんど見掛けないとある風習に目をつけたらしいのである。
というのも、彼が言うには、メイでは恐獣を倒してその後は何も手を付けない事がほとんどらしいのだ。元々の生息地であるバやジェトの国がある大陸では、恐獣の生息数が多い事からそれらを『衣食住』に還元しているらしいという。
どういう事かというと、つまり恐獣を倒した後――その肉を食べたり、固い鱗の皮膚を皮として衣服にしたり鱗鎧にしたり、強度を増す為のカバー代わりにしたり、またその牙や骨は武器にしたりアクセサリーにしたりという事があるというのだ。
ユニの言い分ではそれはメイではほとんど見受けられず、元々の生息地である南の大陸でも『やや希少な』事らしいのだが、メイにもそれなりに恐獣が生息しているという現状を考えればそういう自然との共存、恐獣といえど生き物である以上、全てを還元するというその考えには非常に感銘を受けたのだった。彼自身の目指すそれと目的は違うものの、結果的に近いものを感じたという。
もちろん、本当に肉を食べるかどうかは置いておいて、骨や皮を楽器に使えないか、という意識が彼の中で芽生えていたという訳である。
「そ、そんな事を考えていたのですか‥‥!」
海を渡った遥かな地の、そんな小さな情報ですら貪欲に取り入れようとするウタウタイの姿に武者震いのようにブルブルと体の芯から震えるイェーガー。それを聞いていたアルファもそれを使ってダイナソアスレイヤーが出来ないかを問い掛けてみる。
「そうだね、前にもイェーガーがカオスを討つ武器が欲しいと言っていたけれど、それについても僕なりに少し勉強してみたんだ。どうもそれによると、材料だけで『スレイヤー』能力を持つものは造れないらしいんだ」
「どういう事です?」
「まだ勉強中で間違いがあるかも知れない、だから余計な事は言えないが、何らかの力をもってスレイヤー能力を付与しなければならないんだが‥‥どうやって『それ』を付与するのか、そこまで調べてはいない。近いうちに王宮の図書館や魔術師ギルドなどに行って資料を見せてもらおうとは思っているのだけれど」
「という事は――弓が完成しても、ダイナソアスレイヤーにはならない、と?」
「わからない。こればかりは実際に完成してみない事にはね」
「でしたら、先ずはその試作品として、材料を集めなければなりませんね。そういう事でしたら、出来得るだけの骨へのダメージを与えない方法で倒す事を約束します!」
イェーガー、アルファはそう言って力強く肯いた。
●恐獣の進攻を止めろ!
「いたっ!」
レフェツィアがシルビアの駆るグライダーで上空を周回していると、丁度、距離を保ちながら村に接近してくる恐獣の姿を発見する。
「あ、あれ‥‥?」
「どうしたのですか?」
「い、いや、気のせいか‥‥いや、気のせいじゃない、小型のヴェロキなんだけど六匹に増えてる!?」
「増えている、ですって」
いや、移動しながらの狩りだ。追い込んだ場所に更に恐獣がいても何らおかしくはない。だが面白い事に恐獣だけでなく野生の獣は普段どんなに数が増えようとも、一度狙った相手をそう簡単にターゲットから外したりはしないものだ。
最初に狙われた獲物となる小型の恐獣が逃げ切るか追いつかれるまでその戦いは続く。
要はその狙われた小型恐獣が村に近付かなければいい訳だが、そういう訳にはいかない。生死を分かつ必死の逃亡劇である。
必死も必死、立ち止まればそこで全てが終了する。
だが三体だった小型恐獣が倍に増えたとなれば話は別だ。
「ちょ、ちょっと話が違うよ、なんで小型の方が狩りしてるの!?」
そう。
つまり事態は三体の小型恐獣が増えた事で、中型の立場が完全に逆転した格好になる。中型はそれにまるで気付いておらず、『囮』の小型はとにかく逃げているがその実その前後左右から同時に喰らい付き、食い殺そうとフォーメーションを形成していたのだ!
これは冷静に動きを観察していた上空の二人しか事情が把握出来なかっただろう。
「これは‥‥数の増減と狩りの状況を一度伝えて少し作戦を変更しないとまずい事になるかも知れないわね」
「落とし穴の数も増やしたり?」
「そうね、そういう事も含めて」
「了解」
「数が増えたという事は魔法で動きを封じるのも倍に増えるという事よ。あなたが負担する魔力も相当になる」
「それもそうだけど、二体位は足止めしておかないと流石にこのままは不味いかもね」
「早めにこちらで対処してから村で防衛戦を展開‥‥これも止む無しかしら‥‥」
シルビアたちは一旦戻ろうとしたものの、やはり数が倍、というのは想定外であろう事、罠の設置数がそこまで増やせないであろう事を予測してこれまでの作戦通り、狩り手を小型と認識して、中型を背後から狙う小型二体をコアギュレイトで拘束する事を考えた。
そんな中、イェーガーが天馬と共にシルビアたちを応援に駆けつけた。
「大丈夫ですか?」
「事情は後で話すから、手伝って!」
レフェツィアの声に緊張感が含まれている事に気付いたイェーガーはシルビアと共に絶妙なコンビネーションで急降下攻撃を仕掛ける!
コアギュレイトで動きを阻害された事に気付かせる間もなく射出された鋭い矢が一匹の腿を貫くと。
「次!」
曲芸みたいな機動でぎゅううと旋回をしたシルビアのグライダーはそのまま二匹目の小型へと猛スピードで突っ込んでいく。深く息を吸い込んだレフェツィアは更に確実さを高める準備をしながら、交差するギリギリまでタイミングを合わせて詠唱をはじめた。
射程の短さは一撃離脱の速度とタイミングでカバーするしかない。
しかも相手は常に移動している。それに近付いて魔法を撃ち出したり弓を放ったりするのだ。その腕が確かでなければそうそう簡単に成功しない所だが――彼ら彼女らには、その『腕』があった。
成せる力があれば、こんな無茶な戦い方も劇的に効果を表すのである!
ヴァシュッ!!
二本目の矢もスネ辺りを深々と射し貫いた。
痛みに苦しむも動くどころか転倒する事もままならない小型にも気付かず猛突進する中型恐獣。それにさえ気付けばもしかすると村にまで到達する事は無かったかも知れない。
●最終防衛ライン
「止まらない。止められなかった‥‥」
悔しさをあらわにしているレフェツィア。だが、彼女のせいではない。むしろ彼女はよくやった。
状況がほとんど変化しなかったのは不測の小型三体の増加とそれによって変化した狩りの立場だ。二体を倒したとはいえ、四対一という状況下であればまだ狩りの立場は逆転していない。
それがもう間もなく村が見える所まで接近しているのだ。そのままなだれ込む可能性は充分にあった。
「とにかく、この速度なら私たちが戻る方が早い。イェーガーさんはもう一体、小型でも中型でも、狙えるものを撃破してください!」
「はい、やってみます!」
シルビアたちは更に加速して村に戻る。危機が訪れる事を警告する為だ――最終防衛ラインでの防衛戦の開始である。
「さあ、ふう。行くよ、ついて来るんだ!」
イェーガーはそう言うと巧みにペガサスを操って恐獣群を追いかける。
後方から忍び寄っていた小型のもう一匹に狙いをつけると、彼はそのまま弓を引く。精度の良い弓であれば撃ち出してから着弾するまで矢はブレる事がほとんど無い。
もちろんこれは弓だけでなく、矢の精度も関係してくるが、今回は騎乗しながら引いていてもこれだけの性能を誇る。
弓の性能がこれからもっと上昇すれば、使い手の潜在能力は更に開花し、戦術は劇的に変化する可能性を持っていた。
戦争をしているメイの国である。兵器の性能を引き上げる為の技術力はこれから益々磨き上げられるだろう。そうなれば弓やいわゆる遠距離兵器までも更なる進化を見る可能性は高い。
ユニは戦争の道具である武器を作成するつもりはない。だが、自然のサイクルに乗っ取った狩りの為の武器なら、或いは。そういう意味で今回恐獣の牙や骨を繋ぎ合せた複合弓――角弓を作りたいと感じたのである。
イェーガーの腕を信じた二人は村に到着するとすぐに迎撃体勢を整えるよう全員に指示。そこからはマグナが先導する形で村人全員が協力しての防衛戦が展開した。最終防衛ラインにはマグナ、ガイアス、アルファがいる。
「村に連中を入れさせん、防壁前で必ず食い止めるぞ」
「これより先は行かせん」
そこから先は正面からの激突だった。中型の猛進を止める為にシルビアたちは再び前線に戻ったものの、小型は彼らに任せるしかなかった。
「うおおおお!」
――音楽の村の村人たちは音楽祭という一つの目的を共有している同士だ。だから、こういう時の一体感はとてつもないパワーになった。最終防衛ラインで戦う彼らを見ながら、全員でそれでも村を死守するという思いが伝わり三人に強い勇気を与える。
レフェツィアのコアギュレイトが中型に炸裂しそれをイェーガーが追い打ちを入れ沈黙させた事で防衛側は圧倒的優位に立つ。
そのまま形勢は村側にシフトし――ガイアスの持つ剣の名の通り――『勝利』を得る事が出来た。
●解体は意外と大変?
結果的に得られた恐獣は小型三体を追加した計七体となった。
「これだけあれば、研究分も含めていくつか試作品が作り出せるかも知れない。流石に今すぐに作り出す事が出来ないが、そうだな、せっかくだから『スレイヤー』に関する事項をもう少し詳しく調べて上質な『角弓』を作ってみる事にしよう」
「メイの鎧騎士で射撃をメインにしているので、お店でも発売されれば助かります」
シルビアやイェーガー。アルファも彼の作り出す弓に興味を寄せていたが――。
「お店、か。量産するのは難しいかも知れないな。なにせ先ずこんな事を考える僕はどちらかというとメイでは異端の方だし、量産となれば無駄に恐獣を乱獲する恐れもある。害獣とはいえ、害を成さねばただの獣。自然にいる恐獣を無駄に殺す事になるのは少し違うと思うからね」
そう言ってユニは、研究の為の時間をもらいたいと苦笑した。