●リプレイ本文
●さむいべや
「友人の導蛍石からユニウスさんへ渡してほしいと預かってきたものですが‥‥よろしければどうぞ」
そう言って雀尾煉淡(ec0844)は友人から託されたという預かり物をユニウスに手渡す。
「これはこれは、僕の研究の為とはいえ、いいのかな」
「ええ、是非に、という事でしたので。お役に立てると嬉しいのですが」
「ありがとう。ぜひ参考にさせてもらうよ。そうだ。先日の事、魔女が不思議な事を言っていてね‥‥」
「魔女さんというとあの」
「ああ、彼女が参考文献を読み進めているうちになぜか依頼の報告書に関して何か思い出した事があるとかで、出かけてくると。僕も力になりたかったのだけど、お前は他にやる事があるだろうと断られてしまったよ」
「思い出した事‥‥なんでしょうね‥‥」
シルビア・オルテーンシア(eb8174)も二人の話を聞いているうちにふと口をついて出てしまう。
そもそもスレイヤー能力というものがこのアトランティスという世界においてどんな意味を持つのか、アトランティスという世界の法則に準じた環境の中で作り上げることなど出来るのか。
それすらはっきりしない状況下において、魔女が見つけた『ヒント』とは何なのか、当のユニウスにもまるでピンとこない。
スレイヤー能力を付与されたと見られるエンジェルスレイヤーを冠した『堕天の錫杖』に触れ、通常時では特別な印象を覚えないそれに、彼も何かしばらく考えさせられる風な表情を浮かべて見せた。
ユニウスは雀尾の友人からという堕天の錫杖の他、天界でも見知っているアーチェリーや銀製のシルバーハープ、そしてアトランティスでは見ることの無い材木である『竹』で作られたという黄龍の龍笛を預かった。
「今後の参考にさせてもらうよ。材質や構造はやり方によってはこちらでも充分再現出来る部分もあるし、それによって完成度を高める事が出来るかも知れないからね」
「さて、そろそろ準備だ」
トレント・アースガルト(ec0568)はそう言って、ユニウスが完成させたという角弓を拝見させてもらう。
「これが大型角弓、面白い形をしておられるな」
「小型恐獣と、中型恐獣を加工して作ったのか。器用だな」
二つの恐獣製の角弓を見比べて、感心しているのはルーク・マクレイ(eb3527)だった。
骨や牙、角などを加工して作成したというこの角弓は、通常、大型の動物がベースになる事がある。
例えば、牛や鹿など。恐獣などの場合は小型とはいえ、それらとは一回りは大きい事がほとんどである事から、材質的にはかなり硬く、加工も難しいが、それでも何とか形にしてしまう辺り、ユニウスがこれまでに蓄えてきた技術や知識がしっかりと活きた一品に仕上がっている事が理解出来た。
出来る事なら――この弓が、更なる力を冒険者たちに与えられればよいのだが‥‥。
ともかく。
全体的な調整を含めて、先ずは試射会という訳である。
今回の試射に加え、更に魔女が思い出したという何かが加われば、或いは。
●なまらさむいべや
今回は真冬の狩りという事で、主に罠を張って巡回する手法と、昼夜で違う獲物を狩るという手法と、四人ではあるが集団で追う狩りまどを用いての狩猟を行う事にした。
そして、今回何より良かったのは、シルビアの愛狐『ヴォルペ』がいてくれた事だった。
冬場に特化した訳ではなく、フォックスは基本的に狩猟に向いたペットの一種である。特にノウサギやアナウサギと呼ばれるウサギ狩りにはとても役に立つ。
ウサギだけではないが、狩猟の場合は鷹などの猛禽類も非常に優秀なペットとなる。
そういう訳で、今回はシルビアの愛狐が冒険者の頼もしいパートナーとなったのである。
さて、冬場の狩猟というのは実に難しいという事を先に言っておく必要がある。冬場の動物の多くが冬眠期に入るという事も理由のひとつだが、『狩る側』も寒さ対策に追われる事がひとつ、そして、意外とこれが大きい要因となっている。
冬でも活動的な野生動物というのはしかし、まったくいないという訳ではない。だからこそ、冬の狩猟というのもしっかりと存在する。
こんな寒い時期に一体どんな動物が山林に潜むというのだろうか。
大小関わらず、という事ならこんな動物たちが代表的だ。
昼間は大型のものになるとシカがおり、小動物ならウサギ(ノウサギ、ユキウサギ、アナウサギ)など。
夜は、コウライキジ――アトランティスではフェザント、或いはファシアヌスと呼ぶ方がいいかも知れない――や、夜行性のムササビなどがいる。
更に川ではトラウトやチャーと呼ばれるイワナの仲間を、海ではシタビラメやハリバットという超巨大なヒラメやカレイ。更には超巨大なウナギやナマズとの激闘が釣りなどでは楽しめるという。
冬の狩猟に魅了されるのは、捕獲率が低い為にその分狩りが成功した時の喜びがひとしおだという事だ。
そういう意味では、本来は釣りの方が地味に成果としてはいいのだが、あくまでも今回は弓の試射である。
「さすがに冷え込むわね‥‥」
「しっかりと防寒はしておくべきですね。試射の前に体調を崩すのもなんですし」
「そうね。先ずは罠の準備と、足跡や糞などの調査に分かれましょう」
シルビアはそこで、雀尾の猟師としての知識と技術、ルークの工作技術などを罠の製作及び設置班として分け、彼女とトレントは射撃班として分かれる事でそれぞれに役割分担を果たした。
実働班としてはシルビアにはフォックスがいたし、細かな気配を全身で感じながら、休憩を挟みながらの狩りは続いた。
●でた
冬の狩りで、一番危険な事は、というと。
やはり何らかの原因で冬眠から覚めたクマが人里などに出没し、暴れまわる事だ。
シカなどが樹木の表皮を食い散らかすなど、それに比べたら可愛いものである。
巨大なクマが出没するのは、冒険者たちにとってもかなり嫌な状況ではあるのだが、何せ相手は自然。野生の動物である。
出来れば、そういう嫌な出会いをしたくないものだが‥‥。
「何かあればバイブレーションセンサーで探知する事にしよう」
とは雀尾の弁。しかし、いきなりエンカウントはどちらにしても避けたいところだ。彼の探知魔法によって、大小の獲物が見付かればしめたものだが、現時点では罠の周囲には獲物の気配はないようだった。
「さて、罠の方はこれで全部だ。設置のほうはやっておくので、そちらも何か見つけ次第よろしく頼む」
「ああ。わかった。こちらも何とか探してみる事にするよ」
「ヴォルペ、あなたにも期待しているわよ」
トレントとシルビアの弓班も防寒装備に身をかため、愛狐の、やや肉厚の耳の裏を掻いたり喉をさすったりして可愛がる。
初日、二日目と、前半戦はまるで手応えの無いまま凍える体を耐え忍んで、じっと我慢の狩り事情。
夜は更に冷え込む為、厳しい展開を迎える冒険者たち。
「こういう時はモンスターと刃を交えた方が体が温まるのだがな‥‥」
「はは、まあ、仕方ないですね。仕留める相手がいなければ本来の依頼の意味もないですから。弓の調子を見る為にきたのですし‥‥ただ、精度を確かめるだけなら、狩りでなくともいい気はしますが」
「確かに、一理ある。もしこのまま狩りがうまくゆかなかったら、的をかけて、距離を測りながら試射してみる事にしよう」
「ええ。もちろん、狩りにも集中しますけれどね」
そして三日目も日が沈み、夜を迎えた。折り返しになり、そろそろ次の手を考えなければならなくなったが――。
ようやく、かすかに気配を感じるようになった!
「‥‥いたぞ。これは、鳥だな、中型の鳥だ。ここから右斜め上、あれだ」
「よし、あの距離ならこちらを使ってみるか、それとも、中型でいくか」
「大型の方が興味ありますから、そちらで――」
「了解――」
さすがに大型化されただけの事はある。粘りがいい、弓を引く指先にも、肩にも、肘にも張りが伝わるほどだった。
ぴたり、と弦を止め――。射つ。
軽い、ヒュコッという音と共に勢いよく弦を戻していく。
その瞬間、ガヒャオゥ! と凄まじい反発で矢が放たれていった!
ドズッ――。
「上手いッ」
「なるほど。普通の弓とは、少々勝手が違うが、威力は中々だと思う」
感触は確かに普通の、普段使っているものとは違うものの、木材などで作られているものともやはり違った手応えをトレントは感じていたようである。
近付いて捕獲しようと思った冒険者たちが木々の合間を縫って歩いていると、上空からガサッという軽い異音を耳の奥に感じたシルビアは、思わず体の方が先に動いていた。
一瞬、何が起こったのか理解出来ないでいたルークだが、彼女の動きにあわせるように、自然に小太刀を抜き放っていた。
頭よりも体が先に反応するのが、枯れた冒険者の証拠だ。
ヴァシュッ!!
物音がして、月影に照らされたその『影』に着弾するまで、ほんの十数秒とかからなかった。
そして、それが落下してくるまでを数えると、僅かな、ほんの僅かの時間でしかなかったのである。
「何を狙った」
「最初はフクロウかと思ったけれど、ううん、あれはムササビじゃないかしら」
シルビアはそう言って、トレントが撃ち落した獲物とは別の獲物を確認しに行った。
トレントの放った矢で撃ち落されたのは、コウライキジだ。皮は取れないが、肉は極上である。
というのもこの時期になると一番油がのっており、食物も余りとっていないので臭いもなく、汁ものにすると最高だ。
一方シルビアの方はというと、彼女の言葉通りムササビだった。
「おお、こっちは皮も使えそうですね。ところで‥‥ムササビって食べられるんですか」
「さあ、ムササビを食べるなんて聞いたことはないわね?」
「なんにせよ、今の感じからすると‥‥そっちも使い勝手は悪くないようだな」
「ええ、驚くほど粘りがあるの。硬い素材なのに、加工して張り合わせたからなのか、引ききった時もしっかり安定しているからとても落ち着いて放つ事が出来るの」
「こちらもだ。こちらは大型なだけあって、やや引きには気を使わないとならないが安定感が高い。飛距離も威力も通常のものと比べると高くなっているから、使う者によってサイズ違いがあっても悪くないな」
「そうですね。ユニウスさんが『サイズ違い』で作った事にも、やはり意味があったようですわね」
こうして何とかキジとムササビを狩る事が出来たのである。
四日目から帰還日に間に合うまでのぎりぎりまで粘った結果、ユキウサギの小便跡を見つけた冒険者たちはシルビアの愛狐の活躍もあってか――おそらく交尾時期なのだろう――オス二匹、メス一匹という大きな成果を上げた。
●なまらうまいっしょ
「やあ、お帰り。冷えただろう、暖を取っていくといい」
「はい。ありがとうございます」
持ち帰ってきた獲物と共に角弓を返却するトレントとシルビア。それぞれに感じた使用感を伝える。
「なるほど。ん、どうして二本、しかもサイズ違いを作ったのかって? そうだね、本当の事を言うと、実は偶然から生まれたものなんだ。あの時襲ってきた恐獣が小型と中型の二種類だった事、複合弓を組み合わせるのに必要なサイズが丁度良かった事、大きさそのものよりも、確保出来た数から生まれた偶然に近いかな」
「そうだったのか。なんにせよ、とても面白いものだった。今度は、恐獣に対してのテストだな。楽しみにしている」
「そうだね。君達のおかげでまた色々なヒントをもらえたよ」
「ところで、少し聞きたい事があるのですけど、よろしいかしら?」
彼はゴーレムニスト、という訳ではないがこれまでの経緯から『スレイヤー』に関する疑問を投げかけてみる事にしたシルビア。
「もし、武器に無生物に対するスレイヤー能力があれば、ゴーレム弓をゴーレムスレイヤー弓に装備とかできるようになるものでしょうか?」
「ふむ、難しい質問だね。ゴーレム魔法については僕もまだ詳しく調べていないからわからないけれど、ゴーレムは、確かマジックアイテム扱いの筈だから、もし仮に『アイテムスレイヤー』というのがあるとしたら、稼動前、或いは稼動後もゴーレム兵器を狙えるのではないだろうか。ただし、搭乗者のいる場合などに関してはまた別の話になりそうだ」
「どちらにせよ、『ダイナソアスレイヤー』が有れば、ゴーレム以外でも、恐獣に対抗する有力な手段になる。 特に力が低い方には、とても助かるな」
「そうだね。これまで調べた分でしかまだ言えないけれど、実はまだ、『ダイナソアスレイヤー』と呼ばれる武器はこの世に存在していない事が判明したんだ。また、弓にしてもスレイヤー能力を持つ弓となるとほとんど例を見ないんだ。だからこそ、本当に生み出す事が出来るのか、まだ、僕自身、はっきりわかっていないんだよ。でも、これから改良を加えるなり、もう一度見直すなり、ともかく今回の報告を後々役立てるようしていくつもりだ」
狩りを終え、村に成果を持ち帰った冒険者たちはその後村で振舞われた兎鍋に舌鼓を打って体を温め、ユニウスに見送られて帰還した。
まだ本当の意味での『ダイナソアスレイヤー』は生まれてはいない。
だが、偶然から生まれたその角弓が。
そしてその試射からの使用感が。
更に魔女が見つけたという『ヒント』が。
確実に次なるステップになっていると信じて。
必ず、『生まれる』と、信じて――。