●リプレイ本文
●託した、思い
「魔女様、もし宜しければ、これを」
そう言って手紙を差し出したのはルメリア・アドミナル(ea8594)だった。
「ふむ。これは」
「私の勘が正しければ――これから逢いにゆくという方というのは、『あの方』なのでしょう」
「‥‥ふ。なるほど面白い。お前達からの思い、伝えておくよ」
そう言って、魔女はルメリアから手紙を受け取ると、肯いて見せた。
しかし今回の依頼。なかなか簡単にはいかなさそうである。
いくら魔女がモーリィに貸しがあるとはいえ、犯人の使用した凶器である証拠品を貸し出ししてくれるのかどうか。
「やってみなければ、わかりません」
金色の艶やかなウェーブヘアに白い肌。透き通ったブルーの瞳が印象的なシルビア・オルテーンシア(eb8174)はこれからのメイの未来をより良いものにしたい、という思いも強く、そして鎧騎士でありながらも弓手という自分の立場も加味した上で、交渉に臨む。
また、弓の名手として恐獣とまみえるイェーガー・ラタイン(ea6382)にとっても、この恐獣の討ち手となる『ダイナソアスレイヤー』を持つ弓に人一倍関心を持っていた。
試作品とはいえ、その大型角弓を扱った経験を活かし説得を試みるのはトレント・アースガルト(ec0568)。
あの時の感触から、どれほどの進化を見せるのか。彼にとっても、これは気になるところではあった。
四人とも、熱意だけは確かなものがあったし、ルメリアの交渉術が『官憲との駆け引き』――或いは取引――に通用するかはわからないが、ともかく、シルビアの言うとおりやってみなければ何もわからない。
あっさり引き渡してくれるかも知れない。
長丁場になるかも知れない。
全ては、これからの彼ら彼女らにかかっているといっても過言ではない。
●魔女の、面会
「まさかもう一度お前の顔を拝むことになるとはな」
「元気そうだな」
ともすれば皮肉にも聞こえなくはない。それでも、危険を知りつつ何度も渡り合ったかつての『敵同士』――。
魔女が担当したのは実際の戦闘ではなかったが彼女の言葉を引き出す能力がなければ、一連の事件は、まだ闇の中だったかも知れない。
事件が一応の収束を迎え、彼女たちの処分も控えているこの時期に面会をするというのは難しいものがあったが、それでも許されたのは奇蹟に近かった。
「もう一人の『お前さん』から、預かりものだ」
そう言って魔女はかつて『シス』と呼ばれた女性ウィザードに手紙を差し出した。
「もう一人の‥‥か。その呼び方も今となっては懐かしいものだな」
ルメリアから託された手紙に一通り目を通してから。
「――目的は何だ。まさかこれを渡しに来ただけという訳ではあるまい?」
「当然だ。ひとつ、聞きたい事がある」
魔女の真剣そうな眼差しを受け、シスはふぅ、と長いため息を吐くと。
「答えられる範囲でよければ。どうせお前の事だ、何が何でも情報を得るつもりだろう。『アレ』を使う気も、ある程度には、覚悟しているようだな」
「使わない保証はないけれどね。『あなた』ほどのウィザードであればもしやと思って、尋ねてきたという訳だ」
「――ふむ。なるほど、武器に対するエンチャント魔法か‥‥」
魔法付与という能力は精霊魔法の中にもいくつかのヴァリエーションがある。だが、それは永続的なものではなく、一過性の付与魔法でしかない。
いくら『シス』が凄腕のウィザードだとしても、そうそう簡単に永続的な属性魔法の付与など出来る訳ではない。
その事は、魔女も充分に理解していた。それでも、どこかにヒントはあると。そう信じて疑わなかったのである。
●難易度の高い、交渉
「剣だけでなく、弓の能力向上により多くの命や部隊が救えると思いますわ。どうかお力をお貸し下さい」
「おいおいおい、お前達本気でそんな事を言ってやがるのか? いくらあんたらが冒険者や鎧騎士だからってそんな事が簡単に出来る訳ないって事くらいはわからんか」
モーリィはそう言って両手をくいっと引き上げて話にならない、といった風に頭を振って見せた。
「そこを何とか。お願い出来ませんか」
「無茶な事を言うなよ‥‥確かにあんたたちのおかげで目も元通り戻ったし、おまけに酒もタバコも抜けっちまった。健康体でありがたい事さ。だけどそれとこれとは話が別。国の預かりもんだぞ? こいつぁ」
最初の交渉は、特にやんわりと、しかしそれでもかなりいい流れからスタートした。
筈だった。
だが、そうは上手くいかなかった。話が本題に切り替わると、モーリィも正気になったのかぶんぶんと両手を振ったり頭を振ったりで中々折れてくれない。
粘り強い交渉と、メイの未来を秤にかけるようなきわどい部分まで、言葉巧みに話題を振りつつ持ち掛けるが、やはり初日の交渉は決裂した。
「予想以上に厳しい管理体制のようですわね」
「モーリィさんが頑固っていうのもあるんでしょうね」
ルメリアとシルビアの女性エルフコンビも頭を悩ませる。
「明日からの交渉も、何か打開策をこちらから持ち出していかないとならないかも知れませんね」
イェーガーもさすがにモーリィとのやり取りは骨が折れると嘆息する。
「どうすればいいか、もう少し考える余地があるな」
トレントの言葉に、全員が肯く。
初日の夜は、そうして更けていった。
翌日、しかしそれでも思い切った策も思い浮かばぬまま朝日を迎えてしまった冒険者たち。
初日のスタートダッシュで躓いてしまった事が、全員の気持ちを沈ませている原因ではあるのだが、ここで引き下がるには余りにも惜しい。
――こういう時の『諦めの悪さ』も冒険者の資質である。
潔さと諦めない心。
一見相反した事を同時にこなさねばならない時がある。取捨選択、というやつだ。
今回ばかりは手放すには余りにも惜しい。だったら押しても引いてもどうやってでもモーリィの心を揺り動かしたい。
だが、どうやったら、いい?
初日はルメリアら女性陣のアプローチからはじまった交渉。しかしタイムオーバーによって失敗した。
となると、今度は男性陣か。
そうなると弓の使い手となるイェーガーと恐獣の弓を試射した経験を活かしたトレントに一任すべきだろうか。
初日の手応えからすると、また来たか、となりそうではある。
それでも、と。
「熱意と、誠意をみせましょう」
そう言ってイェーガーは笑ってみせる。ぶつかって、ぶつかって、砕けるまでぶつかって。それでもダメなら引いてみろ。
交渉術だけに頼っていては、口先のやり取りになる。心と心、本音と本音でぶつかるしかない。
一見無骨な二人だが、それでもやる気だけはあった。
「いい加減にしてくれよ。ダメなものはダメだ。国にたてつく気じゃあるまいな?」
「いいえ、むしろこれは国の為でもあるのです。今も恐獣部隊に苦しむメイの為に役に立つと考えるなら、どうです」
「だがな、そのスレイヤーなんとかってのが仮に現実に作れるとしてだ。役に立つ立つとお前達は言うが、量産出来るのか」
「‥‥そ、それは‥‥」
「いいか、夢みたいな事を言ってるんじゃない。あたいらは戦争をしてんだ。大量に武器がいる、たかだか一本、二本のなんとかスレイヤーがあったとしても、戦局を大きく変えられるのか」
「でしたら、今のメイで、あの弓を量産出来ますか」
モーリィの言い分を逆手に取り、コンパウンドボウを量産出来るかと問い掛けるトレント。
「ダイナソアスレイヤーは、研究するべき重要な課題として、その研究の発展の為に借りたい。それではいけないか?」
「天界のものかもバのものかも今はわからないこの弓を、だからといって簡単に貸すわけにはいかないんだ。わかってくれよ、ホントにお前達は一度決めたら退かないな‥‥」
モーリィも冒険者たちに幾度となく協力を求めてきた。だからこそ、冒険者からの要請も出来るだけ協力を惜しまずにやってきた。
それは今までの依頼でも明らかだ。
それでも。
それでも国の安全、治安を担う彼女ら官憲にだって、『立場』がある。国からの許可だって必要だ。
これまでモーリィはそういう部分を独断でぶっちぎっては無茶して突撃して後でこっぴどく怒られている。今回も無茶すればきっと『不可能』ではない。
彼女もわかってはいた。責任を取るのは自分の仕事だと。
だが、国の保管庫からそれを抜き出すのはあまりにも無謀すぎた。
頭が痛い。
――こんな時、あの人だったら、どうするかな‥‥。
冒険者たちの熱意に、圧されながら。
ふと、そんな事を考えていた。
●偶然の、旅人
二日目の交渉も失敗に終わり、いよいよもって厳しい局面を迎える冒険者たち。
このままずるずるといっても、国からの許可は下りそうも無い。
「どうしたらいいのか、正直、お手上げですわね‥‥」
「しかし、今回の交渉、どうにも手応えがなさ過ぎると思わないか」
ルメリアの、珍しく弱気の発言に確かに、と肯きながらもトレント。
「そう、ですわね。何か、貸し出せない理由があるのかしら。それとも」
「もしかして、保管庫に忍び込んで奪って来い、なんていう意味で断っているのではないでしょうね。見てみない振りをするから、とか」
いくらなんでも、モーリィがそんなバカげた提案を持ちかけるわけが。
いや、彼女なら、或いは――?
シルビアは自分で言いながら、思わず引きつった笑みを浮かべる。
その場の全員が、ごくり、と息を飲んだ。自分達を盗人に仕立て上げてでも、国からあの証拠品を『貸し出し』させるつもりなのか。
「も、モーリィさんの事はあまりよくは知らないですが、そういう方でしたでしょうか」
まさか、という気持ちと、もしかすると、という気持ちが交錯する。
もし、やるとしたら、今夜は綺麗な月夜。まるで冒険者たちを誘っているように、眩い月光が降り注いでいる。
「本当に、やるんですか?」
いくら依頼の為とはいえ、犯罪行為を犯すのは気が引ける。どうせなら、正攻法でという気持ちはいつまでもひきずっている。
だが、彼女のいつもの豪快な気配――モーリィらしさ――が感じられないのはどういう理由なのか。
まさか、本当に、そうさせるつもりで‥‥?
だったら。
覚悟を決め、立ち上がろうとするシルビアを。
「待って――いただけますか」
ルメリアは、奥歯を噛み締めるように、制止する。
本当にやらなければならないとしたら、最後の最後。まだ交渉期間は残されているのだからと。
モーリィの真意はまだ『見えていない』。だからこそ、覗きたいのだ。
彼女の、真意を。
「明日は、もう一度私がいきますわ」
「ルメリアさん‥‥」
シルビアも。イェーガーも。トレントも。
ルメリアの決意に満ちた碧色の瞳を前に、深く肯いた。
三日目。
今度は初日でも活躍したルメリアが、再戦という事で先制する事を決めた。
「行きますか」
イェーガーの合図で、全員が歩き出した時。
ふと、懐かしい顔をそこに見つけた。彼らにとっては、官憲といえばモーリィというより、『彼』の方がイメージに近いのかも知れない。
「浮かない顔をしているね。一体、どうしたんだ。冒険者らしくも無い。私の知っている冒険者は、そんな暗い顔を地に落としたりしないぞ」
「あなたは‥‥まさか――アーケチさん!?」
「なるほど、そんな事があったのか」
カオスニアンの話をするのは鬼門かと思われたが、アーケチは静かにそれを聞いた。
一通り事情を聞くと、せっかくの出会いに一肌脱ごう、と笑ってみせる。
「とは言え、冒険者に口出しするのも、官憲に口出しするのも私の得意とするところではないのでね。直接的に助け舟になるかはわからないが」
「いえ、今は一人でも協力者を望んでいます。元官憲のあなたなら、力になると思います。ですから」
「わかった。モーリィはウサギが大好きで、特にウサギの肉は私と一緒によく食べたものだ。そうだな‥‥ちょうどこれしかないんだが」
そうだ、これをもっていくといいと言って手渡したのは、丁度皮を売りに行こうと思っていたという真っ白なユキウサギだった。
「これ、は‥‥」
「アーケチからの差し入れとでも言って渡してくれればいい」
本当にこんな事でモーリィが折れてくれるとは思えないのだが‥‥。
それでも、彼はまた別口で動くつもりだと言って冒険者たちと別れた。
「うさぎを、もらってしまいました」
呆気に取られるイェーガー。
手ぶらで行くのもなんだからという事で、三日目にはアーケチから託されたウサギを持ってモーリィのところへ。
ところが。
意外な展開が彼らに待ち受けていた。
●驚きの、結末
結果から言おう。
コンパウンドボウは、借りることが出来た。
だが、その結論に至るまでには裏で凄まじい事情が渦巻いていたのである。
アーケチがメイディアに来ている事を知ったモーリィは驚いた様子で、どんな様子だったかとか元気にしていたかとか剣の腕は鈍っていなかったとか根掘り葉掘り聞いてくるし、魔女は魔女で一切姿を現さないし、アーケチもあれから姿を見ていない。
だが、結果的に。
結果的に見れば、モーリィはまたもや手続きをぶっちぎって冒険者に弓を貸し出してくれる事になった。
どういう事なのか、あまり詳しく聞くと彼女が涙目になるので追求するにははばかれるところだが。
「ただし。貸し出したからには、絶対に、返してもらわないとならない。返却期間は追って連絡するよ‥‥べ、別にウサギ肉に釣られた訳じゃないんだからな! あ、アーケチの事を聞いたからでもないんだからな!」
やや、ツンデレ風味である。
「で、今、アーケチはどこに‥‥」
「ま、まだメイディアにいると思いますわ」
ルメリアは知っていた。魔女が彼女の記憶を、言葉を探った時――彼女がアーケチの事を今も慕っている事を。
しかも、呼び捨てではなく、様付けで慕っていた事を。
だからこそ、あぶなく噴出しそうになるのを必死で堪えながら、ルメリアは弓を預かったのである。
「依頼主である魔女様とギルドに報告に行きますので、これで失礼致しますわ」
「まだ、いるんだな。本当に、いるんだな」
「ええ、恐らくは‥‥っ」
「な、なんだよ‥‥違うぞ、ただ、聞いてみただけだからな! 探してる訳じゃないからな!」
「私たちもアーケチ様をお見かけしたら、お礼をしなくてはなりませんから、見かけ次第、お知らせいたしますわね」
「あ、ああ。た、頼んだぞ。無茶して貸してくれてやったんだ。それに、あの人の事も教えてくれたから、な‥‥」
こうして、魔女のおつかいをこなす事が出来た。
だが、魔女は面会を終えた後、冒険者ギルドにもうひとつの依頼を要請していたのである。
それが、『借り入れる事が出来たら』の条件付の弓護送依頼だった――。
借り入れる事に成功した冒険者たちに、次なる依頼が発生する事になる。