●リプレイ本文
●今回は、陸路!
「よーっしっと‥‥これで準備は整ったわ。そっちの方はどう?」
「ん。問題ないのぅ、荷の方も確認した」
カレアは今回、陸路と海路のどちらかの護衛を、担当する冒険者らに選択させた。
これには理由があって、いくら冒険者とはいえ、得手不得手がある。陸の方が慣れという点で有利になると踏んで、今回は意見が一致し『陸路』に決定した。
海路というのも浪漫がある、という意見もあったようだが護送や輸送に浪漫やリスクを持ち込むのもどうだろう、という事で結論としてまだ若く経験の浅い冒険者の参加もあって、まとまったようである。
今回護衛任務をはじめて担当するのはアスカ・シャルディア(ec4556)。
「あたしはあんまり戦闘では活躍できないから、カレアさんの話し相手に徹するよっ」
根が明るく、カレアともすぐに打ち解けたようである。
荷物の積み込みも充分確認したシュタール・アイゼナッハ(ea9387)は、カレアの隊商護衛任務では多く顔を合わせている、顔馴染である。多少ながら彼女の『クセ』も感じられるほどにはなっているだろうか。
「んー、何気に今回の面子の半分強が飛竜小隊訓練生か」
苦笑混じりに、布津香哉(eb8378)は参加者を見回した。彼はゴーレムニストだが、ゴーレムグライダーの飛行隊訓練生として登録されている。
彼の言う訓練生は他にも、天界から降りて来た現時点でのエース候補とも名高い音無響(eb4482)。
寡黙だが無言実行の実力者スレイン・イルーザ(eb7880)、行動力と瞬発力となにより勘の良いフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)、どんな困難も読みの鋭さと切り返しの速さで適応するベアトリーセ・メーベルト(ec1201)。
また出発までにはもう一人の訓練生や弓の使い手などがルートの安全性を事前に調査してくれていたようである。
そういう訳で、見回すと意外とこちら側でも顔馴染が多いという事で統率が取りやすい状況なのは嬉しい誤算だった。
「ここにグライダーでもあれば護衛対象を警護しながら飛べるんだがな‥‥」
実際にはグライダーやチャリオット程度なら、依頼によっては貸し出しが受けられるのだが人型(金属)ゴーレムやフロートシップ、ゴーレムシップは現時点ではまだ少し難しいところか。今回は特に緊急事態という訳でも無く、敵性ゴーレムやカオスニアン、また恐獣やモンスターの確認情報が取れていなかった為、優先度は低かったともいえるだろう。
また陸路であれば地上での戦闘。鎧騎士でも充分に対処出来るだろう。
●世界はまだまだ広すぎて
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
元気良く号令を出したのはなぜかアスカだった。
今回護衛を担当したのは彼ら彼女らの他に、アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)も参加していた。
実は彼女はとても口数が少なく、今回の依頼で言えば女性版スレインに近い存在と言えた。冒険者の経験としてはまだ浅い方だが、影から依頼を支えるタイプだろうか。もう少し積極性があるといいのだが、まだまだ受身なのは経験の少なさからだろう。
「今日は天気がよくて良かったわ。気分もいいし、下手に荷物が濡れる事もないし」
「そうだね! お天気がいいと、ウキウキしちゃうよね」
護送任務という割にはやや緊張感が足りない気もしないでもないが、仕事さえしっかりしてくれればカレアはむしろ話し相手が出来て丁度良いところである。
なにせ陸路でも海路でもそれなりの長丁場。ちょっと散歩、というには長すぎる。冒険者にしても、立派な『旅』である。
急ぎの依頼であれば、それこそ馬を潰してしまう程には遠いのである。
実際にカレアはメイディアからリザベへと無謀にも『単身』で馬を走らせ、一頭潰してしまったという過去(※【恋愛? 暴走超特急!】参照)がある。
「それで、ゴブリンに襲われたんですか? うわぁ、それはいくらなんでも無茶なんじゃ‥‥」
「まあね」
そう言って笑うカレア。しかしそのおかげで今の彼女があると言っていい。
今では騎士の妻となったのだから。
そしてこうして今も商人として各地へ旅が出来るのも、夫であるダインスのおかげだと。
「カレアの行動力は驚いちゃうほどだもんね」
フィオレンティナは彼女のパワフルさに感心する。
「ふむ、そうだのぅ。確かに即断即決、という所はあるかのぅ」
「はは、そうかもね。でもね、そうじゃないと商人なんてやってけないわ。チャンスがあれば必ず飛び込む。それが多少危険でもね」
「まあ‥‥その危険を出来るだけ緩和するのがわし達の仕事、という訳だのぅ」
数多く彼女の護衛をしたからこそ、シュタールは言える。同じくフィオレンティナも同意する。
後ろの方で、アルトリアもこくこくと肯いていた。彼女は口数は少ないものの話を聞くのは好きなようで、カレアの話も聞き役として徹する事で充分に機能していた。
「メイディアとリザベ、メイディアとセルナー、リザベとセルナー、それぞれの領地間で密に関係が保てれば、連絡や情報だって流通しやすいだろうし、不測の事態にも早い対応が取れるようになると思うんだよね」
初日の移動は上々で、途中に宿泊に立ち寄った小さな村での事。
フィオレンティナはカレアの近い未来の目標制覇に向けて応援するように笑う。
「それがたとえ商売って形でも、ね。だからカレアには頑張って欲しいな」
「ゆくゆくはリザベにも商売を、ですか?」
「そうね、実際には、メイディアに私の実家があって、そういう事もあってメイディア‥‥つまりステライド領とリザベ領間の流通ルートはこれまで何度かあなたたち冒険者の護衛に助けられて進めてきたけど、今度はメイディアとセルナー。それがうまく軌道に乗ってくれれば‥‥今度は、そう、まさしくリザベから直接セルナーに向かう流通ルートを開拓したいところよね」
「リザベに関しては今は西方動乱のこともあるのですが、このままでは下がっていられないというのなら、私と同じですね」
「今はリザベも第二の故郷みたいなもの。だからこそ、今のリザベの傷付いた姿はちょっと心が痛むわ‥‥戦力を増強して、装備を補填するなら、こっちにも話を寄越してってダインスに伝えてあるけど」
商人としての『儲け話』の中には、人命に関わる――つまり武具を扱う話だって、多い。
その中には戦争だって、含まれている。
冒険者や騎士たちのように、メイの平和の為にというより、商売の為に武具を売ったりしているのだ。
厳しい事を言うなら、カレアは生まれた時から人殺しの片棒を担いでいる事になる。
それでも、彼女は商売を止めることはないだろう。
「矛盾しているでしょ。人としての道徳は、商売の前では捨てなければならない時だってあるのよ」
寂しげな表情を見せるカレアに、今まさに『戦う為に』訓練を受けている飛竜小隊の訓練生たちは返す言葉も無い。
「それでも、守る為に揃えるべき準備は必要だと思うよ」
アスカはそう言って、すっくと立ち上がる。しんみりしちゃったね、と笑うと、それを払拭するかのように、歌を歌い始める。
そして、いつしか手拍子にあわせて皆で合唱し、それにあわせて彼女は舞い踊ってみせた。
「‥‥ありがと‥‥」
カレアはかすれるような声で、そう呟いた。
●平穏な行程‥‥?
翌日の早朝から、出発する隊商一行。
荷物のチェックも充分した、体調もいい。天候も悪くない、順調すぎるほど順調な展開だった。
血の気の多い冒険者だとここらでモンスターの襲撃でもあれば‥‥などと悪い方に期待を寄せがちだが、カレアら商売人にとっては出来るだけ遭遇したくないのが正直なところ。
実際、毎回毎回まるで反省もせず隊商を襲ってくるゴブリン街道などは冒険者的には軽い準備運動として一部の冒険者には好評なスポットがある。これはメイディア−リザベ間の話だが、メイディア−セルナー間に『そういう場所』が無いとは言い切れない。
「ゴブリン街道みたいなところを、わざわざ探してそこを通りたいって訳ではないのよ?」
カレアは正直、気疲れするような事を毎回危険だと承知の上で荷を運ぶ。
そういう事は出来るだけ避けたい――と、思う部分も半分。
逆に刺激的な冒険心も、半分。好奇心の強さは、商人には必要な事でもあるからだ。
「しかし、そういう危険な地域や時間帯を調査したりするのも安全に流通ルートを開拓するには必要な事なんでしょう?」
「まあ、そうとも言うわね」
「こういう流通でもフロートシップやゴーレムシップが扱えるならいいんだけどな。ああ、そうだ、聞いてみたい事がひとつあったんだ」
フライングブルームでの哨戒任務を終え帰って来た布津はふと思い出したように問い掛ける。
「カレアさんみたいな商人にフロートシップがあったら、物資の流通が劇的に変化するんだろうな、ってね。もし、あなたにフロートシップを与えられたら、どんな風に運用してみたいのかって事をちょっと聞いてみたくなってね」
「フロートシップね、あれはいいわね。大量に物資を運べるし、びゅーんとひとっ飛びって訳よね。私はまだ一度もあれに乗ったことは無いわ。たまにメイディアから飛び立つ船を見上げては面白そうだなって思っていたけれど、あれに乗れるとしたら、そうね、やっぱり‥‥」
カレアは少し考えてから。
「メイの真中に商業都市をつくって、そこから全土に物資を供給したり補給を受けたりしたいわね。感覚的には、そう‥‥ナイアドみたいな‥‥っていってもあの中心部は砂漠が広がっているのよね」
「そうだな、メイのど真ん中はちょうどでっかい砂漠があるって話だった」
「砂漠といっても、俺の知ってるような砂の海みたいな所じゃないらしいんだけど」
サミアド砂漠は確かにいわゆる乾燥地帯ではあるが、砂粒の海がただ広がっている訳ではない。むしろその大半は乾燥した、礫地帯――ごつごつした荒野というべき地域である。
近年において、特に急激に拡大しつつあるサミアド砂漠の外周部に関してはほとんどがいわゆる荒野であり、『砂漠』というには少々無理があったりする。
ちなみに、整地されていない、という意味ではこれから向かうセルナー領の多くの地域である中央部から西部は未開に近い荒野であり、カレアがこれからの目標としている、陸路でのリザベ−セルナー間の流通にいくつかの障害が残されている。
どちらにせよ、いくら砂漠地帯とはいえ商業都市を国のど真ん中に作りたいというのは夫が騎士だからなのか、一般人からするとびっくりの大スケールである。
何にせよ、内陸部の中央という事は肝心の海路がつかえない以上、移動手段は陸路か今回の問いに回答したように『空路』しか残されていない。
フロートシップを自由に扱えるなら、という条件から見ると、それもアリなのだろうか。
超特急の暴走娘のカレアの事、下手にそんなものを与えればそれこそとんでもない事になるに違いない、とその場の全員が――敢えて無言の了解で――納得していたようだが。
●到着までの、数時間
行程の後半に差し掛かり、行きの行程としては順調に進んだ今回の護送依頼。気を抜ける訳ではないが、それでもここまで来れば、という心の余裕も生まれてきた。
「今までもいろんな冒険をしてきたけど、やっぱり一番インパクト有った出来事は、この世界に来たことなんですよ」
とは、天界からやって来たという音無。
メイで生まれ、暮らしているカレアにとっては、それ自体確かにインパクトに感じられた。彼女からしても、『異世界人』という事になるのだから。
「生活習慣とか、今まで当たり前に使ってたものとかが無くて、もうそれ自体が毎日冒険みたいな。流石に今はもう慣れましたけど」
「元の世界に――天界には帰ることが出来ないって聞いた事があるけれど、それって本当なのかしら」
「いくつか調べてみたんですけど、どうも‥‥」
音無はやや、困ったような顔をして。
「役目というか『使命を果たさなければ』帰る事が出来ないと言われているんですよね」
「使命?」
「俺にも『それ』がなんなのかは、わかりません。だけど、もしここに来る事が使命を果す為って事なら、必ず『それ』を乗り越えたいと思ってます。自分にとっても、きっと必要な事だと思うから。帰る帰らないっていうのとは、別にしてね」
「なるほどねぇ。天界っていう『世界』の事は時々聞いているけど、私も一度は行ってみたいものだわ」
その言葉に、その場の全員は――天界でもばりばり商売しようとするんだろうな、とまたもや暗黙の了解で――納得してしまっていた。
「さて、到着したわね。色々ありがとう、長旅で色々疲れた事もあったでしょうけど気をつけて帰ってね」
そう言って労いの言葉をかけるカレア。
荷降ろしの時にベアトリーセのペット『クラウト』がいたずらして縛ってあったロープをぐいぐい引っ張ってしまい、危なく荷物を崩しかけてしまうというハプニングがあったが、丁度その位置にいたスレインとアルトリアの寡黙コンビが必死におさえてくれたおかげで大事には至らなかった。
また、商品の類も傷物にならずに済み、冒険者共々、ほっと胸を撫で下ろす。
こうして、無事カレアをセルナーに送り届けた冒険者ら一行はギルドに報告をする為、帰還した。