●リプレイ本文
●せめて、冒険者らしく
今回の護送任務は通常の護送任務とはやはり違っていた。
預かった物もそうだが、『貴重品』である事を見せつけるような荷馬車やいかにも隊商といった風に見せない工夫をする必要があった。
逆に、囮としていかにもな護送風に仕立てる事も一方で考慮していた。
そういう意味では今回は実に冒険者らしい『偽装』を行う事になる。
「同伴するペットについては狐、ペガサスどちらも大丈夫では?」
普段の冒険者ギルドに要請される依頼と大きく相違ない範囲で、という意味あいと、これまであまり触れられいていないが、ユニウスのいる音楽の村では意外と冒険者が関わっている事、年に一度の音楽祭でも様々な人や物が行き交う事から村の人々は珍しいペットなどに対しても比較的受け入れ態勢が整っていたりする事などから冒険者自身がしっかり管理さえ出来れば何の問題もなく同伴させる事が出来る。
とはいえ、行く場所や事情が変わればそうも言っていられない。
馬や犬はともかく、魔獣・幻獣などの特殊なペットは注意した方がいいだろう。
そう言ったシファ・ジェンマ(ec4322)だったが、それもある程度の事情を込みで自己責任でお願いね、という意味も含めての大丈夫だったのだろう。
「俺と導さんが天馬で上空哨戒ですから、依頼の重要性と確実性を高めるには悪くないと思いますよ」
「今回は探知系の魔法を扱えるウィザードもいませんものね‥‥より遠くを目視する事の出来る方がいると助かります」
イェーガー・ラタイン(ea6382)もシルビア・オルテーンシア(eb8174)も、今回の護送の成功に関しては非常に重要だと考えていた。
特に二人とも弓に関してこだわりを持つ冒険者だ。
今回、ユニウスや魔女と初めて関わりを持つレヴィア・アストライア(eb4372)だが、変わらぬ脅威であり続ける恐獣という存在に対抗する為の力――ダイナソアスレイヤーに希望を見出していた。
「スレイヤー能力を持つ武器製作。それだけでも、この仕事の重要度がわかるというものだ。ともかく、何事があっても油断だけは禁物だな」
気を引き締めて、全員がうなずく。
●冷たい空気に
「それにしても、この運ぶ弓もなんだか普通とは違うよね? 見た感じすごく精度も良さそうだし」
地上を純白の一角獣に跨りながら今回の依頼の品を振り返ってみるレフェツィア・セヴェナ(ea0356)。
「カオスニアンが持っていた、とはいうが本当にこれがカオスニアンが作ったのかどうかは怪しいな。そこまで技術力があるのか、疑わしい」
「だとしたら、なんでカオスニアンがこれを必要以上に大事にするんだろ? 魔力が込められている弓ではないのに」
「カオスニアンの考えはよくわかりませんね、何にせよ、一度失くしたはずのものを血眼になって探し出して持ち帰ったという話ですから。この弓は何か特別なものなのでしょうね」
レフェツィアの素朴な疑問に、しかし、詰まるところ、正確な『答え』を知る者はいない。だが、カオスニアンがこの『X字形状のコンポジットコンパウンドボウ』を重要な物だと考えていた事はうっすらとだが、感じ取れる。
今時期のメイの国はまだ吹き抜ける風が肌寒い。特に山間部は雪が残るほどで、とは言うものの、メイの国は大陸そのものがかなり大きい為東西、南北ではまるで違う様相を見せていた。
冬だからといってサミアド砂漠に雪が降る訳ではないし、セルナー国境付近を跨ぐ山脈の山頂は雪化粧で覆われている。
同じメイの国でも場所場所によって気候の幅は意外と大きいものだったりするのである。
しかし残念な事にユニウスのいる村は背後に山林を抱える麓の村。近付けば近付くほど肌寒さが強くなっていった。
空を駆けるイェーガーと導蛍石(eb9949)は特に寒気の伴う風に晒されて、その手綱を握る両手もかじかむほど。真冬の厳しさよりはまだマシだが、温かい時期にはまだまだ遠く感じる。
導はかろうじて防寒具を持っていた為状況に応じて着替える事も出来たが、イェーガーは毛布をマントのように羽織るなどして工夫しなければならなかった。
「気温が低下したせいで恐獣が大人しくなった、というのは本当の事のようだ。見渡す限り、カオスニアンはおろか恐獣の姿も見えないな」
「確かに――もし、この弓の持ち出しが彼らに知られていたとしたら何かしらの動きがあってもおかしくないものですが、今のところ状況に変化なしですね」
導との通信の後、イェーガーは地上にいる班に対し目標のクリアの合図を送る。
その合図を受けて、シルビアとシファは上空の二人に地上側も状況のクリアを伝える合図を送り返す。
「本当のところ‥‥」
地上でユニコーンの背を借りて移動していたレフェツィアは、ふと、口を開く。
「本当のところ、何も起こらず無事に着くのが一番なんだけどね」
「確かにな。だが、万事に備えて往くのは冒険者の鉄則。気を抜かず、油断せず、最後まで目的を果たさねば」
「うん。そうだよね、レヴィア」
道中、街道沿いを選んで進んだ事でまばらに人影が行き交うものの、特に問題もなく、また護送である事も悟られていない様子だった事で一先ず安心の冒険者たち。問題はユニウスの村へは途中街道から一度逸れなければならない事だ。
滅多に襲われたり、怪物との遭遇があったりという事はないが、それでも以前恐獣同士の争いの舞台になった事もあった。今は恐獣も大人しいものだが、何かの弾みで問題が急浮上という事も頭の隅に置いておかなければならないだろう。
それでも今回の依頼は重要な品の護送ではあるのだが、それなりの腕を持つ冒険者が複数関わっている事もあって非常に安定した行程を乗り切る事が出来た。
まだ多くの依頼をこなしていないレヴィアやシファも、先輩冒険者のフォローを受けつつこれから益々活躍する事だろう。
依頼の数が全てではないが、経験は身に付く事で強さになる。それは『能力』が高い低いという意味ではない。
依頼の中にある達成すべき目的や目標を捉え、自分の行動を照らし合わせ、仲間と協調し、時には意見を交わし、触れる事で得られる、より貴重な体験であり経験の事だ。
一度や二度では知る事の出来ない、そういう奥深いものはやはり多くの経験を積まなければ見えてこないのかも知れない。
この旅を終えた時、彼女たちに何が残るのか。そして得られるものがあったのなら、彼女たちは更なる飛躍を遂げるだろう。
楽しい思い出や嬉しい思い出だけでは無いかも知れない。中には、厳しい現実と相対さなければならない事もあるはずだ。
辛く苦しい旅を味わう事も少なくないはずである。
だが、それもひとつひとつ受け入れて、道は続く。そして一歩一歩進んでいかなければならない。
その小さな一歩ずつが、明日への道になるのだから――。
●何気ない、ヒトコマ
夕刻になり、灯りが遠くに見え始めたのを見計らって冒険者の面々は安全策を取る為宿を探した。街道沿いという事もあり、馬を休ませるのと肝心の荷物を手元に置きながら比較的安全に夜をやり過ごせるというメリットを活かす為だ。
今回唯一馬に乗らず徒歩で移動していたのはシファだった。セブンリーグブーツという不思議な力を持つ靴を履いての行程となったが、その分の疲労は他の面々よりも少々あったようで安宿のベッドとはいえ、すぐに眠ってしまった。
騎乗や騎乗戦闘という技術があるかないかによって、また移動距離などによってもだが、荷物をある程度積める事も出来る馬などはこういう場合あると便利だろう。
もちろん、魔法の靴などで移動する場合にもそれなりのメリットはある。持てる荷物はその分少なくなってしまうが騎乗の技術がない場合戦闘に突入すると一度下馬しなければならず、それが結果的に後手に回ってしまう可能性も少なくない。
その点、徒歩であれば自分の思った方向に自由に方向転換出来る上に、反応速度も自分自身でコントロール出来る。狭い場所でも下馬しなくて済むなどの利点も数多くある。
ただし超長距離を歩くのは疲労が溜まりやすい事もある程度は考慮しなければならない。依頼の内容で迅速な行動が必要な場合や長距離を安定して移動する場合などは騎乗の技術を習得していなくとも誰かの馬に二人乗りさせてもらうなどして工夫して移動する事も必要な時がある。
なんでも自分でこなそうとせず、時には仲間を頼る事も大切だ。
一人で依頼は出来ない。必ず仲間が必要になる。
だからこそ、互いの信頼と連携は必要不可欠なのだから。
翌日の事――。
「これならもうすぐにでも到着しそうだね!」
そうは言ったものの、本当に到着するのは昼下がりになってからだろうか。荷物はあれから何事も無く、今日も無事に手元に置いてある。
しばらく順調に進んだ冒険者一行は、途中、大きな木箱をいくつも載せた馬車と遭遇する。
「どうしたんでしょう? 馬車が動かないで困っているように見えますが」
「何かあったのか。まさか何者かの襲撃を受けたのではあるまいな」
先に上空を哨戒していたイェーガーからの合図を受け、地上班もその姿を視界に捉えた。
本来ならば目的を遂行する為に見てみぬ振りをするという選択肢もあったのだが、そこは冒険者。ギブ・アンド・テイクが体に染み付いている彼ら彼女らにとって、困った人を放ってはおけないでいた。
また、レヴィアが言うように何者かの襲撃によって被害を受けたのであれば更なる警戒が必要である。これからの行程の安全性を考えて情報を仕入れておくのも間違った選択ではなかった。
「様子を、見に行きますか」
「見捨てていくのは、忍びないな‥‥」
「そうですね。皆さんは、どうですか」
「僕も見捨てるなんて出来ないって思ってたところ。上の二人がいいなら、いつでも」
「私も異存はありません。反対する理由もありませんし」
シルビアとレヴィアの言葉に、レフェツィアもシファも同意する。上空の二人も、そういう事ならと地上に降下して様子を見に行く事にした。
「どうされた、馬車が壊れているようだが」
「おお、助かりました。実は見て頂いた通り、馬車の車輪が脱輪してしまいまして‥‥幸いな事に積荷は無事だったのですが、このままでは進むことも戻ることも出来ないで大変困っていたところです」
「なるほど‥‥しかし馬車を直すのは難しそうだ。一度どこかで馬車を借りて、積荷を載せかえて行った方が確実だな」
「そうですか。そうですね、確かに脱輪を直すのは骨が折れそうです。この近くに馬車を借りられる所はありませんか」
「もうすぐユニウスさんの村だけど、今からならそっちに向かって修理の人と馬車を借りて来た方がいいかもね」
「でしたら、俺が先に村に行って応援を呼んできましょう」
積荷をそのままにするのも何だからという事でイェーガーが天馬のふうと共に一人村に向かい、馬車と修理工を連れてくる約束をして飛んでいった。
「本当に助かりました。何とお礼を言えばいいか」
「いや、礼には及ばない。困った人を見捨てる方がよほど寝つきが悪いものな」
「そうだよ。だから、お礼なんて。当然の事をしただけだから」
イェーガーはすぐにかわりの馬車と修理工を探してきてくれた。迅速な行動が幸いしたのか、そもそもこの馬車の事故は単独で起こしたものだったらしく、何かの襲撃によって壊れたという訳ではない事も知る事となり、またイェーガーが先行して向かってくれた事でこの先村までの道も安全だという事がわかった。
木箱の積荷は無事全て積み替えられ、壊れた馬車はユニウスの村に一度移動され、修理を受ける事になった。
●無事、任務達成!
「そうだったのか、いや、本当にお疲れ様。ハーブで淹れた紅茶でも飲んでいくといい」
これまでのいきさつを話すと、ユニウスはいつもと変わらぬ柔らかな笑顔で冒険者を迎えた。
「そして、これが私たちの預かった弓です。モーリィさんからは慎重に扱って欲しいと、また魔女さんからはユニウスさんならば何か切っ掛けになるかも知れないと、言伝を預かっています」
「なるほど‥‥ふむ――。これは、確かに『コンパウンド』だな」
「コンパウンドって、一体なんです?」
「ふむ、これは天界で作られたアーチェリーボウの一種だよ。以前僕が預かったアーチェリーのものとはモデルが違っていてね。普通のものはリカーブと呼ばれる形状も今のメイにある弓とそれほど変わらないが、これは見た通り、特異な形状をしているね。アーチェリーにはリカーブの他に、コンパウンドと呼ばれる種類がある。それが今回君たちが持ってきてくれた『これ』さ」
「つまり‥‥それは天界産という訳ですか。でも不思議ですね、だったらなぜこの弓がカオスニアンに重宝されていたのか」
「それは僕にもわからないが‥‥でも、皆には感謝しなければ。もちろん魔女にも、モーリィさんにもね」
「何か、掴めそうですか」
シルビアとイェーガーの問いに、ユニウスは深く肯く。
「構造は複雑そうに見えるが、再現不可能という訳じゃないんだ。前回恐獣の骨で作った弓のように大型化してしまった弓を軽い力で引けるようになるかも知れない。仮にダイナソアスレイヤーが大型化してしまった場合、これは非常に嬉しいよ。何せ残りの問題は『重量』だけになるんだからね」
「なるほど。しかし残された重量問題というのは、私たちにとっては死活問題。出来得るならば完成の折にはそれも解決していただけると嬉しいですわ。わがままなのは重々承知の上ですけれど」
シルビアの願いは彼女一人の願いではない。冒険者にとって、確かに扱える武器の重量問題は文字通り死活問題である。
ユニウスもそれを知っていたから、敢えて彼女の真剣な思いに答えようと、肯いてみせる。
「わかった。出来る限りの事はしてみるつもりだよ。せっかくここまで来た。ここまでしてくれたんだ、今度は僕が君たちに恩返しをする番だ。完成するにはまだ時間がかかるかも知れないけれど、必ずダイナソアスレイヤーを完成させると約束しよう」
こうして無事に『X字形状のコンポジットコンパウンドボウ』をユニウスの元に届ける事が出来た。
しばらくこの弓はユニウスが預かり、進展が見えたらまた報告をする事を約束してくれた。地道な一歩一歩が道となり、少しずつ先が広がっていく。
ユニウスの弓作りも、ここからが本番となりそうである。
冒険者たちは任務を終え、ギルドに依頼成功の報告を持ち帰る為、帰路についた。