砂の花の詩

■ショートシナリオ


担当:なちか。

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月15日〜07月20日

リプレイ公開日:2008年07月19日

●オープニング

●未知の領域へ
 アトランティス・メイの国。その中原のやや北部に存在する、巨大な砂漠地帯があった。
 ――サミアド砂漠。
 元は未開の荒野で、いずれは開拓されメイの国を潤す大地に生まれ変わるはずだった。
 だが、突如として現れた『カオスの穴』の開孔により砂漠化が進み、わずか一年でその領域を大幅に拡大した。
 現在は荒涼とした岩の転がる砂漠となっており、危険な生物やカオスの勢力が潜む場所と噂されている。

 カオスの穴が出現した事はメイの国にとって、脅威だった。
 そして異様なまでの速度で侵食された荒野は、遂に砂漠と成り果ててしまったのだから。
 今もその脅威は根強く残っている。だが、この砂漠が形成された主な原因は未だ明確にされていない。
 諸説様々な憶測が飛び交い、決定的な原因究明までは至っていないのが現実である。
 噂の域を出ないものの、伝説の魔剣の暴走により砂漠化したのだとか、魔王の卵が生まれたからだとか、専門家でも言わないようなオカルト説がまことしやかに囁かれているほど、未知の世界となってしまっているのだった。
 今また新たに、カオスニアンたちの隠れ蓑になっているであるとか、さらには伝説の秘宝を守る為に生まれた結界なのではないか、という噂までもが加えられたほどである。

 しかし、この不透明なサミアド砂漠そのものの砂漠化の原因や調査が進めば、将来的には『カオス』という存在そのものをも深く捉える事が出来るのではないかと期待が高まっている。
 そこで危険を承知で、その脅威となった砂漠化の原因、及び地質・生態系調査等、サミアド砂漠の調査団が再度編成される事となった。
 以前中規模の調査部隊が構成されたが今回はまだ完全に把握しきれていない北東部区域を再調査という形で出発する事になる。

 なお、サミアド砂漠には、知られているだけでも数多くの危険な生物が確認されており、それに加えてカオスニアンたちも生息していると予想されている。
 カオスニアンがいる可能性というのは以前からいくつか報告例があり、それと対になるかのように恐獣も追従している事も少なくない。

 また、脅威なのは生物だけではない。カオスの穴に代表される砂漠化の原因は明確にされておらず、人間にどのような影響があるのか未だ未知数であった。また砂漠にも適応しているのか植物も注意して調査、採取を念頭においておきたい。
 その中には当然大きなリスクが含まれているものもあるが、長年の謎を解明するにあたって冒険者たちもが勇敢に立ち上がってくれた。
 今回の依頼は、サミアド砂漠北東部調査団の身辺警護が主な任務となる。

 熱砂に一陣の強風が吹き荒れる。
 まるでその先にあるものを人間から遠ざけようとしているかの様に――。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0356 レフェツィア・セヴェナ(22歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea2606 クライフ・デニーロ(30歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)

●リプレイ本文

●渇いた荒野
 実際のところ――ここ、サミアド砂漠の現在の主だった原因と見られている『カオスの穴』が開いてから急加速したといわれる砂漠化だが、それでは逆に、閉じたらその進行は停止し、或いは緑化するのだろうか?
 未だこの砂漠の全容が明らかになっていない現状で、そもそもそういったような可能性だけで論じるのは果てしなくナンセンスなのかも知れない。
「やれやれ、壁の妖魔どもといい謎の穴といい、全く飽きん世界だな!」
 あまり深く考えすぎるのも体に毒、とばかりに、巴渓(ea0167)は楽しそうに――だがすぐに飽きそうなほどだだっ広い干からびた大地を見回した。
「ともかく、水の事ならお任せください。いざという時にもお役に立てるでしょうし」
 クライフ・デニーロ(ea2606)はそういうと、まだ捜索範囲が乾燥しきっていない事を確認する。たとえ砂漠の中心であろうと冒険者のオアシス程度には水を供給出来ると踏んでいた。
 なぜなら、大気にも、砂漠の砂の下にも水分は含まれているからだ。砂漠のど真ん中でも時にオアシスがあるのは、こうした砂の下に溜まった水がろ過された状態で再び湧き上がっているからなのである。
 そういった基本的な知識――といってもアトランティスではなく、天界の知識だったりするのだが――を踏まえて、前回サミアド砂漠の調査隊として参加したルイス・マリスカル(ea3063)は改めて以前探索した時の事なども整理する形で冒険者たちに事情を話した。
「日中は暑くて、夜は寒いんだってね。確かにじりじりと暑さがこみ上げてくるね」
 もうはや薄っすらと額や頬、首筋に汗を浮かべるレフェツィア・セヴェナ(ea0356)。荷物持ちとして、健気に乾燥した大地を踏みしめるのは彼女のお供、ユニコーンのパフェだった。

 風が止むと、途端にその日差しと足元の焼けるような地面との挟み撃ちでじっとりと汗ばむ面々。
 こんな過酷な地に、そもそも生物が生きられるのだろうか?
「砂漠に適している動物や植物はいないんじゃなかったか?」
 巴は前回の調査に同行した経験者ルイスに問い掛ける。
「まだわからないですね。この気候や砂漠化した大地で死滅もせず生息地も変えず、生き残っている動植物はいるかも知れない。また、この短い間に、適応した生物だってあるかも知れない。まだまだ知らない事が多いのが、このサミアド砂漠といわれています」
「ふーん。元々は砂漠じゃなかった、でも今は砂漠化している‥‥って事だろ?」
「その通り」
「元々はどうだったんだ? 砂漠になる前ってここは調査とかされていたのか?」
「いいえ、文献によると前回の調査でも明らかになりましたがほとんど前人未踏といわれていました」
「なるほど、でしたらあくまで可能性ですが――」
 ルイスと巴のやり取りを聞いて、考古学者の勘がクライフに囁きかける。
「手付かずって事になるのでしょう? だったら、きっと面白いものが沢山見付かると思いますよ。太古の時代から、砂漠があった天界ではその砂漠という地に、秘められた可能性があるとされてきました」
「秘められた可能性?」
 クライフの思わせぶりな口調に、好奇心旺盛なレフェツィアも巴も、そしてルイスも期待を込める。
「原生生物ですよ」
「げんせいせいぶつ? なんだそりゃ、今回の砂漠の大ボスか何かか?」
「違いますよ、原生生物というのは、いわば生物の元祖。種族の大先輩って所でしょうか」
 考古学上では必ず『原種』と呼ばれる生物の存在が登場する。それは動物でも、植物でも言える事で、進化した生物のその進化の糸口を紐解く事の出来るいわばオリジナルとも呼べる生き物の事を指す。
 クライフもルイス同様、サミアド砂漠の砂漠化した原因は不明としながらも、その原生生物が生き残っている可能性は示してみせた。
 ルイスもまた、なるほどと二、三度肯く。
 それを聞いていた巴とレフェツィアは砂漠の熱にやられたのか、それとも知恵熱なのか、難しい事を並べられてちんぷんかんぷんといった表情を浮かべ、思わず見合わせてしまった。

●砂の軌跡
 天界から来た者ならば、一般的に砂漠というと一面砂ばかりの世界を想像しがちだが、実際には現在調査中のような乾燥地帯も含まれている事はあまり知られていない。
 ルイスは前回の調査でこの辺りはいわゆる『半砂漠地帯』である事を説明する。
「大別するとまだここは半砂漠と呼ばれるような場所です。天界では大まかに降雨量によってこのような半砂漠、砂漠、そして極砂漠と区別しているそうです」
「極砂漠! ますますボスっぽいのがいそうだ、最終面か? ラストステージなのか?」
 移動している最中、レフェツィアは気になる事があった。どんどん奥側、つまり砂漠の中心側に進めば進むほど植物らしきものが減っていったのである。
 森の民、エルフだからこそ気がつくそれは――いわゆる森林限界、と呼ばれるものだった。
「木が一本も見えなくなったね、さっきまではぽつぽつあったのに」
 足元もごつごつして乾燥した砂礫の感触が伝わってくる。更に奥まればまさしく砂の世界へと突入するだろう。
 木はほとんどなくなったが、しかし、今度は薄緑といえばいいのだろうか、枯れかけたような色合いの草などがちらちらと見えるようになってきたのである。
「この辺りはもう、雨はほとんど降っていない地域になるんでしょうかね」
「さっき言ってたなんたら砂漠との境界線付近って事じゃねえのか」
「そうでしょうね。ん‥‥これは?」
 クライフは巴が突然歩みを止めたのを見て、何事かと視点を素早く警戒モードに切り替えた。
「地面を這ってる‥‥この軌跡はヘビだぜ。上手く行きゃ本日のディナーだ」
「た、食べちゃうの!?」
「ったりめえだろ? 喰えるもんは何でも喰う。それが冒険者ってもんだ」
 風が止んでいると、砂漠では時々こういうシーンに遭遇する。動物や昆虫などの足跡が軌跡として残っている事が。
 くねくねとSの字を描いて続くのは、地面を這い進むヘビの足跡だ。大きさはそれほどでもないが、時に毒を持っている種類もいる。
 むしろ危険な動物というのは、『見かけの大きさ』などでは計り知れないものなのである。
「よっしゃああ! 本日の豪華食材、ゲットだぜ!」
「お、落ち着いて下さい渓さん。貴重な砂漠の生態系です、一応持ち帰って解剖などをしてみなければ」
「ちえー、せっかく生け捕りしたってのに、新鮮な食材さんなのに‥‥」
 ルイスにせっかくゲットした食材を奪われた格好の巴。ちょっとほっぺが膨らんでいた。

「そういえば、前回の調査では場所は違うけど、夜中から朝方にかけて恐獣の群れが移動していたって報告があったって言ってたよね?」
「ええ、なんでも、ここ最近また恐獣が活性化したとかで平原や山岳、砂漠の南側‥‥ちょうどメイディアとリザベを横断する街道なんかにも出没しているのだとか。とはいえ、前回発見した時のように明け方に移動したりしているとは限りませんが」
 先ほどは『見かけの大きさ』だけが危険な動物ではないとは言ったが、カオスニアンに使役されている恐獣はこの限りではない。野生化した恐獣はともかく、カオスニアンが絡んでいれば十中八九、凶暴化していると考えて間違いない。
 だからこそ、猛烈な勢いと獰猛さが相まってとてつもなく厄介な脅威と成り得るのである。
「いいぜ、恐獣だろうが竜だろうがどんと来いだ。むしろウェルカムだぜ! へへ」
「僕たちは戦う為に来たんじゃないですよ、あくまで調査に同行して‥‥」
「かてぇ事言うなよ、クライフ。だけど、二人とも、大丈夫か? 無理して倒れられちゃ話にならんしな」
「うん。こっちはなんとか、大丈夫。パフェもまだまだ元気みたい。砂漠って言っても、こっち側はまだ地面もあるし」
「ええ、こちらも問題ありません。渓さんこそ、昼夜の温度差で体調を悪くしないで下さいね」
「俺の心配までするってーと、元気な証拠だな! 楽士さん、アンタもだぜ、俺たちは調査そのものを手伝う事は無理かも知れんがその他の露払い役としてはいつでも動けないとならないんだからよ」
「もちろん。私も問題ありませんよ」
 徐々に空が赤く染まり、野営の準備をはじめる冒険者たち。手早い作業で日暮れ前にはキャンプが完成する。
 精霊力が反転し、夜が訪れる――。
 それは、砂漠の、ひとつの顔だった。
 アトランティスにも空はある。そして、天界では珍しくない『星』もそこにはあった。同じように、『月』もそこにはある。
 ただ、それが天界と同じ星であり、月なのかというとそうではない。では夜空に瞬く『それら』は何なのだろうか。
「空に見えるあれは精霊の瞬きですよ。陽の精霊力が低下しても、完全になくなる訳ではないんです。だから、時々ああして残る。それが星の瞬きの様に見えるんです」
「星とは違うんだな。向こうの世界と、事情が違うのは知ってたがまさかこんなに根底から違うと本当に異世界って感じだぜ」
 アトランティスの世界観から天界を見れば、それこそ異世界以外の何者でもないのだが、それは天界からアトランティスを見ても同じ事だ。
 元世界――天界人の彼女たちから見ても、この世界、アトランティスという世界はやはり不思議に満ちている。時には天界の知識が根底から覆される事が平気で起こってしまうのだから。

●砂漠にかかる、霧。
 深夜から朝方にかけて、ローテーションを組んでの夜間の警備が行われた。クライフ、レフェツィアの魔法組は充分な休息を取れるように配置した形でシフトが組まれ、初日、二日と前半は特に何も問題なく過ぎていった三日目の朝方、丁度ルイスが番をしていた頃だ。
 冷え込んでいたのはいつも通りだったのだが、やけに湿気を含んだ感じがしていた。
 乾燥地帯であるサミアド砂漠ではそんな感覚が逆に違和感を生み、だからこそルイスもそれが何なのかわからず、やや緊張していたのだがそれは遂に視界を薄いもやで覆われるという事態に直面する。
「敵襲ですか?」
 朝方交代の魔法組となった二人がルイスの元にやって来た時にはかなり深い霧が砂漠全体を覆っていた。まさか、砂漠に霧が発生するとは誰もが予測していなかったからだ。
 しかし、それは自然の神秘とでもいおうか。実際は海からやってきた霧が砂漠にまで及んでいるのだ。雨が降らない時期でも、時折こうして水分はわずかながらに運ばれてくるのである。

 三日目となると調査もそれなりに進展し、また、巴のおかげで珍しい昆虫類、トカゲなども捕獲する事に成功。ただ、トカゲは尻尾を切ってしまったので、本体と尻尾は別々に保管する事になったのだが。
 昆虫類は特に、クモやアリのような姿をしたものが多く、その中には、砂漠とほぼ同化したような色あいのサソリなどもおり、冒険者が発見しなければ調査隊の数名は知らずにそれらに刺されていたかも知れないほどカモフラージュに長けた生物も多かった。
 さて、初日にもみかけた草木だが、それらは三日目から帰還にかけての間に二種類ほどを発見する。
 そこで巴は、ふと、妙な親近感を覚えていた。
「なんだこれ、どっかで見たことあるぞ?」
「トゲトゲ、痛そう〜」
「これで殴りつけたらかなりダメージになるよな」
「それ刺さる! それ刺さるから!」
 天界では確かに存在するそれはいわゆる『サボテンのようなもの』だった。砂漠というより乾燥帯でも生息すると見られているものだが、冒険者たちも多肉植物は見知ってはいるが『それ』を見たことがほとんど無かった。
 つまり、新種だ――。
 調査隊は歓喜し、サンプルを持ち帰る事に決めた。
 もう一つの植物はというと、今度は赤‥‥いや朱色に近い色あいの小さな実をたっぷり実らせた細い木だった。帰還際だった為、森林限界の境目付近まで戻っていたのである。
 その実が食用になるかは不明だが、もし食べられなくとも、上手く加工すれば赤色の顔料になりそうである。
 こちらは葉がぼろぼろと抜け落ちており、その木の周りに散乱していた。枯れかけているのかというと、本体はまるでそんな風には見えない。不思議な光景である。実が落ちている訳でなく、葉だけが切り離されているのだ。
 こちらも新種と見られ、さすがに木をまるごと持っていくのは難しかった為、実と葉を別々に、それからそれらの付いた枝とを持ち帰る事にした。
 今回は動植物の調査はかなり大きな成果をあげる事に成功する。
 そしてここまでで判明した事は、砂漠化の進行は今は穏やかではあるが砂の世界と砂礫の世界、そして緑の世界と境界線がかなりはっきりしている事を改めて知る事になった。また、砂漠の中心部はともかく、外側はまだ元々の荒野だった頃の状態がそのまま残っている事も明らかとなった。

 冒険者たちの注意深さと、好奇心。そして様々に重ねてきた知識と経験が調査隊に大きく貢献した事で成しえた新種植物の発見と希少昆虫の採集。
 サミアド砂漠の中心部、つまり砂漠地帯から極砂漠地帯がどうなっているのか――それらは今後も続けられるであろう調査隊の派遣にかかっている。
 今回の成果が認められれば、更なる調査が進められるだろう。そして、異変の原因の一端も探れるに違いない。
 大規模な戦闘こそ無かったものの、それが逆に調査の進展に繋がったと考えれば非常に嬉しい結果となった。
 こうして、無事にサミアド砂漠調査隊を王都に送り届けた後、冒険者たちはギルドへとその報告を持ち帰る事となった――。