【異趣】傷

■ショートシナリオ


担当:猫乃卵

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月22日〜06月27日

リプレイ公開日:2007年07月01日

●オープニング

 事の発端は、数日前にさかのぼる。
 パリから徒歩で2日程かかる小さな村で、オーガらしきモンスターが集団で村内を襲撃する事件が起きた。
 モンスターと向かい合って戦える者など居ない村である。モンスターが立ち去るまでに負傷者4名を出す事態となった。
 村人達は、この突然の襲撃にパニック状態に陥っていた。
 『冒険者』とは違う、有事の際に気付くか連絡を受けるかして即座に駆けつけ、無償で救援してくれる者達がもし村に存在していれば、事態は悪化しなかっただろう。自分達で問題を解決出来るのであれば、依頼書を通じて用件を伝えるという様な、腰を上げてもらうのに時間のかかる『冒険者』はいらない。現実には、そんな冒険者ギルドの商売の邪魔となる望ましくない状況にはなり難いのだろうが。
 冒険者達に頼らなければならなかったのに、村人達はパニック状態に陥ってうろたえていたが故に、これからすべき行動を決めかねていた。その内に、物足りなかったのだろうか、オーガらしきモンスター達は再度村を襲撃した。不幸にも、その襲撃で若い夫婦が殺され、子供は腕の骨を折る重傷を負った。
 子供に覆い被さる様にして護らなければ命を落とす事は無かったのかもしれない。だが、その時は、それが両親が子供にしてやれる唯一の行動であったのだろう。
 死者2名、負傷者6名。オーガらしきモンスター達は、満足したのかどうかわからないが、帰っていった。

 副村長の立場にいる男性が、独断で村人の家を周ってお金を集め、パリの冒険者ギルドに駆け込んで救援を求めた。
 ここに至り村の有事を知ったギルドは、副村長が差し出した依頼金を受け取ると、依頼書を作成し張り出した。
 ギルドには常に幾つかの依頼が張り出されている。その中で比べれば、副村長の依頼は、時事性に乏しい、襲撃を受けた人達を救うべくモンスターを殲滅するというだけの心引かれ難い平凡な内容であったかもしれない。だが、ともかくルキャド・ルーを含めた数名が名乗りを上げて依頼は成立し、参加者は村に向かった。
 冒険者にとって見れば、モンスターを倒して村人を救う、ただそれだけである。手馴れている冒険者達は、難無く三度村を襲いに来たオーガの群れを殲滅し、目に見える形でのモンスター襲撃の脅威を取り除いた。
 冒険者達が戦闘の疲れを心地よく感じながら談笑している時、冒険者ルキャド・ルーは、自分を睨む様に見詰めている少女の姿を見た。オーガに襲われて骨折した自分をかばった為に両親が命を落とした、あの少女であった。
 『襲われても身を護る術を知らぬ者が、まだ苦しみを抱えたまま、ここに居る』との無言のメッセージに心痛めたルーは、現在少女を保護している少女の父親の親戚にあたる女性に少女について詳しく話を聞いた。しかし、少女に何が起きたかを知った所で、ルーには何も出来る事はなかった。

 ギルドに戻ったルーは、村から新しく依頼が出された事を知った。
 襲撃していたのは生息していた群れ全体ではなかったとの事で、村の周辺に住む群れ全体を殲滅してほしいとの依頼だった。
 ルーは、知人に声をかけて集まってもらい依頼を成立させると、皆と一緒に村に向かった。

 依頼期間が終了する前日、パリに急ぎ戻って来た参加者の報告を受け、ギルド員達は驚いた。

 ルー達は、村に着くと、早速村の周辺を捜索し、オーガの群れを見つけ、殲滅した。
 その後、仕事完了を報告する為に、ルー達は村に戻った。
 村人達は、ルー達を取り囲み、感謝の意を表した。村人達の中に、あの少女の姿も有った。
 ルーは少女の前で少しかがみ込み、微笑んで『もう大丈夫だよ』と語りかけようとした。
 その時だった。
 少女は、ルーの腹部に勢い良く頭から突っ込む。ルーは仰向けになって倒れた。少女はルーの腰の上にまたがると、隠し持っていた包丁でルーの腹部を刺した。ルーは思わず体を丸めて護ろうとする。
「何が解決したの!? もう、あいつらは襲って来ないって約束できるの!?」
 ルーの腹部に浅く刺さった包丁を抜き取り、再度刺そうとする。包丁の先端が僅かにルーの腹部に突き刺さる。
「私達が襲われた時、あなたは何をしていたの!? あなた、あの日、笑ってたでしょ!!」
 少女の片手で不器用に腹部を刺されただけなので、刺し傷は即座に致命傷になる様なものではなかった。しかし、ルーは、少女の心の傷がここまで深刻な物である事に強いショックを受けていた。
 ルーは、再三少女が刺す事を試みて、包丁の刃先が肌を刺激するチクチクとした痛みを感じながらも、身を護る事を忘れて、少女の顔を見詰め続けた。涙目になっている少女の瞳は、どこをも見ていない様にルーには思われた。少女は、心の中で何かに戸惑っている。ルーは直感で、そう感じた。

「止めなさい! そんな事をして、何の得に成るんですか!」
 依頼の参加者であるルーの友人が槍を構え、少女を制しようとする。
 その刃先を青ざめた顔で見詰めた少女は、立ち上がり、槍の柄を片手で掴むと、槍に向かって勢い良く突っ込んだ。
 槍の刃先が少女の腹部に刺さる。視点は定まらないままに、右、左、そして下へと首を振って叫ぶ。
「お母さん! 逃げて! お父さん! 私が押さえるから! 早く逃げて!!」
 ルーの友人は、突然の出来事に一瞬体が硬直したが、槍を少女から引き抜き、後方に投げ捨てた。
 ルーと少女の手当てがあわただしく行われる。

 ルーは今に至り、少女の心を占めているものを理解した。
 まだこれからも何か起こるのではないかという不安の感情と、その精神的苦痛を上書きして身を護ろうとする怒りの感情。
 自分を護ったから両親は殺されたのだという、戦って護る事が出来なかった自分を責める気持ち。
 どちらも歳の幼い少女には荷が重すぎた。
 心を圧迫したから起きたのであろう、目の前に迫る刃先からオーガ襲撃時の恐怖心が鮮明によみがえっての、意識の混乱による行動。
 少女は、自己犠牲でも良いから両親を助けたかったと想い続けていたのだ。それは、思考の混乱と言えるだろう。言うまでも無く、自分が自ら命を落としてしまえば、自分が心満たされる為に両親には生き続けて欲しいという想いは全く無意味になるからだ。

 ルーは腹部の痛みは感じていながらも、少女を責める気持ちにはなれなかった。こんな行為に走ったのは両親を目の前で殺されたという出来事で受けた苦しみが幼い少女には荷が重すぎたからだという同情も有ったが、それよりもルーの心を占めていたのは、少女の心の苦しみとは何だったのかに気付いていなかった事を後悔する気持ちだった。少女がこちらを睨んでいたあの時、気付くチャンスは有ったのかもしれないのに、と。
 ルーは手当てをする為に運ばれていく少女の姿を目で追いながら、何も問題は解決していなかったのを気付けなかった事を心の中で詫びた。
 少女の姿が見えなくなると、ルーは眼を閉じ、胸の上で両手で互いの手首を掴み、考え始めた。
 今、彼女を救う為に、自分には何が出来るのだろうか。

 ルーの頼みも有り、依頼参加者が一人急いでギルドに戻り、状況を報告後、新たな依頼を出した。
 モンスターの襲撃に因る、村人の肉体的・精神的なダメージの救済である。

●今回の参加者

 eb0416 イェン・エスタナトレーヒ(19歳・♀・ジプシー・シフール・イスパニア王国)
 eb7983 エメラルド・シルフィユ(27歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ec0039 コトネ・アークライト(14歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec0669 国乃木 めい(62歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

●出発
 依頼日初日の早朝、冒険者一行は、パリ郊外から目的の村への方向に伸びる小道を望む空き地に集まった。
 国乃木めい(ec0669)は、単独先行を申し出た。モンスターの襲撃に因る建物などの破壊の傷跡を消しに行く事で、まずは我々の誠意を示したいという理由だった。
 ルキャド・ルーはパリに戻って来ていた。めいの申し出に異論は無かったので、うなづくと村の人達に手当ての感謝の意を伝えて欲しいと頼んだ。
 村で必要となる物が何か、この時点では村の現在の被害状況が、めいには良く判らなかったので、パリでの物資購入は諦めた。
 村までは、歩いて2日半かかる。めいはセブンリーグブーツを履く。靴の感触を確かめると、ペットをパリに残し、バックパック一つで旅立って行った。

 残る3人は、旅の準備を続ける。
 エメラルド・シルフィユ(eb7983)とコトネ・アークライト(ec0039)はペットの犬をパリに残し、馬に乗った。馬で移動すれば次の日の午後には村に着けるだろう。
 イェン・エスタナトレーヒ(eb0416)は、荷物をロバに積み、自分は猫のサンディの背中に乗った。馬に合わせて飛び続けるのはきついと判断したからだった。
 ルキャド・ルーは一人徒歩で後をついて来ると言った。皆の邪魔をしたくないので、着いても村の様子をそっとうかがうだけにしたいとも話した。
 それから間も無く、準備の出来た3人は、パリを出発した。

●人は動く
 独り先行しためいは、お昼頃、村に到着した。
 衣類を干していた村人に村長の家を尋ね、村長の家のドアを叩く。
 村長は初め、見知らぬ訪問客に首を傾けていたが、めいが事情を話すと、村長は家の中にめいを招き入れた。

 村長は現在の村の様子を語った。
 2度のモンスター襲撃で死者2名、負傷者10名を出したとはいえ、襲われずに済んだ村人の数の方が多い。
 村人達は、オーガの襲撃の危険性が無くなるとすぐに復旧作業を始めた。村人達は横のつながりが強い。被害を受けて困っている人へ、周りの人達が無償で手を差し伸べる。お金のかかる作業は時間がかかってしまうが、それ以外の小さな被害はこつこつと直されていた。
 めいは、村長に復旧作業の手伝いを申し入れた。3G出せると言っためいに対して、村長は見ず知らずの冒険者に金銭の負担をしてもらうのは心苦しいと断ろうとする。それでも何度か説得した結果、めいは2G分負担する事となった。
 山羊を囲う為の柵など、手付かずになっている個所が幾つか有る。どんな材料がどれくらい要るか考えながら見て周った。出費の内訳が固まると、めいは材料を求めに近くの町へと戻った。

●うつろうもの
 めいが木材などを抱えて村に戻った頃には、日は暮れかけていた。
 荷物を村のそばに置くと、野宿の準備を始めた。明日には皆が村に到着するだろう。その頃までには村の人達に我々の誠意を見せたい。そう願いながら、めいは眠りについた。

 次の日の朝。
 目を覚ましためいが村に入ると、水を汲む為の桶を抱えて歩く一人の少女の姿が見えた。
 めいは、一目見て、あの少女だと判った。不自然に、腹部に帯状の布を何重にも巻いていたからだ。
 少女は明るい表情をしていた。その表情に絶句して少女の顔を見詰めるめいを、少女は不思議そうに見詰め、訊ねた。
「あなた、だれ?」
 少女としばらく話しためいは、少女を保護している女性の元に向かい、話を詳しく聞いた。
 めいは、少女の今在る状況が大体理解出来た。
 その後、仲間が到着するまで、村人と共に復旧作業をしていた。村人達は快く受け入れてくれた。

●意思
 その日の午後になって、3人が村に到着した。

 合流した4人は、少女の元に向かった。
 家のドアの前で、エメラルドがうつむいて立ち止まる。
「‥‥正直、怖い。私もルーと同じだ。私が『終わった』と思っている陰で、彼女の様に傷つき泣いていた者が居たのに、気付かなかったかもしれない。おそらく居たはずだ。取り返しが出来ない今となっては、ただの代償行為だという事も解ってはいる」
 コトネがエメラルドを見詰める。
「私は、本当のお父さんの顔もお母さんの顔も知らないから、目の前で両親を亡くしたその子の気持ちは本当には判らないと思う、でも生きている事で自分を責めるのはとっても悲しい事だから、だから何かしてあげたいと思うんだよ。一歩踏み出して、少女に会おう」
 めいが無言で微笑み、エメラルドの肩に手を添える。
「彼女を救えても私が知らず傷つけてきた『誰か』を救えるわけではない。それでも、せめて今目の前で苦しんでいる少女だけでも助けてやりたい」
 エメラルドはイェンの方を向く。
「少女をたしなめたいのなら、それはわからなくはない。だが、今の少女には辛過ぎると思う。少女を許してやってくれ‥‥」
 イェンは家のドアを見詰める。
「私は、逆恨みで他人に刃をつきたてた彼女に、ルーさんにやってしまった事を諭したいの」
 コトネが反論する。
「どんな理由があれ、その子がルーさんを傷つけた事は誉められる事ではないよね。でもね、その子が一番許せなかったのは自分自身だと思うの。その子も、ほんとは誰も悪くないって事を解ってる。自分の目の前で両親が亡くなって、そして自分だけが生き残ってしまったから、自分を責めてるんだよね? だからもう十分以上に自分を責めて傷ついているから、もし私達が責めても、きっと心には届かないと思う‥‥許してあげて」
 イェンは家のドアを見詰め黙っている。
 めいは、無言で微笑むとドアを叩いた。

●夜の後に朝は来る
 少女を保護している女性に部屋を提供してもらい、4人と少女が向かい合って椅子に座る。
 イェンが少女に問う。
「あなたのお名前は、何て言うの?」
「言わない。あれは、お父さんとお母さんが私を呼ぶ為に付けてくれた大切なものだから、大事にしまっとくの」
 イェンは気を取り直して、尋ねた。
「何の為にルーさんに刃を向けたの?」
 少女は寂しそうにうつむいた。
「悲しいのが強くて苦しくて、気に入らないと思えれば、誰でも良かったの」
「それじゃ、オーガがこの村を襲ったのと同じじゃない。あなたは、人を傷つけたくて怒っている訳じゃないでしょう? 本当は、どうしたいの? 聞かせて」
 エメラルドが思わずイェンを制しようかと腰を浮かせた瞬間、意外な応えが返ってきた。
「もういいの。ごめんなさい。あの人には、あやまりたい。今はそれぐらいかな」

 少女は、ルーを刺した日の夜の出来事を再度語った。
 興奮、混乱状態にあった少女は、ベッドの中で、自分が起きているのか寝ているのか解らぬまま、両親に会ったり、ルーに会ったり、自分に会ったりしていたと言う。
 笑っていたのか怒っていたのか泣いていたのか、よく解らなくなっていた。
 ただ一つ、はっきりと理解したのは、朝日が照らす中、ベッドの中で汗だくのまま呼吸をしている『自分』が居るという事だった。
 うまく言えないが、その時から気持ちが変わったと言う。自分を責める気持ちも、自分を許して欲しい気持ちも少しは無くなったのかもしれないとも言った。
「とっても辛い思いをしたんだね」
 少女はコトネに向かって不器用に微笑む。

 イェンが提案する。
「今回私達が来たのは、ルーさんの依頼だからなの。まだこちらには来ていないけど、今の気持ち、彼に伝えてみたら?」
「もし会えたら、そうしたい」

●雲
 イェンは夕焼け雲を見詰めながら思った。
 冒険者も万能ではない。
 少女と共に生きるのは、どこからか派遣されて常駐するのでもない限り、難しいだろう。
 少女も日々生きている。私達が見ていないところでも、絶えずうつろう。それは、私達と何も変わらない。
 ただ違うのは、冒険者は、依頼を受け、固定した目的に向かって、相応の準備や相談を行って、移動して接し、行動するという事。
 故に、その瞬間、瞬間に、自分の命の為に行動する『身を護る術を知らぬ人々者達』と冒険者は、必然的にずれが生じる。
 彼女が自分から変わったのも、己が生きていく為なのだ。彼女もまた、弱くても自分の力で生きていた。
 冒険者達の固定した目的とずれが生じていったとしても、それは人々が苦しみと闘い自発的に生きている証なのだ。

●ナイフ
 翌日、村の空き地で4人は、少女と別れの言葉を交わす。
「両親によって守られたあなたの命、大切にね」
「生きている事がとっても辛い、そんな時も有るけど、でも死んじゃったりしたらだめだよ。忘れないで、そして前を向いて歩いてね」
 イェンとコトネの言葉に、少女は頷く。
 エメラルドは、ただ黙って少女を抱きしめた。頬を重ねる。

 その別れの情景を木の陰から見ていたルキャド・ルーは、右手に持っていた剥き出しのナイフをじっと見詰め、呟いた。
「必要なかった。互いを無に返すだけが答えじゃないのですね」
 ルーは微かに微笑むと、ナイフを鞘にしまい、静かにその場を立ち去った。