●リプレイ本文
●7月15日
冒険者達は、まず最初に依頼人の家を訪ね、面会した。
依頼人は怯えている様子だった。突然の事に、ここ数日は何も手につかないと語った。
アルフレッド・アーツ(ea2100)は、兄がどこでさらわれたかを尋ねた。
事件は、二人が商品を分担して持ち運んでいる最中に起きたそうだ。
街の通りを兄の後ろに付いて、荷物を抱えて運んで歩いていると、後ろの方で女性の悲鳴が聞こえた。
振り向くと、男女数人がもみ合っている。何か喧嘩でも起きたかと思っていると、急に何人かがぐったりと倒れ込み、数人の男性がそれを担いで走り出した。連れて行かれたのか、治療出来る場所に運ばれて行ったのか、状況が解らず立ちつくしていると、背後で物が落ちる音がする。
振り返ると、目の前に縦横3メートルはある石の壁がそびえていた。心を落ち着かせ、壁を周り込みながら兄を探したが、兄の姿は消えていた。
周囲の人達に尋ねたが、観衆は皆当惑、混乱していて話にならなかったと言う。
その後、アルフレッドは現場に行き、目撃情報を集めた。
何人かがもみ合っていた方では、4人の市民が4人の男によって連れ去られた。現在も捜索が行われているそうである。男達は、黒いゆったりとした服を着ていたらしい。
ブロキュスを連れ去った方は、4人の男達とは違った雰囲気の2人組みだったらしい。ストーンウォールで石の壁を作り、時にはそれを倒して周囲の市民の混乱を誘っていたので、はっきりとした目撃情報は皆無だった。
シクル・ザーン(ea2350)は、バタイユ家の周辺に在る家を周り、バタイユ兄弟について、彼らに狙われる理由が有るのか、彼らの人物像について聞き込んだ。
兄弟が実は敵側の人間で、この依頼が何かの罠である可能性も、シクルは拭いきれなかったのだ。
だが、聞き込みをした結果、バタイユ兄弟は、ごくありふれた、ささやかに善良な商いをしている商人だという事が解った。悪人がパリの街に陰謀を働くには、利用価値の無さそうな二人だった。
単純に、悪人に偶然に出会い利用されただけなのであろう。
●7月16日
冒険者達は、依頼人と共にシフール便を運営・管理しているパリ市内の建物へと向かった。協力を要請する為だ。
事情を話すと、人事を管理している責任者は頷いた。無償で協力するという。
冒険者達とシフール便のつながりは強い。特に今回は、人の命がかかっているのだ。
配達を担当する者達から募集すると、元冒険者だというシフール達が希望通りの5名集まった。水無月冷華(ea8284)だけは相手を依頼人にしたいと言ったからである。
フュゼは最初は尻込みをしたが、安全を確保する旨と、ブロキュスの本人確認の為である事を説得されると、不安げながらも承諾した。
シフール達も今は冒険から退いたが、戦いの雰囲気と手段には慣れている。早速、皆で明後日の行動の打ち合わせが始まった。
●7月18日午前11時30分
剣を掲げる像にブロキュスがロープで幾重にも括りつけられていた。像を取り囲む様に黒服の男5人が立っている。こちらの姿に気付いた様だ。
「なるほど。シフールをパートナーに選んだのか。冒険者をパートナーに仕立てると思っていたが、意外に素直に選んだものだな。ロープを切れば飛んで逃げるという事か」
男の一人が不敵な笑みを浮かべながらつぶやく。
「周辺の‥‥市民の皆さん! 危ないですから‥‥ここから離れてください!」
アルフレッドが叫び、人払いをする。慌てて大半の観衆が逃げる。十人程の男性がまだその場に残っていた。アルフレッドの呼びかけにも反応しない。大牙は怪しんで、敵の可能性が無いか、男性達を観察する。
●7月18日午前11時30分30秒
「その布袋の成す四角の枠の中に入れ。ただし、まだブロキュスには近付くな」
ブロキュスの喉にナイフの刃先を当てている男が指示を出す。
黒服の4人が、四方に置かれている大きな布袋の位置に移動する。
周辺に居た十人の男達が四方から近寄って来た。
「悪く思うなよ。金を受け取っただけなんだからな」
十人の男達が詠唱を始めると、次々に縦横3メートルの石の壁が並び立つ。
あっという間に、黒服の4人を隅に、四角形の巨大な囲みが出来上がった。壁の向こうで石が地面に落ちる様な鈍い音がする。ストーンウォールをかけた連中が小さな石の壁を倒して威嚇しながら立ち去ろうとしている様だ。
冒険者達は、冷華を像の近くに残し、壁際に移動する。シフール達をまとめ、それを中心に一塊となって身構える。
東雲大牙(ea8558)とファイゼル・ヴァッファー(ea2554)が向かって右側の奥に、アーデルハイト・シュトラウス(eb5856)とアルフレッドがより手前の方に、シクルだけがシフール達を挟んで向かって左側に居る。
シクルは、さりげなく自分にミミクリーをかける。変形はまだしない。
黒服の男達は、布袋の中から人間を取り出すと、詠唱を始めた。
冒険者達は息を飲んだ。布袋の中から出てきた遺体の雰囲気が、先日連れ去られた数名の市民の特徴と良く似ていたからである。
まもなく遺体はズゥンビとなった。
●7月18日午前11時32分30秒
ブロキュスの喉にナイフの刃先を当てている男が最終確認を行うと、冷華の方を向いて頷いた。
「いいだろう。ブロキュスへの接触を戦闘開始の合図とする。以上だ」
言い終わると、男はその場に崩れ落ちた。上空に一瞬、巨大な人の顔が浮かんで消える。
冷華は、この男の遺体に憑依していた悪魔が居た上空を睨みつけたが、相手は透明化で姿を消し沈黙を守っている。
冷華は、首を振ると、ブロキュスに近付いた。確認の結果、本人であり、生きている事が解った。
冷華は、ブロキュスをアイスコフィンで凍らせた。氷に片手を触れて叫ぶ。
「戦闘、開始!」
●7月18日午前11時33分40秒
冷華は、依頼人と一緒に後方に下がり、皆と合流を図る。
ファイゼルは、冷華とシクルを除く4人のロープを両手剣で掻っ切る。あらかじめ各ロープには一箇所僅かな切れ込みが入れてあり、大牙が4本のロープを一箇所に束ね、切れ込みの位置が重なるよう調整していた。その切れ込みを目印にファイゼルが両手剣に両手を添えてロープを切断する。
大牙は意思表示の為、少し離れた場所の壁を蹴り始める。
アルフレッドは向こうの隅に居る黒服の男にダガーを投げつけた。足止めである。あわよくば男の首をとは思うが、威力は期待していない。ダガーは男の腕に軽い切り傷を付けてアルフレッドの元に戻って来た。
シクルは、シフール達を覆う様にホーリーフィールドをかける。
黒服の男達は、何やら詠唱を始めている。
●7月18日午前11時33分50秒
シクルは、ミミクリーの効果で腕を細長く伸ばす。ロープが腕から外れると、右側奥の隅に居る黒服の男に向かって駆け出した。
アーデルハイトは壁沿いに右の敵を狙う。
ファイゼルは、合流した冷華のロープを切断する。冷華は詠唱を始める。
大牙の蹴り続けた壁は、壊れ始めた。欠片が落下する。
●7月18日午前11時34分
冷華は、依頼人にアイスコフィンをかけた。ホーリーフィールドの効果範囲内に安置する。
アーデルハイトは、黒服の男が隠れみのに利用している元市民のズゥンビと対峙していた。
「全く‥‥趣味の悪い」
アーデルハイトは、剣でズゥンビをなぎ払う。
ファイゼルは、大牙が壊した壁から外に出る。
シクルと対峙した黒服の男はニヤリと笑った。シクルがズゥンビを退かし、男に攻撃を当てようとした時、男は避けようともせずにシクルの腕を掴んだ。
青白く光る腕を見て背筋に悪寒が走ったシクルは、反射的に男の手を振り解くと、後ろに下がり振り向いて叫んだ。
「デビルハンドを使ってきます! 腕に気を付けて!」
ここにおいて、敵の狙いが明瞭になりつつあった。
戦力的には、敵の方が不利である。しかし、敵は戦闘力よりも心理的な攻撃を重視した。壁を使い逃げ場を無くす事。戦闘出来ない市民を冒険者に負担させる事。市民をズゥンビとして使う事。冒険者を一時的にズゥンビ化させて勝利を狙う事。冒険者を追い詰めて勝利した際には、壁を倒し、冒険者の敗北を公開するつもりなのだろう。
●7月18日午前11時34分10秒
市民をズゥンビとして使う事には、戦闘終了後、傷つけられた遺体を市民に見せつける狙いもあるのだろう。冒険者達は闘い辛さを感じていた。
冷華は、ズゥンビの一人にアイスコフィンをかけた。無傷のまま固めてしまえば、その狙いも外せる。ズゥンビの攻撃は全く脅威ではない。
背後に在るものを調べる為にも、黒服の男達も生きたまま捕まえる方が良い。
皆そう判断したので、以降、戦闘は防御・回避中心に、アイスコフィンで凍結させていく作戦となった。シクルの伸ばした手で相手を牽制した敵を、近付いた冷華が凍らせる。
ファイゼルは、ペットのペガサスにホーリーフィールドをかけるよう指示を出した。
●7月18日午前11時34分40秒
ファイゼルは、シフール達に囲いの外に出てより安全なホーリーフィールドの中に入る様、指示した。
闘いは中盤戦に入っていたが、誰の目から見ても、終局は間近である事は確かであった。
残りは黒服の男3人、ズゥンビ1体。黒服の男一人はアーデルハイトが、もう一人は大牙が牽制して相手の行動を封じている。
シクルが背後からなぎ払って転倒させた男を冷華が凍らせている。
●7月18日午前11時35分30秒
そして、全ての戦闘が終了した。悪魔が動き出す気配はない。
冒険者とシフール達の受けたダメージは軽かった。ペガサスに治してもらう予定だ。
やがて、この戦闘で使用した魔法が解ける。凍った敵を布袋に入れて拘束しながら、冒険者達は依頼が成功した喜びをシフール達と一緒に味わっていた。