こんにちは、マルグリット‥‥

■ショートシナリオ


担当:猫乃卵

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月18日〜12月23日

リプレイ公開日:2008年12月25日

●オープニング

 受付嬢は、カランカランとリズミカルに鳴る乾いた音が、ギルドの方に近付く様に、だんだん大きく聞こえてくる事に気付く。
 やがて、陽気な感じのジャパン人らしき男性が玄関のドアを開けて現れる。
 男は、2回周りを見回した。座ってこちらを見ている女性に気付くと、そちらに向かって歩き出す。

 受付嬢は、男を観察した。
 着崩した上着に、使い込んで擦り切れてきたズボン。やや日焼けしている顔。体は痩せ気味だが並みの筋力は有りそうだ。
 男は、営業スマイルをしている受付嬢の目の前に来ると、ニカッと口を横に開いて微笑んだ。
「ここが受付か?」
「はい。依頼の申し込みでしょうか? 冒険者登録でしょうか?」
「依頼したい事が有るんだ」
「承ります。どうぞ、こちらにお座りください」
 男は椅子を引くと勢い良く座る。
「どんなご依頼でしょうか?」
「マルグリット・シラユキという名の少女に会いたい」
「ああ、はい。その名の者は冒険者として登録されていますが。ここに呼びましょうか」
「いや、その名の少女と対面する場を設けていただきたい。それが依頼内容だ」
「すぐに会う事が出来ると思いますが‥‥」
「いや。その名の少女は、私を避けている。ただ呼んでも来ないだろう」
「そうなのですか?」
「私を避けるのには、深い理由が有る」

 男は、語りだした。

 遠くの地で冒険者として依頼を解決してきた私は、新天地での更なる成長を狙ってパリに向かっていた。とある森まで来た時、若い女性の悲鳴が聞こえたので、急いで音の聞こえた方に向かった。
 そこには、名を知らぬモンスターに攻められ必死に身を守っている少女が居た。他の冒険者と離れ離れになったのだろう。単身、傷だらけの体で精一杯戦っていたが、それも限界の様子。私は思わず彼女と一緒にモンスターと対峙して、倒そうと戦った。
 それは、きつい戦いだった。私達もモンスターも命の削りあいをしていった。決定的なダメージを与えるチャンスに、私は思わず自分の命を賭けた。私の肉を切らせ、モンスターの肉を斬った。モンスターよりも遅く地面に伏したのは、闘う者の意地だったのかもしれない。
 少女は、頬一面を涙で濡らしながら、その場で私を手当てしてくれた。私の意識が戻った瞬間、私の顔を見詰めていた彼女の目から涙があふれた。少女は私の胸に顔を埋め、『ごめんなさい』を何回も繰り返し言った。
 しばらくの休息の後、パリに戻った私は、数日、少女に介護された。自分で教会に行くとは言ったのだが、これは私のせいですからと、彼女は、傷ついた体を治癒出来る人を呼んできたり、食事の用意をしてくれた。
 体が治っていくと同時に、少女の誠意ある介護に心を癒されていった。
 彼女の元を去る時、近いうちにお礼を持って伺いたいと言ったが、彼女はただ優しく微笑んで首を横に振るばかりであった。名前も聞かせてくれなかった。『マルグリット・シラユキ』は、後日知った名前だ。

「もう一度、彼女に会いたい。お礼を渡し、受けた誠意への感謝の気持ちを伝えたい。彼女は遠慮して会いたがらないだろうから、この依頼を受けた冒険者達に説得をお願いしたい」
「でも、彼女、あんな『ごくつぶし』に絶対会いたくないって言ってましたよ?」
 ニヤリと微笑む受付嬢との間に、張り詰めた空気が満ちる。
「あはははは。という事で、宜しくお願いする」
 依頼金を支払うと、依頼人白雪貴助は席を立った。

●今回の参加者

 ec1862 エフェリア・シドリ(18歳・♀・バード・人間・神聖ローマ帝国)
 ec2048 彩月 しずく(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec2332 ミシェル・サラン(22歳・♀・ウィザード・シフール・フランク王国)
 ec5382 レオ・シュタイネル(25歳・♂・レンジャー・パラ・フランク王国)

●サポート参加者

ロイ・グランディ(ec3226

●リプレイ本文

 今の時期にしては暖かく感じる昼下がり。マルグリット・シラユキは、近所の野良猫と一緒に、大釜にすっぽりはまって寝ていた。兄のクスターは冒険に出掛けていて居ない。少し開けて風を入れている窓から、微かに通りの賑わいが聞こえてくる。
(「本当に気持ち良さそうに寝てる‥‥」)
「‥‥ん?」
 まだ夢を見ているマルグリットは、彩月しずく(ec2048)がそっと寝顔を覗き込んで微笑んでいた事にまでは気付かなかった。
(「マルグリットってどんな娘なの? もっと観察が必要よね」)
「私はくのいちの、彩月 しずく。よろしくね」
「‥‥ふにゃ‥‥」
 一陣のそよ風が吹き込む。部屋の中には、彼女と猫の眠りを妨げるものは、もう何一つ無い。

 その日の夕方。酒場では、依頼人白雪貴助と依頼を受けた冒険者達が集まって打ち合わせを始めていた。
「娘に会いたいんだよな? よし、貴助のおっちゃん、まずは死んでくれ」
「は?」
 レオ・シュタイネル(ec5382)の提案に、貴助は口をあんぐりさせる。
「マルグリットを騙す為ですわ」
 シフールの持ち物としては大き過ぎるであろうバックパックに腰を掛け、ミシェル・サラン(ec2332)が言葉をつなぐ。
「でも、偽の追悼式は、さすがに使えないだろ?」
「もう一ひねりするんだ」
 レオは、ミシェルのバックパックから木偶人形を取り出した。
「しばらく見詰めてくれ」
 貴助以外は、人形から視線を逸らす。
 しばらくして、貴助は突然声を出し仰け反って驚いた。
「そういうこと」
 レオは、満足そうな顔で人形をしずくのバックパックにしまう。
「頑張れ。参加者一の力持ち♪」
(「いつの間にか、粗忽人形、私が運ぶことになってるし‥‥」)
「女の子に『力持ち』って、褒め言葉じゃないわね‥‥お仕事だから、もちろんやるけど」
 ぶつぶつ言いながらも、しずくはバックパックを背負った。

 冒険者達は、貴助と一緒に宿屋に向かう。
 宿屋の主人に事情を話すと、店の評判を落とさない様に内輪でひっそりと行う分には構わないと言われる。部屋を二つ貸してもらった。
 さっそく貴助の葬式の準備に取り掛かる。
 レオは、宿のベッドに粗忽人形を寝かせると貴助に向かって言う。
「変化させたら、この白い布を顔に掛けておいてくれ」
「で、めくって顔を見せて信じ込ませる。ふむ」
 エフェリア・シドリ(ec1862)は粗忽人形の頭に白い三角頭巾を、体に白装の経帷子を、身に着けさせている。
「マルグリットが来ている間は、こちらの部屋に隠れていてね」
 ミシェルが貴助に、もう一つの部屋へ案内する。
「シラユキさんと会う時には、きちんとした格好をするのが良いのではないでしょうか? これから買いものするので、一緒に行きましょう。きちんとした服装とかいろいろ、そろえるのです」
 エフェリアの提案に貴助は同意して、二人は出掛けていった。

 次の日。
 冒険者達は、クスター家に向かった。
 マルグリットがドアを開けると、見たことのある顔が目に入る。
「あれ? 裸のお付き合い以来、お久し振りですね」
 エフェリアは照れたのか、膝まで伸びた銀色の髪をいじりながら下を向く。ミシェルがそのエフェリアの肩の上に乗ったまま身を乗り出して問う。
「何? 何の事?」
「昔、依頼で一緒に水浴びしただけの事です‥‥」
 顔を真っ赤にしたエフェリアは、話題を変えようと、マルグリットをぐいぐい部屋の中央に押して行く。
「偽葬式をしようとしたら依頼主さんが本当にしんでしまって、それでシラユキさんに来てもらうのです」
「なに? なに?」
 きょとんとするマルグリットに、レオが感情を込めて説明する。
「亡くなられたんだ‥‥」
 レオは突然うつむいて鼻をすすり、言葉を詰まらせた。
「君の父さんが‥‥ううっ‥‥そんなの嘘だって? 違うんだ嘘じゃ‥‥いや最初は嘘だった。偽の葬式で君を呼び出そうと、お父さんが依頼を出した。依頼を受けて会った時、最初は変なおっさんだと思った。でも、娘にどうしても会いたいって‥‥それは嘘じゃない、本心だと思った‥‥だから協力したのに‥‥くそっ‥‥その準備の途中で‥‥祭壇から足をつるんと滑らせて‥‥あんな間抜けな‥‥じゃなくて、残念な死に方‥‥有りかようっ!」
 レオは顔を上げ、潤んだ瞳でマルグリットを見詰める。マルグリットは疑っている様な、心の奥の感情を揺さぶられた様な、複雑な表情をしている。
「せめて‥‥一目、会ってやって‥‥くれ‥‥」
 レオは勢い良く壁に顔を伏せると、肩を震わせてすすり泣いた。
 ミシェルは心配そうにレオの顔を覗き込むと、肩を軽く叩いてから、マルグリットに近付く。
「本当の葬式はまだよ。今は宿屋に寝かせてるわ。嘘だと思うなら来てちょうだい。せめて死に顔は見てあげて」
「依頼は終了しちゃったんじゃ?」
「依頼人は死んじゃったけど、貴女に会わせるのが私の仕事だから。悪く思わないでね」
「う〜ん‥‥ここでどんな事言われても、実際、嘘か本当か判らないし、宿屋に確かめに行けば、あいつの罠にかかりそうな気もするし‥‥」
 困惑するマルグリット。
「‥‥こんな時は‥‥え〜い! 逃げ出してしまえ!」
 しかし、逃げ出そうとしたマルグリットは、すぐにしずくに羽交い絞めにされた。

「なんで、そこまで父親を嫌うの?」
 しずくがマルグリットに疑問をぶつける。
「あいつ、根っからの遊び人で、家の金を持って行っては泊まり歩いてたのよ。それでお母さんがどれだけ苦労したか! お母さんが亡くなったのは、あいつのせいよ!」
 しずくは、マルグリットを背後からギュッと抱きしめる。
「でも‥‥どんなに嫌でもどっかで話くらいきいてあげたほうがいいんじゃないかしら? 親子なんだから仲良く出来るなら仲良くしたほうがいいのよ、ほんとは‥‥」
「え? 死んだんじゃ?」
 レオは、突然両手を握り締めて大きな声で力説する。
「ろくでも無かったかも知れない‥‥でも、父親だろ!?」
 レオは何故か、右手にナイフ、左手にその刃から伸びるロープを握っていた。
「お父さんは‥‥本当に君に会いたがってた!」
 レオにロープでぐるぐる巻きにされたマルグリットを、しずくがずるずる引きずって宿屋に連れて行く。
「会いたくないんだけどな〜」

 エフェリアは宿場の近くまで来た時、テレパシーの魔法で貴助に連絡する。
「遺体の準備をお願いします」
 エフェリアは、次いで、自分にリヴィールタイムの魔法を掛ける。
「準備出来た。見詰めるぞ」
「‥‥30秒‥‥1分です」
 粗忽人形は、貴助にそっくりの遺体に変化した。貴助は遺体の顔に布をかけると身を隠す。
 エフェリアは、皆に目配せして準備完了を告げた。
 しずくがマルグリットの後方を固めながら、ミシェルが宿屋の一室にマルグリットを導く。
「事情なんて知らないわよ。それとも自分の親の死に顔をまともに見れないような意気地なしなの?」
 まだブツブツ言っているマルグリットをけしかけ、部屋の中に入るよう、手招きする。
 宿屋でベッドに横たわる男性の姿を見ると、マルグリットの口は硬く閉じられた。
 ミシェルがマルグリットに男性の傍まで来るよう促す。そして、布をめくって男性の顔を見せた。
 マルグリットの涙が貴助の頬に落ちる。顔を強張らせ、歯を食いしばり、ひたすら貴助の顔を見詰める。
「だから会いたくなかった‥‥お母さんに‥‥お母さんに‥‥何て言えばいいのよ! お母さんも私も、お父さんが頼れる冒険者だった遠い日の記憶を信じて待っていたのよ! ごくつぶしのまま死んじゃったら、お母さん、泣いちゃうよ!」
 しずくが背後からマルグリットを抱きしめる。

「お父さん‥‥お父さんまで私の傍から去らないで。あの頃の好きなお父さんの記憶だけじゃ、寂しいよ‥‥ごくつぶしから戻って来てくれる日を願って待ってたから、会わなくても悪口言っても寂しくなんてならなかったのに‥‥」
「俺、そんなに嫌われてなかったんだな」
 ドアの向こうから『本物の』貴助が現れた。マルグリットは何の感情を起こせば良いのか迷っている様だった。
「貴方も嘘の葬式で父親との対面を避けたのだから、お互い様ね」
 ミシェルの言葉にも、凍りついたまま反応しない。
 貴助は、呆然とこちらを見詰めるマルグリットの前に立ち、言った。
「マルグリットは、誤解している事がある。その誤解を解く事、そして、『きく』に報告したい事が有って、俺はお前に会いに来た。きくの墓はパリのウォック家の方に有るんだろ? 俺をそこに連れて行って欲しい」
「お父さん‥‥」
「きくもお前に誤解を解いて欲しいはずだ。きくの墓の前でお前に真実を伝えよう。お前の、俺に関する呪縛を解き放ち、お前はお前の人生を生きて行けるように。俺をそこに連れて行ってくれるな?」
 マルグリットは、しばらくの間、声が出なかった。やがて、声を絞り出す様にして、答える。
「冒険者さん達に、力を貸してもらう‥‥ウォック家がお父さんにどういう反応をするか分からないし、私独りの力で真実を受け入れられるかどうか分からない‥‥いい?」
 マルグリットの哀願の表情に、ありし日の妻の顔を重ね、この子は母親似だったんだなと、懐かしむ。貴助は優しく微笑んで頷いた。
 涙ぐむマルグリットに釣られてミシェルも涙ぐむ。そっとマルグリットの肩に手を置いた。