人が人を殺す理由
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■ショートシナリオ
担当:猫乃卵
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:9 G 4 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月27日〜06月01日
リプレイ公開日:2009年06月04日
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●オープニング
夜の闇に包まれた、しかし、一本の蝋燭だけが健気に命ある人間の体を照らし出している、ある家の中。
椅子に座り、頭を抱えてテーブルに上半身を伏して動かない。男は、その姿勢で、かすれた音を立てて荒く息をしている。
頭の中に悪夢がよみがえった。顔の血の気が引き、全身が震えだす。
昨日の深夜。男は椅子に行儀良く座り、真正面の壁を見据えたまま、微動だにしない。
真っ暗闇の部屋の中で、男は、首筋に当てられたナイフの冷たい刃の感触を女の持つ絶対的な威圧感の象徴として感じていた。
「『ご注文』は、イエール・ミュールを殺す事。以上ね」
かすれた、だが艶のある女の声が男の体にまとわりつく。
「‥‥ああ」
男は、引きつる唇を何とか動かして、それだけ答えた。
「代金さえいただければ、事情も目的も不問よ。それが私達のお仕事だから」
女は、持ち上げた袋を軽く振って中の硬貨を鳴らすと、暗闇の中で微笑んだ。
女は男の背後から首に口付けると、ナイフで撫でた跡に滲む血を舐めて囁く。
「『約束』は守ってね」
数ヶ月前のある依頼で、参加した冒険者達がモンスターとの戦闘で壊滅的な敗北をした。死者多数のその戦闘を離れた場所で隠れて見ていた依頼参加者の一人アンクル・ラドレスは、イエール・ミュールを含む他の冒険者達を見捨てて逃げた。その後、アンクルはパリに戻ると、イエールの恋人テーレ・スフルに接近し、彼の死に傷心する彼女を慰め、昔からの恋心を成就させようとした。
全てはうまくいくはずだった。先日イエールからのシフール便が届くまでは。
内容は、あの戦闘後近くの村に運ばれて治療された事、長い時間がかかったが少しずつ体の自由を取り戻しつつある事、テーレに会いに行きたいが長い間音信不通の故に不安がある、だから都合が良ければ、自分がパリに向かって出発するまでに、テーレに事情を話して返事を貰って返信して欲しいとの事だった。
追い詰められたアンクルは、あるツテを用いて、暗殺者集団にイエールの暗殺を依頼した。その時こそ、イエールを亡き者にしなければテーレをものにしようとした企みがばれて身の破滅間違いなし、故に仕方が無いのだと気持ちが高ぶっていたが、暗殺の依頼が成立し時間が経ってくると、自分がした事への恐怖心が増大してきたのだ。恋人の横取りよりも殺人依頼の方が罪悪感は強い。それが自分の保身の為ならなおさらだ。寒気がして、体の震えが止まらない。その日は、夜が明けるまで一睡も出来なかった。
次の日。冒険者ギルドに依頼者の名前を伏せた依頼書が張り出された。近くの村に住むイエール・ミュールが暗殺者に狙われているとの噂を入手したので、事実かどうか確認し、彼を守って欲しい。そういう内容だった。
その日の夜。アンクルの自宅に彼の姿は無かった。
パリ市内の、薄暗く狭い路地の先に在る、傷みの激しい粗末な小屋。
椅子に縛り付けられた男の、布を咬まされた口からうめき声がもれる。
「いけないヒトね。約束は守ってねって言ったじゃない」
頬の傷から滲み出る血を舐めながら、満足そうな顔で女は男を責める。
「ギルドに暗殺の注文の事をばらしちゃったからには、ここから帰す訳にはいかないわよねぇ?」
闇の中で、3組の瞳が同意を示す。
「もちろん、お金を頂いてるから、イエールという人は殺すわ。それから貴方ね。お客様が居なくなっちゃったらお仕事がつまらないもの。テーレという子も、貴方が居なくなった事を不審に思って騒ぎ出したら始末しちゃおうかしら」
男の体の震えが椅子に伝わり、カタカタと椅子の足が床を叩く。女は男の頬を両手の指でそっと撫でると、耳元で囁いた。
「誤解しないでね。暗殺は趣味じゃないの。貴方達に代わって、してあげるだけ。貴方達はこんな事出来ないでしょう? 人を殺した報酬でパンを買い命をつなぐ。明日の来ない生き方を選ぶ、そんな覚悟をした事ないでしょう? 私達に任せて。私達は、覚悟してこの道を選んだのだから」
しばらく男の顔を見詰めていた女は、自嘲を隠す様に優しく微笑んだ。その眼に、今までの人間らしい表情は無い。
「どうでもいいか。どうせ、こいつは死ぬんだし」
月光に照らされたナイフの刃が微かに光る。女は、それを見詰め、暗殺者の顔になる。
「行動計画に変更なし。最初の暗殺目標は、イエール・ミュール及び妨害する冒険者。行くわよ、みんな!」
頷いた4人は、闇の中に消えていった。
●今回の参加者
ec2332 ミシェル・サラン(22歳・♀・ウィザード・シフール・フランク王国)
ec4441 エラテリス・エトリゾーレ(24歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)
ec4491 ラムセス・ミンス(18歳・♂・ジプシー・ジャイアント・エジプト)
●リプレイ本文
冒険者達は、まずギルドで聞き込みを始める事にした。
受付嬢に依頼人の事を聞くと、依頼参加を検討する冒険者に尋ねられた時の為に用意された架空の名前ではない『本当の名前』を教えてくれた。受付嬢は、イエール達が敗北をした依頼の報告書を無言で冒険者達の前に差し出し、アンクルの名前を指差す。
さらに受付嬢は、冒険者達の頭を呼び寄せると、依頼報告書から推測されるイエールの滞在している可能性のある村の名前を小声で冒険者達に告げた。エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)は即座に周囲を警戒するが、怪しい人は見つからなかった。
聞き込みが終わり、テーレの家に立ち寄り用心するよう伝えると、冒険者達は村へ急いだ。ミシェル・サラン(ec2332)は馬で駆け、ラムセス・ミンス(ec4491)はセブンリーグブーツを履いて駆ける。エラテリスは二人の後を走ってついて行く。途中小休止を入れながらも、その日の夜には村に着く事が出来た。早速イエールを探す。
イエールは、冒険者達の説明に、すぐには信じる事が出来ない様子だった。何故自分が狙われなければいけないのか。イエールが一番知りたいそれは、誰も答えられない疑問点だったからだ。ただ、自分も冒険者だ。その冒険者が依頼を介して駆けつけたのだ。イエールは冒険者である事の誇りから、話を信じる事にした。
夜が更けていく。
ミシェルは、イエールにアイスコフィンをかけて隠しておく作戦を思いついたが、実行するには幾つか問題が有った。今の季節では2、3時間も経てば溶けてしまうだろう。かけ直しする間に仮眠しか取れず、回復出来ないと戦闘時の詠唱に支障が出るかもしれない。そもそも何度もかけ直しの為にイエールに近付いたり、氷が溶けて溜まる水の処理をしていたら、暗殺者達にイエールの居場所を教える様なものだ。
ミシェルは荷物の中から粗忽人形を取り出したが、これも使うには問題があった。身代わり効果は1時間しか持続しない。気休め程度にしかならないだろうが、イエールの姿にした粗忽人形をベッドに入れておいた。
本物のイエールは物置に隠れてもらう。最小限の灯りを残し、就寝を装う。冒険者達は物陰に隠れ、暗殺者の出現を待つ。
考えてみれば、この夜の闇こそ、暗殺者が身を護りつつ事を成すに最も適していたのだ。冒険者達はそれに気付かされる事になる。
夜が深くなり、ミシェルもラムセスも眠気に気を失いかけていた頃。
闇の中を警戒するエラテリス。それは音も無く忍び寄った。
「あら、お久し振りね」
「!!」
背後からささやかれた瞬間、エラテリスは背中に稲妻が走った。体全部がしびれて動けなくなるエラテリスの首を、女の舌は軽く舐める。
忘れるはずが無かった。4人に囲まれ、何も出来ぬままナイフで傷つけられた、あの日の記憶。表面では過去の出来事と片付けていても、心の奥ではいまだ消えぬ小さな傷となっていたのかもしれない。それが女の艶かしく邪悪な声で何十倍にも増幅されて恐怖心となって湧き上がる。
ミシェルもラムセスも立ち上がって身構える。女の笑い声が二つに割れる。エラテリスは、左右から暗殺者に挟まれた。
ミシェルが暗殺者にアイスコフィンをかける為には、相手の体から3m以内の範囲に飛び込む必要がある。油断すれば敵の集中攻撃を受ける。ミシェルは機をうかがった。
女の一人がシュッと音を立ててナイフを振るい、エラテリスの腕に傷を付ける。すかさずラムセスが鞭の先端を女のわき腹に当て、女をエラテリスから引き剥がす。まだ敵の数の方が多い。ラムセスは、いきなり敵の中に飛び込まず、まずは敵の牽制に徹する。
エラテリスに絡むもう一人の女が、エラテリスに片手で抱き付き、襟首にナイフを突き立てる。エラテリスの悲鳴が部屋中に響いた。暗殺者達は、シュライクにポイントアタックを合わせて攻撃する事で自分達の非力を補っていた。命中率の低下は、相手に忍び寄り絡みついて自由を奪い、じっくり狙いを定められるようにする事で、相殺しようとする。エラテリスの襟が血で滲む。
エラテリスが二人に襲われた瞬間、ミシェルが動いた。エラテリスにナイフを突き立てた片方の女の背中に飛び込む。エラテリスに絡みついていなかった暗殺者二人の眼が光る。武器を持っていないシフールが敵に突っ込むのは、魔法を唱える為だ。魔法詠唱中の隙が狙い目だと二人は瞬時に判断した。二人がミシェルに突っ込む。二人が誤算に気付いたのは、その直後の事だった。ミシェルの目の前で暗殺者が一人凍っていく。
「ちっ!」
高速詠唱で唱え終わったミシェルの体に暗殺者二人は、片方の女が一回攻撃を当てるのが精一杯だった。ミシェルは暗殺者の氷像から離れ、自分に接近した暗殺者二人の内、自分に攻撃を当て損なって体勢を崩した女の背中に回り込む。ミシェルの2発目は女に抵抗された。先程ミシェルに攻撃を当てた女がナイフをミシェルの皮膚に突き立てる。
エラテリスを襲っていたもう一人の女は、目の前で仲間が凍るのを見ると、自分達の身の安全を優先し、撤退を決意した。欲張って冒険者の全滅からイエールの暗殺を狙うと、二人以上凍らされた時の劣勢を招く危険があると判断したのだ。
短く鋭い口笛を吹いて部屋の出入り口に向かう女の前に、ラムセスが出入り口を塞ぐように立った。ラムセスは鞭を振るい牽制する。合流した二人がラムセスに襲い掛かる。
「ミシェルさん、僕にアイスゴフッ!!」
一人がナイフを握り締めて飛びかかる。それを囮にしてもう一人が思い切り蹴り上げる。苦痛に体をくの字に折ったラムセスがアイスコフィンの魔法で凍りつく。
ラムセスと出入り口との隙間から女達が逃げていく。ミシェルが追ったが、暗殺者の姿は闇に消えていった。
空が白み始めた頃。
暗殺者の女の氷が溶けかけたところで、その体をラムセスが背後から羽交い絞めにする。女の足元の影を消さぬよう注意しながら。
女にミシェルがシャドウバインディングをかける。羽交い絞めされている女は、床に倒れて影を消す抵抗の出来ぬまま、体の自由を奪われる。女は何を考えているのか、宙を見詰めながら無言・無表情で、エラテリスのロープで縛られていった。
「わたくし達は暗殺の計画があるから護ってほしいという依頼を受けてやって来たの。あらかじめ知っていた人がいるのは、どういうわけかしら?」
ミシェルの尋問に、微笑んだまま答えない。
「秘密にする意味ないじゃない。もういいでしょ?」
「‥‥暗殺の事をばらしたご褒美に、私達の『家』に招待した以上、生きて返す訳無いわ。ご心配なく。依頼人は家に帰った仲間達がそこら辺の空き地に置いとくから。これ以上私達の事を何もばらさないようにしてね」
命より重い護るべきものがあれば、人は決して孤独ではないのだ。護るべき仲間を信じている暗殺者の女の眼は、いまだ爛々とあやしい光を放っていた。
女をパリに連行して、しかるべき所に引き渡したが、女は終始無言を貫き通した。どんなに責められても口を硬く閉じ、うつむいたまま、仲間が救出に来る時を待っているようだ。
冒険者達はアンクルの行方を捜した。まもなく、彼は死体となって発見された。何故イエールが暗殺者に狙われる事になったのか、その理由は闇に葬られた。暗殺者は、あの戦闘以来イエールやテーレを狙う気配を見せなかった。
テーレは、アンクルの死、イエールとの再会と、心が激しく揺さぶれたが、やがて彼女はイエールと穏やかな日々を送ることになるだろう。冒険者達はそんな風に感じていた。