お兄ちゃんと結婚します
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■ショートシナリオ
担当:猫乃卵
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月13日〜06月18日
リプレイ公開日:2009年06月23日
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●オープニング
17歳の女の子、マルグリット・シラユキは、訳有ってウォック家に引き取られている。幼い頃別れた父親との再開を果たした今でも、まだお兄ちゃんの家に転がり込んで生活している。お兄ちゃんと呼んでいても、そのクスター・ウォックとは当然血のつながりは無い。でも、今まで何の問題も起きなかった。クスターがそういう男の子だったというのもあるのだろう。力関係はマルグリットが優勢のまま、二人は本当の兄弟らしく楽しい日々を送っていた。
だが、世間的には、二人の事情が知られていくにつれ、問題視されるようにはなった。問題が起きないとはいえ、血のつながらない男女が同じ家の中で暮らしている。それはどうなんだろう。女の子の方はどういうつもりで一緒に住んでいるのだろう。そんな思いを周囲の人達は抱くようになったのである。
それはマルグリットも感じていた。お兄ちゃんと暮らしていく分には問題ないのだが、世間の目は気になる。でもいまさら実家に戻る気にもなれない。パリに移り住んだのは冒険者としての利便性ゆえだった。もうパリのギルド無しの生活は考えられない。だからこそこれからもお兄ちゃんの家を利用していきたい。解決すべきは、世間の目。そこでマルグリットが出した結論は‥‥
「お兄ちゃんと結婚します」
「は?」
ギルドの受付嬢は、ポカンとした表情でマルグリットを見詰めている。
「ついては、近日中に結婚式を行いますので、賑やかしに来ていただければと思い、依頼を提出いたします」
受付嬢は、しおらしく瞬きをするマルグリットのおでこに手を当てて熱を測ったり、目の前で手のひらを上下に振ってみたりする。
「正気です」
「‥‥なんでまた」
「私にとってお兄ちゃんは、かけがえの無い、一生共に居たい存在だって気付いたんです。これからは、二人で頑張って幸せに暮らしていきます」
「えーっと‥‥なんて言ったら良いか‥‥」
「参加される冒険者の皆様には、ぜひ私達の幸せをパリの皆様にお伝えいただきたく、お願い致しますです」
あやしむ受付嬢は、彼女の真意を探ろうと細目でマルグリットの顔を凝視する。
「やですわ。そんなに嫉妬されましては。受付嬢様にも幸せが来る事を毎日祈ってますのよ」
口に手の甲を当てて微笑むマルグリット。もんもんとする受付嬢は依頼書の上にペンを持つ手を置いたまま、もう片方の手で頭をかく。
「うーん。何かが変なのだけど‥‥」
そんな依頼書が張り出される小一時間前。クスターお兄ちゃんの家にて。
「正気なの?」
お兄ちゃんの問いかけに当然と言わんばかりに妹は首を縦に振る。
「結婚というのは、だから、その‥‥」
少し頬を赤らめているクスターを不思議そうな顔でマルグリットは見詰める。
「世間を黙らす為にする結婚でしょ? それだけだもん。変な勘ぐりしないで」
「何で僕と‥‥」
「兄弟だとお兄ちゃんと血のつながりが無いっていうのが問題になるのよ。夫婦にしちゃえば問題なくなるでしょ」
「だからって‥‥」
「周囲の人には夫婦ですって言えばいいだけ。その他は、今までの暮らしとちっとも変わらないもん」
「だから、こういうのって、あの、恋愛っていうか、そういうものが有っての‥‥」
「夫婦に愛なんて必要ないの。愛し合ってない夫婦なんて世の中にたくさん居るわ。2軒隣のおばさん、旦那さんが出掛けた後は近所の人に旦那さんの悪口ばかり言ってるもの。フォロー無しで。もう冷めてるのよ。もちろん最初はそうじゃなかったでしょうけど。あ、うちのお母さんは『偽ごくつぶし』の事生涯愛してたから。言っとくけど」
「それは言ってないけど」
「だから世間体だけごまかせば、それでいいのよ。私が血のつながらないお兄ちゃんの家に転がり込んで住み着いてるのが問題視されなくなるの。お兄ちゃん、世間との付き合い方っていうもの、解ってないわね〜」
マルグリットは、腕組みして不満な顔をする。
「どっちが解ってないのか、僕は判らなくなってるけど‥‥」
クスターは苦笑いして頬をかく。
「とにかく、私、ギルドに行ってくるね。世間にこの結婚を周知させるお仕事をしてもらう依頼を出すの」
反論する気を失ったクスターは、マルグリットを目で見送る。
「まあ‥‥行ってらっしゃい」
マルグリットが出掛けていった後、クスターがドアを閉めようとした時、どこからか強い嫉妬の視線を感じたが、それは一瞬で消えた。
「気のせいかな」
男の子が物陰に隠れた様な気がした。ちょっと首をかしげ、クスターはドアを閉じた。
●リプレイ本文
●私の噂、してる?
「シラユキさん、お兄さんと結婚、なのですか。ふつう、お兄さんと妹さんは結婚できない。でも、本当のお兄さんでないので、結婚できる。‥‥ふしぎ、なのです」
エフェリア・シドリ(ec1862)は、口に人差し指を当て首を少し傾ける。
「二人はマルグリッドの依頼を受けるのですね」
「ええ。ちなみにギルド的には、血縁のない兄妹の冒険者が同じ家で暮らしていても、不都合は無いですかな?」
ケイ・ロードライト(ea2499)は、受付嬢に聞いてみた。
「まあ、距離は離してあっても、同じ場所で男女が野宿する様な仕事ですからね。冒険者の評判を落とす様な事が無ければ、特に問題にする事は無いと思いますよ」
「マルグリッド嬢は世間の目が、とか言ってるようですな」
ケイは苦笑いを浮かべる。
「気になるんでしょう」
「ふむ。世間の目について調べる必要が有りますな」
ケイは話を終えるとギルドを出て行った。エフェリアは居残り、マルグリッドが出した依頼の報告書の束を読み続ける。
「好きではないのに結婚、なのですか? 妹さんでは、ダメなのですか? どうして結婚、なのですか?」
エフェリアが顔を上げて尋ねる。受付嬢はちょっと困った様な顔をして答えた。
「それがマルグリッドだからじゃない?」
「‥‥難しいのです」
報告書を受付嬢に返し、エフェリアは立ち上がる。
「とにかく、結婚、ですか。わかりました。手伝い、するのです」
クスターの家の周辺に着いたケイは、聞き込みを始めた。
「ちょっとお伺いしたい事があるのですが。あ、『サクラモチ』、如何ですかな」
桜餅風の保存食をおばさんに渡すと、おばさんは初めて見る食べ物の甘い匂いを興味深そうにクンクンと嗅いでいた。
「ありがとね。これから仲間集まってお茶飲むんだけど、ぜひ寄ってってね」
招かれて家に入り、近所の女性達にマルグリッドについて聞いた。
「クスターって子と結婚はしないのかい? 長い事していないから、もう駄目なんじゃないかって噂してるんだよ」
「ぐだぐだ付き合ってないで、別れて新しい人を探した方がいいでしょ。もう少し歳が上なら、うちの親戚の男を紹介してあげたいんだけどねぇ」
「男に縁が無さそうだから、まだマルグリッドちゃん若いけど、おばちゃんは心配してるのよ」
ケイは理解した。マルグリッドの感じている世間の目は、結婚させたがっている近所のご婦人達の視線であった。
●なんか、変?
同じ頃。クスター家にて。
「いいなぁ、ジューンブライドってカンジィ♪ 私達も結婚式あげよ〜!」
大宗院亞莉子(ea8484)は、大宗院透(ea0050)の真横から手を伸ばし、体に抱きついて頬でスリスリする。
抱きつかれた透は顔色一つ変えずに、自由の利く方の腕をそっと亞莉子の腕に絡める。それが彼の亞莉子を信頼する証の表現だった。
「私は、お二人の結婚には、賛成です」
「おー!」
賛同を得たマルグリッドは片手の拳を突き上げる。何か言いたそうにして落ち着かないクスター。
「夫婦に必要なのは信頼です。結婚式を挙げておくのが、世間にそれを認識させるよい方法です」
「マルグリッドを信頼しろと?」
クスターの鋭いツッコミに内心たじろぐ透。
「兄弟、もとい、夫婦に必要なのは信頼なのです。兄というものは、妹の言う事を信じるのです」
妹の意見に反論したがっているクスターを制しながら、透はマルグリッドに問う。
「一つ、確認したい事があります。マルグリッドさんに結婚する覚悟があるかどうかです」
「あるよ?」
「クスターさんに愛する人が現れても、このままでは結婚できず、彼の幸せを奪う事になります。といって、離婚をしたらお二人は批判を受け、マルグリッドさんもパリで冒険者としての信頼を失う可能性がある。いずれにせよ、マルグリッドさんはクスターさんに負い目を感じながら生きていかなければならない。それでもクスターさんと結婚する覚悟がありますか?」
「負い目を感じなきゃいけないの?」
「そこからですか‥‥」
がっくり肩を落とす透。
●その手があったか!
透がクスターをなぐさめていた頃。合流したケイは、ふと懐の指輪に気付き、それを取り出した。
「それなに?」
「禁断の指輪ですな。‥‥ふむ。この指輪で、クスター殿を女性に変えて、実は姉妹でしたとか‥‥いやいや」
「男を女に出来るのですか?」
マルグリットはケイの腕に手を掛け、指輪を持つ手に被り付く様に身を乗り出し、眼を輝かせる。
「そうなのですが、魔法の指輪ですからな。日に何回も使えないし、しばらくの間しか変えることが出来ない、って‥‥」
マルグリットはその指輪をケイの手から奪い取り、クスターの指にはめようとする。
「お兄ちゃん! 女の子に、なって〜!」
「やめろ〜」
「人の話、聞いてましたかな?」
二人のドタバタを収めたケイは、指輪をしまいながら言う。
「はめた人が念じなければならないので、クスター殿が変わる危険はないんですがな。逆に、マルグリット嬢が男の子になる気はありませんかな?」
「それは却下」
マルグリットは即答した。
「よし、お金貯めたらエチゴヤに頼み込んで、永久に女の子になる指輪、売ってもらおう!」
マルグリットは、『兄の女子化』にハマったようだ。身震いするクスター。
「ない。ない」
冷静に否定する冒険者一同。
●いい事思いついた!
それからのマルグリットは何かを考え込み始めたようだ。大宗院夫妻は相変わらず暇さえあればいちゃついている。積極的に愛情表現をするのは、もっぱら亞莉子の方なのだが。マルグリットはその二人の姿を見つめている。
「私達も結婚しているんだからぁ、世間的にもぉ、ちゃんと式をあげなくちゃってカンジィ」
「あれ? そうなんですか?」
「うん。私達も結婚式あげよ♪」
亞莉子は、また透にひしっと抱きついた。
何かを思いついたのか、マルグリットは手をポンと叩いて言う。
「じゃあ、ここで結婚式しません?」
「私達ぃ?」
「ええ」
「私とお兄ちゃんは結婚しません。大宗院さん達が結婚する事で、私とお兄ちゃんが結婚した事にするのです」
「‥‥なんだか難しいのです」
「どういう事ですかな?」
「『結婚式を身内だけで行います』って、お兄ちゃんと一緒に周囲に触れ回るの。『誰の』結婚式かは言わないで。そうすると、みんな誤解して、お兄ちゃんと私が結婚したって噂が広まるの。後は、誰かに問われたら話を濁して噂を大切に育てれば、これで問題なし。どちらかが本当に結婚する時には、真相を説明して誤解を解けばいいのよ」
「うまくいく?」
尋ねるお兄ちゃんの肩をポンポンと叩く。
「大丈夫。それにこれは、お兄ちゃんを女にするまでの時間稼ぎだから」
「だからぁ、無理だってぇ!」
●結婚します。(私達じゃないけど)
それから話し合った結果、多少うしろめたい気もしたが、どうせ責任を取るのはマルグリットだからと、その策を行う事に決定した。早速行動を起こす。
マルグリット達が周囲に結婚の報告をしている頃。エフェリアは、近所の人達に噂を広める仕事の準備をしていた。
マルグリットの依頼の報告書を読んでイメージしたものを布に描いて何枚かの絵を作る。そしてそれに合った詩も作る。もちろん、人名はぼかして。
広場に人を集めて、エフェリアは絵を見せながら詩を語る。
パリの街に、それはそれは元気な女の子が居ました。
パリに住むお兄さんを頼って来たら、見るもの全て驚きです。
楽しい日々は、たちまち女の子を冒険者にするのです。
初めて会う人。見知らぬ大地。生きる目標も出来ました。
でも。女の子は忘れていたのです。
見えてなかった人。忘れていた事。大切な思いが女の子には有りました。
本当は血のつながっていないお兄さん。
大切にすべき人。あたたかい家。自分の気持ちに正直になる事。
今、二人は、結婚します。
(「最後の文だけ、大宗院さんの事です」)
最後に、顔をぼかして描かれた結婚シーンの絵を見せて、エフェリアは語り終えた。
ざわつく観衆。効果があったようだ。いずれマルグリットとクスターの結婚の噂は勝手に一人歩きする事であろう。
(「これでいいのでしょうか? ‥‥結婚って、難しいのです」)
マルグリット達はこっそりオール家に行く。オール君を『両手で手を握り、貴方は一番信頼している人だから攻撃』で買収し、秘密の厳守と、真実を説明する時に力になってもらう事を取り付けた。
亞莉子は、握られた手を見詰めるオールを遠目に眺めながら、マルグリットに問う。
「マルグリットは、本当に好きな人と結婚して。それが本当に幸せってカンジィ! マルグリットは、いるの?」
「いませんねぇ」
「それならもう少し、大人になってからの方がいいってカンジィ。私と透みたいにぃ♪」
亞莉子は、また透の頬にスリスリした。
●ひ、み、つ。
そして、準備を終えた男女は、クスター家でささやかな結婚式をしたらしい。その内容を知るのは、クスター兄弟と、マルグリットの依頼に参加した冒険者達だけ。そして、それは、その人達だけの秘密である。
風の噂では、クスター・ウォックという男の子とマルグリット・シラユキという女の子が結婚したらしい。本人達は、恥ずかしいのか、噂の真偽をはっきりさせてくれないそうだ。