赤ちゃんが出来ました!

■ショートシナリオ


担当:猫乃卵

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月25日〜12月30日

リプレイ公開日:2010年01月05日

●オープニング

 今日も冒険者ギルドはいつもの通りの賑わいを見せていた。ただいつもとちょっと違うのは、一ヶ所静寂に包まれた場所がある事だった。その静寂の中に居るのは‥‥
 満面に笑みを浮かべているマルグリット。そして、その笑顔を、口を半開きにしたまま唖然とした表情で見詰める受付嬢。
「あの‥‥もう一度、おっしゃってください‥‥」
「だから、私んちに、赤ちゃんが生まれる事になったんです」
「マ、マルグリットさんはお兄さんと二人暮しでしたよね?」
 受付嬢は、数ヶ月前にマルグリットが同居しているクスターとの結婚の噂を意図的に流した事を思い出した。マルグリットはその質問に答えず、吐き気を抑える様に口を押さえて立ち上がる。
「ちょっと失礼します」
 マルグリットは、ぱんぱんに張ったお腹をさすりながら、お手洗いに小走りで向かった。
(「やっぱり、ただだからといって、水をがぶ飲みするもんじゃないわね。うっぷ。お腹痛い‥‥」)
 昼間にオール家に遊びに行った時、出された水を本当に美味しいと褒めたらお代わりを勧められた。人間という生き物は『ただ』という言葉に弱い。マルグリットは調子に乗ってがぶ飲みしたのであった。
(ふう‥‥)
 腹をさすりながらマルグリットが戻ってくると、受付嬢は待ちきれない様子で尋ねた。
「クスター君には話を通したの?」
「通すも何も、お兄ちゃんが気付いたんですから。元々、お兄ちゃんのものですし」
「そうなの。実家のお母さんには?」
「実家には連れていかないでしょう。お母さん、面倒見ないから」
「でも、あなたの子でしょ? 会わせない訳には‥‥」
「私の子じゃないですよ? お兄ちゃんのものなんですから」
「‥‥?」
 きょとんとした受付嬢の顔に自分の顔を近づけて、マルグリットは、にっこりと微笑んだ。
「近日中に生まれるみたいなんで、冒険者の皆さんと一緒にお祝いの会をしたいんです」
「い、色々、複雑な感情が依頼参加者には生まれるとは思いますが‥‥」
「そういうものですか?」
 マルグリットは、思い当たる節が無い様子で、口に人差し指を当てて首をかしげた。

 その後、書き上げられた依頼書が張り出された。
 クスター・ウォック家にて、近日お子さんが誕生するとの事。ついては祝いの会を開きたく、参加者を募集。開催日時は依頼期間中、柔軟に。場所は同所にて。
「これで良いのかなぁ‥‥彼女の意思を尊重してあげたいけど、世間的にはねぇ‥‥」
 受付嬢は、うつむいてため息をついた。

 クスター家。マルグリットが飼い犬をいとおしそうに撫でている。それを嬉しそうに見詰めるクスター。
「お兄ちゃん、ウイエに連絡した?」
「あ、うん。これから毎日様子見に来るって」
「私、初めてだから、経験者が来てくれるって、ほんと心強いわ〜」
 マルグリットは、ほっとした表情で、寝そべっている犬の頭を撫でる。
「グリ。頑張って、元気な赤ちゃん産もうね」
 お腹の膨らんでいるグリは、寝そべったまま尻尾を思いっきり振ってマルグリットに甘えている。

●今回の参加者

 ea2499 ケイ・ロードライト(37歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb1875 エイジ・シドリ(28歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●ばたんっ!
「じゅ、順序が、色々と違いますぞ!」
 依頼日初日の早朝、クスター家のドアが、突然、勢いよく開いた。そして、大声と共に現れたのは、ケイ・ロードライト(ea2499)。相当慌てている様子だ。
 朝ごはんの準備をしていたマルグリットは、突然の来客に唖然としながらも、即座にその場に正座した。久々でも、体が覚えているらしい。
「あ、おはようございます。何かありました?」
 起きたばかりのクスターが、まだ開ききっていない目をこすりながら尋ねる。
「お腹、おなか‥‥うむ?」
 わたわたしていたケイの体の動きが止まる。ケイの目線の先にあるマルグリットのお腹はぺったんこだったからだ。
「も、もう、生まれたのですかな?」
「いえ、まだです。もうじきだとは思いますが」
 ポカンとしているマルグリットの代わりに、クスターが答える。
「ケイさん。うちのドアの鍵、壊した‥‥」
「マルグリット殿! 物事には順序というものがありましてですな‥‥」
 マルグリットのささやかな抗議もむなしく、ケイの説教が始まった。マルグリットもクスターも状況を理解出来ないまま、ただただ正座している。

●こんにちは
 それから小一時間後、エルディン・アトワイト(ec0290)がドアの向こうから現れた。
 ケイが説教する姿を見て、慌てて間に入りケイをなだめる。
「まぁまぁ‥‥物事に順序があるのは分かりますが、生まれる命に罪はありません」
「産むマルグリットの方に、ちと問題ありで‥‥」
 小一時間振りに、マルグリットが口を挟む。
「あの‥‥さっきから気になってたんですけど、私が赤ちゃん産むって誤解してません?」

●ひゅ〜
 ドアを閉めたはずの家の中を、冷たい風が通り過ぎていった。無言で見詰め合う4人。
「よっ。出産おめでと」
 ドアが開いて、エイジ・シドリ(eb1875)がナイスタイミングに現れた。
 苦笑いを浮かべる4人を不思議そうに見詰めるエイジは、手に持っていた聖なるパンをマルグリットにヒョイと投げる。
「祝いだ。やろう」
「おいしそうなんですけど、何でパン?」
 マルグリットは戸惑っている。

 クスターとマルグリットから説明を受けた依頼参加者全員は、ここにおいてマルグリット出産の誤解を解いた。
「わんこのお話でしたか。うむ、うむ。新しい命の誕生は、たとえ犬であっても嬉しいですな」
 ケイは髭をさすりつつ、嬉しそうに目を細めた。

●ひらひら
 さきほどからバックパックの中をごそごそとかき回していたエイジは、いきなりフリルのひらひらした白い服を取り出すと、クスターに差し出した。
「居るか?」
 マルグリットは、それがメイドのドレスだと判ると、目を輝かせた。
「お兄ちゃんに着てもらうのですね」
「いや、血のつながらない妹を選んだ者なら使うかと思ったのだが」
「つまり着てもらう訳ですね」
「いや、マルグリットに」
「却下」
 マルグリットは、フリルの価値が全く解らない様であった。

●うろうろ
 ケイは出産に立会う事が初めてのようで、なにをしたら良いのか分からぬ様子で、落ち着きが無い。それでもバックパックの中を探っていると、気付いたのか、毛布とボロ布を取り出し、クスターに手渡した。ボロ布は最初の内は母犬の噛んで引っ張るおもちゃになっていたが、やがてそれらは母犬の体を温める敷き布となった。

 皆で、今後何をすべきかの打ち合わせをする。生まれたての子犬を見分け易くする為、目印を付けた首輪をさせる事にした。目印はケイが持っている耳飾に付いている勾玉で、それをエイジの持っている皮に付け首輪に加工する。
 エイジが作業を担当し、しばらくすると、青・赤・白の美しい飾りの付いた首輪が3本出来上がった。マルグリットは勾玉の美しさに心引かれた様子であった。
(「しかし犬を見分ける目印を付けても、この依頼主なら忘れる気がしないでもない」)
 それは、エイジの正直なマルグリット評であった。
 余った皮の帯を見詰めながら、エイジがクスターに尋ねる。
「チョーカー、いるか? 貝殻あるぞ」
「本格的にしないでください」
 頬をかきながらクスターが答えた。マルグリットが満足げに微笑む。

 時は進み、明日は依頼最終日となった夜。
 いつもの様に依頼参加者は解散し、クスターとマルグリットが母犬の傍で眠りについた。そして、夜が明けると‥‥

●ぺろぺろ
 子犬が生まれていた。3匹の赤ちゃんの体を母犬がいとおしそうに舐めている。3匹とも無事に生まれたようだ。
「かわいいですねぇ」
 エルディンが目を細めて子犬達を見詰める。その脇からエイジが微笑みながら見詰めている。
 ケイは、そっと母親の様子を覗き込みながら感心して頷く。
「うむ。こんな小さな身体にも、神の奇跡が示されるのですな」
 ケイは、マルグリットの方を向く。
「マルグリット嬢に名付け親になってもらいますぞ」
「いいですよ。もう案はありますから」

 という事で、青勾玉の首輪が付いた犬は『ジャッド』、赤勾玉の首輪が付いた犬は『カルネリアン』、白勾玉の首輪が付いた犬は『クリスタル』となった。

●ぴちゃぴちゃ
 ヒイラギのリースを壁にかける。その夜は、エルディン主催のティーパーティーとなった。
 まず最初に、生まれたばかりの子犬達がエルディンの洗礼を受ける。エルディンは聖水を子犬達に振り掛ける。
「母と、子と、聖霊の御名によって、洗礼を授けます」
(「洗礼用の聖水って、中身全てを振りかけると、回復出来ないダメージを与えるのよね。これによって死ぬと‥‥」)
「エルディンさん、ひどい。子犬達を浄化して、存在を消してしまおうとするなんて‥‥ううううう」
「この子達は、アンデッドですか!」
 誤解しているマルグリットに、びしっと突っ込みを入れるエルディンであった。

●ふぁぁ‥‥
 洗礼が終わると、エルディンは聖書を取り出し、ありがたいお言葉を説く。案の定、まぶたがくっつきそうになるのを何とかこらえるマルグリットと、そうなったら何か罰を与えようと待ち構えるエルディンとの壮絶な視殺戦となった。

 その後、袖のフリルをひらひらさせながらクスターが、エルディンから提供されたルージュハムと聖なるパンを薄くスライスする。パンにハムを挟んで食べるのだ。
 母犬はハムを欲しがっていたが、香辛料が入っているのであげられない。代わりにケイがサーモンを切り身にして与えた。
「栄養をつけて、子育て頑張るのだぞ」
 母犬は、尻尾を全力で振りながら、はむはむと切り身を噛んでいた。
 エルディンはシュクレ堂の焼き菓子を皆に配り、紅茶を入れた。好い香りが部屋中に広がった。
「来年も良き年となりますように。あなた方に、セーラ様の祝福がありますように」
 皆がエルディンに併せて祈る。

●ぺろぺろ
 マルグリットはエイジにもらったクリスマスキャンディーをなめながら、皆とおしゃべりしている。
「ほほう、動物と話が出来るようになりたいとバードに?」
「そうなんですよ。エルディンさん」
「お話はできるようになりましたか?」
「腹減ったかどうかと、知らない人来たという程度は」
「まぁ、これからですな。この子犬達の成長と共に、マルグリッド嬢もテレパシーの魔法がなくとも、心が通じ合えるようになると思いますぞ」
「魔法を使ってないのに、動物と会話できるっていうの、あぶなくない?」
「そんなこと、ないですぞ!」
 ケイの強いつっこみが入った。
「自分の力で事をなすのは大切なのです」
 エルディンが言葉をつなぐ。
「そういうものですかねぇ‥‥」
 マルグリットがこの子犬達と心通わせるのは、まだまだ先のはなしであった。