しばらく、さようなら?
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■ショートシナリオ
担当:猫乃卵
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月04日〜01月09日
リプレイ公開日:2010年01月13日
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●オープニング
その日、クスター・ウォック家には、比較的珍しい客が来ていた。尖った耳を持った若い男性である。マルグリットとクスターには、エルフの友人はいない。この男性は商売の為に初めて立ち寄ったのだった。依頼報告書を幾つか読んで、マルグリットのキャラクターに興味を覚えたらしい。
対面したマルグリットは、緊張の顔つきに変わっていく。この青年が持ち寄った話が、重い決断を迫られるものだったからだ。
「私達は、最初、重病人の輸送を目的として結成されました。当たり前ですが、その寺院の都合で、他の寺院に患者をまわす事がありますから。アイスコフィンで凍結させて重症化を止めた上で運ぶ。その事業を始めたのが、数ヶ月前の事でした。そして、患者に接している内、治療技術の限界というものに深く心痛める様になりました。遠い将来、もしかしたら完全に命を救えるかもしれない。それなのに今、救う事が出来ずに失われる命がある。私達は、そんな患者さん達に、『冷凍保存』をすすめる事にしました。『全快は保障できない。しかしわずかでも可能性が有るのなら、未来の技術に託してみませんか?』 悩む中にも決断される方が現れ始め、『長期冷凍保存』事業がスタートしました」
「だけど、いつまで眠っていれば良いのか、誰にも判らないんでしょ?」
青年の話をマルグリットの脇で聞いていたクスターが尋ねる。
「ええ。でも『長期冷凍保存』中の方の症状リストをこちらで管理していますから現在の治療技術との照合は常に出来ますし、溶かした患者を新たな技術で再検査することも可能ですので。後は『治す技術の完成』を待つだけです」
「私には難しいお話ですけど、あの、何故その話を私に?」
若干の照れ笑いを浮かべながら、マルグリットは尋ねる。青年は話を続けた。
「アイスコフィンで利用者を凍らせ、その格納場所をフリーズフィールドで冷やし続ける。そのやり方で『長期冷凍保存』事業の方は動き出しましたが、そもそも人の不幸で商売をする訳にはいきませんので、今後も料金の方は極めて低額にしたく思っています。そこで、新たな収入源を求めて、新事業を立ち上げようと思っているのです」
ここからが本題の様だ。マルグリットとクスターは青年の話に聞き入っている。
「マルグリットさんは、数十年後の世界に興味が有りませんか?」
「は?」
唐突な問いかけに、言葉を失うマルグリット。
「クスターさんはどうでしょう? 私達は、貴方達を一瞬で遠い未来に連れて行く事が出来ます!」
「あの‥‥話が見えないんですけど‥‥」
「アイスコフィンで凍結しますと、生命活動も思考も停止します。『その人の時間』が止まりますので、凍結中に過ぎていく『世間の時間』を飛ばす事が出来るのです」
青年はクスターに向かって熱っぽく語る。
「私達、冬によくアイスコフィンで凍って暖房費代浮かせていましたから、その理屈は解ります」
「それなら話は早い! その『冬の間だけ』をちょっと延ばして『数年』、『数十年』にするのです。あっという間にそれだけの時間を飛ばした未来へ行けるのです!」
青年は二人に新事業の内容を熱く語る。
一般市民に『長期冷凍保存』を利用してもらおうというのだ。『長期冷凍保存』の目的は、『現在から希望する年月のスキップ』を楽しんでもらおうという事。
未来への憧れを持つ人は多い。アレがもっと便利になっているのではないか? 想像さえ出来なかった色々な物に出会えるのではないか?
本来ならば、自分も年老いていきながら出会えるそれらを、年をかさねず楽しむ事が出来る。それがこの時間旅行の利点なのだと、青年は説いた。
「でも、両親とか、周りの人達は一気に年老いていくわけでしょ? 人間関係を失っていって、最後にはひとりぼっちになるんじゃない?」
「一年毎に解凍して、一日かけて人間関係の確認をするというのも出来ます。また、離れたくない人、患者さんですが、その人と一緒に冷凍保存される道を選ばれた方もいらっしゃいます」
「例えば、この飼い犬も一緒に凍らせてくれるって事? この子達を残して凍れないですよ?」
「ええ。アイスコフィンを個々にかける事になります。その時に凍った犬達を抱きかかえて凍ってもらえれば、人、犬の順番で溶けるでしょうから都合良いかと」
「例えば、知人が反対したら? 長期間会えない事や自分だけ歳をとっていく事に心痛めたとしたら?」
クスターは、マルグリットの両親の顔を思い浮かべればよかったのだろうが、何故かオール君の顔を思い浮かべながら、青年に問う。
「難しい問題ですが、結局は利用者の説得に依るところとなるでしょう。会えなくなる訳ではないですし、皆が毎日の様に会いたいと思う訳でもないでしょうし。その辺のバランスをまあなんとかうまく‥‥」
「この辺は、冒険者の皆さんの意見を伺ってみたいですね。例えば私が一年凍結を百回繰り返しますって宣言したら、どう反応されるのでしょうね。会えなくなる訳ではなくても、もう一生会えないと同じ様な‥‥うーん。難しい。いや、難しく考えすぎているだけなのかもしれませんけど」
「依頼を出すって事?」
頭を抱えるマルグリットにクスターが問う。
「うん。依頼内容としては、『長期冷凍保存』を利用して遠い未来に旅立つ私達の送別会、という事にしておくの」
「僕も凍るの決定かい!」
「とりあえずよ。その会で依頼参加者の意見をお聞きすれば、この事業を利用するべきかどうか判断できると思うの。私はエルフじゃないから百年後の世界なんて簡単には見られない。見る事が出来るのなら、それには強く心引かれるけど、簡単には決められない」
「マルグリットが凍ると決めたなら、僕も凍るのでしょうね」
クスターは苦笑いの表情を青年に見せる。
「私の、ただ一人の、大切なお兄ちゃんだからね。独りぼっちにしないし、なりたくもないもん」
マルグリットは、クスターの肘に自分の腕を絡める。
マルグリットは、青年と別れた後、ギルドに向かい、依頼を出した。
クスターとマルグリットはアイスコフィンで凍って、遠い未来に旅立ちます。しばしの別れの前に、クスター家にて色々お話しましょう。
背中押し、可。引き止め、可。教え・ご意見を頂ける事、大歓迎。
旅立ちは依頼最終日。時間旅行への飛び入り参加は不可ですが、後日の旅立ちは任意。ご勝手に。
縁深い冒険者達との別れの時が迫っている様な、そうでもない様な‥‥そんな感じだった。未来は、まだ誰も知らない。
●リプレイ本文
●火元
『アイスコフィンで凍って、遠い未来に旅立ちます』
ケイ・ロードライト(ea2499)は依頼書の文面を見詰めながら、腕を組んでうなる。
「これは‥‥」
ケイは冒険者ギルドを出ると、まずはウイエに会いに行った。昔受けた『冬眠した二人の解凍と謝礼の回収』依頼の事を思い出したからだ。
「マルグリット殿が凍って遠い未来に旅立つと言って、ウイエ殿を困らせているのではないかと思いましてな」
「ああ、お兄ちゃんの仕事の事?」
ウイエは頭をかきながら、うんざりした様子で尋ね返す。
「なんと! ウイエ殿の兄上でありましたか!」
「養子で、血はつながってないけどね。で、兄はマルグリットに会いに行ったのね」
ウイエの言うには、兄は色々な事業に手を出しては、あまりぱっとしないまま続けている。また始まった新事業にうんざりしながら、こういう事に興味を持ちそうな人はいないか兄に聞かれ、色々面倒くさいのでマルグリットを紹介したのだそうだ。兄は、まずはギルドに向かったらしい。
「なんでまたマルグリット殿を」
「アイスコフィンで凍る事に理解の有る人って、マルグリットぐらいしか思いつかなかったし‥‥適当な人を紹介して、その人に迷惑かけるといけないし」
(「こういう騒動に巻き込んでも心痛まない関係にあるという事ですな」)
皆まで言わなくとも、ケイはウイエの言いたい事全てを理解した。
「詐欺的な商売では無いですな」
「良心的だと思いますよ。売上げ的にはやっていけるのかどうか不安感拭えないでしょうが」
誠実なのかどうか、兄の印象を得ようと色々聞き込んだが、ぱっとしない兄の事だけに、あまりぱっとしなかった。
●制服
一方、クスター家では、エイジ・シドリ(eb1875)が部屋の中に女性の制服一式を3点ほど広げて並べていた。
「これが騎士訓練校の女子生徒の制服。これは魔法学校の女子の着る制服。そしてこれが冒険者学校の女子制服だ」
「‥‥エイジさん、そういう趣味が‥‥」
マルグリットは強張った顔で、エイジの顔を覗き込む。
「違う! 餞別だ。遠い未来に旅立つマルグリットに」
「これ、お兄ちゃんにぴったしじゃない?」
「人の話、聞いてるか?」
「ぼくは、着ないからね」
メイドのドレスが沈静化した今、新たな火種を敬遠してエイジから遠ざかろうとするクスターであった。
「遠慮しなくていい」
騎士訓練校の制服を持ち上げてマルグリットに見せる。
「着た事あるんですか?」
「新品だ。サイズは‥‥」
エイジはちらと、マルグリットの体型を見る。
「合っているはずだ」
「ひどい。い、いつの間に‥‥」
マルグリットは思わず手で体を護り、身構えた。
「マルグリット。何か勘違いしてるな。で、気に入ったのはあるか?」
「私は魔法っ子ですかね〜。お兄ちゃんは冒険者でしょ?」
「ぼくは着ないからね」
●意見
その後、ケイがクスター家に着いた。制服姿の二人に真意を問う。
「実際のところ、迷っているのです。未来への興味は有りますよ。でも長期冷凍保存の道を選ぶにしても色々問題は有りそうで‥‥皆さんのご意見を聞きたいです」
「俺は、興味が無いし、どうこう言うつもりも無い」
まずはエイジが口を開いた。
「数十年後の世界自体には興味はあるが、それを見る為に凍ったりするつもりは無い。今生きるのも、未来で生きるのも、その時を生きている事に変わりはない。それに、未来に行っても、今と同じく、見る事の出来るものは一部だけだろうしな。他の人がどうしようが、それは構わないが」
「賛成でも反対でもない。未来に行っても今と変わらないと思うという事ですね。ケイさんは?」
「私は未来旅行に反対‥‥ですな。病人に一縷の望みを与える為なら解る。食費節約の為の冬眠なら笑い話に出来るでしょうな。ですが、周囲の人を置いてきぼりにする未来旅行は、どうにも違和感がある。そう思うのですな」
「反対票、1票ですね」
「人間の私ではこれ以上上手く言えないでしょうから、長命のエルフであるエルディンさんのお言葉に耳を傾けて貰いたいと思いますぞ」
ケイの推薦を受けて、エルディン・アトワイト(ec0290)が立ち上がる。
●人生
エルディンは語り始めた。
「人間の世界で生きるエルフの立場で話させてください。私には、少年の頃から親しくしていた、人間の女性がいました」
エルディンはちょっと照れた表情で付け加えた。
「昔の話です。別れた後は、友達として付き合っていました」
脳裏にその人の笑顔が浮かんだのだろう。そしてその笑顔は、寂しげな顔をかき消すように向こうを向いて、遠ざかって消えていく。
「会うといっても一年に一回、久しくすると数年という事もありました」
エルディンはマルグリットの顔を見詰めて言う。
「あなたが数年おきの冬眠を繰り返す事を選んだ場合の未来の状況に似ています。人間の女性があなたではなく、私があなたの立場だったのですが」
マルグリットは、ちょっと不思議そうな顔をしながらも、静かにエルディンの語りに耳を傾ける。
「別れて、やがて他の人と結婚し、子を産み、やがて孫が出来、そうして歳を取っていく内に、天に召される事になりました」
マルグリットは、ふと、逆算したらエルディンさんは何歳で女の人と出会った事になるのだろうと思ったが、そこは黙って話を聞き続ける事にした。
「私は、彼女と同じ時間を過ごしたその家族達を羨ましく思い、私一人だけ時間の枠から取り残された気分でした」
マルグリットは、でも、人間がエルフと結婚しても幸せになれるんですかねぇと心の中で呟いた。
「私は聖職者なので、彼女の人生を見守るのも使命です。でも、愛しい人が去っていく。それは‥‥」
まぶたの閉じた彼女の最後の顔を思い出し、エルディンはかすかに鼻をすすった。
「愛しい人が先に逝く、どうにも慣れませんが、エルフの宿命として受け止めています。でも、関係が断ち切れる事で寂しい気持ちになった事は事実です」
エルディンはマルグリットとクスターに向かって問う。
「クスター殿とマルグリット殿には、そういう存在である人はいませんか? 関係を断ち切っても惜しくないほど、この世界はお二人には取るに足らないものでしょうか?」
ケイが付け加える。
「人が生まれ、成長し、子を成し、天に召される。この流れは本人だけでなく、周囲の人に見守られて初めて正しく回るのだと思いますぞ。二人もそうではないですかな? お二人のご両親、ご友人、恩師、そして二人に心を砕いてくれた全ての人の顔を思い出してみる事ですぞ」
「どうされますか? お二人の意思を尊重します」
二人はしばらく黙っていたが、ゆっくりと口を開いて言う。
「結論を出すのは、もう少し時間がかかると思うから、今日はもう遅いので明日の朝また来てくれますか?」
「明日の朝までに結論を出します」
●結論
次の日。陽が昇ってから依頼参加者達が集合すると、家の中には氷漬けになった二人の姿があった。
「この道を、選びましたか」
つぶやくエルディン。ケイと二人、寂しそうな顔をする。
「ちっ。前払いで支払うべきだろ?」
エイジは、もし二人が凍った場合、残った家の管理・保全をしてもいいと思っていた。凍るのはまだ先だと思っていたので、話を切り出していなかったのだ。
(「月1Gから。予算に合わせた料金設定可能。最大月10Gで完全保障! って売り込んどけば良かった」)
3人がそれぞれ寂しそうにたたずんでいると‥‥
「ケイさん。そろそろドアの鍵、直してくださいよ」
「え!?」
皆がびっくりしてドアの方を振り向くと、鍵の調子を見ているマルグリットと、買い物した物を持たされているクスターの姿があった。
「来られる前に済ませておこうと、朝一の買い物してきました」
ドアの方の二人と、氷漬けの二人を見比べて絶句する依頼参加者達。
「ああそれですか? 粗忽人形ですよ。自分にそっくりなこの人形を凍らせて、時間旅行している自分達を想像して楽しむ事にしました♪」
氷漬けの粗忽人形をポンポンと叩きながら、満面の笑みを浮かべて答えるマルグリット。脱力する冒険者達。
「明日、あの男の人に保管場所に持っていってもらうんですから、触って溶かさないでくださいよ」
マルグリットが、人形にもたれかかるエルディンを手のひらで追い払う。その姿を見ながら、エイジは思う。
(「遠い未来の人が、女物の制服着た氷漬けの若い男を見て、どう思うんだろうな‥‥」)
エイジの持ってきた2人分の制服一式は、遠い未来に飛び立つ事となった。
●今日
「さて、今日は何をしましょうか?」
今日も一日が始まる。今を生きる事を選んだ二人も冒険者の一人として、これからも同業の皆と楽しくやっていくのだろう。
冒険者達の未来は誰も知らない。それは今日の彼らが作っていくものだからだ。