●リプレイ本文
●とんとん
クスター宅のドアを叩く音がする。
「こんにちは! 『びっくり鈍器』から来ました〜」
クスターがドアを開ける。
「あ、クスターさんですか?」
「は、はい。大釜の方ですか?」
「陰ながら営業させていただきましたクリス・ラインハルト(ea2004)です。お釜の代金を『快く』お支払いいただけたそうで♪ 毎度ごひいき有難うございます〜♪」
「そして俺が大釜を作ったロックフェラー・シュターゼン(ea3120)だ。大釜を使っていただけ‥‥え!?」
ロックの目に飛び込んできたのは、毛布と背もたれ用の板を突っ込み、大釜の中に腰を沈めて気持ち良さそうに眠っているマルグリットの姿であった。
慌ててマルグリットから大釜を奪い取るロック。ゴロゴロ転がって目覚めたマルグリットが猛抗議する。
●わくわく
「あああ‥‥こんなに底がへこんで‥‥まぁ、これは魔術道具として発注を受けたから、調理道具として加工し直さないといけなかったんだが‥‥」
「修理代お幾らですか?」
幾分おどおどした表情でクスターが尋ねる。
「アフターサービスだから、代金は要らないよ。鍛冶ギルドとかで素材を買い付けて直すつもりだ」
「買出し? 煮込み料理の材料買いに行くの?」
眼を輝かせて、マルグリットが尋ねる。
「鍋の加工が先。まずは、鍛冶ギルドに行ってと。対応した調理器具や食器が必要なら街へも行くかな‥‥」
「普段入手できないような希少な食材を買出しだぁ! 予算は手持ち全額! 収穫祭の市を利用して、高級食材から珍味まで、宴に相応しい燃えるような食材をモゴモゴ‥‥」
今日だけ手伝いに来た呂怒裏解守 世流万手主が景気よく気炎を上げたが、金を払わされる事になりそうだと感じたロックが呂怒裏解守の口を塞いだ。
「全部含めて2Gが限度だぞ」
●てくてく
一方、クスターはオルフェ・ラディアス(eb6340)の姿に気付く。
「こんにちは。パーティーに参加しに来ました。楽しみでもありながら、ちょっと恐かったりもします」
オルフェが苦笑する。クスターは、対面するやいなや、満面の笑みで先輩風を吹かせようとしたが、オルフェがバックパックからチラリと保存食を見せた為、クスターの企みは失敗に終わった。
「もう『保存食無い冒険者』なんて言わせませんよ?」
にやりと微笑むオルフェ。
保存食の要らないこのパーティにおいて、このささやかなやり取りは実に不毛ではあったが。それはさておき。
「私は、ちょっと森へ出かけてパーティーの食材調達のために狩りに行ってきます」
「んー。でも動物だと調理するの難しいから、植物で何か探してきてもらえません?」
マルグリットが注文を付ける。参加者の中に調理が上手な人がいない為、今回は材料を放り込むだけの簡単な煮込み料理になると考えた為であった。
ロック・クリス・マルグリット組はパリの街へと、オルフェは森へと出かけて行く。
●かんかん
その日の夕方。
クリスとオルフェは、大釜を鍋に改造するロックの脇でお手伝いをしていた。
「出来た!」
ロックが額の汗をぬぐう。
「改造大釜壱号の完成ですね!」
マルグリットが両手を握り締める。
「今、何か変な事言ったな?」
「今命名しました。こいつは、改造大釜壱号です。壱号に深い意味は有りません」
「さて! 俺の食材と、オルフェさんの取って来た食材を煮るかな。サーラ・カトレア(ea4078)さん、リーラル・ラーン(ea9412)さん、手伝って」
●ことこと
ドジっ娘エルフ、リーラルが関わるところ、必ず伝説が起こる。
今日も、理由は解らないが、鍋の中身が爆発した。
「茹でこぼすと、煮込み料理は美味しくなるのです♪」
なんか違う気がする。
マート・セレスティア(ea3852)は、皆の目を盗んでは、つまみ食いをしている。
捕まえて止めさせようとする李 風龍(ea5808)から逃げ周るマート。追いかけっこの様で、楽しそうだ。
何か出来る事はないかなと思案顔のマルグリット。
残念ながらマルグリットには料理に関する知識がないので、大釜に放り込まれていく食材の名前が分からない。美味しそうではあったが。
そんなマルグリットの姿を見て、皆が風龍に目配せで合図する。
●こねこね
風龍とマルグリットは、テーブルのパン生地を挟んで向かい合っていた。
「パンを皆に内緒で作って、パーティで披露してびっくりさせよう」
「皆がびっくりするようなパンを作るのですね」
「違うから。びっくりするの意味が違うから」
「パンは、こねて形を作ればいいのです。これぐらい解ります」
『料理が出来るまで、俺がマルグリットの注意をこっちに引き付けとくから!』
風龍は小声で皆に伝える。
「え? 何か言いました?」
「気のせい、気のせい。なかなかうまいじゃないか。って、うぉっ!」
リーラルが握っていたはずの包丁がすっぽ抜け、風龍の頭をかすめた。
●ぱくぱく
やがて、パーティの主役となる料理が出来上がった。野菜や豆類など色々な具材を煮込んだスープと、焼きたてのパン、アリスティド・メシアン(eb3084)が用意したハーブティがテーブルに並ぶ。
「ひゃっほー! 料理、楽しみにしてたよ。秋の味覚が盛り沢山だー。沢山食べるぞー!」
マートは身を乗り出して、大釜の中の食材をすくい上げる。
「いただきまーす」
「はふはふ」
皆、好きな食材を取り分けながら秋の味覚を楽しんでいる。
「このパン、なんか、苦い‥‥」
サーラが眉をひそめた。
「マルグリットさん、このパン、何を入れましたか?」
「何か白い粉。何の粉か解らないけど、目の前に有ったから‥‥入れた」
「おいらは気にしないよ? 不味いのは食べ慣れてるもん。いただきー!」
皆が手を引っ込めたパンの山にマートはせっせと手を伸ばす。
●ふむふむ
それからしばらくして、まだ食べているマルグリットとマートを除き、皆は、ある程度満足して休憩を始めた。
「もう師となる人は見付かったかい?」
アリスティドがマルグリットに尋ねる。
「んゃ、まだですね〜」
「クリスもテレパシーが使えるし、聞きたいことが在るなら色々質問してみるといいよ」
「んむ‥‥じゃぁ‥‥バードに成る為に最も大事なことって何だと思いますか?」
「そうですねぇ‥‥月精霊と心を通わす為の歌や楽器の修行も大切ですが、相手の気持ちが解る様になる為にも、何より『他人の喜びを自分の喜びとする』気持ちを持つ事、それが第一だと思うのです」
「他人の喜びを‥‥」
「マルグリットさんも、身近な人を喜ばせることから始めるですね。ほらほら、お料理を食べるクスターさんの笑顔を思い浮かべて、『おいしくなーれ おいしくなーれ♪』と願って料理するのです。そうしたら、クスターさんの笑顔を見て自分が楽しくなれるのです」
「願うだけで本当に料理上手くなるんでしょうか? 母親はマルグリットに、いつも『家事が上手くなーれ、上手くなーれ』って願いを込めていたみたいなんですけどね」
クスターがぼやく。
「失礼な!」
皆が笑った。
●ゆらゆら
夜はふけて行く。サーラが余興に、とても美しい踊りを皆に披露している。
大釜は、賑やかに過ごす人々に囲まれて、ただ静かに湯気を揺らす。
大釜の作り手ロックはまだ知る由もなかった。改造大釜壱号が経験するこれから先の数奇な人生を‥‥