届かぬ返事

■ショートシナリオ


担当:西川一純

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月12日〜09月17日

リプレイ公開日:2004年09月16日

●オープニング

世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――

「あ、どうもどうも、『冒険者ギルドの謎の若い衆』です。え? 私の本名? それは追々、ということで。そんなことより、妙な依頼が入ってますよ」
 8割がた妙な依頼しか紹介しないくせに、いけしゃあしゃあと言う若い衆。良いにしろ悪いにしろ、彼の持ちかけた依頼は冒険者にちょっとした評判になっていた。
「何でも、とある地方の商人さんの別荘から突然連絡が途絶えたそうなんです。普段は親戚に貸していたらしいんですが、文を出してもかれこれ二週間も音沙汰なし。再三にわたる追加の文にさえ返事はなかった。普段ならすぐに返事の文が返ってくる几帳面な性格の親戚だけに、心配になって今回の依頼となったらしいです」
 別荘とは言っても、江戸では小規模な屋敷くらいの広さはある。場所は江戸から2日ほど東へ行ったところのため、二週間も文が留まるのもおかしな話だ。何らかの事件に巻き込まれたと見るのが妥当だろうか。
「その親戚さんが最後に出した文にはこんなことが書いてあったそうです。『最近屋敷内に妙な気配を感じる
。お祓い師に来てもらったが幽霊の類ではないという。では、いったいなんなのだろうか‥‥』と。うーん、強盗にでも襲われちゃったんでしょうか‥‥妙な気配って言うのは、第六感が危険を知らせていたとか」
 思い付きを口走っただけではあるが、ありえなくはないかもしれない。
 ただ、その地域で強盗が発生したという情報は今のところなく‥‥その別荘が人里離れたところにあるのも問題なのだが。
「なんにせよ、行って見ないことには真偽は定かじゃありません。もし最悪の事態の場合は、埋葬だけでもしてあげていただけると嬉しいんですが‥‥って、不謹慎ですね。もしかしたら何かの都合で返事ができないだけかもしれませんし!」
 彼自身、その可能性は低いと思っているらしいが‥‥人情的には明るくいきたいものである。
 鬼が出るか邪が出るか‥‥それは、行って見なければ分からなかった―――

●今回の参加者

 ea4759 零 亞璃紫阿(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4889 イリス・ファングオール(28歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5694 高村 綺羅(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea5902 萩原 唯(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea5989 シャクティ・シッダールタ(29歳・♀・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6639 一色 翠(23歳・♀・浪人・パラ・ジャパン)
 ea6717 風月 陽炎(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●恐れを責めることなかれ
「えぇぇ!? 配達要員にも行方不明者が出てるから恐くて届けてないぃ!?」
 この地域に文を配達する飛脚の拠所では、一色翠(ea6639)の叫びが木霊していた。作業中の人間も驚いて振り向くが、翠はそんなことを気にはしなかった。
「は、はい‥‥二人もあの家に文を届けに行った者が帰ってこなければ、誰も行きたがりません。この通り、先の二人が持っていった文以外の文は全て揃っているのですが‥‥情けないお話で‥‥」
「それならば何故役所に連絡しないのです!? 捜索願いくらいは‥‥!」
 おどおどする係員に詰め寄る御神楽澄華(ea6526)。しかし、それを翠がしがみついて止める。
「澄華さん、係員さんを怒ってもしょうがないよ。急いで戻ろう‥‥皆が心配になってきちゃった!」
「そうですね‥‥すいません、怒鳴ったりして。こういう時のために私たちがいるんですものね」
 二人は外に止めてあった馬に飛び乗ると、集合場所へ全速力で駆けて行った―――

●静寂の家
「‥‥何も聞こえてきませんね‥‥人が住んでいるとしたら不自然すぎます」
「いえ‥‥物音どころか気配すらしません。これでは、恐らく‥‥」
 耳を欹てていた風月陽炎(ea6717)に続き、萩原唯(ea5902)もどことなく沈んだ声で呟く。問題の屋敷近くに集まった先行偵察役の五人の表情は、やはり硬かった。
 人の気配が全くしないという事は、どう好意的に解釈しても住人が生きている可能性は低い‥‥。
「‥‥賊に襲われたと仮定すると、むしろ人の気配がするほうが生存率が高い‥‥先の妖狐騒乱で逃げ延びた残党かも知れませんわ。皆様に、御仏の護りあらん事を」
「考えたくなかったんですけど‥‥やっぱり‥‥」
 普段前向きなはずのシャクティ・シッダールタ(ea5989)までが心細いことを言い、愛用の十字架のネックレスをぎゅっと握ったイリス・ファングオール(ea4889)も俯いてしまう。
「皆! 屋敷の人は大丈夫だよね!?」
「飛脚の拠所でも大変なことが‥‥と、お一人足りなくはありませんか‥‥?」
 と、そこへ文の行方を探っていた一色と御神楽が合流してくる。彼女らは勿論、馬でさえ息を荒げてしまうほど全力で向かってきたらしい。
「おかえりなさいませ。あの方は上役から突然呼び出されたとかで、ここには来られなくなってしまったそうです。ご本人も残念がってはいたのですが‥‥」
 パートナーがいなくなってしまった零亞璃紫阿(ea4759)だったが、さして気落ちせずに屋敷へと視線を移した。今は一人欠けたことを惜しんでいる状況ではないのだ。
「どうしましょう? 当初の作戦通り、わたくしと風月様が正面玄関から行って見ますか?」
「一応そうしてみましょう。探索するにしても、ばらけたほうが早いでしょうし‥‥」
 萩原の言葉に、更に空気が重くなる。そう‥‥もはや『救出』ではなく『探索』が正しいのだろう。反論したくても状況が悪すぎ、何を言っても慰めになりそうになかった。
 一行は、一応注意を払いながらも予め決めておいた作戦に副って行動を開始する。もちろん御神楽と一色はイリスに回復してもらって―――

●恐怖、謎のモンスター 
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか? 托鉢途中の僧侶なのですが‥‥」
 シャクティの大声にも反応はない。ただ不気味に静まり返る建物があるだけだ。
「やはり反応が無いですねぇ‥‥二人とも、中庭に回ってみましょう」
 風月の音頭で、シャクティと萩原は移動を開始する。何気に玄関の蝶番は外れており、玄関から入ることができるのは確認済みだったのだが‥‥やはり正面からは色々気まずいのかもしれない。
「‥‥ん? あれはなんでしょう‥‥焚き火の跡?」
 丁度中庭の中央まで来た時、萩原が不自然に黒く変色した地面を発見した。それは三箇所ほどあり、直径1メートル以上の大きなものである。
「今はそんなことより、潜入に専念しましょう。他の皆さんも裏側から屋敷内に入ったころでしょう」

「台所‥‥もう何日も使われた気配がありませんね‥‥」
 零は埃の積もった床を指でなぞって呟く。勝手口も蜘蛛の巣が張っていたりと酷い有様だ。
 ちなみに隠密班は形成が難しくなったため、結局陽動班以外は全員固まって行動することになった。
「外から見たときは分かりませんでしたからね‥‥ここも、人が生活していたはずなのに‥‥」
「いったい何があったんでしょう‥‥争った形跡もここには見られませんが‥‥」
 イリスと御神楽が履物を脱ごうとした時、一色が二人に声をかける。
「ねーねー、あれってなんなのかな? お料理焦がしちゃったとか?」
 見れば釜戸の一つに、やたら黒く焦げ付いたと思わしきものがあった。だが料理の残骸などは残っておらず、料理の失敗にしては焦げが激しすぎるような気がするのも確かだ。
「確かに妙ですね‥‥ですが今はあんまりそれに関わっている暇はありません。屋敷内を調べましょう」
 一色は少し不満そうな声を漏らしたが、結局皆についていった。零の提案で、全員履物を脱ぐ事はせずにだったが。

「ね、ねぇ‥‥絶対変ですよ、この家。荒らされた形跡が全く無いですし‥‥まるで人が忽然と消えたみたい‥‥」
 食卓には使う前の食器がおいてあったり、書斎には栞を挟んだままの本が無造作に床にぽつんと打ち捨てられていたり。更に言うなら、家の中だというのにあちこちに庭で見たような焦げ跡がたくさん焦げ跡が見つかったのは妙だが。
「まだ日も高くて明るいし、暑さも残る季節なのに‥‥妙な寒気がするくらい不気味ですねぇ‥‥」
「そうですね‥‥わたくしも感じます。何やら妙な気配を‥‥」
 座敷の一室で呟かれたシャクティの台詞に、萩原と風月は身を固める。だが三人は気付いていなかったのだ。危機はすぐそこまで迫っていることに‥‥!

「ひっ‥‥! こ、これって‥‥じゃ、じゃあ今までのアレは、まさか‥‥!」
 それはまさに異様な光景。座敷の一室で見つけた惨劇の跡。『人型』に焼け爛れた布団が、寂しくその部屋を支配していたのである。イリスは瞬時に事態を悟り、こみ上げる吐き気を必死に耐えた。
「あ‥‥う‥‥あの焦げ跡は‥‥ひ、人が焼けた跡‥‥!?」
「で、でも骨とかは残るはずじゃないのかな!? そ、それとも誰かが骨だけ持って行ったとか‥‥!?」
 零も一色も足の震えが止まらない。今回が初依頼となる一色はなおのことだ。
「こんな殺し方ができるのはどんなやつなんでしょう‥‥人間とは思えません‥‥」
 御神楽も一歩二歩後ずさる。相手は明らかにモンスター。しかも、かなり強力な‥‥!
 ざわ‥‥!
 突然四人の背中に冷たいものが走る。どこからかはわからないが、非常に嫌な感じがする。本能そのものが『危険だ』と警告するような、そんな錯覚。
「きゃああっ!? な、なんですかこれ!?」
 天井の隙間から落ちて来たのだろうか、白く粘ついてまとまったゼリー状の物体が突然イリスの右腕にまとわりついてきた!
「あぐっ! うあぁぁっ!?」
 ジュウゥゥ、と盛大な音がして、肉の焼けるような嫌な臭いが部屋に立ち込める‥‥!
「焼いて‥‥いや、溶かしているんですか!? イリス様を離してください!」
 御神楽がゼリー状の物体を引き剥がそうとするが、しっかりへばりついていて全然取れようとしない。
「これなら!」
 イリスを傷つけないように注意しつつ、零が短刀でゼリーを切り裂く。ヤツも驚いたのかイリスを放し、畳に落ちて蠢いていた。
「ひ、酷い火傷‥‥! 女の子相手になんてことするんだよ!」
 右腕の服は完全に溶け落ち、白く滑らかだった肌は赤く爛れてしまっている。イリスは急いでリカバーを詠唱し、火傷を治療した。
「よかった、元通りですね‥‥あんな火傷が残っては大変です」
「は、はい‥‥多分、酸か何かで溶かされたんだと思いますけど‥‥顔にまとわりつかれなかったのは幸いでした」
 火傷が治ったことにほっとした零は、ゼリーを睨みつけると装備を日本刀に持ち替えて力いっぱい斬りつけた。だが切り傷はできるものの、切断には至らない。
「零さん気をつけて! 下手すると刀も溶かされちゃうよ!」
「そ、そうか‥‥では私もあまり迂闊な攻撃は‥‥!」
 刀を使う二人‥‥御神楽と零が攻めあぐねていた、その時。
「くっまだ追ってきますか‥‥! って、皆さん!?」
「そいつと出くわしたのはわたくしたちだけではなかったのですね!?」
 襖がガラッと開き、陽動班が転がり込んでくる。その背後からは、イリスを襲ったのと同じようなゼリーがふよふよ飛びながら近づいてきていた。
「イリスさん、唯さんを回復してあげてください。いきなり飛び掛られて焼かれたんです」
 風月の言葉で見てみると、萩原の背中がかなり広範囲に焼け爛れている。こちらも中傷か。
「わかりました‥‥けど、ここは一旦撤退しましょう。正直私たちじゃ手に負えません。せめて外に出ないと、家屋の中じゃ何かと不利です!」
 その意見に異を唱えるものは無く、動きの鈍いゼリーを避け、一同は屋敷の外へと脱出する。
 傷を治しながらしばらく待ってみるが、追ってくる気配はない。
「あんなモンスター見たことないよ‥‥生物を溶かすなんて‥‥」
「骨まで残らないわけですね‥‥これでは埋葬もままなりません。悔しいですがギルドに戻りましょう」
 今回の依頼はあくまで親戚の様子を見ること。あんなモンスターがいるとは聞いていないし、倒す義務も無い。それに先ほどの状況を鑑みるに、戦って勝てるとは思えなかった。
 親戚一家は全滅‥‥一行の心は沈んだままだが、それも生きているからこそなのである。この選択は決して間違っていないだろう。
 この一件は更に別の討伐隊が出されるほどの事件に発展するのだが‥‥それはまた、別の話―――