怯えた蛟、氷雨

■ショートシナリオ


担当:西川一純

対応レベル:11〜lv

難易度:易しい

成功報酬:2 G 74 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:01月26日〜01月31日

リプレイ公開日:2008年02月02日

●オープニング

 丹波藩には『五行龍』という五匹の精霊龍が住んでいる。
 しかも、ただ住み着いているというわけではなく、藩主の許可も得て合法的に存在しており、付近の住民とも仲良くしているという極めて異例な精霊なのである。
 勿論、その段階に至るまでには様々な出来事があった。
 退治すべく討伐隊を組まれたこともあるし、誘拐の犯人扱いされたこともあるのだが、冒険者たちとの触れあいや、丹波に降りかかった災難を冒険者たちと共に払いのけたことなどで少しずつ信頼を勝ち取り、丹波の住人と認められたのだ。
 しかし、つい最近、丹波で蘇った巨大な怨霊に襲われ、五行龍全てが各々大怪我をした。
 再生能力を有しているので大事には至らなかったが、その出来事に対するリアクションはそれぞれ。
 曰く、冷静に対策を練る者。
 曰く、雪辱戦への意思を高める者。
 曰く‥‥戦うことそのものに怯え、ねぐらに引きこもってしまう者‥‥。
 五行龍の一角、水牙龍・氷雨は、なりは大きくともまだ子供。
 初めて出会う、自分より体躯も戦闘力も圧倒的に上の存在に叩きのめされたことで、トラウマを抱えてしまったのだ。
 あるいは、彼らが人間に近しいまでの知性を持ち合わせていなければ話は違ったかもしれないが、生憎と彼らはそういう稀有な存在であるのだから仕方がない。
 そういう状況を鑑み、丹波藩から冒険者ギルドに依頼が持ち込まれた。
 冒険者たちの力でなんとか氷雨を立ち直らせてやってほしいとの主旨で、氷雨と縁の深い冒険者が参加してくれれば、なまじな人間が説得するよりよほど効果があるだろうとの見解からだ。
 怯える蛟と言うのもなかなか見られるものではないが‥‥本人たちは至って困っている様子。
 なんとかして立ち直らせてやっては貰えないだろうか―――

●今回の参加者

 ea0020 月詠 葵(21歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1774 山王 牙(37歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ea2765 ヴァージニア・レヴィン(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea3210 島津 影虎(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4301 伊東 登志樹(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5414 草薙 北斗(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2483 南雲 紫(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

レベッカ・オルガノン(eb0451)/ 長寿院 文淳(eb0711)/ 神哭月 凛(eb1987

●リプレイ本文

●集合
 丹波藩北西部には、わりと大きな湖がある。
 その湖に住むのが、水牙龍・氷雨と呼ばれる五行龍の一角‥‥即ち一匹の蛟であった。
 冒険者一行は、傷ついた氷雨の心を癒すべく、寒い中この湖までやって来ている。
「さて、到着ですね。氷雨殿が引きこもりですか‥‥」
「‥‥あの敗戦は五行竜の方々の心と身体に深い傷を与えたのですね‥‥」
 しーんと静まりかえる湖周辺。
 一番近しい村もちょっと離れたところにあるので、元々人通りが無いというのもあるが‥‥それにしても静かだ。
 湖面も静かなもので、波一つ立っていない。
 島津影虎(ea3210)や山王牙(ea1774)は、その湖面を見て事の深刻さを痛感した。
「懐かしいわね‥‥初めてここに来たのはいつだったかしら」
「ボクは長い間日本に居なかったから、会うこと自体も久々なのです。氷雨君、元気になって欲しいのです‥‥」
 この一行には、南雲紫(eb2483)や月詠葵(ea0020)など、氷雨と縁の深い人々が多い。
 こんなにも大勢に心底心配して貰える蛟は、世界でも稀有な存在であろう。
 酒や肴を用意し、氷雨を元気付けようと集まってくれたのだ。
「さて、それじゃやってみるわね。『氷雨さん‥‥聞こえる? 聞こえたら返事をして‥‥!』」
「もしおめぇさんの呼びかけにも応えねぇようなら、俺が潜って直で引っ張り出したらぁ!」
「げ、元気だね〜。僕は寒中水泳は遠慮しておくよ‥‥(汗)」
 ヴァージニア・レヴィン(ea2765)がテレパシーを発動、湖の底に引きこもっているという氷雨に向けてメッセージを飛ばす。
 もし彼女が居なければ伊東登志樹(ea4301)が言うように寒中水泳も止むなしだったかもしれないが、彼女も伊達に氷雨を呼ぶ権利を持っては居ない。
 草薙北斗(ea5414)の懸念も、杞憂でしかなかったようだ。
 ざざざ、と湖が波立ち、青い身体の巨大な蛟が姿を現す‥‥!
「氷雨さん‥‥お久しぶりね。今日はみんなでお見舞いに来たの」
『う‥‥う‥‥ヴァージニアお姉ちゃぁぁぁんっ! うわぁぁぁんっ!』
「ちょっ‥‥きゃあっ!?」
「ひ、氷雨様!? あの、と、とりあえず落ち着いてください! ヴァージニア様が潰れてしまいます!」
『あ』
 五行龍の場合、懐かれ過ぎるのも困りもの。
 氷雨本人はそんなつもりは無かったのだが‥‥あわれ、ヴァージニアは体当たりをされてそのまま押しつぶされていた。
 慌てて退く氷雨や、ヴァージニアの救出に入る御神楽澄華(ea6526)たちの姿が、妙にコミカルだったという―――

●心の機微
 氷雨が問題なく姿を見せてくれたので、冒険者一行は早速宴会の準備を始めた。
 草薙のように市に出かけて食材を調達してきた者もいれば、伊東のように自前で食料を持ってきた者も居る。
 それぞれ思い思いの食料を持ちより、火を起こして調理を開始。さながらキャンプのようでもあった。
 その準備作業を見ていて、氷雨はふと疑問に思う。
『ねぇ‥‥なんでみんなは僕のために集まってくれたの? 僕、人間じゃないのに‥‥』
「人間じゃなくても、氷雨君はボクたちのお友達なのですよ♪ お友達を心配するのは当然なのです」
「それに、私たちにもわかるのです。強大な力にねじ伏せられ、戦いに恐怖する気持ちが‥‥。だから、でしょうか」
「身体は癒えても心は癒えていない‥‥。ならば知り合いとして、憂いの後始末も悪くはありませんよ。ええ」
 月詠、御神楽、島津。
 ちょっと手を止め、微笑みかけるその表情は、『五行龍の一匹』ではなく、『氷雨個人』を見つめている。
 人間の表情の変化をよく読み取れない氷雨ではあるが、その暖かい心は理解できた。
 だからこそ、揺らぐ。差し伸べられた手を取り、立ち上がるべきなのか否か‥‥。
 やがて準備が全て終わり、宴会が始められる。
 櫓を組んで焚かれたキャンプファイヤーを囲み、様々な料理が湖畔に並ぶ。
 最初は人の手の入っていない果物や生の海鮮物を食べていた氷雨だったが‥‥。
「ようよう、何シケた喰い方してんだよ。折角お前のためにって作ったんだぜ? 料理も喰ってみな。美味ぇからよぅ!」
「‥‥無理強いはよくありませんよ。確か、氷雨様も人の手の入ったものが苦手だったはずです」
「でも、それって私たちのことを信用してくれていないってことにならないかしら。氷雨‥‥少し頑張ってみてくれない?」
 山王は無理をするなと言ったが、伊東と南雲に促され、氷雨は恐る恐るまだ温かい料理を口にする。
 長い舌を器用に使い、パクリと一口。
『‥‥うん‥‥正直、味はよくわかんない。でも‥‥温かいよ。凄く‥‥温かい‥‥』
 人間と蛟では、味覚も大きく異なるのだろうか。ヒトが食べれば美味しいと言えるものも、蛟もそうとは限らない。
 しかし、温もりは伝わる。
 込められた想い‥‥そして願い。感情と知性のあるものなら共有できる、確かな絆が、ここにあるのだ。
「ほらほら氷雨ちゃん、物真似するよ! 懐かしい人たちに変身っ!」
 そう言って、草薙は人遁の術で氷雨と縁のある人物に次々と変身してみせる。
「『氷雨よ、元気を出しておくれ。僕ぁ来られなかったが、そのうち会いたいもんじゃのー』」
 ボンッ!
「『なんだいなんだい、情けないねぇ。このアタシと大立ち回りした時の勢いはどこに行っちまったんだい?』」
 ボンッ!
「『あ、あの‥‥氷雨、ちゃん‥‥。元気、出してください‥‥ね‥‥?』」
 万華鏡のように変わる草薙の姿。
 見知った人間の姿や声を聞いて、氷雨にも感慨深いものがあったのだろう。
 完璧に似せは出来なくとも、人の顔をよく覚えられない氷雨には本人のようにしか見えないのだから。
「ねぇ‥‥氷雨さん。誰だって躓いたり挫折したりすることはあるわ。でも、それに負けちゃいけないの。だってそこで立ち止まってしまったら、ずるずると他の事まで諦めてしまうようになってしまうから。めげずに頑張って欲しいな。一人では立ち向えない相手でも仲間が一緒ならきっと乗り越えられるから‥‥」
 氷雨の身体を撫で、優しく語り掛けるヴァージニア。
 この頃には、氷雨にも何かが分かりかけていた。
 何故立ち直らなければいけないのか。何故、立ち向かわなければならないのか‥‥!
『‥‥僕ね‥‥恐かった。自分より大きな相手と会うのも初めてだったし、そいつが自分よりよっぽど強かったし‥‥ここで死んじゃうのかな、って思った‥‥』
 氷雨の独白を、一行はただ静かに聞いていた。
 先ほどまで氷雨の頭の上で遊んでいた伊東のペットのフェアリーも主人のところに戻っている。
『変なんだ。前までは、死ぬことは嫌だけど恐くなかった。『ただ生きていたい』っていうのが僕たちの考え方だから、どうしても死んじゃうって状況が来たら仕方ないって思ってたのに‥‥。でも、この前は違った。死にたくなかった。消えたくなかった。きっとそれは‥‥みんなが、友達がいたからなんだ‥‥!』
 心通わせた存在ともう会えなくなってしまう。
 巨大な力を見せ付けられた以上に、それが恐くて仕方なかったのだろう。
 しかし、こうして冒険者たちが集まってくれたことでそれを自覚できた。
 そして怯えたままでは、また同じようなことがあったときに、今度こそ必ず死んでしまうのだと。
『でもね‥‥頭では分かってるんだ。立ち直らなくちゃいけないって、頭では分かってるのに‥‥! 折角皆が来てくれて、励ましてくれてるのに‥‥! あの時のことを思い出すと‥‥震えが‥‥!』
「困りましたね‥‥流石にそこまでは後始末のしようが‥‥」
「‥‥何故そこまで怯えるのですか? 氷雨様」
『今日もぐっすり眠れるっていう保障があるの!? もう恐いの嫌なんだよぉ‥‥!』
「‥‥‥‥」
 と、何を思ったか、山王がちょいちょいと指で合図し、氷雨に顔を近づけさせた。
 次の瞬間‥‥!
 がすっ!
『っ! な、殴ったね‥‥!』
「‥‥殴って何故悪いのですか。殴られもせずに一丁前になった生物などいるものですか」
 そして、再び握り拳で氷雨を殴る!
『二度もぶった! どうしてボクをいじめるのさ!?』
「悪ぃが、牙は虐めてるわけじゃねぇのさ。お前はいいぜ、そうやっていじけてりゃ気も晴れるんだからよ」
『ぼ、僕はそんなに安っぽい性格じゃないよっ! それに、いじけてなんて‥‥!』
「ねぇ、氷雨。頭で分かってくれたなら、後は心で分かるだけよ。あなたたち五行龍は、私達人間よりよっぽど強い。そりゃ数が集まれば私たちにも分があるけれど‥‥一対一じゃまず勝てないくらい強い存在なのよ。私たちから見れば、あなたも充分骸甲巨兵並みに脅威なの」
「それでも、私たちは刃鋼様たちとの演習で、何度も勝利しました。それは‥‥力を合わせたからです。力を合わせれば、一人では太刀打ちできないような相手にも勝てると、証明したのですよ」
「だからさ、氷雨ちゃんには僕たちがいる。僕たちと一緒なら、骸甲巨兵だってきっと倒せる! その時のために、戦う気持ちを無くしちゃ駄目なんだ!」
「後始末も、事が終らなければやりようがありませんからね。それに、負けっぱなしでは悔しいでしょう?」
「氷雨君は一人じゃないの。恐いなら、五行龍の仲間やボクたちが一緒に戦ってあげますです! 氷雨君は、ボクたちが骸甲巨兵にやられちゃっても平気ですか!?」
『そ、そんなことないよ! 優しいヒトたちが死んじゃうのは、嫌だよ‥‥!』
「だから戦うの。自分と、守りたいものを失くさない為に‥‥!」
「‥‥怯えて暮らすのが嫌なら、それを打ち倒してしまえばいいのです。刃鋼様の訓練は、非常に勉強になりました。力を合わせた皆様のお力は、それができるくらいとても強大だと思います」
「正直、あのバケモンは俺たちだけじゃ手に余る。一緒にぶちのめそうぜ、ダチ公!」
 冒険者共通の想い。それは、『氷雨は一人ではない』ということ。
 自分のために立ち上がることができないなら、仲間のために。
 仲間のために立ち上がれないなら、自分のためでいい。
 大切に想う心があるからこそ、五行龍はこんなにも多くの人たちに手を差し伸べて貰えるのだから。
『みんな‥‥僕は―――!』
 自分もみんなの想いで守られているんだと知った氷雨。
 きっと、もう大丈夫―――