楠木正成、八輝将を召集す

■ショートシナリオ


担当:西川一純

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月18日〜02月23日

リプレイ公開日:2008年02月28日

●オープニング

世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――

 丹波藩主の山名豪斬(男)と、河内の豪族である楠木正成(実は女)は幼馴染である。
 正成は世間的には男と偽っており、表向きは影武者を使っているが、それでも二人が幼馴染である事は広く認識されており、山名家と楠木家の縁はそれだけ深い。
 しかし、先代の丹波藩主が死去し、豪斬が丹波を治めるようになってからは少しずつ事情が変わってく。
 豪斬は神皇に明確な反逆の意思こそ示さないものの、精霊魔法の使い手を何人も召抱え、古くからの日本のしきたりに背いた。
 当然、保守派の貴族や大名、公家の覚えは悪くなり、立場を悪くしていくのは自明の理。
 それが原因で弟の山名烈斬と不仲になり、藩を真っ二つにする内乱を起こしたのは二年ほど前の話だ。
 結果は、豪斬側の勝利。烈斬は処刑されたが、烈斬派だった譜代の家臣にはさしたるお咎めは無かったという。
 真相は闇の中であるが、兄弟の間で何か約束事が取り交わされたのではとの噂もある。
 豪斬が召抱える魔法使いは戦いの得意な凄腕ばかりなので、丹波藩に野心ありと噂する者もいるが、むしろ通常の軍備は貧弱な方である。八卦衆や八輝将を他国に向けたという話も聞かない。
 とはいえ、それで精霊魔法を行使できる者を召抱えていい理由にはならない。
 楠木正成は、幼馴染として豪斬の考えを改めさせようと神皇からの勅命を受けて丹波の調査を行った。
 その過程で、八輝将がかつて丹波で暴れまわった『裏八卦』ではないかとの情報を仕入れたのである。
 裏八卦は山名烈斬が内乱時に豪斬の八卦衆に対抗すべく組織しようとした部隊であるが、結局戦に間に合わなかった。
 その憂さ晴らしのように丹波でゲリラ活動を行っていた八輝将は、冒険者達の協力で全員お縄になり、処刑された‥‥と公式には記録されている。
 八卦衆にも身元が確かとは言い難い点もあるが、八輝将に至っては丹波に忽然と現われたのであり、全員身元不明と言っていい。しかも、性格に難がある者が多いと噂だ。
 では、その八輝将はどこから来たのか?
 西洋ならいざしらず、ジャパンで凄腕の精霊魔法使いとなれば数は限られている。それが身元不明、何か問題を起こして追われた者である可能性が高い。
 それを突けば、如何な豪斬でも我を張り通す事は出来まい。説得できるのではないか。
 そう考えた楠木正成=楠木紗雪は、都に結果を報告し、追加調査の必要性を訴えた。犯罪術者を匿っている疑いがあると。それが本当なら由々しき事態だ。都は楠木に引き続き丹波藩調査を命じ、すぐさま楠木は丹波藩に八輝将の事情聴取を行うことを伝えたのである。
 まさに楠木の思う通りに事が進んでいたが、そこでまた楠木の妙な正義感が顔を出す。
 調査は第三者を入れて行うべきだと、冒険者にも独自の調査と事情聴取の場への同席を依頼。
 堅物なわりに公平さを説くのは彼女の常道だが、その思想はどう構築されたのだろうか?
 兎にも角にも、楠木正成発信の八輝将の調査・事情聴取依頼が冒険者ギルドに出されることとなったのである―――

●今回の参加者

 ea1442 琥龍 蒼羅(28歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1774 山王 牙(37歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ea4301 伊東 登志樹(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2483 南雲 紫(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

玖耀 藍月(eb5510)/ レラ(ec3983

●リプレイ本文

●厳粛に
 京都内、とある武家屋敷。
 屋敷の主人は楠木家の親類にあたり、言わば敵地だが、冒険者一行にも八輝将にも拒否する権限は無い。
 上座に座っているのは、楠木正成の影武者‥‥正確には楠木正長。彼は居るだけで、議事には参加しない。
 本物の楠木正成、偽名では楠木紗雪と名乗っている少女は、影武者の斜め後ろのお決まりの位置についていた。
 冒険者たちは、依頼期間のギリギリまで丹波藩にて調査(と言う名の工作?)を実行、本日を迎えた。
 畳張りの大きな部屋‥‥八輝将は下座にUの字を描くように座らされ、冒険者達の位置は正成たちのすぐ傍だ。
 順に、楠木から見て左側に琥龍蒼羅(ea1442)、山王牙(ea1774)、御神楽澄華(ea6526)。
 右側に伊東登志樹(ea4301)、雨宮零(ea9527)、南雲紫(eb2483)。
 皆、緊張した面持ちで雰囲気はひたすら重い。
 公の事情聴取であるから、私語は厳禁、咳払いすらない。
 たまに獅子脅しの音が響くだけの静寂が支配した空間。衣擦れの音すら耳をつく。
 やがて‥‥楠木正成がゆっくりを口を開き、事情聴取が幕を開ける―――

●それぞれに
正成「それでは、神皇様の勅命により、楠木正成の名において丹波藩士『八輝将』の尋問を行います」
南雲「いきなりごめんなさいね。今日は事情聴取のはずよ。尋問って言う言葉は不適切だと思うわ」
正成「‥‥異議を認めます。事情聴取と改め‥‥単刀直入に聞きましょう。八輝将の諸氏。あなたがたは、京都及び近隣の藩で悪事を働いた不逞の輩の集まり‥‥『裏八卦』ですか?」
水銀鏡「‥‥違うのだわ。私たちはそんな連中とは関係ないのだわ」
蒼陣「そういうことだ。先の丹波内乱の際に傭兵として豪斬様に雇っていただいただけの冒険者にすぎん」
屠黒「そしてッ! その時の実績と実力を買われ、仕官させてもらった‥‥それだけのことだぜッ!」
 このやり取りを聞いて、冒険者一行は安堵していた。
 どうやら八輝将達も、意思統一してこの場を乗り切ろうとしている。
 いくら冒険者たちが手助けしてやりたいと思っても、彼らがそれを台無しにするようでは話にならない。正成も否定する事は分かっていたように話を続けた。
正成「‥‥なるほど。しかし、丹波藩は神皇様より魔法戦士部隊設立に対する許可を得ていません。忍者や僧侶はともかく、日ノ本では精霊魔法を統べるのは神皇様だけ。一藩主が魔法戦士部隊を抱えるなど以ての外であると承知のはず」
 許可を得ていないのは、申請しても無駄だからである。神皇家と縁深い平織や源徳でも魔法戦士部隊設立となればかなり気を使うし、表向きは神皇家から派遣の立場を取るだろう。尋常の手段で丹波藩が魔法戦士部隊を持つ事は出来ない。あの豪斬だから、朝廷への根回しを試したかも疑わしい。
井茶冶「俺は僧侶だから関係ねぇ、とは言わねぇが。だが、今の世の中困ってる人間は山ほどいるんだぜ‥‥少しくらい志士を分けてやったって罰は当たんねぇーって愚僧は思うんだが、どーよ?」
伊東「いけませんよ、井茶冶さん。これからの時代、男児も丁寧な口調と言うものを身につけませんと‥‥」
井茶冶「てめーは俺と同じチンピラ紛いの冒険者だろーが!?」
伊東「いえいえ、今の私は従順な執事でございまして‥‥」
山王「‥‥すいません、彼は無視してください。八輝将が裏八卦でない証しとして、裏八卦が処刑された時の証拠書類を提出いたします。これを御覧になれば、裏八卦がすべて故人である事は明らか、どうかご確認を」
 韋駄天の草履で丹波と都を往復して作った資料を山王が提出する。勅命で動く正成に『偽証拠』を渡す事は神皇への裏切りの誹りは免れない。
 豪胆な山王も思わず手が震えた。
御神楽「丹波をくまなく調査しましたが八輝将が裏八卦である証拠は見つけられませんでした。丹波藩の行いは神皇様への忠誠を疑うに足るものですが、精霊魔法の研究や普及の兆候は見られず、むしろ八卦衆や八輝将は冒険者に近い雇われ者と考えられます」
 御神楽はこの事情聴取より、丹波の魔法戦力を都がどう見るかの方が気になる。五行龍に累が及ぶ事だけは避けたかった。
正成「冒険者に守って貰ったからと言って、志士はあくまで神皇様の武士。それを私兵化するは臣下の分を超えた野心ではありませんか。情状酌量の余地はありません」
 志士の力を借りたければ御所に頼むか冒険者ギルドに依頼を出せば良い。神皇家の武威を示すため諸藩に出向こうという志士が大勢いる。陰陽師もそれは同じだ。そして派遣した彼らを藩に取られて、都が黙っている道理も無い。
 都に近い丹波なら無理に自前の魔法部隊に拘らなくても良さそうな気はする。では何故山名豪斬は八卦衆を作ったのか。本心は分からないが、豪斬は神皇家の精霊魔法独占を崩すつもりらしい。
南雲「もっともな話だけど、内乱からこっち、丹波は事件続きだったみたいよ。裏八卦という証拠も出ないし、彼らは長期派遣という事で穏便に済まないかしら」
正成「丹波を許せば諸藩に示しがつきません。私兵でないと丹波藩が謝罪すれば極刑は免れるかもしれませんが。本当に裏八卦でないという証拠がありますか?」
雨宮「彼らは裏八卦ではありません。裏八卦処刑の現場に居合わせたものとして、断言します」
伊東「私もです。紛うことなく『裏八卦は処刑されました』」
正成「‥‥分かりました。ではこの件は提出された資料を元にこちらで吟味する事にいたしましょう。裏八卦に関する事情聴取はこれにて終了です。お疲れ様でした」
 頭を下げる正成に、皆はほっと息をついた。
牙黄「よかったのう‥‥では皆、放免ということかの」
正成「志士と陰陽師の方には今しばらく都に残っていただきます」
緑葉「なッ‥‥!? 兄さんたちをどうするつもりッ!?」
正成「何もしません。提出された身元を確認するのに少し時間がかかるだけです」
 御所が把握していない志士や陰陽師は表向き存在しない。居ればモグリである。丹波内の裏八卦の証拠は潰せても、都や他国に残る足跡は消せない。正成の目的は八輝将の身柄を取り、その間に身元を判明させる事にあった。
金兵衛「堅物と聞いたが、なかなかやる。美しくはないがな」
正成「恥ずべき事が無ければ、何も恐れることはないはず」
真紅「ちょ、ちょっと待ちなさぁい! あんたたちも何とか言いなさいよぉ!」
琥龍「‥‥悪いが、何も言えん」
 丹波藩が丹波藩士の勾留に抗議する事は可能だろうが、今の冒険者達は調査の手伝いに来ているだけだ。下手に庇えば、自分の首を絞める事になる。
井茶冶「んでだよ!? てめーら、何しに来やがったんだ!? あぁ!?」
琥龍「‥‥うろたえるな。これで疑いは晴れるのだ‥‥」
御神楽「そうですよ。潔白であれば何も心配要りません」
山王「‥‥」
 丹波藩には同情を寄せているが、同情するのと同じ船に乗るのでは大きく違う。
 自分の立場を危うくするかもしれない迂闊な発言は出来ないし、したくないのが人間として当然の反応だろう。
 同情では救えない。そうでなくとも、八輝将は砂上の楼閣のような危うい立場に居るのだから。
 証拠を潰すなら、丹波でなく京都に残る証拠を潰すべきだった。しかし、丹波藩でこそ豪斬の計らいで工作も容易だが、京都で偽装工作をする事はあまりに危険が大きい。そこまで踏み込む事は出来なかった。
正成「これ以上の論議は無用。ご協力いただいた皆様には感謝いたします。八輝将の6名にはひとまずこの屋敷にて逗留していただきます」
 そう言って、正成と正長は席を立つ。
 このまま、沙汰を待つしかないというのだろうか―――

●忠誠の形
 正成と正長が支度を整え、部屋を出て行こうとした時である。
 どうしても納得しかねるのか、よせばいいのに八輝将の一人が口を開いた。
蒼陣「待て。さぞかしいい気分だろうな、楠木正成」
 ぎょっとしたのは冒険者たちだけではない。
 八輝将の面々も、まさか蒼陣がこの場面でこんな台詞を吐くとは思わなかったようだ。
 しかし蒼陣はそんなことお構い無しに言葉を続ける。
蒼陣「これで豪斬様から我等八輝将を引き剥がし、戦力の弱体化を図れる。豪斬様への風当たりも弱まり万々歳か?」
正成「‥‥言葉は気に入りませんが、間違ってはいません。あの方はもっと知るべきです。自分が優しすぎるのだと」
蒼陣「ふん。その優しさを否定している人間が言う資格はない」
雨宮「蒼陣さん、止めて下さい! 心象を悪くするだけですよ!?」
伊東「らしくありませんよ。もっと冷静に‥‥」
蒼陣「知ったことか! 何が神皇だ‥‥何が志士だ! 我らは丹波のために働こうとした。それのどこが悪いというのだ!」
御神楽「蒼陣様! その台詞は流石に聞き捨てなりません!」
山王「‥‥蒼陣殿、撤回されよ。我等が神皇様への暴言は、庇いきれない。庇う義理も無くなります‥‥!」
蒼陣「いい加減うんざりだ。いい加減うんざりだ。神皇に忠誠を誓わなければ精霊魔法を覚えられないこの国。変わらない封鎖的な体質。神皇に忠誠を誓うだけの価値など‥‥ない!」
 皆、驚きを隠せなかった。暴言どころの話ではない。狂ったとしか思えない。
琥龍「よせと言っている。乱心したか―――」
南雲「‥‥おかしいわね」
琥龍「そんな事より早く止めなければ」
 琥龍は蒼陣を止めようとするが、それより速く正成が彼の前に居た。
正成「‥‥取り消しなさい。今なら聞かなかった事に――」
蒼陣「いやだ」
 正成はすらっと刀を抜き、怒りに燃えた目で蒼陣を見た。
正成「では、あなたは、精霊魔法を使いたいために、神皇様に偽りの忠誠を誓ったと言うわけね。神皇様を‥‥謀ったと‥‥!」
 歯を食いしばり、爪が白く変色するほど強く刀を握る。
 今にも感情が弾けてしまいそうな、落ち着けと言うのも憚れる状況‥‥!
蒼陣「ふん。山名豪斬は甘いからな‥‥神皇以上に騙しやすかったぞ」
正成「ッ! 死んでしまえぇぇぇッ!」
 それは悪夢のようであったという。
 正成は怒りに任せ、躊躇無く蒼陣に刃を振り下ろし、肩口からバッサリと斬り捨てる。少女の体で惚れ惚れする腕前だが、皆驚愕に声も無い。
 大量の血が辺りに撒き散らされ、蒼陣は倒れ伏した。
 その間、冒険者も八輝将も全く動けなかった。高速詠唱の魔法で正成を止めることも出来ず、ただただ呆然としていたのだ。
 意図を察していた二人だけが、思わず目を背けた。
蒼陣「こ‥‥これでいい‥‥。これで‥‥正成‥‥。おまえも‥‥お咎めなし、とは‥‥いかない‥‥!」
正成「!? ま、まさか‥‥!?」
伊東「ば‥‥バーロー! てめぇ、芝居しやがったな!? わざとあんなこと言って、楠木を挑発したのかよ!? カッコつけすぎだぜ‥‥チンピラでもねぇくせによぉ‥‥!」
雨宮「伊東さんが元に‥‥。そ、そんなことより、医者を! 井茶冶さん、傷の手当を‥‥!」
井茶冶「畜生! 俺は回復魔法なんざ覚えてねーんだよ! 蒼陣、てめぇそれも分かった上でやりやがったな!?」
山王「沙汰が下っていないのに他藩の藩士を殺せば、確かに問題になりますが‥‥!」
御神楽「命を、投げ出してまで‥‥!? 蒼陣様‥‥あなたは‥‥!」
蒼陣「最後の、最後で‥‥頭の悪い、ことを‥‥した‥‥。じゃあな‥‥おまえら‥‥。意外と‥‥楽しかった‥‥ぞ‥‥」
牙黄「蒼陣!? 冗談はよせ、目を開けるのじゃ!」
真紅「楠木正成ぇ! あんた、ただじゃおかないわぁ!」
屠黒「よしなッ! 蒼陣のことを思うなら怒るんじゃあないッ!」
緑葉「無理ってもんよ、兄さんッ! こんなところを見せられて怒らないやつなんていないッ!」
水銀鏡「それでも耐えるのだわ! でないと、蒼陣が報われないのだわ‥‥!」
金兵衛「蒼陣、貴様‥‥私より先に伝説を作るつもりか‥‥!」

 不祥事が起きた事で調査は一旦中止。どさくさに紛れて八輝将達は丹波に戻った。
 時間稼ぎにもならないかもしれない。ただの無駄死にかもしれない。
 蒼陣にとっては、命を懸けてでもそうする価値が丹波にあった‥‥そういうことなのだろう。
 楠木正成は、真っ青になったまま刀を落とし、正長に連れられてその場を去る。
 その胸中は、整理がつかないほどの大パニックであろう。
 かくして、八輝将は思わぬところで数を一人減らした。
 それでも、当然のように丹波への風当たりは止むことがない。
 次に起きる悲劇は、人一人では済まないかも知れなかった―――