●リプレイ本文
●幸せの準備
「ほいほい、食材や衣装の調達完了や。荷物は分けてあるさかい、どんどん持ってったってな」
「まぁまぁ、活きの良い鯛ですね。腕によりをかけますわ♪」
「ん、衣装は私の担当だったな。では早速アルトのメイクアップに入るか」
「オス、オラ小林っす。ワクワクするっす! 喰いまくるっす!」
「誰ですか小林って(汗)。我々は立食パーティーの準備ですよ。お忘れなく」
暑さも大分和らぎ、爽やかな秋の風が吹き抜けるようになった九月のある日。京都郊外の教会で、一組の男女が結婚式を挙げようとしていた。
それを手伝いにやってきた、数多くの冒険者たち。その大半は、新郎新婦と深い関わりがある者ばかり。
物資調達係の将門雅(eb1645)。人に頼んで台車で運んで来たが、その荷物はかなりの量だ。
料理担当の明王院未楡(eb2404)。彼女のおかげで、多くの来客が来ても安心である。
衣装担当の鷹村裕美(eb3936)。意外な才能と言うと失礼だが、彼女の役もいないと困る。
設営担当の太丹(eb0334)と島津影虎(ea3210)。働かざるもの喰うべからず(何)。
皆、忙しい間や京都の情勢を押しての参加である。
藁木屋錬術とアルトノワール・ブランシュタッドは、色々な意味で恵まれたカップルであろう。
普通の参加者もたくさん来るが、歴戦の冒険者たちが準備から手伝ってくれるのだから。
「未楡ママ、家から持ってきたお酒はこっちに置いとくのですよ。お手伝いできることがあったら何でもいってなの♪」
「まぁ、難しいこと要求されなきゃ俺も手伝えるだろ。無難に皿でも洗っとくか?」
「あー、あー。コホン。何やら緊張しますね。神父の役などやったことがないので‥‥」
「リラックスリラックス♪ じゃあ僕は、会場の掃除と警備に行くね!」
月詠葵(ea0020)と所所楽柊(eb2919)は、明王院の料理の手伝い。
量が量だけに日持ちのよい料理はすでに作りおいてあるが、生もののようなものは当日にやるしかない。
料理人が一人だる以上、皿の配置などに手を回してもらえるのはありがたい。
ベアータ・レジーネス(eb1422)は、西洋風の結婚式とあって神父役。普段使わない神経を使うから疲れるのだろう。
箒を持って元気に走っていった草薙北斗(ea5414)を羨ましく思うベアータであった。
各々が役割を持って動いている中、御神楽澄華(ea6526)だけは、石の上に座ったまま頭を悩ませていた。
将門「どったん? 確か御神楽はんは、なんかの細工もん作るて聞いとったんやけど」
御神楽「はい‥‥その申し出を藁木屋様たちにいたしましたところ、『記念品のメダルの金型を彫ってはくれないか』と言われまして。出来ないことはないのですが、日数がかかりますし、婚儀の記念に相応しいほどの上等なものが出来るか不安で‥‥」
将門「あー‥‥別にそんな気負わんでえぇんとちゃう? 藁木屋はんたちも、御神楽さんに作ってもらうことが重要なんやと思うし。御神楽はんの目いっぱいの気持ちと技術傾ければえぇやん」
御神楽「‥‥そうですね‥‥情勢が情勢ゆえ、こんな事をしていていいのか迷う気持ちはありますが‥‥幸せになるべき方が幸せになる事に罪はありますまい。‥‥こんな罪に塗れた私の手でも、そのお手伝いになるのならば‥‥」
最後の一言は、将門には聞こえないほどの小声であったという。
雲一つ無い青空を見上げた御神楽。その胸中は、この一時くらいはその名のとおり澄んでいたのだろうか?
御神楽が彫った金型からメダルが出来上がるのは、もっと後の話である―――
●家族
会場で準備が着々と進んでいたその頃。
会場付近の道では、五人の冒険者が一人の女と対峙していた。
女の名は、アルフォンス・ブランシュタッド。新婦であるアルトノワールの実の妹だ。
金髪と黒髪の違い以外、姉とそっくりな妹。
しかし‥‥一番に家族の結婚を喜ぼうと言う気概は、アルフにはなかった。
「退いてくれる? っていうか退け。お姉ちゃんを攫ってでも、結婚式なんてぶち壊しにしてやる!」
「わりぃが、今のままじゃ此処を通すわけにはいかないな。どうしてもっていうなら俺らを叩きのめすこったな」
「いきなり本気モードなの? 話し合いの余地もないなんてね‥‥」
「久し振りだな、ステゴロ使いぃ〜!! ダンナ達の門出だしよぅ、祝い喧嘩といこうかぁぁぁ!!」
「‥‥へぇ、話には聞いてたけどホントにそっくりなんだね。まぁ、性格は姉に輪をかけて問題ありそうだけど」
「微妙に失礼なことを言っていないでござるか?(汗)。とにかく、アルフさん。少し話を‥‥」
「五月蝿いッ! 退けぇぇぇぇぇッ!」
瞳を真紅に染め、のっけから狂化状態のアルフ。
こうなることをあらかじめ予想していた面々は、式場でアルフが暴れる前に迎撃に出たわけである。
しかし、鷲尾天斗(ea2445)にしても南雲紫(eb2483)にしても、出来れば彼女を排除はしたくない。
折角の姉の結婚式。家族にも祝ってもらうほうが良いに決まっている。
が、現実は伊東登志樹(ea4301)が言う様に一戦交えないと済まないらしい。
最近は会っていなかったが、アルトたちと親交の深かったヘルヴォール・ルディア(ea0828)は、さもありなんと最初からこの展開しかないだろうと思っていたクチ。
人のいい久方歳三(ea6381)のフォローも虚しいくらい、アルフの性格には問題があったわけだ。
とにかく、黙ってやられるわけにはいかない。
大地を蹴り、あっという間に距離をつめてくるアルフ。
狂化で遠慮ゼロとなった彼女の動きは、いつにも増して速い!
「邪魔よチンピラぁぁぁっ! ‥‥何!? 効いてない!?」
「(装備してるレミエラ全使用中)この間みたいにいくと思うなよぉぉぉぅ!! 手前ぇぇぇをぉぉぉ、ブチのめしてぇぇぇぇ、祝言に引きずってやっからよぉぉぉおぉぉ!! 祝いの言葉でも考えてろよぉぉぉぉぉぉぉぅ!!??」
「『ハイ!』すぎて危ないでござるなぁ‥‥。それはともかく、アルフさん、アルトさんを愛するならばなおの事、彼女の幸せ‥‥藁木屋さんと結婚させてあげる事が大事ではござらぬか?」
アルフ「くっ! どこの馬の骨とも分からない男にお姉ちゃんはあげられないわよっ! 男と結婚なんかしたって必ずしも幸せになれるとは限らないわ! むしろ面倒が多いだけでしょ!?」
伊東と素手の殴り合いの攻防を繰り広げるアルフ。お互いほぼ互角だが、レミエラを使っている分伊東有利か?
久方は手は出さず、あくまで説得を続ける。
南雲「まぁ、一利無くも無いけれど‥‥。ねぇアルフ、短い間ではあるけどあの2人を見てどう思った? 最初に会った時と違うはずだし、今のアルトを見ても、あなたはこの結婚を妨害したいの? 姉の幸せを邪魔するのは違うと思うし、結婚するからといってアルトがアルトであることに変わりはないし、誰かのものになるわけでもないと私は思うし、何よりアルフの姉であることには変わりはないと思うわ。アルトは騙されてるわけじゃないし、自分で選んだんだから、今のアルトを見て幸せそうと感じたのであればそれを認めて今の姉を祝福できないかしら。今すぐじゃなくても、ね」
「誰かのものじゃない!? あの藁木屋って男のものになっちゃうんじゃない!」
鷲尾「どうしてもアルトを他人に取られるのが嫌なのか? 自分の入る隙間が無くなるのが嫌なのか?」
「っ‥‥! だ、だったら何よ! ぶっ飛ばすわよ!?」
ヘルヴォール「‥‥ま、わらっきーは甘ちゃんだし、アルトは無愛想だわ天邪鬼だわ人の話し聞かないわで、問題山積みの関係だけどさ‥‥それでも、この広い世界で2人出会って、絆を深めて、そして今日って日を迎えた訳で‥‥たかがガキの我侭で式をブチ壊しにされるのは御免被るんだよ」
「このぉっ! こんな程度でっ!」
伊東とアルフの戦いにヘルヴォールも加わり、更にアルフは追い込まれる。
が、そこはシスコン妹の底力。ヘルヴォールのほうが組みし易いと一瞬で判断し、その横っ面を殴り飛ばす!
ヘルヴォール「つぅっ‥‥! やるね‥‥! ‥‥いやほんと‥‥何であの2人の事でこうまで本気になってんだか‥‥自分でも理解不能だよ。‥‥でも‥‥悪かない気分だ‥‥!」
突破できない。かといって逃げられない。
説得している久方、南雲、鷲尾も決してアルフを逃しはしない気配だ。
おかしい。本気で突破するつもりなら、何とかならないこともないはずなのに。
迷っている? アタシは、自分のやっていることを間違ってると思ってる‥‥?
ややあって。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、ず、ずるい、こんなの! わかんない‥‥何がなんだかわかんないよぉ‥‥!」
結局、伊東とヘルヴォールに負けて地面に転がってしまったアルフ。その口からは戸惑いの言葉が漏れていた。
そんなアルフに手を差し伸べ、鷲尾は真面目な顔で言う。
鷲尾「それじゃ、選ばせてやる。式場に行ってアルトがお前から見て幸せに見えたら祝ってくれ。もし少しでも錬術と一緒なのが幸せそうじゃなかったら邪魔でも何でもしろ。お前の素直な眼で見た結果だ。責任は俺が腹でも何でも斬ってとる」
以前、ハーフエルフの女性を追う事件で鷲尾が見た、アルフの厳しい優しさ。
それを信じる気持ちは、どうやらこの場の五人全員にも伝わったようである―――
●通じる心
「こほん。‥‥藁木屋錬術、あなたはアルトノワール・ブランシュタッドを娶り、主の定めに従って婚姻を結ぼうとしています。あなたは、その健やかなる時も、病める時も、常にこれを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命のある限り、堅く節操を守ることを誓いますか?」
「はい。誓います」
「では、アルトノワール・ブランシュタッド。‥‥誓いますか?」
「‥‥省略しすぎじゃない? まぁいいけど。‥‥誓うわ」
「では、指輪の交換を」
教会。
アルフを連れた迎撃組みが戻ってきたことで、式は予定通り始められた。
ベアータの言葉が響く教会内。アルフは、どうしていいかわからず居心地が悪そうにちらちら姉を見る。
認めたくない。認めたくはないが‥‥今まで見たどんな表情よりも幸せそうに見える。
あのアルトが、あぁも長く口元を緩ませていたことなど、アルフは見たことが無いという。
しかし、集まった冒険者や一般客にはいつもの面倒くさそうな表情にしか見えなかったが。
やがて、指輪の交換が終わり‥‥。
「それでは、誓いのキスを」
アルトのヴェールを上げ、藁木屋は優しく微笑む。
アルトは、流石に少しはにかんだ表情を浮かべ‥‥静かにそれに応えた。
幾度と重ねてきたであろう口づけ。しかし、今日はなんだか特別だ。
そして、二人の唇が離れた瞬間、教会内は盛大な拍手に包まれていた。
「ちょ、ちょっといい!?」
「異議なら却下しますよ」
「違うわよっ! そ、その‥‥!」
アルフは精一杯の叫びで拍手を押しのけたくせに、参列者の注目を一身に浴びたまま口篭る。
「‥‥何よ。下らない事言うと殺‥‥‥‥転がすわよ」
「お、お姉ちゃん‥‥おめでとうっ! そ、それだけ! 認めたわけじゃ‥‥ないんだからぁ‥‥! ひっく‥‥!」
最後のほうは涙で声にならなかったアルフ。
南雲に肩を抱いてもらうが、しばらく止まりそうにない。
「アルトお姉ちゃん! アルフさんの勇気に応えてあげて欲しいの!」
「花嫁として、姉として‥‥お声をかけてあげてくださいね」
月詠と明王院の言葉で、アルトはふと教会を見渡す。
そこには、自分たちを祝福すべく集まってくれた多くの人々。
決して大きい教会ではないので、席が足りず立ったまま式に参加している人間も多い。
そして、この結婚に頭から反対していた妹まで祝福の言葉を贈ってくれたのだ。
強制されたわけではない。自分の心からの言葉であったと、流石のアルトも分かった。
隣にいる夫となった人物‥‥藁木屋錬術にしか興味が無く、気にしてこなかったアルトノワールは‥‥。
「アルト? ‥‥そうか。感じたまま、感情を解き放てばいい」
「‥‥え? あれ‥‥? なに、これ‥‥。私‥‥泣いて‥‥?」
「私がいつでもそばで支えているよ。だから‥‥今は、みんなに応えてあげてくれ。ありのままの気持ちで‥‥」
それは、アルトが生まれて初めて見せた表情。初めて見せた涙。
それは‥‥嬉し涙を浮かべた、輝くような笑顔―――
●宴
「オス、待ってたっす! 喰って喰って喰いまくるっす!」
「フトシたん、ちゃんとみんなの分も残しておいてね!? ほら、言ってるそばから! それ僕のお皿だよ!?」
「‥‥綺麗なもんだよな。装いとかそういう外見の話じゃなくて、隣に並んでずっと一緒にいられるってのが」
「結婚か‥‥私にはあまりにも縁のない話だけど、こうやって周りが祝福して祝福されてっていうのは幸せな事なのだろうな‥‥」
「いやはや、私にはお二人も充分な御器量だと思いますがね。いい人は案外近くにいるかもしれませんよ?」
今まで式の準備や裏方に徹していたフトシたん、草薙、所所楽、鷹村、島津も役目から開放され、宴に参加。
鷹村がいなければ、アルトがきちんとした純白のドレスを着ることもなかったろうし、フトシたんや島津がいなければ、この大量の客をきちんと座らせることもできなかっただろう。
勿論、料理担当の明王院、月詠、所所楽は何を言わんや。
つまりは、誰が欠けてもこの式は上手くいかなかったであろうということである。
「へぇ‥‥引出物のメダルに満月と三日月を入れるんだ? それってアタシとお姉ちゃんを象徴するものなのよねぇ。‥‥っていうかアンタ、自分がもらう引出物の金型を自分で彫るわけ?」
「いえ、まぁ、話の流れで‥‥(汗)。なるべく早く完成させますので、期待していてくださいませ」
すっかり元の調子に戻ってしまったアルトとアルフ。
しかし、確実に彼女たちの中で何かが変わっただろう。
と。アルトの意向で順序を変え、先に宴会を始めてしまったのだが、ベアータがブーケトスをしますと宣言。
未婚の女性陣が集まるが、また数が多いこと多いこと。
「‥‥さて。折角の機会だから一応参加してみるかね」
「え、いや、俺はいいって! 予定もないし!」
「右に同じだ! わざわざ競争率上げることもないだろう!?」
「いいのいいの、こういうのは参加することに意義があるのよ。ね」
「せや。別に結婚してても参加してもかまわん思うよ?」
「あら。では私も、不束者ですが」
「く、草薙様、私は結構ですから! そのような資格は‥‥!」
「南雲さんの台詞参照♪ さもないと僕が取っちゃうよー?」
『お前は男だろっ!』
総ツッコミの後‥‥青空高く、ブーケが舞う。
多くの人々に祝福された二人の愛に、永遠あれ―――