●リプレイ本文
●本日は晴天なり
「ん〜、一面の銀世界。寒いのが難点だけど、冬の山の絶景よね」
「は、はい‥‥凄いです。ゆ、雪だるまとか、作りたいです‥‥よね」
「おいおい、そんな暇はないよ。防寒用具もずっと寒さをしのげるわけではないんだからね」
京都北の山岳地帯。
ヴェニー・ブリッド(eb5868)が使用したレインコントロールのスクロールにより快晴となった山々は、日の光をキラキラと感謝してとても美しい。
うきうきと雪に足跡をつけていく水葉さくら(ea5480)だったが、ヒースクリフ・ムーア(ea0286)にツッコミを受けた。
確かに、防寒服にしても毛布にしても、寒さへの永久的な対策にはならない。
冒険者たちは要所要所で火を起こし、暖を取るために休憩しつつ進んだ。
「超野菜人でも寒いものは寒い‥‥ってね。お、村が見えてきたよ」
「何ですか、野菜人とは(汗)。それはともかく‥‥依頼書に示された訳でなくとも、神皇陛下に献上されるかもしれぬ秘宝。罪の贖いは出来ずとも、少しでも陛下の心を慰められるなら、なんとしてでも」
雪の華とその伝承に魔術師としても物語好きとしても興味をそそられるというアルヴィス・スヴィバル(ea2804)。ちょいと意味のわからないことを言っているが、言ってる事自体に間違いはない。
彼にツッコミを入れつつ、表情を引き締めて村を遠目に見据えるのは御神楽澄華(ea6526)。
依頼人からは村に行けば分かるとしか言われておらず、冒険者が情報屋の藁木屋錬術に追加調査を頼まなければ伝説や事の端っこさえもまるで分からない事態となっていただろう。
幸いにも、一行はそこそこの知識を得ているが‥‥果たして。
村に入ると、村人たちがひそひそと冒険者たちが何者かといぶかしんでいた。
主に外国人のメンバーへの視線だが、そういうのは日本人でもあまり気持ちのいいものではない。
村人全員が雪華に詳しいわけでもなかろうし、さっさと村長を探すことにする。
「‥‥あぁ、聞いておりますよ。皆さんのような方々がいらっしゃるとね。‥‥迷惑な話ですが」
意外にも、村長は苦々しげに言って冒険者たちを見渡す。
その目は雄弁に、『疫病神どもめ』と語っていた。
「別に歓迎されるとは思ってなかったが、随分だな。なんかあるのか?」
「あらら‥‥悪い予感はしてたけれど、私たちが悪者のパターンね。依頼人も人が悪いことするわねぇ」
「悪者とはどういうことです? 例の雪女が神として祭られているとでも?」
レオナール・ミドゥ(ec2726)や三笠明信(ea1628)はわけが分からず、持ち前の知力で一人だけ状況を把握したレティシア・シャンテヒルト(ea6215)に答えを促す。
ろくろく事情を説明されずに来たのに村長のようなリアクションをされると、流石に傷つく。
「簡単よ。藁木屋の調べてきた情報に、雪華には人の魂が必要っていうのと、巫女っていうキーワードがあったでしょ? ここは代々その巫女を輩出してきた村ってこと。村娘を巫女として生贄にされたら、誰だって嫌がるに決まってるわ」
「‥‥そこまでわかっておるなら帰ってもらいたいものですな。ここ十数年、話がなくて安心しておったのに‥‥」
「残念だがそうはいかない。我々も仕事として受けた以上、はいそうですかと帰るわけにはいかなくてね。だが安心して欲しい。巫女の同伴はいらないから、雪女の情報だけ教えてくれればそれでいいさ」
ヒースクリフの言葉に、全員が頷く。
人の魂が必要というのが真実であるという以上、誰も犠牲を払いたいとは思わない。
が、村長はため息を一つ吐いて口を開いた。
「あんたがたのようなえぇかっこしいは、わしが子供のころから何人も見てきた。だが、誰一人として雪華は手に入れられなかったのじゃ。そして結局は、巫女を生贄として連れて行ってしまう。今回もどうせ変わらん」
「決め付けるのは早計ね。状況が違えば結末も違うものよ。今回は成功するかも」
「そうそう。それに、雪女のこと教えるだけならあんたたちに損はないだろ」
「お願いいたします。誓って生贄など要求しません。そんなものを差し上げても神皇様はお喜びにならないはずですし‥‥」
ヴェニー、レオナール、御神楽に言われ、村長はしばし考える。
名を聞けば、寒村でも名前を伝え聞けるような有名な冒険者が多数集まっている。
巫女を連れて行くと言っているわけでなし、教えるくらいは構わないか。
「‥‥分かりました。しかし、本当に村からは巫女は出しませんぞ。必要な場合はそちらで都合をつけてくだされ」
「それはそれで困るわね。そうならないよう努力はするけど、この中に巫女に相応しい人物なんて‥‥」
「え? いるじゃありませんか、適任者が」
レティシアが唸っていると、三笠がさらっと言ってとある人物を指差す。
その先には‥‥。
「‥‥‥‥え? わ、私です‥‥か?(汗)」
「あぁ、そういえば水葉くんは『猫巫女』とか『純情巫女』なんていうあだ名があったんだったね。ピッタリだ」
「‥‥えと、その‥‥生贄に、されるのは‥‥ちょっと‥‥(汗)」
アルヴィスは水葉をからかっているだけで、本気でそんな真似をしようとは思っていない。
要は、雪女から犠牲なく雪華を手に入れられればいいのだ。
一行は村長からあるだけの情報をもらい、暖を取って旅の疲れを癒し、翌日に雪女の下へと向かうことにした―――
●想いの結晶
その日、山は猛吹雪であった。
これは自然によるものではなく、ヴェニーがレインコントロールでそうしたのである。
いや、正確には『そうせざるを得なかった』と言ったほうが正しい。
雪女は吹雪の時にしか会うことができないと言われてしまってはこうせざるを得ない。
御神楽のアイデアで、一行は各々の体を縄で繋ぎ、はぐれてしまわないよう対策を取った。
吹きすさぶ風と雪は、一行の体力を防寒用具の上から容赦なく削る。
途中、レティシアが張ってくれるムーンフィールド内で固まって暖をとることだけが安らぎであったという。
そもそも、山のどの辺りに雪女がでやすいという話は聞いたが、確実にそこに現れる保証はない。
下手をしたらこのまま遭難して帰らぬ人に‥‥というのも笑えない冗談に思えてきたくらいだ。
穿った見方をするなら、本当は必要がないのに村長がわざと吹雪にさせたのでは、などとも思えてしまう。
しかし。
「‥‥聞こえる。これはフロストウルフの鳴き声だね」
「え‥‥わ、私は全然、聞こえないです‥‥けど」
「二匹‥‥いや、三匹はいるかな? あっちの方向だ」
アルヴィスがとある方向を指差すが、真っ白な世界に吹雪なのだから全然分からない。
「‥‥見えた。確かにフロストウルフね。向こうもこっちに近づいてきてるみたい」
「すげぇな。肝心の雪女はいるのかい?」
「いるわ。こっちからも近づいてみましょう」
レティシアとレオナールの会話もそこそこに、一行は歩みを続ける。
ひゅうひゅうと耳を通り過ぎる吹雪の音だけだった世界に、ざくざくと足音が再び重なった。
やがて‥‥。
「‥‥やはり人の子か。不自然な空模様の変化であった故、何かあるとは思っていたが」
雪狼を三匹従えた雪女。
風格すら感じるその美しさは、吹雪の山にそぐわないくらいの薄着によって際立っている。
レインコントロールは自然な感じで天候が変化するとはいえ、雪女からすれば充分摂理に反しているのだろう。
「まずは勝手に領域に踏み入ったことをお詫びいたします。単刀直入に申し上げますが、我々は『雪華』を手に入れる命を受け、京の都からやってまいりました」
「事を構える気はありません。とりあえずお話だけでも伺いたいもので」
御神楽と三笠が丁寧に頭を下げる。
納得したわけではないようだが、雪女はとりあえず猛る雪狼たちを手で制した。
「‥‥雪華のことを知っているからには、生贄の巫女は連れてきたのであろうな? 人の魂なくして雪華は作れぬ」
「そこをなんとかならないものかな。出来合いのものでもこの際かまわない」
「くどい。その上なんという恥知らず。やはり人の世界は変わってしまったようじゃな」
ヒースクリフの言葉を一蹴し、吐き捨てて雪女は去っていこうとする。
いくらかんじきなどを準備し、雪上行軍を多少楽にしたとはいえ、雪女には追いつけない。
仕方ないと戦闘体勢に入るメンバーもいるが‥‥!
「‥‥愚かな。それが人に物を頼む態度か? まるで追剥‥‥気分を害するだけよ。そのような連中に断じて雪華は作らぬ。いや‥‥作れぬ。お前たちの心根ではな」
「待って! 帰る前にちょっとインタビュゥに答えて欲しいわ」
「‥‥いんたびゅぅ?」
「えっと‥‥話を聞きたいって事。私たちは一般的に伝わってる伝説の内容は聞いたけど、あなたの口ぶりだとその真実も知ってそうでしょ? 巫女の名前とか神様が去った場所とか聞きたいなー、なんて」
「わ、私も聞きたい‥‥です。み、みなさん本当は‥‥あなたを害する気なんて、ないんです。逸った仲間の非礼は、お詫びしますから‥‥どうか‥‥!」
異国の者であるヴェニーが伝説の真実に興味があるのが意外だったのだろうか。
それとも、水葉の真剣な瞳に何か感じ入るものがあったのか。
雪女は冒険者に聞いた話を言ってみろと言い、その間違いをこう正した。
行き倒れ、村の巫女に拾われたのは神皇家の血を引く者で、堅苦しい生活を嫌い、京を出たという。
しかしよい暮らしが身につきすぎていた男はあっさり行き倒れ、巫女に拾われる。
体力を回復させつつ身を隠していたが、ついに捜索隊に見つかり連れ戻されそうになった。
別れを惜しむ時間をとのことで、数日だけ猶予をもらった男と巫女。
巫女は自分に代わる物を男に贈ろうと考え、雪女の下へ溶けない雪の結晶をもらいにいく。
事情を説明された雪女は、巫女の心に打たれて雪華を作ってやった。
受け取った男は、自分のためにそこまで危険なことを成し遂げた巫女を見捨てることができず、無理を押して宮中に連れて帰り‥‥真実こそ歪められたものの、二人は人知れず幸せになったという―――
「ってちょっと待てよ。雪華には人の魂が必要なんだろ? それ作ったら巫女は死ぬだろ。なんで幸せになれるんだ?」
「あぁ‥‥そういうこと。やっぱり、巫女の想いは凍てつく心を溶かすほどのものだったっていうわけね」
「また一人だけ納得かい? レティシアくん」
レオナール、レティシア、アルヴィス。
やはりレティシアの勘と、それを最大限に生かす知識は凄いものがあるようだ。
「雪女さん。あなた、巫女を試したんでしょ? 雪華を作るにはお前の魂が必要だが構わないか? って」
「勿論、巫女さんは即答で構わないって答えたわけね。わお、情熱的ねぇ♪」
「命を賭してでも想いを託したかった雪の華、か。確かに、出来合いがどうなどとは無粋の極みだったね。お詫びする」
ヴェニー、ヒースクリフもすぐに理解する。
そう、雪華に必要なのは、命という意味の魂ではない。
確かな想い。熱い情熱。高潔な思想。そういう意味での、生き様とも言える意味での魂だったのだ。
そういうものは万国共通。言葉でなくそれこそ魂で感じるもの。
だから‥‥。
「雪女様。ならば改めてお願い申し上げます。お心を痛めている神皇様に差し上げるための雪華を、是非‥‥!」
「‥‥言っておくが、口先だけの決意では雪華はできぬぞ。おまえに雪華を維持させるだけの『魂』はあるのか?」
「あります! この胸にある忠誠心と、世を憂う心は‥‥どんなに上手くいかない時も消えはしません‥‥!」
「なら私も参加させてもらおうかしら。解けない雪の結晶をも溶かす想いの歌、というのはどう?」
「え、えっと‥‥わ、私も、いいでしょうか‥‥。遠く懐かしい、オーストラリアを‥‥想って‥‥」
「時は移ろい、確かに昔とは人の世も変わったかもしれません。それでも‥‥想いの美しさは変わりませんよ」
御神楽に始まり、三笠に終わった冒険者たちの言葉。
やがて、考えていた雪女はため息を一つ吐き、やってみようと呟いた。
「OK。じゃあとっておきの歌を御披露するわ。魂をも奮えるこの曲を―――」
この依頼の顛末は、おそらく何者かの手によってまた歪められるか秘匿されるかして、神皇家の過去の一端はまた歴史の闇に埋もれるだろう。
だからこそ、せめてこの場にいる者の心にだけは‥‥永遠に残りますように。
レティシアが歌い上げる、渾身のラブソングに乗せて。
『言葉を交わすだけで 想いが溢れそうな 二人が大切に 歩いていくこの道を
流れる時間に 見失なわないように ただぎゅっと
特別な ことなんて 変わらない日常の 中にあると微笑むあなたと
この先も 永遠に そばで歩みたいだけ 奇跡なんかが起きなかったとしても―――』
いつの間にか、吹雪は自然に止んでいた。
見上げれば、蒼く輝く満天の月。
レティシアの歌が響く中‥‥魂が透明な結晶となり、静かに舞い降りる―――