●リプレイ本文
●展開
三月某日、晴れ。
京都内は陰陽寮に集合した五人の冒険者は、担当官に連れられて件のお堂に到着した。
陰陽寮の端っこにひっそりと建てられたそのお堂は、いかにも急いで作りましたという雰囲気がバリバリであり、とても復活させた古の術を再現する場所とは思えない。
参加者の一人が『なんだか‥‥夢みたいな話だけれども‥‥』と呟くのも無理からぬ話であった。
しかし、陰陽寮がここまで一押しするからには、それなりの自身があるからだろう。
外見などどうでもいい。要は、中で起こる術の完成度、制御具合がしっかりしていればいい。
やがて、冒険者五人は難易度や挑む六道の確認をした後、お堂へと足を踏み入れた。
一週間近く前から準備しないと展開できないというのが今のところの最初の弱点。
陰陽寮のこれからの研究に期待するしかないだろう。
お堂の扉が閉められ、しばしの後。
睡魔にも似た感覚が五人を襲い、抵抗すら許さずその意識を刈り取っていく。
ある者は懐かしい感覚に苦笑いし、ある者は初めての感覚にうろたえる。
兎にも角にも、六道辻の再現に成功したと言うのは間違いではなかったのだ―――
●自分と人道
次に五人が目を覚ましたのは、京都内の大通りであった。
しかし、近辺の景色は一行が知る京都とは似ても似つかないくらい荒廃しており、道端に人の死体が転がっていることなど珍しくもなくなっているようだ。
事前に聞いてはいたが、これが六道辻の一つ‥‥『人道』。そのあまりにリアルな感覚に、五人は戦慄を覚える。
血の臭い。
燻った火が放つ焦げた臭い。
死体が腐乱する吐き気をもよおすような臭い。
そして自分たちに向けられた確かな殺気は、仮想空間というにはあまりに生々しい。
だが、一行に呆けている暇はない。
大通りに面する路地のあちこちから、五人と全く同じ格好・容姿の冒険者が現れる。
本物とは違う邪悪な笑みを浮かべているとはいえ、自分にあまりに似た敵にとまどいは隠せなかった。
しかし、これはあくまで訓練用。人を陥れるために使われたオリジナルとはもう違う。
難易度も難としてはいるものの、五つある中の真ん中だ。
頭を切り替え、事前の打ち合わせどおりに戦うのみである。
「自らを越える‥‥越えなくちゃ‥‥これから戦いが激しくなるんだもの‥‥」
空漸司影華(ea4183)は、刀を握り締めて自らの偽者と対峙する。
人を殺せない暗殺剣の使い手。それは、褒められるべきか詰られるべきか‥‥。
「もう一人の私‥‥私は‥‥私を越える!!」
ギィンッ、と甲高い音を発し、本物と偽者の刀がぶつかり合う。力量的には、偽者は本物の八割くらいだろうか?
それでも、慣れ親しんだはずの自分の動きを敵に回すとなるとやりにくいことこの上ない。
「閃空斬!」
スマッシュで攻撃するが、偽者はそれをなんとか弾き、逆に切り込んでくる。
「くっ! 烈閃斬(カウンターアタック)を狙うには鋭すぎる‥‥!」
空漸司はそれを弾き返すが、カウンター狙いとするとモロに貰いかねないため自重する。
偽者も分かっているのだ。『自分がどういう攻めをされると辛いか』ということを。
場所が大通りなだけに、動き回ることに不便はない。
気がかりなのは、腕は本物の方が上なのに雰囲気的に本物の方が押され気味に見える点。
その理由は、本人が一番よく分かっているようだ。
「え、遠慮がないっ‥‥! 人を斬る事を、躊躇ってない‥‥!」
人道によって作り出された偽者は、本物とは打って変わって人殺しを楽しむような表情さえ見せる。
殺すことを躊躇う者と、殺すことをなんとも思わない者。戦場でこの差は大きい。
しかし‥‥!
「一歩‥‥踏み出す! あなたより先に‥‥その一足を!」
ざざざ、と距離を取った後、一気に間合いを詰めて駆ける空漸司。
第一奥義、神虚滅破斬。チャージングとスマッシュの複合技!
偽者もよく反応し、刀で迎え撃ったが‥‥!
「うあぁぁぁぁぁっ!」
気合負けしたのか、弾ききれず袈裟懸けに斬られ、倒れ付す偽者。
急速に広がる地面の血溜まり。肉を切り、骨を絶つ鈍い感触。
痙攣する自分と同じ容姿の偽者を見下ろす空漸司の目は‥‥虚ろであった。
「人を斬る‥‥こんな感じ‥‥」
その口元がわずかに緩んだことを知る者は、誰もいなかったという。
「ちっ、速い上に正確か。嫌がられるわけだ‥‥!」
南雲紫(eb2483)もまた自分の偽者と格闘中。
彼女の場合、格闘の腕も回避の腕も高いため、自分自身を相手にすると、避けられ弾かれで攻撃が当たらない。
勿論それは偽者にも同じことが言えるし、本物の八割程度の力であるから尚更である。
しかも南雲は、戦闘モードに入ると遠慮がない。
空漸司とは違い、すでに戦いというものを割り切っているためだ。
シュライクなどは相手に隙を見せるようなものなので、どうしてもソニックブーム主体の中距離戦になりやすい。
小細工なし、体力が尽きるまでとことんやるつもりの南雲。
お互い致命傷が遠いのであれば、八割の体力しかない点を突くしかない。
「はぁっ!」
二人の南雲の刀がぶつかり合い、白い雷を撒き散らす。
流れるような動きから一転、電光石火の攻めに転じるその動きは、思わず息を呑むほどの迫力があった。
普通はありえない、『自分自身との戦い』。
自分自身だからこそ分かり、自分自身だからこそ気づかなかった戦闘時の流れ。
南雲ほどの冒険者ともなれば、それを悟るのも早い。
「追い込まれたとき、多少無理にでも突っ込むきらいがあるな。注意しなければ、な」
そう言って、南雲は偽者の首に当てた刀を一気に引く。
血飛沫を上げて倒れる自分と言うのは、やはり気持ちのいいものではない。
「はぁ‥‥これを悪意の下で使われたらと思うと、正直ぞっとするわね‥‥」
通常モードに戻った南雲は、今までに味わったことのない疲労感に、深い息を吐いたという。
「決着は、早くつくと思ったんですけれど‥‥」
派手な動きはなく、自分の偽者とにらみ合ったままじりじりと対峙したままのジークリンデ・ケリン(eb3225)。
彼女の予測では、勝負は一瞬。出会い頭で決まるということであった。
彼女の使う魔法の火力を考えれば、それは恐らく間違いではなかっただろう。
魔法を貰った方が即死、即退場となるのは想像に難くない。
しかし実際は、偽者がわざわざ大通りに姿を現してきたことにより複雑化している。
この人道の難易度が更に上ならば、偽者は姿すら見せずに本物に魔法を撃ち込んで終わりにしただろう。
最悪の場合、本物五人を超越ファイヤーボムで問答無用に焼き殺していた可能性もある。
それをしなかったのは、偽者の気まぐれなのか‥‥あるいは。
静かな戦い。鏡に映したかのような自分の偽者の一挙一動に神経を集中する。
一瞬の余所見や隙を作るだけで、超越マグナブローが相手を焼き殺す。
ジークリンデに限って言えば、偽者の力が八割程度であろうとさして関係なく手強くなる。
要は、いかにして相手より先に撃ち、相手に撃たせないか。
言うのは簡単だが、偽者もジークリンデに匹敵する知力を持つ故に簡単には事は運ばない。
「‥‥やってみましょうか。埒が明かない以上、賭けに出るのも仕方ありません」
本物が仕掛けてくると悟り、偽者も構えなおす。
杖を振り上げ、マグナブローの体勢を取る両者。この杖を地面に突き立てるのが、発動合図だが!
「っ!?」
しかし予想に反して、ジークリンデが放った魔法発動の光は茶色!
地系の精霊魔法‥‥ストーン!
勿論、魔法抵抗の高い本物にも、偽者にも抵抗されて通用はしない。
だが、それ故に偽者は混乱する。何故そんな無駄なことを、と。
その一瞬の狼狽が命取り。本物が杖を地面に突き立て、偽者がしまったという顔をしたときにはもう遅い。
足元から吹き上がる炎に身を焼かれ、偽者は大きく吹き飛ぶ!
「無駄なことを無駄と思うだけでは駄目なのです。そこは、すでに私が通過した地点ですので―――」
「せぇぇぇいっ!」
槍を手にした、二人の御神楽澄華(ea6526)。
お互い付かず離れずの距離を保ち、射程ギリギリのところでの戦闘を継続する。
フレイムエリベイションで士気向上をするのも同じタイミングならば、駆け出すのも同じタイミング。
しかし空漸司とは多少違うながらも、御神楽もまた偽者に大苦戦を強いられていた。
彼女は、偽者を焦らせ、ファイヤーバードの発動を誘って迎撃するというつもりでいた。
だがいざ始まってみれば、偽者は御神楽が思っていた以上に積極的に前に出て槍を突き出してくる。
まるで迷いのない、本物を殺してやろうという気持ちを隠そうともしない邪悪な笑み。
あるいは御神楽にとってだけは、『人道が作り出した偽者』以上の意味を持つのかもしれない。
心に渦巻く自責の念。許せない自分自身。消えて、あるいは消してしまいたい自己の存在。
そんな悲しい心を写したかのように、御神楽の偽者には迷いも遠慮もなかったのだ。
「しかし‥‥だからと言って‥‥!」
偽者の行動理念に気づいた最初こそ心が折れそうになったが、そのまま流されるわけには行かない。
ここで自分自身に負けても死ぬわけでなし、余計に心に暗い影を落とすだけ。
負けない。折れない。そうで、なければ‥‥贖罪すら出来ない!
そう気づいてしまえば、腕で勝る本物が盛り返し始める。
偽者が本物を消してしまいたいなら、逆もまた然り。
本物もまた、自分自身を消してしまいたいことに違いはないのだから。
そんな悲壮な心と共に振るわれる槍は、確実に偽者を追い込んでいく。
そしてついに、業を煮やした偽者がFバードを発動!
回避にも優れる御神楽は、あえて突っ込むと見せかけて横へ跳び、Fバードを回避!
続けての二撃目も回避された偽者は、三撃目で急制動をかけて直撃を狙う。
だが、御神楽は自分自身をよく知っていた。最近それに頼りすぎ、痛い目を見ていると。
あえて自分を巻き込みながらファイヤーボムを放つことで、突っ込んできた偽者の視界を奪い、地面に突っ込ませる!
「‥‥勝負ありです。せめて、仮想世界の中でくらい‥‥」
消えてしまえ。私なんて―――
「はうぅ、やっぱり『どこでもないどこか』じゃ駄目なのですかぁ?」
月詠葵(ea0020)は英霊布というアイテムが使えないかと試してみたようだが、失敗に終わったらしい。
華国でしか力をかしてくれないという英霊、呂布奉先。
苦労して手に入れたはいいが、ずっと宝の持ち腐れ状態なので久々に使えないかとのことだったのだ。
しかし、結果は先の通り。やはり『華国の地』でないと駄目なのだろう。
あるいは、華国の地を模した仮想空間であれば可能だったかも知れないが。
「実験は失敗みたいなのです。なら、偽者を倒すことに専念しなきゃ!」
月詠そっくりの偽者は、当たり前のように月詠とそっくりな動きで攻撃してくる。
ざざざ、と素早く移動してプレッシャーをかけ、相手が手を出してくるようなら強烈なカウンターで一撃必殺。
攻撃してこないならこないで、牽制を兼ねた軽めの攻撃を繰り出していく。
相手にしてみれば非常にやり辛いだろうが、これが自分自身が相手となると話が違ってくる。
偽者の方も、本物がいつ攻撃してくるかをほぼ読めるので、クリーンヒットにならない。
勿論、一撃必殺のカウンターに飛び込むような真似は絶対にしない。
「うぅ〜、中々に嫌な動きなの‥‥」
攻めるにしても守るにしても、相手の出方を重要視する月詠の戦闘方法。
それをほぼ読み切れる自分自身が相手となると、無闇に突っ込んでもカウンターで自爆するだけ。
ちらりと辺りを見回してみると、どうやら他のメンバーは戦闘終了した模様。
まったく同じ容姿とはいえ、偽者は大概邪悪な笑みを浮かべているので、区別はすぐ付く。
空漸司が微妙に判断に困ったが、全員偽者を撃破したようである。
「ぼ、ボクだけ負けたらカッコ悪いのです‥‥!」
意を決した月詠は、あえて大振りに攻撃を仕掛ける。
当然のように、偽者は多少貰ってでも一撃必殺のカウンターを試みるが、月詠にブラインドアタックは通用しない!
カウンターの一撃を返す刀で受け止めた月詠。そして、彼はまだ動ける‥‥!
「だぁぁぁぁぁっ!」
一撃必殺のカウンターは、外してしまうと自分が無防備になってしまう。
カウンター・カウンターとも呼べる作戦により、冒険者全員が勝利と相成ったわけである―――
●補足
月詠が勝利した時点で人道は砕け散り、五人は元居たお堂の中で目を覚ました。
人道の続き‥‥『平穏な世界』ではないかと疑う者も居たが、難易度が難以下の状態ではそれは発生しないし、それ以上でも任意で発生しないようにすることも可能との事。
兎にも角にも、実験は成功。
参加者の疲労具合からも、生半可な訓練よりよほど実りのありそうな経験であったのは間違いない。
これが浸透して、貴重な戦闘シミュレーターとして定着すればよいのだが―――