●リプレイ本文
●癒しと希望を
九月某日、京都のとある神社。
この境内を借りて、京都上層部が計画したアイドルオーディションは開催される。
暗い話題ばかり蔓延する京都の民衆は、その触れを聞いて我先にと見物に集まった。
アイドルという言葉は聞きなれないものであったが、癒しと安心を与えてくれると聞けば、昨今の事情から人々の興味を引くには充分であったのだ。その数、少なく見積もっても百は下るまい。
更に言うなら、候補者は全員冒険者。時には戦士としても戦ってくれるというのは想像に難くない。
夕暮れが過ぎ、日が落ちて間もない時刻。
特設舞台を照らす篝火の光を受けて、オーディションは開催された―――
●お約束
「一番、鷹村裕美(eb3936)さん! ちなみに順番はアミダクジで決められているので他意はありません!」
何故か進行役を任されている冒険者ギルド職員、西山一海。
彼がコールすると、鷹村はやや緊張した面持ちで舞台の上手から姿を現した。
観客からはどよめきが起き、若い女性の黄色い声が飛ぶ。
「きゃー、裕美お姉さまー!」
「転んでー!」
ずるっ!
「おかしいだろ!? 転んでって声援はおかしいだろ、おい!?」
舞台の中央にたどり着く前に、転ぶのではなくコケそうになる鷹村。
鷹村の転び癖はその名と共に非常に有名で、観客たちは鷹村のリアクションも含めて大喜びである。
好きで転んでいるわけでは勿論ないが、冒険者として一般にこういう認識をされているのはちょっとショックである。
が、気持ちを切り替えて舞台中央に移動し、静かに民族舞踊を舞い始める鷹村。
その舞は、優雅にして流麗。
男っぽい口調の鷹村からは想像できない風流さがそこにはあり、見る者全てに、ほう、と感嘆の息を吐かせる。
やがて舞い終わった鷹村は、恭しく礼をしてその舞を終え‥‥会場からは拍手喝采が鳴り響く。
「裕美ー、転べー(笑)」
「お前も来てたのかよっ! 転ぶかっての!」
観客に知り合いでも居たのか、ツッコミを入れてから舞台の下手に引っ込んでいく鷹村。しかし。
こけっ。
何もないところで自らの足につまづき、お約束どおりに綺麗にすっ転んだという―――
●れーざーびーむ
「二番、リスティア・レノン(eb9226)さん! と、そのお供さんたち!」
「水のウィザード、リスティア・レノンと申します。どうぞよしなに‥‥」
鷹村に続き、綺麗どころ二連続とあって会場のテンションも高い。
一部連れているゴーレムが気になる人々も居るようだが、巫女服姿の外国人が珍しいのか注目度は高い。
「えっと‥‥私、歌も踊りもできないです‥‥。特技ですか? ええっと‥‥あ、水溜りとお話できます(微笑)」
得意な物があまりないとのことだが、火霊やゴーレムに炎や破壊光線(!)で夜空に演出をさせ、歌うようだ。
『見つめて この 夜空の星 輝くの 照らす月はクレッセントムーン。
明けない夜はない 必ず陽は登る でも夜には夜の 美しさ 素晴らしさ あるって
あなたが呟くの 辛いばかりじゃない 頬を撫でてそして キスを‥‥
見つめて この 夜空の下 不安を抱いた 心の壁 壊して
見つめて この 私だけを 誓い合う 二人だけのエターナルラヴ―――』
歌唱力だけで言えば、リスティアより上手い者はごまんと居るだろう。
だが、一生懸命さだけは伝わったようだ。会場からは、暖かい拍手が送られたのであった―――
●アクティブ
「三番手は鹿角椛(ea6333)さん! ご実家からの他薦だそうですが、頑張っていただきましょう!」
月の着流し姿で登場した鹿角。本当は着流しの下は何も付けていなかったのだが、リハーサルの際に歌ってる間に胸が露出するからNGとかでさらしを巻かされたという話である。
恥じらいがないと言えばそれまでだが、悔し涙を流す男性陣もおろう(何)
「まぁ、成り行きで出演することになったが‥‥出た以上は全力を尽くさせて貰う。正直、舞台度胸ならここの誰にも負ける気はしない‥‥戦場だってどこだって駆け巡ってやるさ」
凛々しく言い切る鹿角に言葉に、おおー、とどよめきが起こる。
その男気(?)に、一気にファンが増えたことだろう。
一先ずの挨拶を終えた鹿角は、ライトニングアーマーを発動して電撃を身体に付加する。
うっすらと青白く輝く鹿角。そのまま歌に入った。
『暗いと言うなら灯を 点せ手探りでも 道がないならその足で 拓け心怯えずに
手が足りないのなら 仲間を集めて 孤立無援じゃないのさ 力を合わせりゃいい‥‥!
傷だらけでもいい 守り守る絆を抱いて 倒れない 倒させない 確かな想いを掲げて
未来信じること それから全てが始まるよ 誰だって 大切な何かのために生きてるそのことを思い出せ―――』
最後のシャウトを決め、指を高く天に掲げ‥‥ライトニングサンダーボルトを放つ鹿角。
その圧倒的アップテンポとテンションに、自分たちがよく知らない曲調の歌にも関わらず観客は大興奮する。
が。歌いきってポーズを決めていた鹿角の開いた胸元に、一匹の蛾が止まり‥‥電撃でバラバラになる。
丁度下を見ていてそれを目の当たりにした鹿角は‥‥
「や〜〜〜っ! 虫〜〜〜!!」
絶叫と共に、凄まじい速度で舞台袖に消えていったという―――
●スーパーお色気タイム
「えー、四番手と五番手は同時に登場です! セピア・オーレリィ(eb3797)さんと『あやの』さんでーす!」
最後に美味しいリアクションを残した鹿角に続いて登場したのは、セクシーメイドドレスに身を包んだセピアと、僧衣を大いに着崩して胸元を強調した僧侶、頴娃文乃(eb6553)である。
頴娃(えい)は自分の名字が読み難いと思い、芸名として『あやの』だけでいく気のようだ。
会場からは大きなお友達の『おぉー!』という悲しいサガ丸出しのどよめきと、『セピアお姉ちゃーん!』という子供たちの声がそこかしこから上がった。
これまた今までにない、『色気』が感じられる二人。随分個性的な参加者が集まったものだと感心してしまう。
「ところで、今日は随分大胆な衣装ねェ。依頼とかでご一緒したことはあるけど、別人みたいじゃない?」
「こ、これしかステージ栄えしそうな服持ってなくて(汗)。あくまで衣装よ、衣装」
「ふぅん? でも、セピアさんは子供に人気があっていいなァ。アタシなんて‥‥」
そう言いつつ、ふっと前かがみになって胸の谷間を強調するあやの。
その圧倒的ボリュームを目の当たりにすれば、男どもからまた歓声が上がるのは当然だった。
「こうだもんねェ(苦笑)」
「ほら、私は人助けをするのが仕事だから。迷子とか揉め事の収拾とか、さっきちょっと会場を回っただけよ」
「そういうマメなところがいいんじゃないかなァ? でも、せっかくだからアタシの真似とかしてみない?」
言いつつ、胸の間に自分の右腕を挟みこみ、口元に指を持ってくるあやの。
腕で持ち上げられた胸が、よりいっそう強調されてたゆんと揺れる。
ぎこちなく真似をしてみるセピア。彼女もまたスタイルには自信を持つだけのことはあり、大胆な衣装と相まって夢と希望が詰まっている(?)胸が大きく変形する。
その慣れない仕草がまたよいと言う者もあり‥‥あやののように様々なポーズや嬉しい動作を熟知しているのがよいと言う者もいる。
喋りに慣れているあやのがセピアをリードし、一通りのアピールを終え‥‥二人は舞台袖に戻る。
女性観客の、殺意のこもった視線を背中にちくちく受けながら、だが―――
●ざわ‥‥
「六番手はジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)さん‥‥なんですが‥‥」
歯切れの悪い西山一海の紹介に、観客はなんだろうと首を捻る。
が、その疑問はジラルティーデが登場した瞬間解消された。
鹿角と同じ月の着流し姿に、何故か大仏を背負った外国人が出てくれば、そりゃあ誰でも何事かと思う。
インパクトがあると言えばあるが、これは笑うべきところなのかいまいち図りかねる。
「コンニチハ。ワタシ、じらるてぃーで言いマス。じゃぱんのコト、イショケンメイ覚えまシタ」
片言の日本語でアピールするジラルティーデ。これはわざと、つまり演出の一環である。
本人曰く、『道化結構。民が見たいと願う姿を見せるのが英雄、アイドルというもの』とのことだが、笑いを取る予定が感心や同情を誘ってしまっているのはご愛嬌というしかない。
やがてジラルティーデは、ブロッケンシールドという盾の効果を使い、灰で自分そっくりの分身を四体作った。
それらは本体の後ろで、ダンスの振り付けのような行動を繰り返している。
「チームガブリエ。異国の空の下で、心を込めて歌いマス」
ちょっと素になりながらも歌い始める。
それは以外にも恋歌。そして、歌は片言ではないのが更に感心を呼ぶ。
『遠き故郷の 空の下には あの人の笑顔今もある風がそう伝える
交わした想い 今は昔と 感傷にも似た寂しさが心ざわつかせる
あの時願った永遠 嘘はないけど 過ちではなかったのかと ふと思うことある
あなたの流した涙が 今も目に焼きつき 瞳の奥輝く 誓った進み続けると これ以上あなたを悲しませないから―――』
そのあまりに本格的な失恋ソングに、観客は声援も忘れて聞き入ってしまう。
やがて巻き起こった拍手に、ジラルティーデは一礼をした後、高々と拳を突き上げて退場していく。
ウケはよかったが‥‥これは、アイドルっぽいのだろうか―――?
●天然
「そぉれでは七番手! 個人的には私だけのアイドルで居て欲しかった! 七番手は水葉さくら(ea5480)さぁーんっ!」
一海の紹介に、『何言ってんだボケー!』だの『引っ込めー!』といった野次が飛ぶ。
「推薦したのは私なんですから応援したっていいでしょーが!?」
馬鹿どもはさておき、ミニスカフリフリでいて胸元も少し開いた独特の衣装で水葉が登場すると、会場のボルテージは一気に上がる。
元々人気があったという水葉だけに、彼女目当てでやってきたという者も少なくないらしい。
「つ、ついに本番‥‥です。緊張しますけど、今日のためにたくさん練習してきました‥‥から‥‥。京都を明るくするために、がんばります(ぐっ)」
その愛らしい挨拶に、男は勿論女性陣からも『可愛いー!』という黄色い声が飛ぶ。
まだ慣れていないアイドルスマイルを浮かべる水葉に、一海の補足が付け加えられる。
「えー、ちなみに水葉さんは歌も踊りもからっきしだったそうなんですが、この日のために必死に練習してきたんだそうです。失敗しても野次とかご法度ですからねっていうかンなことしたら私が叩き出しますんで」
「え、えっと‥‥に、西山さん、そこまでしていただかなくても‥‥。作詞をしていただいただけで、充分‥‥です‥‥」
「そ、そうですか? では頑張っていただきましょう! 曲は『さくら便り』!」
『春の風が運んでくる出会いの中に 運命さえ感じさせる物語
鼓動速く 心昂ぶりざわつく あなたの呼ぶ声が私かき乱して少しずつ染めていく 恋に
風に舞う想い桜 この気持ち隠して 勇気出して伝えるわ「愛してます」自分で
見守って想い桜 小さなその一歩を さくら便り届きますか あなたの心―――』
確かに、歌も踊りも他の参加者に比べれば付け焼刃感が拭えない。
しかし、その一生懸命さと持ち前の愛らしさが、そのぎこちなさすら良さに変えてしまう。
「あ、ありがとうございまし‥‥きゃっ!?」
手を振りながら退場しようとした水葉が、鷹村よろしく何もないところで転ぶ。
ミニスカであれば、当然その中が衆目に晒される‥‥はずなのだが。
「がるるるるる!」
すっかり進行役を忘れた一海が、観客を威嚇しながら水葉を隠し立ちはだかるのであった―――
●ダークホース
「えー、こほん。失礼しました。八番手は、風間楓(かざま かえで)さん!」
一海のコールに、観客は一様に『誰だ?』というリアクションをする。
参加者は冒険者と聞いてはいるが、そんな冒険者は聞いたことがない。
そして舞台の上手から現れたのは、髪を青色リボンでツインテールに縛り、ゴスロリ風で丈が短い改造着物を身に着けた見慣れない少女であった。
特徴的なものはないが、可愛らしい装飾品で飾られた美少女である。一度見たらそうそう忘れないはずだ。
しかし、見たことがない者が多いのも当然。彼女は、月詠葵(ea0020)が禁断の指輪で変身した姿だからである。
新撰組の現状などを考えれば、実名で出るわけにもいかず。謎のアイドルとして正体を明かさずにいくらしい。
元々少女と見まごうばかりの月詠が女性化すれば、あっという間にファンが出来るのは当たり前。
「お前もメロメロにしてやろうか♪」
声援を送ってくれる観客に手を振って応えつつ、風間楓は歌に入った。
『平穏な京の 人の往来が好き 挨拶をするだけで ぽかぽか気分
お気に入りいっぱい 素敵なこの街を 明るく照らし出す 風間楓♪
悲しいことがあっても 涙は御法度 強がりだって構わない 笑って生きたい キュピン☆』
風間楓が歌の途中で決めポーズを取った瞬間、突然馬の嘶きが響き渡る。
会場も何事かと騒然となり‥‥悠々と、一人の男が馬に乗ったまま舞台袖から現れる。
颯爽と馬から降りたのはアラン・ハリファックス(ea4295)。参加者の一人である。
「ちょっ!? 九番手のアランさん、出番はまだですよ!」
「見つけたぞ、風間楓! 我が好敵手!」
アランは一海をきっぱり無視し、風間楓と対峙する。
これが演出であることは後で知ることになったが、随分なサプライズである。
「アランさん!? いえ‥‥あなたの本性は!」
「ふっ。とおっ!」
マジッククリスタルで魔法の爆発を起こし、それに紛れて禁断の指輪を使う。
ようやくアランが着流しにさらしという格好で出てきた意図が掴めたというものである。
「ある時は冒険者、ある時は某家家臣。だが今この瞬間は、『ジョゼフィーヌ・アラン』こそ真の姿! さぁ、私の槍についてこれて!?」
ポニーテールのクールビューティーというのも珍しいが、二人は突如武器を構え演舞を始める。
虎徹と修羅の槍がぶつかり、戦う美しさを観客に見せ付ける。
「降参した方がよくなくって!?」
「あ、秀吉公」
「何!?」
「隙ありなの!」
月詠の刀が閃き、アランのさらしを切り裂く。
胸が露出することだけは防いだアランだったが、以外にも真っ赤になって退散する。
「お、覚えてなさいよ〜!」
歌にパフォーマンスに笑い。二人のエンターテインメントは観客を大いに沸かせたのであった―――
●結果
アイドルに認められたのは月詠、鹿角、水葉、頴娃の四人。
全員合格にしてもおかしくない個性派揃いだったが、そういうわけにもいかない。
この京都に、少しでも光明を―――