守るべきもの

■ショートシナリオ


担当:西川一純

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月25日〜10月30日

リプレイ公開日:2009年10月31日

●オープニング

世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――

「こんにちはー。一海お兄ちゃん、いますですか?」
「おや、葵くんじゃないですか。今日はどんな依頼をお探しで?」
「ううん、今日は探しに来たんじゃなくて、お願いしに来たの。依頼、出していただけますですか?」
「勿論ですとも。いつもご指名ありがとうございます♪」
 ある日の冒険者ギルド。
 職員の西山一海を訪ねてきたのは、月詠葵(ea0020)という少年冒険者である。
 職員に直接依頼を頼めるようになってから、もう何度も一海に話を持ってきてくれる常連さんである。
 まぁ、そうでなくとも二人は知り合ってからかなり長いのだが。
「それで、今回はどんなご依頼で?」
「はい。新撰組に因る治安維持活動なのです」
「‥‥え」
 月詠が真面目な顔で言ったその言葉を聞き、一海は少しばかり表情を曇らせた。
 想像しなくはなかったが、できれば外れて欲しい予想だったのだが‥‥。
「えっと‥‥言うまでもないとは思いますけど、今の新撰組は近藤派が京都から去り、京都上層部からも一般市民からもあまり良い感情を持たれていません。あ、勿論、京都に残った方々が頑張ってくれているということは知ってます。それでも、現状はかなり厳しいですよ? それでも‥‥やりますか?」
「‥‥はい。ここに残った組長さんたちは、守るべきものが京都であり、神皇様であり、ここに住む人たちであると思ったから東に行かなかったんだと信じています。それに、神皇親征で各方面からの軍勢集結や頻発する要人暗殺未遂、また源徳側八王子に与力する冒険者が御所に侵入するなどなど治安の悪化が著しいのも確か。それを少しでも食い止め、防ぎたいんです!」
 分裂した新撰組は、その力も名声も大きく低下した。
 七番隊組長、谷三十郎のように『京都こそが守るべき場所だ』と公言している者が少ないのも影響しているだろう。
 新撰組だけが京都の警察機構ではないが、月詠が言うように治安の悪化は前々から囁かれている‥‥。
「‥‥辛い思いをするかもしれませんよ? 心無い言葉を浴びせられるかもしれません」
「構いません。それはボク一人だけじゃない‥‥新撰組のみんなに浴びせられる言葉です。そして、もうそんなことを言わせないようにするために、新たな新撰組の一歩を踏み出すのです!」
「‥‥分かりました。では谷さんにも連絡しておきますね。募集人員に何か特記事項はありますか?」
「ありません。参加者の所属勢力は問題にしませんです。悲しい話、今の新撰組を探ろうと言う組織も無いでしょうから‥‥」
 苦笑いする月詠。だが、少年の顔には悔しさと悲しさが入り混じった複雑な表情が浮かんでいる。
 守るべきもの。守りたいもの。
 葛藤の末に分裂してしまった新撰組を救うには、第三者の協力が必要なのかもしれない―――

●今回の参加者

 ea0020 月詠 葵(21歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1645 将門 雅(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb2483 南雲 紫(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●華の京都で
「ん‥‥何やら賑やかですね。今日は何かお祭りでもありましたっけ?」
 夕闇に包まれた京都、左京の一角。
 依頼参加者の雨宮零(ea9527)は、多数の篝火が焚かれ聞きなれない軽快な音楽が発信される場所を発見した。
 神社のようだが、日も暮れたと言うのにかなりの人が集まっている。そんな気配だ。
 境内に入るまでもなく響いてくる歓声。かなりの有名人でも来ているのだろうか?
「うみゅ‥‥今日は、巷で噂のアイドルさんたちの公演がある日なの。多分それですね」
 同じ方向を見て、今回の依頼人でもある月詠葵(ea0020)が答えた。
 しかし、その表情は微妙に残念そうなニュアンスが混じっている。
「あぁ、なるほどね。随分人気みたいだけど‥‥葵も興味あるの? ちょっと意外だわ」
「え!? あ、あはは‥‥そうですね、ボクも嫌いじゃないですよ。でも、今日は遊んでいられませんです!」
 南雲紫(eb2483)が優しく笑いながらからかうと、月詠は苦笑いしながら手を振った。
 実のところ、月詠は正体を隠してアイドル活動もしていたりする。
 今日のライブにも勿論参加要請は来たが、月詠にはアイドルよりも優先させるべきことがあった。それだけのことだ。
「さぁ、それでは参りましょう。アイドル観賞はまたの機会にしましょうね」
「あーあ、金取ったら儲かりそうなんやけどなぁ。あれ無償でやっとるんやろ? もったいないわぁ」
 明王院未楡(eb2404)は、後ろ髪を引かれている将門雅(eb1645)をやんわり諭しながら先を急がせる。
 そんな中、まるで興味が無い様子の谷三十郎は、一行より数メートル離れてぼーっとしていた。
「みゅ? 谷組長は興味ないのですか?」
「むーん? いや、これっぱかしも無いなぁ。嫌いとも言わんけど、そもそも興味ないわー」
「ふふ‥‥谷さんには心に決めた人がいるんだものね? 好きよ、そういう一途なの」
「にゃは。あんま年上をからかうもんやないでー?」
 月詠や南雲の言葉に、谷はいつものようにのらりくらりと本心を見せない。
 それでも、非常に苦しい立場に陥った新撰組にあって京都とそこに住む人々を守ると公言する人物だ。
 今回も月詠から相談を受け、喜んで協力をしてくれたわけだが‥‥。
「‥‥なぁ、谷はん。ホンマに京都の新撰組のまとめ役、やってくれへんのん?」
 将門は歯痒そうに谷に問う。
 彼女は京都の新撰組にはまとめ役が必要だと主張し、それに谷が相応しいのではないかと進言した。
 しかし谷は『がらやないなぁ。俺、歳喰うてるだけやて』とカラカラ笑い、きっぱりと拒否したのだ。
 どう説得しても頑として意見を曲げない以上、何かしらのこだわりがあるのだろう。そう悟った冒険者たちは、当初の予定である京都内の見回りに出ることにしたのだった。
「俺は無理やて。一番隊組長代理さんでもえぇやん? どっちか言うと七番隊組長だけでも分不相応や」
「でも谷さん、年齢は経験として確かな力にもなります。京都の平和を願うなら、新撰組の建て直しのためにも代表就任は決して悪い選択肢ではないと思いますよ?」
 明王院は説得をすでに半ば諦めている。それでも、かすかな希望にすがり谷の気が変わるのを期待している。
 それを敏感に感じ取ったからこそ、谷はため息を吐いて言った。そのかすかな希望を打ち砕くために。
「‥‥悪いんやけど、答えは変わらんよ。俺はケチな男でなぁ‥‥まとめ役なんて請け負うて責任引っかぶるの嫌やねん。ただでさえ危ない今の新撰組の頭やなんて、いつ腹切れ言われてもおかしない。京都は守る。人々も守る。でも俺は俺自身も守らんとあかんねや。‥‥好きな女と交わした、約束のために」
 そう言われてしまうと最早何も言えない。
 重い沈黙に包まれてしまったこの場に、華やかなアイドルたちの歌と曲だけが聞こえてくる。
 その沈黙を破るように伸びをした谷は、悪びれもせず言う。
「ほな行こか。せっかくみんなが楽しんどるんや‥‥お客さんの相手は他所でやろ」
 その言葉に他のメンバーも気を引き締めた。
 先ほどからこちらを窺う視線は感じていたが、その気配がじわじわと近づいてきているのだ。
 名だたる冒険者である彼らは、過去何度となく同じような視線を受けたことがある。そしてそれは須く良いものであった例はないし、良い結果を生んでいない。
「‥‥わかりました。行きましょう」
 雨宮の言葉に、一行はライブ会場である神社を離れ、人気の少ない方へと足を向けたのであった―――

●狼の行方
「‥‥そろそろ出てきたら? まさか気付かれてないと思ってるなんてことはないでしょうね?」
 月明かりと提灯の火だけが便りとなる人気の無い道。
 通りから曲がってやや進んだところで、南雲は振り返って気配にそう言い放つ。
 ずっと追って来ていた三つほどの気配は、その言葉に隠密行動を止め堂々と近づいてくる。
 明王院が掲げた提灯に照らし出されたのは、三人の屈強そうな武士の姿。
 それは非常に洗練された気配を持っており、チンピラやごろつきの類でないことはすぐに分かった。
「我らは御陵衛士である。そちらは新撰組で間違いは無いか」
 リーダー格と思われる口髭を生やした中年の男は、無機質に質問を叩きつける。
 谷が提供した誠の字入りの旗に、浅黄色でだんだら模様の羽織。格好だけ見れば見間違えようはない。
「‥‥その通りです。ボクは三番隊隊士、月詠葵」
「私は九番隊所属、明王院未楡です」
「俺は七番隊組長の谷三十郎や。覚えんでえぇよ」
「‥‥僕たちは新撰組じゃありません。ただ、葵君の『京都のために何かしたい』という気持ちに感銘を受けただけです」
「私もよ。友人のためのちょっとした手助け」
「うちも同義。そいで? 隆盛の御陵衛士さんたちが何の用やねん」
 月詠たちは警戒を解かずに答えて行く。
 別に御陵衛士と喧嘩をしたいわけではない。というかむしろしたくない。
 しかし、相手が放つある種のプレッシャーを敏感に感じ取ってしまったため、迂闊に気を緩められないのだ。
 相手はこちらに少なからぬ害意がある。それが穏やかになのかそうでないのかは別として。
「京を守る御陵衛士として忠告させてもらう。今後、このような示威行動は遠慮してもらおう」
「示威行動じゃありません! 京の治安維持のために‥‥!」
「その治安維持のために言っている。はっきり言って、今の新撰組は治安を乱す側に立っていることを自覚した方がいい。源徳が神皇様に背いた今、その子飼いの犬は迷惑な猛犬と変わらん」
「そんな言い方は‥‥! 私たちは、今まで必死に‥‥!」
「だからこそ我らが藤豊秀吉様のお口添えもあり、極刑を免れているのだろう? 本当ならばとっくに解体され、幹部どもが処刑されていておかしくないことを自覚せよ。それに、君たちに騒動を起こすつもりが無くとも君たち自身が火種となっていることは変わらない。覚えが無いとは言わせんぞ、谷三十郎」
 どうやって反論しようか頭を回転させていた月詠と明王院は、驚いて谷のほうを見やる。
 すると谷は、
「せやかて黙ってやられるわけにもいかんやろ。喧嘩売ってくる方が悪いんや」
「正論だ。確かに貴殿の行動は正当防衛であったと誰もが証言している。しかし、元を正せば君たち新撰組があのような裏切り行為を働いたからその名が地に落ち、復讐の機会などという名目を馬鹿どもに作ってしまったのだ。源徳を見限り、京都の守護者としてここに留まっていればこのようなことにはならなかったはずだ」
 それを言われてしまうとぐうの音も出ない。
 そもそも局長が源徳の下へはせ参じてしまったのでは、一部の者の暴走という弁解も出来ない。
 月詠と明王院はまだ未経験だったが、他の新撰組隊士は復讐とか粛清の名目で命を狙われることもあるという。
「それでも‥‥それでもボクたちは新撰組です! 京都に残った壬生の狼たちは、そういう扱いを受けることを分かった上で、それでも残ったんです! 京都の‥‥第二の故郷を、守るために!」
「理解できないな。自分たちは逆賊の一部ですと公言しながら街を練り歩くなど正気の沙汰ではない。君はまだ若いから理解できないかもしれないが、世の中と言うのは理想だけで渡っていけるほど甘くないのだぞ。大衆の新撰組に対する評価を知っているのか? 期待していたところを裏切られただけに信用は地の底だ」
「だからこそ‥‥!」
「その汚名返上のための行動が民を不安にさせていると言っているのだ。我々が何故君たちを追ってきたか分かるか?『新撰組がうろうろしていて安心できない』と相談を受けたからだ」
「っ‥‥!」
 守るべきはずの者たちから排除の対象にされた絶望感。
 アイドルで居る時とのあまりの扱いの差に、若い月詠の心が軋む。
「見たところ君たちの想いは本物だ。良い友人も持っている‥‥裏も打算もないと拙者は信じよう。しかしだ、君たちの行動が民の負担となるならそれは止めさせなければならない。分かってくれ」
「そんな‥‥ボクは‥‥ボクたちは‥‥!」
「‥‥月詠はん‥‥」
 将門は新撰組所属の兄を持っている身として、月詠を励ましてやりたかった。
 しかし、わざわざ江戸にまで出向いて近藤たちに京都の新撰組から書状を届けようとして、にべも無く追い返されてしまったことを思い出し‥‥励ましの言葉を引っ込めたのだ。
 近藤が何を思ってそういう行動に出たのかは分からない。ただ事実として、東西に分かれた新撰組は限りなく遠い‥‥。
「そこでどうだろう。我々御陵衛士に加わってみないか? その腕と心意気‥‥埋もれさせるには惜しい」
「おっと、新撰組の悪口はそこまでです。そんなもの、葵くんたちが受けるわけがないでしょう」
 黙って成り行きを見守っていた雨宮が、すっと割って入って断言する。
 その表情は、穏やかな微笑み。御陵衛士など眼中に無いという顔だ。
「ほう‥‥根無し草がよくも言う。花の名前で例えられることが多い君は、頭の中までお花畑なのかな?」
「そういう安い挑発は自分の品格を貶めるだけですよ。僕は新撰組じゃありませんが‥‥『義』とか『誠』を心に刻んでいる彼らは、新撰組であることに意味があるんです。壬生の狼でなくなってしまったら、彼らは彼らでなくなってしまう。引き抜きなんて侮辱以外の何物でもありませんよ」
「葵たちは京都を守れればいいんじゃないの。自分たちの信念を貫き通した上で守りたいのよ。新撰組でなくとも守れるなんて野暮な台詞はやめてね? それは刀を料理に使うのと一緒。そもそも用途が違うのよね」
「うちの兄貴も不器用な奴やねん。でも、誇りを持って最高に輝いてるあの姿‥‥否定はさせへん。もし『やっぱ俺、新撰組辞めるわ』とか言い出したらうちがしばいたる!」
 御陵衛士たちは、新撰組でない者たちからここまで熱く強く新撰組のことを聞かされるとは思っていなかった。
 確かに今までの新撰組の活躍は音に聞こえている。しかし、今はいつ崩壊してもおかしくない烏合の衆ではないのか。ネズミにすら見捨てられる沈みかけの船ではないのか‥‥!?
「‥‥ごめんなさい。言いだしっぺのボクがぐらついてちゃ駄目ですよね‥‥!」
 月詠の瞳に確かな意思と気合が戻ってくる。自分ですら忘れかけていた壬生の狼の心意気を、仲間が思い出させてくれた!
「‥‥隆盛だから入るとか、衰退したから辞めるとか‥‥新撰組はそういうものではないのですわ。誠の旗の下に死ぬ覚悟。新撰組として生き、運命を共にするその覚悟こそが壬生の狼たる所以ですから」
「悪・即・斬。要約するとこれや。邪魔なもんがあったらそれを斬り伏せて通る。逆境も冷笑も‥‥狼の前じゃ障害になんぞなるかい。俺らはなーんも変わらず京都を守り続けるだけや」
「だが、それではまるで手段が目的になってしまっている!」
「なんとでもどうぞなのです。西の新撰組はひたすら己が『誠』を貫きます。願わくば、それがあなたたちとぶつからないことを祈りますですよ」
「く‥‥! どんなに立場が悪くなってもか!? ならば、今後も見せてもらおう‥‥君たちがいつまでその『誠』とやらを貫けるかをな‥‥!」
『無論‥‥死ぬまで―――』
 冷たい秋の夜風が吹きぬけ、新撰組三人の髪を揺らす。
 提灯の灯りが無粋に思えるほどそれぞれの表情は月夜の晩に栄えていたという。
 壬生の狼、新撰組。傷だらけになりながらも、冒険者との絆を以ってなお立ち上がる―――