●リプレイ本文
●誘き出し
「なるほどね‥‥必ずしも韻を踏む必要はないんだな。私なんかノリでがーっと考えちゃうからさ、そういう音の響きみたいなのも考えなきゃいけないかなって思ってたんだけど」
「もちろん響きがいいに越したことはありませんけど、作詞はやっぱり本人の伝えたいことを優先した方がいいと思いますよ? ただ、あんまり曲調とかけ離れた詩だと困りますけど」
ある日の冒険者ギルド。
その日、職員の西山一海を訪ねていたのは巷で人気のアイドルの一人、鹿角椛(ea6333)であった。
ギルドの仕事をしている一海だが、鹿角の要請で同時に作詞のイロハのようなものを教えているようである。
これはあくまで鹿角の作戦の一つ。本人的には作詞も学べて一石二鳥だそうだが、歳の行ったベテランギルド職員からしてみればあまり面白い光景ではなかった。
ただでさえ一海は京都の何でも屋とあれこれ駄弁っているのに、噂のアイドルまでやってこられてはここが一体何の施設なのか分からなくなってきてしまう。
アイドルだけならまだしも、その親衛隊やファンたちまでもが少し離れたところで鹿角と一海のやりとりを見守っているのだから邪魔でしょうがない。
が、その中に一海の命を狙う輩が居るかもしれないということはベテラン職員も承知している。故に邪険に散れと追い出すわけにも行かず、辟易としているわけだ。
まぁ、若い職員の中にはアイドルが来た事ではしゃぐ者も多いが。
「あ、そういえば一海さ、例の件はどうなったんだ? おまえ、狙われてるらしいじゃないか」
「はい!? どうって‥‥その‥‥げふっ!?」
「動揺するなよ。堂々としててくれ」
ファンたちからは見えない角度で肘鉄を食らわせ、小声で指示を出す鹿角。何か考えがあるらしい。
「えっと‥‥まぁ、まだ解決はしてないんですけどね」
「なんだそうなのか。気をつけてくれよ、私はおまえの書く詩が気に入ってるんだからさ。勿論、おまえ自身も」
鹿角の発言に、ファンや親衛隊からざわめきが起こる。
一海は目で非難したが、鹿角は任せておけとアイコンタクトで返した。
「椛、あまり不用意な発言をするものではないね。君の言葉の影響力は君が思っているより大きいんだ」
一海の傍に控え、今まで黙っていたエレェナ・ヴルーベリ(ec4924)がふと口を挟む。
エレェナも一海を守ってくれる冒険者の一人だが、現在音楽界に新しい風を巻き起こしている(ということになっているらしい)一海の作詞や、京都で流行の楽曲を学びに来たという設定になっている。
「こんなの世間話の一旦だろうにさぁ」
「君にとってはな。どうだいファンの方々、今の発言は冗談だったとしてもあまり面白くなかっただろう?」
エレェナがファンの集団に声をかけると、明確に否定こそしないが『そりゃあまぁ』といった生返事が多数上がった。
ざわつくファンたちのリアクションを見て、鹿角は少し大げさにため息を吐いて見せた。
「わかった、わかったよ。軽々しい発言は控えるよ。でもさ、ファンのみんなももう少し心を広く持ってくれないかな? 私たちの活動に一海は必須なんだ。もし一海に対して不審な行動を取ってるやつがいたら教えてくれよな」
そう言った鹿角が、帰るために履物を履き始めたその時!
「危ない!」
エレェナの声が響き渡り、鹿角は全力で身体を捻って右側へ回避行動を取った。
その直後、一海の頭部があった辺りの後ろの壁に一枚の手裏剣が深々と突き刺さっていた。
それは鹿角を狙ったものではない。明らかに直線的に一海を狙っていたものだ。
エレェナが一海の襟首を引っ張らねば側頭部に手裏剣が突き刺さっていたことだろう。
「誰がやった!? 誰か犯人を見てないのか!?」
鹿角の言葉にもファンたちは首を振るだけ。エレェナに目で問うが、ファンたちの方向から投げつけられたのは確かなようだが確かな発射源は見えなかったようだ。
あまりに騒ぎが大きくなりすぎたために一海は今日はもう帰れと言われてしまい、早引けすることになってしまった。
下手をすれば一海は本当に死んでいた。依頼内容が大げさではなかったことを知り、戦慄する三人であった―――
●アイドルの聞き込み
「ふぅん、やっぱり結構恨まれてるんだ。アタシたちが聞いた限りじゃ命までは取られなさそうだったのにねェ」
「命まではっていうことは‥‥半殺しくらいまでですか?(汗)」
「いいえ、九割殺しくらいで勘弁してやろうとのことでした」
「それってほぼ死んでますよねぇ!? 死ぬ一歩手前ですよねぇ!?」
ギルドの裏口から帰宅の徒に就いた一海は、今日と公認モデルとして活躍している頴娃文乃(eb6553)と、その親戚でアイドルたちの護衛として参加している長寿院文淳(eb0711)と合流した。
『あやの』として浮世絵などのモデルで引っ張りだこの頴娃だけに、道ですれ違う人々がすぐに気付いて振り返る。
あやのと長寿院は忙しい間を縫い、今回のために聞き込みまでやってくれていたようだ。
「半分冗談としましても、やはり出しゃばり過ぎだという意見は多かったですね。世が世なら巨大な掲示板で袋叩きにされていたことは確実でしょう」
「掲示板で袋叩き‥‥?」
「深くツッコまないの。で? 反一海サン運動みたいなことしてる連中はいたの?」
「そりゃあもう。『自分が一海さんの代わりになって奴を辞めさせてやる!』と作詞の勉強を始める者や、『妄想内で一海を亡き者にする会』なども発足されている始末です」
「前半はまァ健全の範囲だけど、後半は恐ろしく虚しいねェ‥‥」
「ただ、襲撃を実行に移そうという者たちの話は聞いたことが無いんです。脅迫文にあった『ボクのアイドルに』という一文を鑑みると、犯人は声を潜めた単独犯である可能性が高いかと思います」
長寿院の話が本当だとすれば極めて厄介な相手が犯人と言うことになる。
もしかすると自分がアイドルのファンであると公言すらしていない可能性があり、それこそさっきすれ違った誰かが犯人であったかも知れないのだ。
冒険者、アイドル両方の立場にあっても、彼女らの傍に常に居る一海。
彼にも責任は大いにあるが、流石に刃傷沙汰は看過できない。それはさっき別れた鹿角たちも同じ意見だった。
やがて一海の自宅にたどり着いたあやのと長寿院は、一海が家の中に入ったことを確認し帰路に就く。
これも作戦の一環で、鹿角たち、あやのたちと少し大げさにべたべたすることで犯人を誘き出してみようというものである。
犯人がキレて迂闊な行動に出てくれれば話は早い。油断を誘うためにも、一旦は離れ離れになる必要があったのだ。
しかし、冒険者たちはある可能性について考えが及んでいなかった。それはある意味致命的とも言える。
が‥‥最悪の事態を回避する方法を取っていた人物が、たった一人―――
●危機の後先
「はぁ‥‥手裏剣ねぇ‥‥手裏剣ですよ? もし依頼がお流れになってたりしたら、本当に死んでたでしょうね‥‥」
深いため息をつき、一海はごろんと大の字になって床に身を投げ出した。
死を身近に感じ怯える心と、助けてもらえてよかったと思う気持ちがごっちゃになり、ため息という形で外に漏れる。
が、ふと天井を見た一海はぎょっとして身を硬くした。
そこには黒装束の忍者が器用に張り付いており、鈍く光る短刀を口に咥えていたのである。
その顔に見覚えは無い。しかし、鋭い眼光がプロであることを如実に物語っていた。
「なっ‥‥」
事態が飲み込めずそんな間抜けな言葉を発した一海に、天井から忍者が落ちてくる。
咥えていた短刀を素早く手に持ち直し、一撃で仕留めるべく正確に一海の心臓を狙う!
一般人の一海は、ここに来てまだ避けようと言う思考に辿りつかない。
次の瞬間には一海が死ぬ。そう確信した忍者に、横から思いも寄らない衝撃が加えられた。
誰かが飛び蹴りをくれたらしい。態勢を立て直して、素早く壁際に移動する。
そこで忍者が見たものは、島津影虎(ea3210)という同業の男の姿。
穏やかに笑いながらも、その力量はかなりのものであると推測できた。
「し、島津さん!? い、一体何がどうなって‥‥」
「いやはや、ぷらいばしーを諦めていていただいて正解でしたね。一人になった瞬間を狙われるのではと思ってはいましたが、まさか同業者が先回りをして潜んでいるとは」
冷静さを取り戻し始めた一海の頭で状況が整理されていく。
つまり、島津はギルドを出た一海を隠密行動をしながら見守っていてくれたわけだ。
しかし怪しい人物が近づいてきたら対処しようと思っていた島津も、流石に自宅に潜伏されているとは思って居なかったらしい。ついでに、犯人が忍者であったことも。
何にせよ、島津が居てくれなかったり、島津が気付くのがもう少し遅かったら一海は死んでいた。
「誰に雇われたかと聞くのは無粋ですし意味がありません。しかし、どうも相当に腕の立つお方のようですので、たかだか一アイドルファンに雇われるとは思えませんね。ということは‥‥」
島津の台詞を最後まで言わせず忍者が飛び掛ってくる。
一方、島津も一海を庇いながら必死に応戦する。
狭い室内で繰り広げられる疾走の術での素早い攻防に、一海はさっぱり付いていけない。
その時、とんとんと控えめに玄関をノックする音が聞こえた。その後、ゆっくりとした言葉が続く。
「あ、あの‥‥遅れました。どうかなさいました、か?」
聞き慣れた声。それはアイドルの一人、水葉さくら(ea5480)のそれである。
彼女も一海の護衛依頼に参加してくれていたが、握手会があるとかで少し遅れていたのだ。
たどり着いた途端に中から激しい物音が聞こえてきたので不審に思ったのだろう。
一海は島津のためにも援軍を呼びこもうと、『島津が入ってきた時に開けっ放しになっていた』玄関に走り寄る。
「っ! 一海殿、いけません! 本物の水葉殿なら‥‥!」
姿を見せないで会話するわけが無い。その台詞は、忍者に邪魔されて最後まで言うことができなかった。
焦っていた一海は、裸足で玄関から身を乗り出し‥‥刺された。
刺したのは、家の中で島津と格闘しているのと同じような黒装束を纏ったくの一。
まるで刺されたことが他人事であるかのように、一海は『声色だったのか。似てたなぁ』とか『あぁ、あの脅迫文はファンが犯人かのように見せかけるための物だったのか』などと考えつつ地面に倒れ伏した。
地面に広がっていく血溜まり。どうやら腹をかなり深く刺されたらしい。
「一海殿!」
島津はまだ助けに来られない。くの一は今のうちにと小太刀を振り上げ一海に止めを刺そうとする。
そこに、往来からライトニングサンダーボルトの閃光が閃き‥‥くの一を直撃した。
視線の先には、本物の水葉さくらが握手会の衣装のまま、肩で息をしながら立っている。
「一海、さま!」
更に、水葉の後ろから鹿角たちも予想より早くやってくるのが見えた。そうなれば状況は限りなく不利になる。
そう判断したくの一は家の中の忍者に合図を送り、共に微塵隠れの連続使用で素早く撤退してしまった。
後に残されたのは、血を流し続ける一海と集まりつつある冒険者だけ。
危機は去ったとは言い難い。一海の命の火は、今も消えようとしている―――
●思いの丈を
「一海様! あ‥‥こ、こんなに血が‥‥!」
水葉に膝枕をしてもらいながら、一海は何故か穏やかな気分でいた。
流れ続ける血。抜けていく力。薄れゆく意識。そんな中にあって、水葉の体温だけで彼は救われている。
「あ、あの‥‥誰か、薬を‥‥! 回復魔法、は‥‥!」
だが、島津も鹿角もエレェナも首を振るだけ。水葉はそれを手遅れであるのだと解釈した。
こんな事態は熟練の冒険者である水葉なら何度も出くわしてきたはずだ。しかし、どうしてか頭が混乱して自分が何をすべきなのかすら決められない。
危機に瀕しているのが長年の知り合いだから? それとも‥‥一海だから‥‥?
「水葉さん‥‥いえ‥‥さくら、さん‥‥」
「は、はい? 何ですか、一海様‥‥!」
「こんな時‥‥何ですけど‥‥。いや‥‥はは、こんな時だからこそ、なのか‥‥ごふっ!」
「お願い、です‥‥喋らないで‥‥!」
「聞いて、ください‥‥。私‥‥勇気が出せなくて‥‥結局、言ってなかったから‥‥。直接‥‥聞いて、欲しくて‥‥」
天然過ぎるのも罪だと誰かが言っていた。
色恋沙汰に疎いのか、水葉は一海のアプローチにことごとく気付かなかった。はぐらかしているわけでもなく純粋に。
だから、今回の件でも分からなかった。一海が何故狙われたのか。
だからこそ水葉は黙って聞く。一海の素直な気持ちを、真正面から。
「ずっと‥‥ずっと好きでした‥‥。江戸にいた頃から、ずっと‥‥。さくらさんが、オーストラリアに行ってしまって‥‥もう会えないかと思って‥‥でも、また会えて‥‥。けど、さくらさんには‥‥好きな人が、できていた‥‥みたいで‥‥」
水葉の瞳から、自然と涙が零れ落ちる。それは膝枕をしている一海の頬を濡らし、口元から流れる血を滲ませた。
何故泣くのかは分からない。しかし胸がきゅんと締め付けられるのだけは確かだ。
「それでも‥‥今でも好きなんです‥‥。愛して、いるんです‥‥。さくらさん‥‥私の想いに‥‥答えを、ください‥‥」
今にも消えてしまいそうな声で呟く一海。
水葉は涙をぽろぽろ零しながらも即答できないでいた。
一海が嫌いなわけではない。でも、自分が一海に対して持っている感情が恋や愛なのか判断が付かない。
死ぬ間際に優しい嘘をという思考には至れない。これもまた天然故の残酷さか。
「あ、あの‥‥私、は‥‥!」
涙を堪え‥‥意を決して、水葉が何かを言おうとしたその時。
じゃばー。ぴろりろりーん。
そんな間抜けな擬音が似合いそうなコミカルさで、ヒーリングポーション→リカバーのコンボで一海の傷が回復する。
呆然とした顔で一海と水葉が顔を上げると、壷を片手に持った長寿院とあやのが生暖かい目で二人を見下ろしていた。
その後ろでは鹿角がニヤついており、島津が後ろ向きでくっくと笑っている。
「どうも。テレパシーであやのさんたちと連絡を密にしていてね」
「二人の世界に入る前に、アタシという僧侶が居るのを忘れてもらっちゃ困るわねェ」
一海を守るために集まってくれた冒険者は、人一人を守れないほど甘くは無かったというわけだ。
ばつの悪い空気に包まれながらも、一海は立ち上がって水葉に言う。
「あ、あの‥‥さっきの言葉、嘘じゃありませんから。お返事‥‥また今度でいいので、聞かせてください‥‥!」
かくして、冒険者の活躍により一海は守られた。
しかし、謎の忍者の正体は不明のまま。
そして‥‥一海の想いの行く末や如何に―――