●リプレイ本文
●招待
丹波藩中央部に位置する東雲城。かつては丹波藩の中枢であったこの城は、現在イザナミの居城となっている。
本来そこにたどり着くには数多くの不死者と八雷神たちを突破しなければならないのだが、今日、謁見の間に揃った冒険者たちは一度たりとて戦闘をしていない。
丹波に入った途端、八雷神の火雷が現れて案内役であると言い放ち、無言のまま城まで案内したのだ。
城下町に溢れる不死者たちも冒険者には一切手を出さず、一行は拍子抜けするほどあっさりと謁見の間に通された。
しばらく待機していると、八雷神のうち大雷を除く五名と黄泉人たちが10名ほど入室し、広い謁見の間を隅々まで監視するように配置についた。
そして廊下からイザナミが静かに現れ、上座に座る。その表情は曇っており、愁いを帯びた美女にしか見えない。
実際のところイザナミは美しいが、彼女が人の姿をしているということは誰かの生気が吸われたということでもある。
「‥‥よく参った。遠路遥々御苦労である」
続けて何か言おうとしたが、イザナミはため息を一つ吐いて軽く首を振った。
少なくとも戦う意思はないように見えるが‥‥?
「と言うわけで来てやったぞ。子供自慢か? それとも絶望披露か?」
「アホかお前はっ!? いくらなんだってその態度は無いだろ!?」
「此処まで来たらなるようにしかならんだろーが」
「だからってなぁ‥‥!」
「よい。そやつの無礼は慣れておる。それに、今はそんな瑣末を囚われる余地は無いのじゃ」
のっけから飛ばしている鷲尾天斗(ea2445)の発言に、鷹村裕美(eb3936)が神速でツッコむ。
口論に発展しそうだったのを見て、イザナミは呆れたように呟いた。
「お初にお目にかかります。戦女神フィロス・アテネの神聖騎士セシリア・ティレット(eb4721)です。無礼に目を瞑っていただけるほどの大事がおあり‥‥という解釈でよろしいでしょうか?」
「そういうことなんでしょうねぇ。ほら、八雷神の皆さんからすらツッコミが入らなかったもの」
「確かに。土雷辺りはいの一番に怒りそうなものだが、まるで借りてきた猫じゃないか」
セシリアの言葉にヴェニー・ブリッド(eb5868)と琥龍蒼羅(ea1442)が状況整理のため発言した。
見れば土雷も槍を手にしてはいるが、胡坐を組んで床を見つめるだけ。
その様子が不審で、一行は戦闘の恐れはないと確信しつつも妙な引っ掛かりを覚えた。
「どうしたの? イザナミ様大好きっ子のあなたがだんまりなんて珍しいじゃない。私たちの装備にすらケチをつけられると思ってたんだけれどね」
「御招待いただいたのに完全武装は非礼であると存じております。しかし、我らも子供の使いではありませぬでな」
冗談めかして言った南雲紫(eb2483)にも、生真面目に説明した結城友矩(ea2046)にも無反応。
正確には何か言ってやりたいが躊躇している感じか。
「別にどのような格好であろうと構わぬ。呼んだのは我であるからの。まだるっこしいことは止めにして本題に入ろうぞ」
「それはやはり、お子様のこと‥‥ですか?」
神妙な面持ちで呟いた雨宮零(ea9527)。その横には、愛する人からもらった大切な刀が置かれている。
愛を知るものからすれば、子供という存在は重い。それが神の子であろうとも等しく。
雨宮の視線を真っ向から見返すイザナミは疲れた様子で、いかにもと言葉少なげに返した。
「では改めまして‥‥この度のご出産、おめでとうございます」
琉瑞香(ec3981)が恭しく礼をするのを見て、イザナミはまた首を振る。
その表情には苦悩や疲れしかない。怒りも見下しもなく、今まで誰も見たことの無いイザナミの表情だった。
「止めよ。そういう気分ではない」
「ではどういう御用向きで私たちをお呼びになったのですか? わざわざ冒険者をと御指定までなされて」
「それは‥‥」
本題に入ろうと言ったイザナミ自身が煮え切らない態度を見せるので、御神楽澄華(ea6526)はズバッと先を促し、自分たちを呼んだ理由を言わせようとする。
冒険者たちの中にイザナミに聞きたいことがある者がちらほら居るようで、まずは向こうの用向きを終わらせなければ足元を見られると考えてのことである。
それをイザナミは非難されていると受け取ったらしい。だが怒るでもなく、逆に口ごもって扇子で口元を隠した。
しばらく考えた後、イザナミは意を決したように扇子を閉じ‥‥
「‥‥正直に言おう。我は難儀しておる。悩んでいると言ってもよい。無論、子についてじゃ」
「んなこたぁー見てりゃ分かる。そうじゃなくて具体的にどう悩んでるんだ?」
「だから‥‥! えぇい、もういい! とりあえずどうしたいのか教えてもらえないか?」
「‥‥直接見た方が早かろう。土雷」
「は、はい!」
名を呼ばれた土雷は、慌てて立ち上がって別室へ去っていく。
それが子供を連れに行ったであろうことは誰にも明らかだったが、何故土雷だったのか疑問も湧いた。
イザナミに気に入られているからと言われればそれまでかも知れないが、座っていた場所的には折雷の方がよほど近い。
わざわざ謁見の間を横断させてまで指名したのに何か理由があるのだろうか?
そして、幾分もしないうちに土雷は戻ってきた。その時、冒険者たちが見たものは―――
●希望と絶望の意味
「な‥‥え? そ、それは‥‥まさか‥‥!?」
声に出さないまでも、大なり小なり冒険者は等しく御神楽と同じような思いでいたことだろう。
戻ってきた土雷は、その手に赤ん坊を抱いていたからである。
厚手の布に覆われた小さな体。薄い髪の毛とみずみずしい肌のその生物は、健やかに寝息を立てている。
何に見えるかと問われたら、百人中百人がこう答えるだろう。『人間だ』と。
「わぉ、可愛いじゃない! 超生物を見た後だから和むわぁ♪」
ヴェニーだけは好印象で以って新たな生命の息吹を祝福しているが、他の面々は頭が上手く纏まらない。
あれが本当にイザナミの子なのか? どこからかかどわかして来たのではないのか?
国産み、神産みと伝えられているイザナミが人間の子を生んだなどと、どんな冗談なのか。
「‥‥見ての通りよ。我自身、我が身に何が起こるのか見当がつかず‥‥産まれてみれば‥‥」
信じられないといった様子のイザナミ。それは冒険者も、イザナミの配下も全員同じだ。
「なるほど‥‥八雷神たちの様子がおかしかったのはこのためか。動揺が広がらないわけがない」
「失礼を承知で聞くんだけど‥‥あの子は本当に人間なの? 黄泉人とかじゃなく?」
「一切の混じり気無く人間じゃ」
「なるほど‥‥だから土雷殿に御用命を。黄泉人が抱いてうっかり生気を吸いましたなどということになれば、赤子にとっては命に関わりましょうからな」
琥龍、南雲、結城と、なるべく自分の心を落ち着けさせながら言葉を紡ぐ。
骸骨武者である土雷と火雷は生気吸収の能力は無い。鳴雷も無いが、性格が性格なので預けられない。
そういう意味では、一番悔しい思いをしているのは折雷か。
「えっと‥‥これは聞いていいのかな? 子供が生まれたってことは、やっぱり父親とかがいると思うんだが‥‥」
「おらぬ」
「即答かっ!」
「我は復活してから今までそのような行為に及んだことは一度たりとて無い。いくら常時人間の姿でいると言ってもやや子など出来るはずがないのじゃ」
「では、その子が宿った理由が知りたいから僕たちを呼んだのですか?」
「それもある。それもあるが‥‥」
鷹村、雨宮の質問にもイザナミの表情は変わらない。
また煮え切らない沈黙が広がってきたところを、セシリアが挙手した。
「これは根拠の無い勘と言うか、想像なのですが‥‥イザナミ様は常時そのお姿で居るために、数多くの人々の生気を吸ってこられたはず。その為、人間という存在自体がそのお身体に記憶され、新たな神として人間が生まれたのではないかと」
「‥‥笑いはせぬ。事実として我は人間の子を産んだ。それ自体が常軌を逸しているのじゃ‥‥どんなに突拍子の無い可能性であろうと否定は出来ぬ」
「‥‥僕は、あなたの子がどんな存在であろうと驚かないつもりでいました。でも、この事実は驚かずにいられないくらいに重い。だからこそ聞きたいです。あの子に‥‥愛情はおありですか‥‥?」
雨宮は、イザナミの傍に座っている土雷が抱いている赤ん坊を見ながら言った。
イザナミ自身もおいそれと子供に触れられない。結城ではないが、うっかり生気を吸いましたでは洒落にならない。
またしても真っ直ぐな瞳をする雨宮を見て、イザナミはため息混じりに言った。
「‥‥子が可愛くない親などおるものか。そのような者があるならばそれは悪鬼羅刹にも劣ろうぞ」
「‥‥充分です。なら僕は、あなた方とは戦いたくない‥‥」
「悪いが、俺は人として戦い続ける。国の為、道のためにな。契約だの憑依だのと面倒な事は抜きにしてな。まぁ、そっちが矛を収めるっていうんなら話は別だが」
「物騒な話は置いておくとしましても、これで合点はいきました。このようなお話とあれば京都の上役などではろくな会談にならなかったでしょう。変に足元を見られそうな気がいたします」
鷲尾と琉は、暗に『自分たち経由なら穏便に話が進められるのではないか』と言っている。
別にイザナミは人間の子を産んだから人間と仲良くしようと思っているわけではない。しかし、その子が黄泉人と人間の架け橋になってくれるかもしれないという淡い期待を抱くのは罪だろうか?
イザナミは迷っている。今まで自分がしてきたことを思えば、急に和平をと言うのも見苦しい。
かといってこのまま戦渦を広げれば、我が子と同じ生物を殺戮していくことになる。
どうすればいいかわからない。何が正解なのかわからない。だからこそ、自由な発想を持つ冒険者の話を聞きたかった。
「天使の寝顔って本当ねぇ。あ、このでんでん太鼓、この子が起きたら使ってあげて?」
すっかりイザナミの子にご執心のヴェニーが、買ってきた玩具を土雷の傍に置いた‥‥その時。
「どうしてですか‥‥」
ぽつり、と御神楽が呟いた。
先ほどからずっと俯き、黙っていたのを全員が知っていたからこそ、小声であったにも拘らず注目された。
その手はぎゅっと握られており、かすかに震えている。
「どうしてですか‥‥! 何故あなたの子供が人間なのですか!?」
「ちょっと、澄華‥‥」
「言わせてください! イザナミは人の世を脅かし、丹波を飲み込んだ敵! ならばその子は、例え何も知らず何にも染まらず生まれでても、やはり敵かと‥‥そう、覚悟していたのに‥‥!」
御神楽の激情は止まらない。事を荒立てる気は無いが、言っておかないと気が済まないのだ。
産まれて来たのが黄泉人であるとか、新たな神であるとか、異形の生物であったならばこうまで激昂することは無かっただろう。しかし、よりによって人間。自分と同じ‥‥自分たちが守ろうとしているものと同じとは。
仮説とはいえ、多くの人々の犠牲の下に産まれたかも知れないその命を前に‥‥その子に本当に罪が無いのか分からなくなってくる。心を壊しながら戦ってきた意味が崩れてしまう。
「ただ生きる人と、生まれくる人々の為に、私は戦ってきた筈、なのに‥‥!」
「澄華‥‥落ち着いて。ね?」
南雲の胸に顔をうずめながら、御神楽は歯を食いしばって嗚咽を噛み殺す。
そんな御神楽の頭を撫でながらだからこそ、南雲は結論に達した。
マンモンが言っていた極上の希望と絶望とはこういうことか。
人間だからこそ赦せるかもしれない希望。人間だからこそ赦せない絶望。
あまりに残酷な選択肢は、冒険者や京都の上役どころか日本に住む全ての者に突きつけられたのだ。
とりあえず一朝一夕で答えの出る問題ではない。イザナミも御神楽の言葉に思うことがあったらしく、会談がお開きになる際も神妙な面持ちで火雷に丁重に送る様にと命じていた。
「お暇する前に拙者にも質問の機会をいただきとうございます」
「よかろう。申してみよ」
「一つは復活したスサノオの行方をお教え願いたい。詳しくは省きまするが、大悪魔マンモンという者がその封印を解き‥‥」
「ほう、スサノオとは懐かしい。奴も不死者として蘇えっておったとはの。我に顔でも見せにくるのかえ?」
「‥‥? 話せるのですか、スサノオは」
「当たり前であろう。倭国大乱の際は敵ながら見事な戦いぶりであった。最終的に天津神どもに敗れはしたがのう。一度語り合ってみたいとは思っていたが、とうとう機会には恵まれなんだ」
「その時に破壊され封印されたと?」
「破壊とはまるで物の様な言い方をする。死んだのは確かじゃが」
「???」
かみ合わない会話。結城の頭には疑問符が浮かびっぱなしである。
マンモンの言葉を信じるならば、スサノオとはウィンディ・ドラゴン・ボーン・ゴーレムというものらしい。なのにイザナミはまるで知性ある生物のような言い方をするから混乱してしまう。
「兎に角、我はスサノオの所在は知らぬ。もし来たのであれば、機会があれば話してやろうぞ」
「で、ではせめてスサノオの弱点などをお教えいただけると助かりまする」
「弱点な‥‥辛いものが苦手じゃと風の噂で聞いたことがあったが、何分敵方の話じゃからのう‥‥」
「か、辛いものでござるか」
誤魔化されている様子は無い。それ故に無理にツッコむだけ無駄と判断した結城は、次の質問に移った。
「もう一つ。拙者、那須の馬頭寺にある要石の地下に広がる迷宮にて、貴方と貴方の元御夫君のお声を聞いたでござる。そう、有名な黄泉比良坂での別れの件でござる」
ピシッ!
そんな擬音が聞こえそうなくらい、一瞬で空気が凝固した。
比較的穏やかに話していたイザナミの雰囲気が一変し、静かな怒りと敵意を結城に向けている。それは他の黄泉人や八雷神も同じであるが、無理からぬことだ。
イザナミにとってその話題は禁句だ。神話が事実であろうとなかろうと愛する人との別れ際などペラペラ他人に喋るものではないし、後のイザナミの行動に大きく影響を与えた一件であることは想像に難くない。
いくら直接聞くほうが早いとはいえ、迂闊に口にする話題ではない‥‥!
「馬鹿なことを。俺が代わりに謝罪する。許してやって欲しい」
「‥‥さっさと失せよ。この空気はこの子に毒じゃ」
「琥龍殿、しかし‥‥!」
「デリカシーが無さ過ぎます。ついでで聞くようなことではないでしょう?」
セシリアに背中を押され、一行は東雲城を無事に後にした。
そういえば、ヴェニーがイザナミに個人インタビュゥをするとかでしばし遅れたが‥‥それはまた別の場所で語られることだろう―――