●リプレイ本文
●激昂の意味
「‥‥あら皆さんお揃いで。一体何のご用かしら?」
丹波藩西部に位置するとある砦。
そこから一里ほど離れた小川にて、冒険者四人は一頭の馬と邂逅した。
だがそれは馬と言うにはあまりに異様。その身は漆黒の炎に包まれ、四人に人語で言葉をかけたのだから。
丹波で活動する地獄の悪魔。カミーユ・ギンサことガミュギン。
今まで冒険者の邪魔をしたり、時には協力したりと中々真意を見せない曲者である。
「よう。おまえが大暴れしてるって聞いてさ‥‥って、白々しいか」
「単刀直入にお願いしますです! ボクたちに少し時間をください!」
冒険者は今回、カミーユと契約、もしくは仮契約している四人が先行し説得に当たる手はずになっている。
鷹村裕美(eb3936)も月詠葵(ea0020)も仮契約をしている身。確かに怒り狂っている(?)カミーユと少しでも話をするなら彼女ら以外には有り得ないだろう。
猛るカミーユを前にしても鷹村たちは退かない。かと言って敵対しようともしていない。
「カミーユ、お願い。話を聞いて頂戴。それだけじゃなくあなたの話も聞きたいのよ」
「カミーユ嬢‥‥本音を言えば、私もまた絶対に認めないとイザナミに刃を向けたい気持ちはあることも事実です。だからこそ、今、イザナミに刃を向けんとする心に『丹波を救いたい』という純然たる願い・契り以外の感情が混ざっていることも、分かるつもりです」
南雲紫(eb2483)も仮契約組の一人だが、御神楽澄華(ea6526)に至っては本契約(これについては専門家から疑問視する声も多いが)している身。
今まで数々の場面を、敵または味方として過ごしてきた面々の言葉だからこそカミーユは足を止める。
本気を出した彼女なら四人を突破するのも決して難しいことではないのに‥‥だ。
「‥‥いいでしょう。別に急ぐわけでなし。契約者のお言葉は尊重しませんとね」
それで何が聞きたいのかと言い放つカミーユ。
相変わらず黒い炎を巻き起こしたままだが、しずかに佇んでいる。
「ありがとうな。じゃあ遠慮なく聞かせて貰うけどさ、なんでこんな真似してるんだよ。私はお前のこと、丹波を救う仲間だと思ってる。急にこんなことをし始めたのは上からの命令があったから‥‥なのか?」
「いいえ? これはあくまで個人的な判断ですわ」
「そんな。本気でイザナミを潰す気でいるなら余りに軽率よ、今回の行動は」
「何故ですの? 現にわたくしは一人で数多くの砦を落としてきましたわ。埴輪大魔神すら抜きでね」
「そういう問題ではなくて‥‥! イザナミとの和平の目がでたら、交渉次第では丹波を平和裏に取り戻せる可能性もあるのですよ!? 今の行動は和平の芽を摘んで、結果的に丹波の為にならない可能性だってあると思いますです!」
「‥‥皆さんまずそこを勘違いなされてますわね。嘆かわしいこと」
「和平は成立しないと‥‥そう断言できると言うことですか?」
「当たり前じゃありませんの。人と黄泉人、すなわちアンデッド。それが仲良く手を取り合おうなんて夢物語にしても夢を見すぎですわ。生者と死者の間には皆さんが思う以上の深い溝がありますのよ」
「おいおい随分だな‥‥。イザナミから聞いた話じゃ、仲良くやってた時期もあったって聞くぞ?」
「倭国大乱の時でしょう? でもそう長く続かないうちにその関係は瓦解した。人間の裏切りによって、ね」
「人は理解できないものや強大な力を持つものを恐れます‥‥。でも、それが今回も起きるとは限りませんです!」
「起きますわよ。人は平和という名の毒に浸かっていると腐りますから。まぁ、今でも充分京都の上層部は腐っていますけれど」
「また断言なの? じゃあ聞くけど、あなたはこのまま一人でイザナミと戦うの? 勝てる見込みがあるのかしら」
「いずれ戦いますわよ? 勝てるかどうかはさておき。まぁいざとなれば皆さんにお手伝いいただくかも知れません。今こうしなければ和平が成立しようと丹波は豪斬様の下に戻らない。直轄領になっても、別の藩主が来てもそれは『わたくしが守ると約束した丹波藩』ではなくなってしまいますから」
「‥‥違うでしょう、カミーユ嬢。それはあくまで上辺の理屈です。和平の見込みがないから実力行使というにはあまりに感情的。常時本気を出してまで戦うことこそがその証拠です」
「‥‥‥‥」
のほほんと答えていたカミーユに、御神楽は鋭い切り口で真意を問う。
確かに一人だけとはいえ、常に全力で戦わなければいけないほど各地の砦は堅固ではない。
不死者を操る能力を持つカミーユならば更に顕著なことである。
「あなたはイザナミの赤ん坊が許せない。‥‥わかりますよ。長い、付き合いですから」
「私もだからとは仰ってくださらないのね。まぁいいですわ。えぇそう、その通り。私はイザナミが人間の子を産んだなどという事実そのものが不愉快ですの。自然の摂理を無視しすぎですわ」
「いや、お前が言うか? 悪魔で不死者を操る能力持っておいてさ」
「わたくしは元からそういう存在ですもの。悪魔は悪魔、天使は天使、人間は人間。そして死者は死者。死体が出産なんて怪談にしかなりませんわ。それに考えてもご覧なさいな。皆さん、自分が誰かと契った覚えもなく子供ができ、しかも生まれたのが人間ではなかったなんてことになったら‥‥どう思います?」
「それは‥‥まぁ、怖いと言うかおぞましいと言うか‥‥」
「不死者が母体のみで出産、しかも異種族。あぁ気持ち悪い。薄気味悪い。気色悪い。反吐が出ますわ」
「うぅ‥‥全否定はしませんですが、その‥‥本当に人間と黄泉人は仲良くやっていけないのですか?」
「無理ですわね」
「じゃあじゃあ、人間と悪魔も‥‥仲良くはやっていけないのですか‥‥?」
「‥‥!」
泣きそうな顔で呟いた月詠の言葉に、一瞬カミーユの気配が揺れた。
契約と言う言葉で誤魔化してはいるが、冒険者達とカミーユはなんだかんだと仲良く(?)やってきている。
そしてそれを自覚したからこそ、カミーユにとってもそれは衝撃的なことだったのだ。
仲良く? 楽しく? 冗談じゃないと思っていたが、思い返してみれば悪い気はしない日々だった。
‥‥馬鹿な、そんなのは気の迷いだ。契約と言う鎖で繋がっただけの関係にしか過ぎない。
「ねぇカミーユ‥‥お願い、待って。いつか事態が好転することを信じて、今は荒事は避けて。あなたの言うことも一理も二理もあると思う。でも、未来はそうならないかも知れない」
「っ! ならお答えくださいな! いつか好転するというのはいつのことですか!? 豪斬様が御存命のうちなんでしょうね!? わたくしの契約が果たせなくなってからでは遅いんですのよ!」
「確かに、人間の寿命はおまえたちに比べりゃ短いもんだよな。だから今‥‥なのか?」
「はい。理解し難い不愉快な存在がわたくしの契約の妨げになっている。和平されるのも丹波に居座られたままでいるのも迷惑千万。わたくしはわたくしのやり方で丹波を救い、契約を成し遂げますわ。それを邪魔すると言うのであれば‥‥!」
「そうでしたね‥‥カミーユ嬢は丹波さえ救われれば他がどうなろうと構わないのでしたね」
「えぇ。軽蔑してくださっても結構。もう手伝えとは―――」
「手伝いますよ」
「‥‥は?」
「豪斬様は、そのようなやり方はお望みにならないでしょう。それでも、心が猛るならば。許せないならば。
共に参りましょう? もはや‥‥貴女と共にならば、破滅であろうと、死出の旅路だろうと、どこまでもお供いたしますので‥‥」
「‥‥いいでしょう。その言葉、お忘れなく。今日のところはその言葉に免じて引き上げましょう」
「カミーユお姉ちゃん! よかったのです♪」
「ですが‥‥砦の方は果たして無事かどうか。埴輪大魔神を差し向けておきましたので」
『なっ‥‥!?』
「くすくす‥‥みなさんとお話していてパーティーに遅れたのでは淑女の嗜みが疑われてしまいますもの。代理では失礼かも知れませんが‥‥他のお仲間が無事だといいですわね?」
「カミーユ! おい、カミーユ! 大魔神を止めていけよ!」
「ですがお断りいたします。わたくし、あなた方以外の冒険者が死のうが生きようが興味ありませんので―――」
そう言い残して、カミーユは反転し猛スピードで空をかっ飛んでいった。
急ぐわけでなし。その前置きが、四人の心に小さくない絶望感を与えていた―――
●手を取り合って
時は少し遡り、仮契約組がカミーユと会いに出た直後。
丹波藩西部に位置する砦では、緊急事態に大わらわであった。
いや、正確には違うか。慌てているのは通常時指揮官を務めている黄泉人一人だけ。その他の不死者は慌てることもできず、ただ命令に従うだけの存在だからだ。
救援に駆けつけていた八雷神の鳴雷と析雷に予め話を通し、冒険者達はイザナミ軍との共同戦線を展開する。
そう‥‥砦を襲撃したのはガミュギンではなく、その手駒となっている埴輪大魔神だったのだ。
煌めく巨体を武器に、容赦なく不死者を蹴散らしていく。
「析雷、不死者を下がらせろ。無駄な被害を出すだけの上、俺たちが戦うにも邪魔になる」
「分かってるわよ! 人間風情が‥‥じゃなかった、敵の癖に指図しないでよね!」
「あなたにも色々葛藤があるんですね。いいですよ、敵でも。でも今はあれを止めないと!」
琥龍蒼羅(ea1442)の提案で、有象無象の不死者を下がらせる析雷。
新たなイザナミの子も人間とあり、人間風情と言えなくなってしまった析雷を見て、雨宮零(ea9527)は彼女が少し可愛く見えた。だが、そんなことをお構いなしに埴輪大魔神は暴れ続ける。
「くっ! いやはや、立派な髭に劣らぬ腕前で!」
「危ない! まったく、これでほとんどダメージにならないなんて最近インフレが進んでるんじゃないの!?」
疾走の術で撹乱を試みる島津影虎(ea3210)であったが、埴輪大魔神の攻撃は鋭い。
何度か捉えられそうになるが、その度にヴェニー・ブリッド(eb5868)がライトニングサンダーボルトで援護する。
弾いて攻撃そのものは止められるが、達人クラスのLTBでも平然としている白金に輝く埴輪。
砦に残った冒険者の中に、奴に有効打を与えられそうな者はいない。
「鳴雷さん、埴輪大魔神に変身したりはできないのですか? もしくは析雷さんと同じ剛力を得るとか」
「あー? 俺は生物にしかなれないんだよ。物体や不死者、悪魔の姿は写し取れない」
「あぁ‥‥折角の工作が。あんな物が相手とは聞いていなかったぞ‥‥」
「構うか。相手が何であろうと、俺は戦えればそれでいい‥‥!」
琉瑞香(ec3981)と雀尾嵐淡(ec0843)の僧侶二人は勿論後方待機。
怪我人が出たときすぐに回復出来るようにしていたところに雨宮の姿をコピーした鳴雷がやってきたのを見て、琉は無理そうかなと思いつつも提案してみるがあっさり否定された。
雀尾はと言えば、折角持ち前の木工の腕で強化した砦付近の柵などがあっさりなぎ倒されて少し凹んでいるようだ。
邪悪な笑みを浮かべて埴輪大魔神に斬りかかる鳴雷。不意に現れた自分のそっくりさんに一瞬ぎょっとした雨宮であったが、すぐに鳴雷の変身と理解しそれ故に嫌な気分になる。
「同じ容姿でも中身が違うとああも表情が違うんですね‥‥。僕は‥‥ああなりたくはない!」
ぎぃん、と甲高い金属音が響く。とにかく硬い埴輪大魔神の装甲は、刀では傷も付かない。
かと言ってLTBでもそれは同じで、少し焦げが付く程度。
このままあれが進み、砦に侵入されれば砦が壊滅するのは火を見るより明らかだ。
「させない! 最近欲求不満気味なのよね‥‥あたしを満足させて頂戴よ!」
埴輪大魔神と互角のパワーをその身に秘める析雷は、繰り出された拳を真っ向から拳で迎え撃つ。
衝撃で両者とも大きく後退するが、やはり倒すには至らない。
冒険者や八雷神を鬱陶しいと判断したのか、埴輪大魔神は不意に空中に舞い上がった!
「駄目だ、空を飛ばれたら前衛が手を出せん。ヴェニー、最大火力でなんとかならないか?」
「やってみましょ! こんなこともあろうかとマイ雨雲は展開済みよ!」
琥龍の言葉に応えたヴェニーは、超越クラスのヘブンリィライトニングを放つ!
空中で激しい稲妻に見舞われた白金の埴輪。しかし‥‥
「か、カミーユさん‥‥そこまでやる‥‥!?」
ヴェニーは見た。雷光が直撃する直前、埴輪大魔神の胸の辺りにレミエラの光が灯るのを‥‥!
「レミエラは悪魔の技術と聞く。ならばカミーユさんがそれを使えるのは当たり前‥‥か」
「そういえば、わざわざ京都まで宝石を採りに来たこともあったとか‥‥」
他人事のように呟く雀尾と琉は、はりぼてのように打ち壊されていく砦を見ていることしかできない。
ただでさえ高い魔法抵抗力をレミエラで更に強化されたか。普通の人間を何回も殺せる威力のHLを多少のヒビが入るだけに止め、元気に任務を遂行している。
内部に侵入されてはもう遅い。今からでは例え奴を倒しても砦としての機能は果たせないだろう。
「この場合、できる後始末は掃除くらいですか‥‥? いやいや、以後も同じ事にならぬようイザナミ殿と対策を協議したいところですが‥‥いかがでしょうか」
「‥‥いいわ、伝える。こっちでも対策に困ってるのは確かだし‥‥イザナミ様もあんたたちにならまた会いたいって言ってたしね。ただし、今度イザナギ様の話題を口にしたら―――」
「承知しております。前回は仲間が本当に失礼いたしました。以後はあのようなことがないように全力を尽くします」
「ふん。そう願ってるわよ」
カミーユは現れなかったが、その手駒の埴輪大魔神によって砦は破壊されてしまった。
敵だったイザナミ軍と共闘し、味方(?)だったはずのカミーユたちと戦う。
何が正しいのか分からない。この先に本当に平和が待っているのだろうか?
カミーユが否定した黄泉人との共存は、本当に不可能なのであろうか―――