●リプレイ本文
●30分前
人々の熱気がそうさせるのか。今まで何百回と富くじは開催されてきたが、抽選の日が快晴でなかったためしがない。
勿論今日も気持ちのいい日本晴れ。神社の境内では抽選が始まるのを今か今かと待つ人で溢れかえっていた。
「ふむ‥‥まぁ運試し程度によかろう。一応私も巫女だ、修理費獲得となれば参加してやらなくもない」
『十』と書かれた木の札を懐に秘め、ひらひら手を振る巽弥生(ea0028)。ついでにこの人ごみの中にいるかも知れない、後ろからバッサリやりたい人間を探しているらしいが。
「買わないことには権利は発生しませんからね‥‥自分も一つ買ってみますか。”買って損、買わなきゃ損の宝くじ”と言ったところですか‥‥」
このところ暇を持て余していたという闇目幻十郎(ea0548)もまた、人の波に紛れて『八』の番号がついた札を握っていた。本人が呟いたとおり、ただの暇つぶし以上の事は望んでいないのかもしれない。
「当たるといいなぁ‥‥200Gは中々遠いモン」
小さな祓え串をぎゅっと握って祈る狩多菫(ea0608)。イギリスに大切な人がいるらしく、日々貯金に励む彼女にとって、この富くじは少ない投資で出来るいい博打だ。ちなみに番号は『十二』。
「富クジか‥‥最近は俺のような者が呼ばれる依頼も少ないし、まあ、暇つぶしには丁度いいか」
天城烈閃(ea0629)は境内から少し離れたところにある木の根元に寝そべっている。ひょいひょいと『九』の番号札を弄び、青く澄み渡った空に意識を向けた。
「『七』か‥‥これは西方の外れとかでは『幸運を呼ぶ番号』ちゅう話も聞くのじゃが、ここはジャパンじゃからのぅ」
木の上に陣取り、人々を見下ろして‥‥はいず、枡楓(ea0696)はごく普通に木に寄りかかっているだけだった。高所恐怖症というのが珠に傷な忍者である。
「富くじか。依頼受けて出かける事が多く久しく買ってなかったからな。人ごみがあるというのを忘れていた」
少し嫌そうに体を揺らしながら、岩倉実篤(ea1050)は人の波を避けつつ刀の柄を見つめた。傷ついた愛刀を修理するのがこの富くじの目標だとか。番号は『二』らしい。
「買う直前に振った賽の目が1・4の5。配られた札も『五』。さて‥‥偶然とは思いたくないね」
完全ランダムで配られる何千という数ある富くじの番号札。それがサイコロの目と同じ番号札が出る可能性はかなり低いが‥‥御藤美衣(ea1151)はそれを当たりの前兆と思っているようだ。
「こんな木の板一枚があっという間に1Gに化けるのか。そう考えると何やら神々しいような気がするな」
何故か『当』と書かれた番号札を持っている貴藤緋狩(ea2319)。『三』の札に縁起を担いで落書きをしてしまったそうなのだが‥‥当たればキチンと交換してもらえるので安心して欲しい(笑)
「‥‥富くじか。‥‥願掛けついでの運試しだが‥‥」
札の番号は『十三』‥‥義妹を探しているという丙鞘継(ea2495)は鳥居に寄りかかって想いを馳せる。当てることが困難な富くじを当てることが出来れば、義妹も無事に見つかるかもしれない‥‥。
「ボクが買った富くじの番号は『十一』番。どうか当たりますように!」
賽銭箱からかなり遠い位置ながらも、御神体の方を拝む跳夏岳(ea3829)。どうやら気持ちのいいドキドキを味わっているようで、雑技の時と変わらない眩しい笑顔を浮かべている。
「1G‥‥当たれば大きいとはいえ、此そのまま使えば何買えるかしらねえん‥‥」
185センチの筋肉質な巨体がクネクネする。 渡部不知火(ea6130)は男色ではないのだが、何故かこの口調と仕草をやめない。『六』の札がミシミシ音を立てているのも恐さに拍車をかけていた。
「ふふふ‥‥当たったら何を食そうか‥‥天麩羅蕎麦をたらふく食うのも良い‥‥汁粉を思う存分食すのもよいであろう‥‥今から涎が出てきそうじゃ」
今まで籤という籤に一回も当たったことがないという架神ひじり(ea7278)。『一』の札を手に、頭はもう当たった後の江戸味めぐりに集中してしまっているようだ。
さて‥‥ちょっと場面は変わって神社の近くにある甘味処。まだ時間があるということで、ここで時間を潰している参加者もいるようだ。
「か、買ってしまいましたわ‥‥福袋の時と云い‥‥欲望に弱すぎます‥‥でも当たったら、以前甘味処を他にも幾つか教えて貰ったことですし甘味巡りに行こうかしら。‥‥ああ、もうすぐ子供の誕生日ですから、ジャパンの品を贈るのも良いですわね‥‥」
空になったお椀を前に、『十四』の札を持ってころころ表情を変えるエステラ・ナルセス(ea2387)。遠く別の国に住む家族への想いは、果たして富くじに通用するかどうか‥‥。
「そろそろ朝夕冷え込んで参りましたので、気温差で紅葉も美しくなりましょう。色づいた紅葉散る神社の境内も趣があって、綺麗でしょうね」
「あぁ‥‥月も綺麗に映える季節になってくるな。しっかし、俺の番号は『四』だぞ。四番‥‥ある意味大穴なのかもしれない‥‥」
エステラと少し離れた席で談笑するのは高槻笙(ea2751)と月代憐慈(ea2630)だ。高槻の『十五』の札に対し、月代は四。あまり縁起のいい数字ではないが、配られてしまったものは仕方ない。それに月代自身も台詞ほど気にしていないようだが。
「お‥‥そろそろ時間だな。土産も買ったことだし、そろそろ行こうか」
「そうしましょう。当たるも八卦、当たらぬも八卦‥‥猫の如何はかかってますけど」
お代を置いて席を立つ二人。エステラも財布を手に立ったということはそろそろ出る気なのだろう。
一体誰が幸運を掴むのか‥‥運命の時は、もうすぐそこ―――
●当選者は
ドン‥‥ドン‥‥ドン‥‥!
抽選開始の合図である太鼓の音が境内に響き渡ると、人々のざわめきは一層大きくなる。
社の中に賽銭箱くらいの大きな箱が設置され、槍を持った抽選人が静々と姿を現していた。
「只今より今回の富くじの抽選を行う! 既にこの中には皆々様が買った番号札と同じ番号が全て入っている。何千何万という参加者の中から当選の栄誉を勝ち取るのは一人だけだ! それでは‥‥いざ!」
目隠しをし、槍先を定める。槍手は箱の広さを探るように少しうろうろさせた後、すっと槍を持ち上げた。
その瞬間‥‥あれほど五月蝿かったざわめきは一瞬にして静まり返り、何千という人間が沈黙の空間を共有する‥‥!
「はっ!」
気合一閃、槍が突き入れられる。箱のやや右手が突かれ、槍手はさっと目隠しを取る。数枚の札が刺さっているが、手に一番近い札‥‥つまり一番最初に突いた札が当選番号だ。
「此度の富くじの当選番号は‥‥『十四』!」
うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
当たったわけでもないのに、時間差であたりに怒号が沸き起こる。ため息や悲鳴も何千何万と集まれば怒号に変わるものなのだ。
「ええっ! うそうそうそっ!? え、ホントにわたくしですの!?」
その中、当たったことで悲鳴らしきものを上げる者が一人だけいる。今回の権利者は、エステラ・ナルセス
であった。まるで十代の若い娘のようにはしゃぐエステラ。意外と可愛いかもしれない。
うきうきと引換所に向かった彼女が1G受け取ったのは数分後。その後、土産物屋で様々な江戸名物を買いあさるエステラの姿が目撃されたとかされなかったとか―――
「‥‥ふっ、やっぱり四番じゃ駄目か」
「残念‥‥一番違いとは‥‥」
「見つけたぞ! ここで会ったが百年目! 成敗してくれる!」
「げっ、巽さん!? 悪い、俺はとんずらするわ!」
「待たんか、こらぁっ! こちらは富くじも外れてイライラしているのだ!」
「おやおや‥‥お達者で」
逃げる月代、追う巽。そして日和見する高槻。二人にどんな因縁があるのかは分からないが(笑)
「くぅ〜!! やっぱり外れたか‥‥。しかし悔しい上に頭に来るのう‥‥。燕返しでずんばらりんと何か切り刻みたい気分じゃ。こうなったら悪漢どもを叩き切ってくるのじゃ〜!!」
「ちょっとちょっと、暴れないで頂戴! 弾んだ胸の代価にしてはお手頃じゃないのよぉ」
「そーそー、そういう悔しい思いをするのも楽しみのうちだよ♪」
今にも刀を抜きそうな架神を止める渡部と跳。なだめられて架神も落ち着いていったようだ。
「かぁ〜、やっぱり駄目か‥‥仕方ない、火にくべて燃やすか‥‥厄払いってことで」
「おや、あんたもハズレかい。でもそれ、『敵の攻撃に当たらないお守り』になるかも知れないよ」
「それよりも当たった奴にハズレ籤を投げつけてはいかがじゃろう。縁起が悪くなりそうじゃの、むふふ」
解釈は人それぞれ‥‥貴藤、御藤、枡は会った事は少ないが何故か打ち解けて話せてしまう。
「さすがにそう簡単には当たらないか‥‥。それにしても、いったいどれだけの人間がこの富クジに参加したのだろう‥‥?」
「数千人くらいでしょうね‥‥ま、自分のクジ運は良くありませんからね‥‥こんなものでしょう」
「むぅ‥‥やはりコイツの所為だろうか。考えても仕方ないな。当選した奴に酒でも奢らせるか」
主に暇つぶしを目的とした天城、闇目、岩倉の中に当選者は出なかった。なんだかんだで意気投合して飲みに行ったのは偶然か必然か。
「やっぱり地道に稼がないとダメなのかなぁ〜‥‥まぁいいや、この祓え串はお墓みたいにしちゃおっと」
「‥‥義妹が見つかるのはまだ先になりそうか‥‥早く見つかるよう神頼みでもしておこう。賽銭と思えば安いものだ‥‥」
「そういえば妹さん探してるんだっけ? 早く見つかるといいね♪」
「あぁ‥‥おまえもな‥‥」
鳥居に寄りかかったまま話す狩多と丙。大事な人と離れたもの同士、気が合うのかもしれなかった。
たまにはこんな日常も‥‥いいのではないだろうか―――