我、ここに在り
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■ショートシナリオ
担当:西川一純
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 2 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月25日〜02月04日
リプレイ公開日:2005年01月30日
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●オープニング
世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――
「こんにちは、冒険者ギルドの若い衆こと西山一海です。いやー、正月も終わってそろそろのんびりばかりもしていられない時期ですよねぇ♪」
やたらハイテンション‥‥というか上機嫌で依頼の紙を机に置く。なんでもちょっとした温泉旅行に行ってきたらしく、依頼の説明そっちのけで土産話に興じていた。
「あ、すいません、依頼の話を忘れてました(汗)。えっとですね、江戸から2日ほど離れてた村に『塗坊』という妖怪が出現したそうなんです。今回はそれをどうにかして退かして欲しいっていう依頼ですね」
現れた塗坊は、村のど真ん中に鎮座したまま動かず、ただそこにいるだけ。元来大人しい妖怪であるせいか暴れたりすることもなく、当然であるかのように村に被害は一切出ていないらしい。
ちなみに塗坊の生死は問わないが、悪さをしているわけでもないので出来れば殺さないでやって欲しいとの要望が追記されている。
もちろん普通に退かすことが出来ないならば殺傷も已む無しではあるが。
「その姿から『塗壁』とか呼ばれることもありますよね、この妖怪。普段は迷宮や洞窟に住んでいて、やってきた冒険者を迷わせたりする悪戯が好きだそうです。屋外に現れることもあるそうですが、今回のように村のど真ん中に何日も居座るという事例は稀だとか。全長約16尺(約5メートル)、重さは‥‥量れるわけがないんで不明ですが、やたら重たいのは間違いないでしょう」
要は説得しようが引きずろうが倒そうが、村から塗坊がいなくなればいいわけである。しかしただ追い出しただけでは、いずれ歩いてまた村にやってきてしまうかもしれないから工夫が必要だろう。
「何もしないとはいえ、村の中央はお祭りの時に使ったりしますからね‥‥いつまでも居られたらそりゃ迷惑でしょう。頑張って追い出しちゃってください、出来れば穏便に」
困ったように念を押す一海。無用な殺生が嫌いな彼にしてみれば当然のリアクションであろう(でも嫌いなものには容赦しないタイプ)。
気まぐれな塗坊が引き起こした騒動‥‥その顛末や如何に―――
●リプレイ本文
●対話
初めそれは、ただの壁に見えた。‥‥否、村の中心部である広場に『でん!』と一枚だけ置かれた壁は壁でないのかも知れない。どちらにせよ、一行の第一印象はそんなものであった。
しかし近づいて見ると、その壁がじろりとこちらを睨む。普段目を閉じているせいか、壁に突然目が出来たような感じがして少しばかりびっくりだ。
「では、早速始めましょう。準備はよろしいですか?」
「心得た。先ずは一献」
事前の打ち合わせ通り、リラ・サファト(ea3900)と藤野羽月(ea0348)が荷物から酒を取り出す。続いて村人に借りた茣蓙やら、提供してもらった肴などを塗坊の前で広げていった。
「とりあえず、説得は任せるぞ。俺はどうしようもなくなった時に出番ってことだな」
「右に同じ。もっとも、俺は護衛っていう第一目的があるけどな」
準備が終わった後、大嵐反道(ea1378)と猛省鬼姫(ea1765)も茣蓙に座りながら呟く。どうやらこの場の全員がいきなり争おうとは思っていないらしい。
「できればどうしようもなくはなって欲しくないもンでさぁ」
「そうよね、話し合いで解決できたほうがいいわ。お酒は楽しいのが一番よ」
無姓しぐれ(eb0368)‥‥無姓、つまり姓が無いから『しぐれ』と呼んでくれとは本人談。一方、紅千喜(eb0221)も並べられた肴を見回しながら言う。
と、一人の志士が塗坊をじっと見上げて立っている。安積直衡(ea7123)‥‥書家を生業とする彼が何をするかと思えば、やおら筆とすずりを出し、平らな塗坊の体にでかでかと文字を書き記す。
『退魔故不殺』。あっけに取られていた他の者が止めたが、すでに書き終わった後である。
「うっ、こう如何にも『書け』と呼び掛けられているようで、一筆書きたくなってしまった‥‥申し訳ないのである」
塗坊は特に気にした様子もなく、じっと7人を見下ろしているだけ。情報収集のために先行して村に来ていた鬼嶋美希(ea1369)の姿が見えないのは気になるところではあるが‥‥とりあえず、説得をかねた宴会(?)が始まる―――
●ここに在る真意
「おぉい、塗坊やぁ。 あンた、なんでまたこんな所に居座ってんだぁ〜?」
「あたしもみんなも、こんな仕事を引き受けるんだから躊躇しちゃいけない、話がわからなければみんなであなたを退けてしまおう、あたしたちそう決めてここまでやって来たんです、でも‥‥これも正直に云ってしまいますけれど、みんな本当はあなたに手を上げたくないんです、そしてあたしも穏便に移って頂きたいんです」
「伝わると言うのであれば、皆が困っているという事も解る筈、お前の身体が大きすぎるから、此処に居ると身動きできないのだ。居たいからと言って居られても時と場所と言うのがあるのを知らなければならないぞ?」
「町の中でじっとしているという事はきっと理由があるんですよね。その場所が気に入ったのでしょうか‥‥それともお友達が欲しいとか。洞窟の中はあんまり生き物が来ないでしょうし、独りぼっちなのかなぁ、と」
しぐれ、紅、藤野、リラが口々に塗坊へと言葉を投げかける。キチンと聞いているらしく、しっかり目を見開いて一同を見下ろしている。
立ち上がるどころか身じろぎもしないが、なんとなく言っていることは理解している‥‥そんな気がするのだが、如何せん退いてくれなければ結局のところ一緒だ。今回の依頼は彼の撤去なのだから。
そして勧められても酒を飲まない塗坊を囲んで、どれだけの時間が経っただろうか。昼過ぎから始めた宴会(説得)も、もはや限界。酒も肴も底をついてきてしまったのである。
「‥‥仕方ねぇな、大八車の用意でもするか。これ以上はいくらやっても無駄だな」
「ふむ‥‥致し方なしであろうか。穏便に済ませたかったのであるが」
大嵐と安積が立ち上がり、実力行使に訴えようとする。斬り合いというわけではなく、強制的に場所を移動させるだけらしいが。
「ちっ‥‥すまねえな。命まではとらねえから大人しくしてくれや」
しぶしぶといった感じで猛者も加わろうとした、その時だ。
「待った。その必要はないぞ」
一行の視線が一斉に声がした方に向く。そこにはあちこち泥がこびりついた格好の鬼嶋が立っていたのだ。
先行して情報収集をすると言っていたが、結局集合時間に間に合っていなかったのである。
「昨日一日聞き込みして、こいつの住処を見つけたんだ。案外遠くて随分汚れてしまったが、その洞窟を見てすぐにぴんと来た。こいつ、でかくなりすぎて住処に戻れなくなったんだろう」
鬼嶋の話によれば、洞窟はこの塗坊がギリギリ入れるかどうか程度の大きさで、下手をすれば詰まって出られなくなる可能性もあるらしい。暫く家を空けて外で活動をしていたら思いの他成長し、戻れなくなってしまったようなのだが‥‥。
「で、だ。『飲まず食わずで日に当たっていれば、干からびて小さくなれる』とでも思ったんじゃないか? 違うか?」
塗坊は頷きはしなかったが(首が無いから)、代わりに初めて身じろぎした。どうやら図星のようである。
「おいおい、動かなけりゃ減量はできねぇだろ」
「と、というか、その前に死んでしまいます‥‥。干からびるというのは、死んだ生き物がなる状態では‥‥」
大嵐とリラの言葉にさらに身じろぎする塗坊。どうやら手痛い間違いに気づいたらしい。
「おい、お前。町にこないか? 町は広い。軽い悪戯程度で酷い悪さをしなければ大丈夫だろう。それにお前の仲間もいる。俺の酒仲間だ。お前も一緒にどうだ?」
「我が家の庭にでも来るか? 庭なら広いしいてくれても問題無いし‥‥出来るだけ力を貸そう」
二人が塗坊を撫でながらそう言うと、塗坊はしばし目を閉じ‥‥再び開くと、ゆっくりと立ち上がった。
「お、どうやら話はついたみたいじゃねーの。今の住処を捨てて江戸へ‥‥か。悪くないぜ、あそこは」
「わざわざ食事制限なんてしなくても、好きなだけ飲んで食えばいいンでさぁ。江戸はメシも美味いんですよ」
上機嫌の猛者としぐれ。そうと決まれば早速移動‥‥ということになったのだが、いざ歩いて見ると塗坊の足は非常に遅い。老人の散歩ですら追いぬけてしまいそうな緩慢な動きは、通常の塗坊より大型なせいなのだろうか。
「結局これが活躍しそうよね。でも折角だから、今日はこの村に泊まって明日の朝出発にしない? 減量する必要もなくなったのなら、一緒に呑みましょうよ」
「それもいいな。何せ俺は一滴も呑めていないからな‥‥それに、正直かなり歩いたから疲れてる。その方が都合がいい」
紅の意見に鬼嶋も賛成のようである。
ふと見れば村人たちも笑顔で一同を囲んでいる。その手には、ささやかな食事や、酒、肴の類。どうやらことが穏便に、かつ無事に済みそうなので‥‥といったところだろう。
八人と一匹は村人の暖かい謝礼を受けながら、楽しく過ごしたのである―――
●新天地へ
「さて、では行くとしましょうかぁ。夜寝るときは解いてあげまさぁ」
「結局コイツが役に立つのか。備えあれば憂いなしとはよく言ったもんだな」
「流石にあの歩調では江戸までどれだけかかるか分かったものではないのである。幸い力仕事に向いていそうな人間が多いから、問題はないであろう」
翌朝、村人たちに見送られて八人と一匹は江戸に向かう。塗坊はと言えば、しぐれ、大嵐、安積が押す大八車に括り付けられ、ガラガラ揺られていた。
時々がたんと大きく揺れたときに目を見開くのは、びっくりしたからだろう。
「皆さん頑丈ですね‥‥昨日あれだけ呑んでいらしたのに、二日酔い等はないのですか?」
「酒は呑んでも呑まれるな。それが私流の極意だ」
「俺にとってはあの程度の量、水と同じだ。伊達に十瓶も持ってきていない」
リラが苦笑い混じりに呟けば、さらっと答える藤野と鬼嶋。
「けど、珍しいかもね。江戸内で塗坊飼ってる人なんて」
「飼うって言うか、居候みたいなもんじゃねーの? 羽月はダチみたいな感じで考えてるんだろ」
「正に。酒を酌み交わす友となれればそれが最上」
「その時は俺もお邪魔しようか。多いほうが酒は楽しいぞ?」
「私も、呑めなくてよろしければ遊びに行きたいと思います」
笑顔がこぼれる旅は楽しい。殺伐とした結果にならず、こうしてあれやこれや未来の予定を妖怪と一緒に考えられるという事態はそうそうないから、尚更。
塗坊の表情はイマイチ判別がつかないが‥‥なんとなく、嬉しそうな感じがする。
江戸までは2日弱‥‥往路よりも道連れが増えたこの旅は、どんな思い出を彼らに残すのだろうか―――
ちなみに。
この後、江戸の一角で16尺もある身の丈の塗坊が通せんぼをする事件が多発するのだが‥‥動きがのろく広い江戸の通路なら簡単にすり抜けられてしまうため、逆に『会えると幸運』と言われる名物と化してしまったとかなんとか―――