●リプレイ本文
●相容れぬは生きる道
「来ました‥‥作戦は成功ですね」
大蛙四匹が通り過ぎたのを確認した神有鳥春歌(ea1257)は、鬱葱と茂る木々の陰からひょこっと顔を出して呟いた。
「‥‥あぁ。後は気付かれないように後をつけ、街道にいる囮組みと挟撃するだけですね」
それに続く形で、緋室叡璽(ea1289)、佐々木慶子(ea1497)、リューガ・レッドヒート(ea0036)も木々の合間から姿を現す。
事前の作戦会議により、この四人は大蛙の住む池から街道までの道に潜み、餌を求めて出てきた大蛙たちをやり過ごしがてら挟み撃ちにする役回りなのだ。
一方、街道は他のメンバーによって予め封鎖され、一般人への被害の心配はない。
すでに臨戦態勢となっている冒険者たちが待ち受けているとは露知らず、大蛙たちは今日も今日とて街道への道を進んでいた。
「悪気はねェんだろうがな。池で大人しくしてりゃあなァ‥‥ま、同情はしねェけどな」
頭をかきながらリューガがぼやく。
そう‥‥大蛙たちは別に悪気があって街を襲っているわけではない。ただ自らの命を繋ぎとめるため‥‥生きていくために食料を求めているだけだ。
だがそれを容認してしまっては人間の暮らしが成り立たない。生きるために相容れないのはお互い様なのである。
「ガマもこれだけ大きくなればいい迷惑になるわけだな。とりあえず街道の治安維持が最優先だ。気を引き締めてゆこう」
佐々木慶子もバツの悪そうな顔をして呟いた。
だが降りかかる火の粉は払わなければならない。被害を受けて助けを求めてきた、宿場町の人々のためにも―――
●今はいらない、その優しさ
「見えたぜ! 丁度四匹‥‥全部揃ってるみたいだ!」
愛用の六尺棒を構え、伊珪小弥太(ea0452)が全員に合図をする。
宿場町からほんの数百メートル離れたところにある森の入り口から、大蛙たちは飛び跳ねながらこちらに向かって来ているのが見て取れたのだ。
「あたいらの作戦は成功だな。他のやつらもちゃんとつけてきてるだろう」
花房三日月(ea1875)も立ち上がりながら言い張つ。酒気が抜けていないような気もするが、本人曰く『単に服が酒臭いだけで飲んではおらん』とのことだが。
「ま、いいさ‥‥例え他の連中と共同戦線が取れなくても、あたしたちは戦う以外にはないんだよ」
手斧を握り締め、金属拳と打ち合わせながら林瑛(ea0707)も構えを取る。
「できれば‥‥戦わずに済ませたかったんですけどね。やっぱり戦わないといけないんですね‥‥」
十字架のネックレスをぎゅっと握り、イリス・ファングオール(ea4889)は表情を引き締めた。
戦うには優しすぎる少女。歌を歌い、月や星を眺めて生きられればどれだけ幸せだろうか‥‥。
「仕方ないじゃんか。蛙なんてのは犬より頭悪いんだぜ?」
「分類的には虫みたいなもんだ‥‥おっと、自分で言っててぞっとしないよ」
戦闘場所はだだっ広く遮蔽物のない、街道が通るだけの平原。
「ここまでお膳立てが揃えばあとは戦うだけだね。それとも、今から逃げるのかな?」
小弥太の言っていることも三日月の言っていることも林瑛の言っていることも事実だ。優しさで今の状況が打開できないのは自明の理。
「わかって‥‥います。みなさん、怪我をしないで‥‥!」
この場にいる全員のためにグッドラックを詠唱するイリス。大蛙たちの後方からは、別働隊の姿が見て取れた―――
●生き残るのは
「そこっ! 退路はありませんよ!」
春歌が遠距離から大蛙その1に向かって矢を放つ。予め宿場町の人間に矢を提供してもらっているため、残弾は気にしなくてもいい。
冒険者一行は大蛙一匹につき2人の割り当てで戦闘を展開し、『目の前の動くものを襲う』という蛙の習性を利用して分断に成功していた。
大蛙その1には叡璽と春歌が。
大蛙その2にはリューガと小弥太が。
大蛙その3には三日月とイリスが。
大蛙その4には慶子と林瑛がそれぞれつき、激戦を繰り広げている。
「‥‥江戸の流通に支障が出れば貧困に苦しむ市井の人々が更に苦しむ‥‥そうなる事は何としても食い止めるべき‥‥」
矢の攻撃を受けて怯んだ大蛙その1に対し、叡璽が日本刀を抜き放って肉薄する。迎撃に繰り出された大蛙その1の腕をひらりと回避し、逆に頭部へ斬撃を叩き込んだ。
苦悶の声を上げて猛る大蛙その1。叡璽でなければむしろ殴り倒されていたかもしれない‥‥そんな、ギリギリのカウンターアタックだ。
「春歌さん、矢を!」
「はいっ!」
一旦距離をとった叡璽の声で、再び春歌が矢を放つ。近距離で時間を稼いでもらったため、既に矢は番え終わっているのだ。実にいい連携である。
大蛙その1は腹の辺りに矢を受け、痛みにのた打ち回る。すでにダメージはかなりのものだろう。
「ちっ、喰らった‥‥!」
いきなりジャンプして飛び掛ってきた大蛙その4に殴られ、慶子が地面を擦る。体長が1・5メートルもある相手からの攻撃は結構堪える。
「横から攻めろって言ったじゃない! 蛙は舌だって伸びるんだよ!」
言葉どおり林瑛は大蛙の横合いから手斧と金属拳を使ってダブルアタックを仕掛けた。元々鈍重な大蛙はそれを避けられるはずもなく、今度は大蛙その4の方が地面を転がっていく。
「大丈夫、かすり傷だ! 今度は‥‥こちらから行くぞ!」
起き上がった慶子は日本刀を振りかざして突っ込み、まだ起き上がっていない大蛙その4に向かって日本刀をスマッシュで振り下ろす。
慌てて回避しようとするも避けきれず、大蛙その4は右足に大きなダメージを被ったようだ。
「これで動きも鈍る‥‥もう一息だね!」
「うぅっ‥‥コアギュレイトが撃てません‥‥!」
「くそっ、あたい一人ならともかく‥‥おたくをあいつに近づけろと言われると厳しい!」
やたら舌を使っての遠距離攻撃を試みてくる大蛙その3。遠距離から援護ができるわけでもないイリスを守りながら3メートルのところまで近づかせるのは、よほどの技量が必要だ。
事実三日月は体のあちこちに傷を負ってしまっていて、イリスがそれを直そうにも大蛙その3の攻撃が激しく、接触していられる時間さえないのだ。
「仕方ない、一か八かだ! 多少きついのもらう覚悟で突っ込む! あとでリカバーよろしくッ!」
「三日月さん!? ‥‥私は、やるべきことをしなきゃ‥‥!」
真っ直ぐ正面から突っ込んでいく三日月。大蛙が舌ではなく腕を振り上げたのを見て、イリスもその後ろにぴったりとついた。
コアギュレイトの発動は、大蛙の攻撃が三日月に当たるか当たらないかの瞬間になる‥‥!
「さぁて六尺棒の餌食になりてー奴はどいつだ! 爬虫類の分際だがこの俺が特別に閻魔様に会わせてやらぁ!」
小弥太が六尺棒を振りかざし、大蛙その2を激しく打ち付ける。
「甘いぜェ! この程度の痛みで俺らが引くかよ!」
そして間髪いれずにリューガがロングソードの一撃を見舞う。二人の息はぴったりだが、その戦闘方法は他の四組とまるで違っていた。
喰らったらそれはそれ、屈強なリューガが小弥太を守りながら、二人で連続格闘を仕掛けるのだ。
「足元がお留守だぜ!」
スマッシュで足元を狙った小弥太の攻撃を、命からがらジャンプで避ける大蛙その2。しかし‥‥
「はっ、空中で姿勢を変えられるかな、蛙さんよォ!」
大柄なリューガは空中からの舌攻撃をレザーアーマーで受け止め、それを掴んで敵を引き摺り下ろした。
地面に転がった大蛙その2のすぐ傍には、六尺棒で大蛙の足を叩き潰そうとする小弥太の姿。
「今度こそ‥‥どうだ!」
手応えあり‥‥今の感触なら相手がモンスターとはいえかなりのダメージのはずだ。
しかし大蛙その2も意地なのか、激痛に耐え切れず妙な声を上げながらではあるがリューガに突っ込んでいく。
「ここまでだ‥‥往生しな」
大上段から振り下ろされたロングソードの一撃‥‥大蛙その2は盛大に血飛沫を上げた後、倒れ伏したのだった―――
●生きるということ
「はぁ‥‥激戦だったんですねぇ。でもおかげさまで街道や宿場町にも平和が戻ったそうですよ。よかったです♪」
一行に今回の依頼を紹介したギルドの若い衆は、ニコニコ顔で呟いた。
「よかったですけど‥‥よくありません。蛙さんたちに罪はなかったんですから‥‥」
「‥‥そういえばイリスさんはみんなの怪我をリカバーで治した後、墓を作ったり蛙のために歌を歌っていましたね‥‥」
今回の報告役はイリス、叡璽、慶子の三人である。大蛙その4が慶子と林瑛に散々かく乱された挙句同時スマッシュ攻撃で倒れたとか、大蛙その3の攻撃が三日月に当たる直前でコアギュレイトが発動、三日月のスマッシュEXで滅殺されたとか、大蛙その1が春歌の矢を受けすぎて針ねずみのようになって倒れた等はこの三人が報告したのだ。
「いい歌だったよ‥‥でもね、俺はイリス殿の優しさがいつか命取りにならないか心配だよ」
普段口数が少ないという慶子も、文字通り心配そうに呟く。
「こういうのもなんですけどね、仕方ないですよ。蛙のために宿場町や街道の被害を拡大させるわけにはいきません。人間が生きるためには抹殺もやむなしです」
「前から思っていたがな、口先だけはやめろ‥‥。斯様な言葉は己を鼓舞し無用な闘争心を掻き立て、己の死地を早める‥‥死にたくなくば金輪際口にするな‥‥これは俺からの忠告だ‥‥」
イリスをなだめるように言うギルドの若い衆を、冷たく睨み厳しい口調でいう叡璽。
決して怒りからではないのだろう‥‥ただ、ギルドの若い衆をそれなりに心配しているのだ。少々厳しいようではあるが。
「ふふ、心に留めておきましょう。私が口先だけで言っているなら、ね」
それが分かっているからこそ、若い衆もあえて笑って返す。そう‥‥彼も直接でないにしろ冒険に携わるものであり、その言葉は限りなく己の信念でできているのである。
「生きるっていうのは‥‥それだけで罪なのかもしれませんね‥‥」
十字架のネックレスをぎゅっと握ったイリスの言葉に答えられるものは‥‥とりあえず、この場にはいなかった―――