丹波山名の八輝将『黄玉の巻』
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■ショートシナリオ
担当:西川一純
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 88 C
参加人数:7人
サポート参加人数:3人
冒険期間:10月25日〜11月01日
リプレイ公開日:2006年11月02日
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●オープニング
世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――
かつて、丹波藩で半年にも渡ろうかと言う長い戦いがあった。
丹波藩城主、山名豪斬と‥‥その家臣にして、希有な魔法戦士部隊、八卦衆に弓を引くものたちが現れたのである。
その名は、『裏八卦』。丹波の内乱時のごたごた時に結成された、これまた凄腕の魔法戦士たち。
冒険者を巻き込んでの戦いは、序盤こそ裏八卦が奇襲やらなにやらで有利だったが‥‥それも長くは続かなかった。
徐々に裏八卦は捕まり始め、その数を減らし‥‥つい最近、全員捕まって処刑されたという。
が、それはあくまで表向きの話。
山名豪斬は、思った以上に甘い理想論者だったらしく‥‥なんと、裏八卦を家臣として雇い入れたのである。
裏八卦は『八輝将』と名を改められ、現在は丹波藩に慣れるための研修中。
さて、今回の八輝将は―――?
夜も更け、店仕舞いの支度を始めた京都冒険者ギルド。
そこへ、二人の男女がやってくる‥‥それは丹波藩の八輝将絡みの依頼の確率が異常に高かった。
「邪魔するぜ。西山一海はいるか?」
「あ、電路さん。また例の依頼で?」
「そうだ。依頼書を頼む」
笠を目深に被った青年、八卦衆・雷の電路。
冒険者ギルド職員である西山一海は八卦衆の全員と面識があるため、パッと見で察しが付いた。
電路の横には、長い黒髪の品のいいお姉様系の女性が扇子で優雅に自分を扇いでいた。
「えーっと‥‥? 電路さんが連れてきたということは、そちらの女性は牙黄さんですか?」
「そうじゃ。わらわの名は、うら―――」
「『八輝将・黄玉の牙黄』‥‥だ。間違うな」
「‥‥そうじゃったかの。まぁよい‥‥依頼の話を進めてたもれ」
「な、なんかイメージ違いますね‥‥『がおう』なんて名前だから、てっきり男みたいな方かと」
「本名は『牙神黄苑(きばがみ きおん)』じゃ。他の連中も大概はあだ名ぞえ」
「そういえば真紅さんと水銀鏡さんの本名は聞いたことがあったような」
「‥‥依頼の話に入っていいか?」
「あ、すいません、脱線しました。どうぞ」
「やれやれだぜ」
電路の話によれば、丹波の北東部にあるとある山で、一組の母子が行方不明になったという。
地元の村や役人が数名捜索に向かったが、誰一人として帰ってこなかったらしい。
しかし、今でも時折、山から子供の泣き声が聞こえてくると言うのだ。
「つまり、お子さんの方はまだ生きている‥‥と」
「十歳くらいの女の子らしいからな‥‥事件が起きてからもう一週間近く経つ以上、できるだけ急ぎたい。山には何がいるかもわかってないが、手早く頼むぜ」
「山か‥‥汚れるから好きではないのじゃがのう」
「そういう場合か。それじゃあ俺たちはこの辺で引き上げるとしよう」
「もう少し京都の雅を楽しみたいのじゃがな。明日は久しぶりに京都めぐりをさせてたもれ」
「‥‥勝手にしろ」
優雅に喋る牙黄‥‥もしかしたら結構高貴な家の出なのかもしれない。
どうやら八輝将であることに嫌悪感があるようでもなく‥‥かといって満足しているようでもなく。
まぁ、彼女なりに色々悩んでいるのかも知れない。
とにかく、消えた母子の顛末は如何に―――
●リプレイ本文
●現地到着
「へへっ、ようやく着いたか! 未来の美女を救いにタンゴのナイトが参上だぜぃ!」
「風が冷たい‥‥秋も深まり、もうすぐ冬か。こんなところに少女一人では心細いだろうな」
「もう一週間以上経ってるわけだもんね‥‥急ごう!」
「少々お待ちを。他のお三方が遅れていらっしゃる様子‥‥合流までここで待機いたしましょう」
丹波藩某所にある、山の麓。
一行は出来うる限り馬を飛ばし、少女救出のために急いで現地入りした。
しかし、ケント・ローレル(eb3501)、所所楽柳(eb2918)、黒淵緑丸(eb5304)、六条素華(eb4756)は馬の扱いに心得があるからよいのだが、実際問題として馬術が達者な者ばかりではないのだ。
「ほらほら二人とも、頑張ってー! 牙黄さんも楽ばっかりしてないでさー!」
「‥‥と、仰っていますがどういたしますか? 牙黄様」
「このままゆっくり行けばよい。無闇に急ぐのは雅ではないからのう」
「でも、子供の命がかかってるのを忘れないでね。あなたも任務失敗じゃ困るでしょ?」
「‥‥まぁ、の。仕方がない‥‥少しばかり急いでやってたもれ」
紫電光(eb2690)は馬の扱いに問題ないが、残りの二人の先導のために速度を落としていた。
牙黄と言えば、一人だけ楽をして神木祥風(eb1630)の馬に同乗させてもらっており、道すがらあれやこれやと軽い我侭を言い出し、横から緋神那蝣竪(eb2007)のツッコミを受けている。
ただ、扇で口元を隠し、何やら考えるような仕草も多く‥‥考えなしというわけではなさそうだ。
「おっ、来た来た! ショーフー、美女と同じ馬に乗れるなんて羨ましい限りだな!」
「仕方ないではありませんか。牙黄様が『わらわを一人で馬に乗せるつもりかえ? 心得が無いから落ちても知らんぞ』と仰るのですから。私も心得は無いに等しいのですが‥‥」
「運動神経の無いわらわよりはマシじゃろう。そんなことより、山の様子はどうじゃ?」
「見ての通り聞いての通り、なぁーんにもないね。泣き声も聞こえないし、人影もなしだよ」
「時間が経ちすぎたのでしょうか‥‥? 最悪、子供はもう‥‥」
「そ、そんな!? せっかくここまで来たのに、助けられないなんて私は嫌だよ!?」
「こうなったら、せめて捜索に向った人たちが帰ってこない理由でも調べましょうか。行方不明の親子、探しに行った誰もが未帰還。聞こえてくる子供の声は、新しい犠牲者を呼び寄せる囮か、奇跡の証か‥‥とにかく、この目で確かめるしかなさそうね」
ケント、神木、牙黄、黒淵、六条、紫電、緋神。
そうやって、一行があれこれ議論していたその時。
「‥‥静かに。‥‥‥‥‥‥聞こえる‥‥微かに‥‥子供の声‥‥!」
所所楽だけがそれを察知し、皆に伝える。彼女の耳のよさがあったればこそだ。
「大分疲弊してるみたいで力が無い。方角は‥‥おそらくあっちだ」
「よっしゃ、まだ間に合うぜぃ! いくぞ!」
皆が所所楽の指し示した方向に向う中、牙黄だけが訝しげな表情をしていたので、神木が静かに問いかけた。
「‥‥牙黄様‥‥何か?」
「‥‥いや、別に。きっとわらわの思い過ごしじゃ」
パタンと扇を閉じ、牙黄もまた、その方向へと向かった―――
●発見
「いたぁ! 10歳くらいの女の子‥‥間違いないよね!」
「こんなに痩せて‥‥かわいそうに。私の保存食をお分けしましょう」
「えー、無理でしょ。水ばっかり飲んでお腹空かせてたところに、そんな重たいものすぐ入る?」
紫電、六条、黒淵が真っ先に女の子に駆け寄り、抱きかかえる。
声が近くなったところで紫電がブレスセンサーを使い、より正確な方向を示したのは僥倖と言えた。
少女はひどく衰弱して痩せており、髪も乱し、すぐに紫電の腕の中に倒れこんでしまう。
「ひっく‥‥ひっく‥‥。おっかぁ‥‥おっかぁ‥‥」
「こりゃひでぇや、可愛い顔が台無しだぜぃ。ほれ、顔の泥拭いな!」
「この様子じゃ、お母さんの方は絶望的かしらね‥‥。はぐれたって感じじゃないもの」
「そうだな‥‥。せめて子供だけでも生かそうと、最後の食料までもこの子に与えたのが目に見えるようだ」
「できれば、いずれお母様のご遺体も見つけて弔って差し上げたいものです」
「‥‥随分汚れておるのぅ。しかし‥‥」
ケント、緋神、所所楽、神木が言うように、母親の生存は望めないだろう。
パッと見渡すだけでも、この程度の山ではぐれるというのはありえないような気がするし、何より以前から聞こえてくるのが子供の泣き声だけというのが痛い。
母親が生きているのならば、子を呼ぶ声や助けを求める声が聞こえていておかしくないからだ。
しかし、ここでもまた渋い顔をする牙黄。
一行は子供の保護に躍起になっているので気付かなかったが。
「馬に乗せるのは危ないよね! 私がおんぶして、近くの村まで連れて行くよ!」
「そうだね、あの村だったらおぶってもなんとか着けるよね」
紫電が力の入らない女の子を背に乗せ、一行は途中立ち寄った村まで戻ることとなった‥‥のだが―――
●現実
「‥‥ねぇ‥‥おねえちゃんたちは‥‥せいぎのみかた‥‥なの‥‥?」
「ちょっと違うけど、そんな感じ! 君みたいな子は放っておけないよ!」
子供を背負っている紫電を最後尾にし、他の面々も馬を降り、徒歩で村を目指す。
歩調は緩やか‥‥そんな中、子供が紫電に呟きだしていた。
「‥‥じゃあ‥‥おねえちゃんたちがいなくなっちゃったら‥‥世の中は、困っちゃう‥‥?」
「そうだねぇ、ちょっとは困っちゃうかも。一人一人ができることなんて、たかが知れてるけど」
「ところで‥‥おねえちゃんたち、つよいの‥‥?」
「あはは、ちょっとはね。でも、私たちより強い人はたくさんいるよ! 少なくとも私は、まだまだ修行中!」
「じゃあ‥‥しんでちょうだい」
「‥‥え?」
瞬間、紫電には言葉の意味が分からなかった。
そして、無防備な首筋に冷たい感触が走ろうかという瞬間!
「雷牙閃穿(ライトニングサンダーボルト)!」
牙黄のLTB(初級)が少女に直撃し、紫電もろとも感電させる。
何事かと振り返った一行が見たものは‥‥!
「な、なんだよありゃあ!? あれがさっきのお嬢ちゃんだってか!?」
「光嬢! くっ、断片的にしか聞こえなかったから対処が遅れた!」
大きく足を広げた鬼蜘蛛‥‥俗に言う女郎蜘蛛だが、言葉を操る以上、年季の入った女郎蜘蛛か!?
「‥‥おかしいと思ったのじゃ。子供が2週間近くも山で生きられるわけがない。決め手は手じゃ。全身薄汚れておるのに手のひらがあんなに綺麗なわけはあるまいて‥‥しょせん虫の浅知恵よ」
「怪しいと思ってたなら紫電さんに教えてあげればいいじゃない」
「そんなことをすればヤツが警戒してしまいます。できれば避けていただきたかったのですが‥‥この際仕方ないということにしましょう。紫電さん、大丈夫ですか?」
「し、痺れてますが、おかげさまで、なんとか‥‥」
女郎蜘蛛が一瞬怯んだ隙に緋神が紫電を救出したが、感電のダメージはそこそこの様子。
六条の音頭で全員戦闘態勢をとり、女郎蜘蛛に相対する!
「こいつ、何の罪も無い母子を食べて、その子供に化けて捜索に来た人まで食べたんだ! 許せないよ!」
まるで黒淵の台詞を肯定するかのように、不気味な奇声を上げる女郎蜘蛛。
どうやら本来の姿では言葉は喋れないようだが‥‥!
「土蜘蛛‥‥!? 先ほどの奇声は仲間を呼ぶためのものだったのですか‥‥!」
「へへっ、上等だぜぃ! まとめてかかってきやがれ!」
「土蜘蛛は毒を持っている! うかつにカウンターアタックは使うな!」
「美女の助言とあれば聞かない訳にはいかないぜぃ!」
「俺だって、土蜘蛛くらいわけないやい!」
「迂闊に動く角は桂馬の餌食‥‥なるほど、流石に名言になるだけあってよく言ったものです。しかし、私たちをそう簡単に詰めると思わないでいただきたいものですね」
わらわらと集まってきた土蜘蛛たちに対し、ケント、所所楽、黒淵、六条が掃討に当たる。
女郎蜘蛛のほうは紫電と緋神が当たり、そのサポートを神木がする形だ。
しかし女郎蜘蛛の攻撃はかなり鋭く、高威力。
牙だけなら緋神もかなり避けられるのだが‥‥!
「うっ‥‥何これ、糸!? ち、千切れない‥‥!」
「緋神さん! このぉっ!」
女郎蜘蛛が吐き出した糸に絡め取られ、緋神が地面に転がる。
紫電が十手でガードに回るが、守ってばかりでは勝てはしない。
「ふむ‥‥不意打ちだったのが痛かったのぅ。わらわのように高速詠唱が使えるわけでなし‥‥準備不足じゃな」
牙黄はパタパタと優雅に扇を振り、高みの見物をしている。
それに気付いた神木は、ほんの少しだけ責めるように言った。
「まるで他人事ですね、牙黄様。援護に回っていただけると大変嬉しいのですが」
「他人事じゃからの。これでお前様方も戦いに状況など選べぬと学んだであろう?」
「‥‥牙黄様、慣れぬ仕事で気に食わぬ事も御座いましょう。しかしまずは己を抑え、与えられた役目をこなす事です。やがて周りの見る目も変わり、黄牙様を信頼する様になるでしょう。そして、こうして一緒に依頼を受けるのも何かの縁と言う物。この縁を大切にして頂ければ、私どもも嬉しく思います」
「‥‥甘いの。己を抑えてばかりが美徳ではないわ。‥‥じゃが、まぁ‥‥御高説の代わりに見せよう。わらわの雅を」
パタン、と扇を閉じた牙黄は、未だ紫電と緋神を圧倒する女郎蜘蛛に対し、すっと右手をかざした。
さきほどのLTBはかすり傷にしかならなかったが‥‥今回は違う!
「高威力版の高速LTBを二連発‥‥!? 噂には聞いていたが、なんという火力だ‥‥!」
「私との方向性は真逆ですが‥‥その実力、見習いたいものですね」
「これでラストぉ! へへっ、ザコはザコってな! あとはあのバケモンだけだぜぃ!」
「そ、相当弱ってるよ、あれ。でも、今が好機ってね!」
そこそこの数が居たはずの土蜘蛛をあっさり駆除し、4人も女郎蜘蛛退治に加わる。
主にケントと所所楽が土蜘蛛を薙ぎ払い、六条と黒淵は止め役のような構成だったが。
「‥‥わらわの雅とは、わらわの信念を貫くことじゃ。その中に母子を喰らう虫ケラを許しておく理由も無いかった‥‥それだけのこと。信念が他人と重なるなら、まぁ邪険にすることもあるまいて」
「今はそれでも結構です、牙黄様。願わくば、牙黄様の信念がいつまでも私たちと重なりますよう‥‥」
「歯の浮く台詞を平然と言うのぅ。ほれ、止めは任せたぞえ」
「りょうかーいっ! 食べられちゃった人たちの恨み、思い知れぇーっ!」
やがて女郎蜘蛛の絶叫が響き‥‥一行は山に住み着いた化物退治に成功したのであった。
その後、六条の提案で山を捜索した一行は、犠牲になった人々の遺品や数名の遺体を発見‥‥懇ろに弔った。
所所楽の笛は強く、優しく‥‥魂たちに語り掛けるように響き渡ったという―――