●リプレイ本文
●待ち伏せ開始
某月某日、曇り。
秋を通り越し、すっかり冬めいた気温となってきた京都近辺‥‥まだ寒さは深刻ではないが、そろそろ防寒服の準備を始めた方が賢明かもしれない。
そんなある日、作戦は決行された。
「さてッ! まだ長州の輸送部隊は来ぉへんみたいやしッ! ここら辺に陣取って待とうかッ!」
「あのー‥‥谷さん、いくら大牙城さんの覆面の予備を借りてきたからって、口調まで似せなくてよくない?」
「あ、ごめんなぁ。せやけど、これ被っとぉとなんやこういう口調で喋りとうなるんよねぇ」
「谷さんに変装が必要なのは認める。しかし、それは呪いの覆面か何かか?」
そう、速瀬刹喜(eb8798)が言ったように、谷は急遽、大牙城と同じ覆面を持ってきたのである。
流石に谷は有名人なので、面が盛大に割れまくっている。
素のままと言うわけにはいかないのはわかるが‥‥黒眞架鏡(ea8099)のツッコミも仕方ないところか。
「しかし、先ほどから殆ど人通りがありませんね。西からの街道だというのに、寂しいものです」
「乱が起きるかも‥‥知れねぇ‥‥わけだからよ‥‥。一般人だってよ‥‥キナ臭さを‥‥感じてんだろ」
ちなみに一行は、街道沿いの林に隠れている。
こちらからは結構な範囲街道を見渡せるが、街道の方からはよくよく注意しないとこちらは見えない。
神島屋七之助(eb7816)がぽつりと言った言葉に、黄桜喜八(eb5347)が返答する。
「何にしても罪のない一般市民を巻き込んだこの度の叛乱、幾ら大義名分を打ち出しても受け入れられる物ではありません‥‥というか絶対に許せません。で、拙者は小さい事からコツコツと長州の輸送部隊襲撃して邪魔をしてやります」
「‥‥その意気や良し‥‥と言いたい所だが、微妙に寂しい気がするのは俺だけか? コツコツというより、コソコソと言った方が正しい気がするぞ、今回のような仕事は」
「そ、そんなことはありませんっ! 谷殿、これも立派に長州への打撃になりますよね!?」
「勿論や〜。みんなで頑張れば、頑張った分だけ京都の被害が小さくなるんやから♪」
葛木五十六(eb7840)は、さらっと風の鬼若(eb9217)のツッコミを入れられたので、谷に助け舟を求めた。
虎の覆面を被っているので表情は分からないが、恐らくいつものユルい笑顔なのだろう。
「‥‥谷の旦那、もしかして葛木さんみたいな娘が好み?」
「ぎく」
「あらま、図星? アタシはてっきり、アタシや速瀬さんみたいな色っぽいのが好きだと思ってたよ」
「あっはっは。そら嫌いやあらへんけど、なんやこう、真っ直ぐかつ可愛ぇ娘って良ぅない?」
「‥‥谷さん、行楽で来ているわけではあるまい。怪しい隊商が見えたんだが?」
「あ、さいですか。すんません〜♪」
頴娃文乃(eb6553)と谷が雑談に花を咲かせていたところを、東雲八雲(eb8467)が溜息混じりに中断させる。
頼りない。
谷三十郎の第一印象は、大概こう言われる。
「ん、あれや。人数も特徴もピッタシ。準備してもらってえぇですか?」
「それは‥‥勿論だけどよ‥‥。谷さんは‥‥どうすんだ?」
「こちらの準備はほぼ完了している。谷殿こそ、槍を手に取るということは、連中と戦うのか?」
黄桜や鬼若の疑問はもっともである。
まさか新撰組七番隊組長ともあろう者が、敵の確認のためだけに来たわけではあるまい。
そんなことだけなら子供にだって出来るのだから。
「んー。俺は、『あれ』の相手や♪」
「何よあれ!? やつら、あんなの連れてるわけ!?」
「虎が二頭‥‥長州のやつら、あんなのまで手なづけてたわけですか!」
頴娃がグッドラックの魔法をかけて回りながら驚愕の声を上げる。
一方、葛木は一層テンションが上がった模様。
「谷さんも人が悪いなぁ。最初から言っておいてくれればいいのに」
「そうですよ。虎までいると聞いたら私たちが逃げ出すとお思いになったのですか?」
「ちゃうちゃう。正直言ぅて、長州の連中は虎まで一緒にいる状態で相手できるほど練度が低ぅない。あそこに見える8人だけでもみんなより強いやろ。せやから、虎は最初っから俺が倒して頭数に入れないようにしただけや。無駄に死んだらつまらんやん?」
「聞き捨てならない‥‥と言いたいが、谷さんほどの人物が言うのならそうなのだろう。忍びの世界でも無謀は禁物だ」
「わかった。この着慣れない服のまま死ぬのはまっぴらだからな‥‥。先行班、行くぞ」
速瀬、神島屋、黒眞、東雲。
各々思うことはあるが、長州藩輸送部隊の足は止まらない。
準備を万端に終えた先行班から行動開始‥‥谷を含めた9人は、いざ血戦へ―――!
●長州藩士の実力
「おのれ‥‥! こいつら、思った以上に強い‥‥!」
「神島屋さん、スリープを! 一人でもいいから敵の数を‥‥くっ!」
「試みてはいるのですが、高速詠唱では失敗が多く‥‥!」
黒眞、速瀬、神島屋。
戦況は、お世辞にもよいものではなかった。
先行班が変装し、空の荷車を押してすれ違うという作戦は成功。
追行班に所属する谷が草履の紐が解けた振りをして、攻撃開始という作戦も順調であった。
誤算は唯一つ‥‥敵長州藩士一人一人の実力が、思った以上にあったこと。
特に鎧兜で武装した二人は、葛木や黄桜のペット、トシオと同等かそれ以上。
谷がさっさと虎の相手に向ってしまったので、数の上では有利でも、戦闘能力的にはむしろ不利‥‥!
「ガマの助‥‥でききるだけ‥‥やつらの足をよ‥‥止める‥‥!」
「ちぃっ‥‥! その荷‥‥京には運ばせん!」
黄桜とそのペット及び大ガマの術で呼び出したガマが奮戦するも、敵は全員が全員刀で武装した武士。
そう、足軽などと違って、訓練された侍なのだ。
その侍が、恥を承知で背中を見せ、荷車を運ぼうとしたとあれば、東雲としてはすぐに破壊に回るほかない。
高速詠唱なので失敗も多かったが、黄桜たちのおかげでなんとか射程内で発動、車輪を破壊。
だがこれが逆に、敵全員が迎撃に当たれるという理由を作ってしまったのである。
「スマッシュを絡めると捌かれるぞ‥‥!」
「わかってますっ! でも‥‥こんな、勝手な大義名分を掲げる反乱分子ごときにぃぃぃっ!」
「傷を受けたら一旦下がって! アタシが回復させるよ!」
鬼若、葛木、頴娃。
反乱を企てるからこそ訓練を重ねていて強いのである。
それを証拠に、まず黒眞と鬼若のスタンアタックが当てられない。
最初、見に徹していた長州藩士たちは、この二人と戦う際は受けのみに回ることを決めた。
なるべく固まり、神島屋のスリープが成功した際も、なるべく誰かがすぐ起こすようにしている。
結局、一番戦えるのは葛木なわけだが‥‥大技を使えないとなると眼前の鎧武者相手には決定打に欠ける。
「ガマの助が‥‥やられた。再召喚する時間をよ‥‥もらいてぇ」
「無茶だがやるしかないな‥‥。黄桜さん、なるべく急いで頼む。どこまで保つかは自信がないが‥‥」
黄桜を黒眞が庇うような形で戦闘を再開するが、相変わらず敵の攻撃は鋭い。
勿論長州藩士にも怪我人は出ているが、『倒した』と言い切れるほどの傷を与えた者は一人もいない。
こちらも頴娃のおかげで死人こそ出ていないが、中傷以上の人間が多数。
回復役がいたことを心の底から感謝した方がいいだろう。
「この俺が‥‥殆ど役に立たないとはな‥‥!」
間合いの短い鬼若‥‥相性の悪さは、時に命に関わるもの。
長州藩士の一人が振り上げた刀が、鬼若を捉えようとした時だ‥‥!
「あらぁ。もしかしなくても苦戦中〜?」
命のやり取りをしている場には似つかわしくないユルい声。
すでに虎の覆面を取り、素顔を晒した谷三十郎が、すたすたと歩いてきていた。
「馬鹿な‥‥貴様は新撰組七番隊組長、谷三十郎!? 何故こんなところに‥‥!」
「そういうお達しが近藤さんからあったからや〜。さて‥‥もうえぇで、七番隊のみんな〜!」
『!?』
自分たちが潜んでいた林の方へ、大声で呼びかける谷。
当然、長州藩士たちの意識はそちらへ向く‥‥!
「隙ありっ!」
戦場で目の前の相手を放っておいて他に注意を向けるなど、死に直結する愚行だ。
しかし、長州藩士たちがより手強いであろう新撰組七番隊の名を出されて反応してしまったことはある意味仕方がない。
その一瞬で。二人がスタンアタックで意識を刈り取られ、武装武者がスマッシュで行動不能にされたのである。
「あ、ごめん。そういや七番隊のみんなは連れて来ぅへんかったんやった。歳かなぁ♪」
「き、貴様ぁっ‥‥! 卑怯な‥‥!」
「一般市民を巻き込んで乱を起こそうというなどという輩がよく言ったものだ。恨むのならば、俺たちを軽んじた自分自身の甘さを呪うがいい‥‥!」
「連中にはアタシみたいな回復役がいないからね。8対5になれば、数押しでなんとかなるよ、きっと」
東雲、頴娃の言う通り。
出た結果に恨み言を言っても事態が好転しない以上、長州藩士たちが生き延びるためには、一行を撃破するしかない。
そして、腕に差はあれど3人減ってしまったのはかなりの痛手である。
それでもなお、長州藩士たちはひたすら戦う。
生き延びるためにではなく‥‥乱を少しでも優位に運ぶために―――!
●帰り道
結局、神島屋がかなりの深手を負ったものの、なんとか長州藩士全員を討ち取り、依頼はなんとか成功した。
速瀬たちが用意した予備の荷車のおかげで、押収した武具の運搬も極めて順調である。
ただ、惜しむらくはほぼ全員が結構な回数負傷させられたので、意気揚々と言うわけではないのが残念である。
ちなみに谷は、あの後も一切手を出さず、一行と長州藩士の戦いを見ていただけだった。
「‥‥谷さんよ‥‥さっきの機転は‥‥助かったぜ‥‥。おかげで‥‥命拾いをよ‥‥させてもらった」
「ちなみに、虎の方は大丈夫だったのですか? 怪我などはされていないようですが」
「んー、可哀想やったけど、すぱっとしとめといたよ。城さんの覆面被ってたから、やりにくぅて(笑)」
谷の様子は変わらない。
いつものように笑い、自慢をするでもなく一行の戦いぶりを叱責するでもなく、ただ穏やか。
京都の近くでの戦闘であった為、帰り着くまでの短い間、ずっとそうであった。
そして、新撰組の屯所で荷物を降ろし終え、無事解散と言う時。
「あ、みんな。今日の作戦はお見事やったよ。街道を前後から違和感がないように挟むっちゅーのはえぇ手やった。機会があったらやけど、七番隊でも以後参考にさせてもらうわ」
褒め言葉。
しかし、谷は8人に背を向けたまま。
素直に喜ぶ者‥‥違和感を感じていぶかしむ者と反応は様々だが、谷の次の言葉。
「‥‥だが、肝心の戦闘は正直期待はずれだった。無名とはいえ、もう少し頑張れると思ったんだがな」
凍りつく。
8人は勿論、新撰組の屯所前に立っていた何番隊か分からない隊士まで。
普段の谷からは想像できないくらい、冷たく重い声。
しかし、次の瞬間には、いつもの笑顔と声、関西弁になって振り向いた。
「今日はお疲れさまや〜。またそのうち、依頼とか酒場でお会いしましょ♪」
京都の治安を守る組織の一つ、新撰組。
乱の影が忍び寄るこの時期‥‥組長クラスの人間に妥協は許されない。
この勝利は、氷山の一角。それでも、確実に長州の力は削いだ筈。
願わくば、乱の被害が少しでも小さくありますように―――