あだ名屋、始めました?
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■ショートシナリオ
担当:西川一純
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:03月07日〜03月12日
リプレイ公開日:2007年03月16日
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●オープニング
世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――
「暇ね〜」
「暇ですね〜」
「‥‥暇なのか?」
ある日の京都冒険者ギルド。
京都の何でも屋、アルトノワール・ブランシュタッドが退屈そうに呟いたのに続き、ギルド職員である西山一海もまた、つまらなそうに言葉を吐いた。
それを見て冷や汗混じりにぼやくのは、アルトノワールの相棒‥‥藁木屋錬術である。
今日はたまたま藁木屋たちに仕事がなく、一海も担当スペースに客が来ないので、三人揃ってぼーっとしているのだ。
「というわけで、連想ゲームでもしましょうか。お題は『微妙にエロい物』」
「賛成ぇ〜」
「待て。何故よりによってそんな題材だ?」
真面目な藁木屋の意見をきっぱり無視し、一海とアルトは勝手に話を進める。
「じゃあ‥‥チーズ」
「あ、いいわね。私は‥‥バター。はい錬術」
「‥‥すまん、基準が見えてこない。何がどうエロいのかさっぱりわからん」
「雰囲気ですよ雰囲気。それっぽければなんでもいいんです」
「というか、何故やらねばならないんだ‥‥? ‥‥ミルク」
『アウトォォォッ!』
「な、なに!?」
藁木屋が悩んだ末に言った答えを、一海とアルトは0,2秒で否定する。
「錬術〜、それじゃ直接的過ぎよ。『牛乳』ならまだしも」
「嫌ですねぇ藁木屋さんったら、真面目な顔して。あなたの脳は桃色ですか?」
「凄まじく釈然としないのだが! 私か!? 私が悪いのか!?」
「はっはっは。桃色情報屋ってあだ名つけちゃいますよ?」
「そんなのダメー! 錬術がかっこよくなくなっちゃう! ‥‥って、そうだ。あだ名で思い出したんだけど‥‥」
藁木屋を弄るのもそこそこに、ぽん、と手を叩いたアルトが鞄から何かを取り出した。
どうやら紙の束のようだが。
「錬術、例のあだ名関連の依頼はどうする〜? 結構溜まってきちゃったんだけど」
「あだ名関連ってなんです?」
「あぁ‥‥冒険者に限らず、商人とか町人でも、私たちの情報力を使い、『こんなあだ名を付けてくれ』とか、『こんなあだ名は嫌だから払拭してくれ』という依頼が結構持ち込まれるのさ。最近、八輝将やら骸甲巨兵やら森忌の件やらで、後回しにしっぱなしだったな、そういえば」
「つまり、『あだ名屋さん』みたいなものですか?」
「そ。勿論、射撃が苦手な人に『京都一番の射撃の名手』みたいな嘘のあだ名を流布すると私たちの信用に関わるから、なんでもかんでも希望通りってわけにはいかないんだけどね」
「そうだな‥‥ついでだから、冒険者の方々の依頼も受け付けるか」
「一海君も何かつけて欲しい?」
「謹んで御辞退申し上げます」
「ちぇっ」
こうありたい‥‥こうはありたくないという純粋な願い。
また、評価されて然るべきなのに無名という人も居るだろう。
たまには肩の力を抜いて、自らのあだ名に思いを馳せるのは如何だろうか―――
●リプレイ本文
●拍手阿邪流(eb1798)
「ダメ」
「こらぁっ!? 開口一番それかよっ!!」
某月某日、某居酒屋。
あだ名を払拭して欲しい、または箔の付くあだ名が欲しいと言うことで集まった8人と藁木屋・アルトは、のんびりと飲み食いしながら順々に面談を行っていた。
一人を除いてアミダで決めた順番は、名物陰陽師兄弟の弟のほうがトップバッターであったのだが‥‥。
「だってー、ぴったりじゃない? 明らかに陰陽師としてはヒヨッコなんだし、確か当時、ピンク色のヒヨコ連れてたし、本人卑猥だし。払拭する必要ないじゃないの」
「卑猥とか言うと人聞きが悪ぃだろーが!? せめてエロいとか桃色でいいじゃねーか! とにかく俺は嫌なんだよっ!」
「アルト、阿邪流君を弄って遊ぶのは止めたまえ。彼らの希望を叶えるための依頼なんだぞ、これは」
「ぶーぶー。つまんなーい」
「やり直しを要求する! 『ヒヨッコ陰陽師』を取り消せ! いや、『ヒヨッコ』だけでも取り消せ!」
拍手が藁木屋に怒鳴る一方、何やらブツブツ言っていたアルトが、ふと口を開いた。
「‥‥ストロベリー」
「‥‥あ?」
「日本語に直すと『苺』。もしかして、ストロベリーさんに嫌われたくないからかなー?」
「ばっ‥‥馬鹿言ってんじゃねぇよ! ンなの関係ねぇって!」
「そっかそっかぁ‥‥青春ねぇ。うんうん♪」
「れーんーじゅーつー!! 本気でこいつなんとかしろよぉぉぉっ!?」
「あー‥‥、拍手君、『桃色ヒヨッ子陰陽師』を払拭‥‥と」
これ以上ごたごたする前に、ささっとメモ書きして話を進める藁木屋であった―――
●小坂部太吾(ea6354)
「維新組局長、『火』の志士、小坂部太吾じゃ。公式には『全然』認められてない弱小組織でのう、いいとこ『有志による自警団』程度の組織。まぁそれはともかく」
「確かに、話はちょこちょこ聞きますが、あまり知名度はないでしょうな‥‥」
「うむ‥‥精進せねばならん。で、じゃ。わしの部下には称号がついておるのに、わしには無い! 何ぞカッチョイイ称号が欲しいのぅ。希望の称号は『日輪の志士』じゃ! 部下からは、わしの顔を見るとよく『日輪』の様だと言われるのでのぅ」
「それ‥‥明らかにいい意味で言われてないでしょ。ただ単にハ―――もがもが」
「そんなことを言うものではないぞ、アルト。男なら誰にも可能性のあることなのだから」
さらりとハゲと言おうとしたアルトの口を、藁木屋が速攻で塞ぐ。
そう‥‥例え本人が気にしていないと公言していたとしても、そこには触れてあげないのが優しさと言うものである。(何)
「あー、小坂部殿。私としては、その『日輪の志士』というのはお勧めできません。なんというか、その‥‥恐らく、小坂部殿にはもっと相応しいあだ名があると思うのです」
「そ、そうよそうよ。ファイヤーバードとか珍しい魔法覚えてるんだし、『火翼の志士』とかでどう?」
どこかから『俺ん時と随分対応が違わねぇか!?』等の抗議が聞こえるが、敢えてスルーする。
「ふむ‥‥悪くはないのう。しかし、なぜ日輪はいかんのじゃ?」
「まぁ、色々と。では次の方―――」
藁木屋は恐れたのだ。
維新組のイメージが、『リーダーが日輪と呼ばれるようなハゲ』となってしまうことを―――
●将門雅(eb1645)
「まいど〜。有形無形万の品を扱う万屋将門屋の店主、将門雅や。ご贔屓に。藁木屋はんと近い生業なんかな?」
「これはご丁寧に。して、今日は何故あだ名を?」
「ん〜。最近、道楽で冒険しよる商人みたく言われるさかい、冒険者に見えんでも、道楽って言われるのだけは勘弁してもらいたいんで参加したんや。冒険者に失礼やろ?」
「えっ。道楽じゃなかったの?」
しーん‥‥。
アルトの一言で、場がしばし硬直する。
「だ、だってあなた、店ほっぽりだしてペットと遊んでばかりだって聞いてるわよ? 私悪くないもーん!」
「得意な事は商人を生かした事やからそう言われるのも仕方ないんやけど、他には移動系の忍術を組み合わせた行動やね。例えば、疾走の術を使って追跡したり、微塵隠れで相手の懐に飛び込んで当て身を喰らわすとかやね」
さらっとアルトを無視して話を進める辺り、将門は商人気質であった。
「ふむ‥‥暗躍系ということですな。しかし、そうなるとそれを匂わせるあだ名は却下か‥‥。商売の方でも、『影動の商人(えいどうのあきんど)』等と言われては差支えが出そうですし」
「それなら簡単。『売人×玄人(ばいにん・ばいにん)』でいきましょ」
「なんや、ことあるごとに休業しそうなあだ名やね‥‥って、もしかして旅行のこと言うてる?」
「さー、次の人〜♪」
まぁ、これはこれで、得意分野を悟られない、良いあだ名かも知れなかった―――
●天道椋(eb2313)
べべん。
「朝は長屋のマダムたちとの井戸端会議(情報収集)。
昼は琵琶を片手に空き地で歌を歌い子供と遊び(情報収集)。
夜は酒場で仲間と乾杯談笑(情報収集)。
食事は姉貴たちの家(診療所)にあがりこんでつまみ食い。
たまにギルドで仕事を探す‥‥」
「‥‥ただ単に怠惰な坊主ってだけなんじゃないの?」
琵琶で弾き語りをしながら自身の説明をする天道に、スパッとツッコむアルト。
それを怒るでもなく、天道はにこやかに笑って琵琶を置いた。
「しかし、すでに『凄すぎる琵琶法師』というあだ名があるのに、さらに『〜の琵琶法師』と言うあだ名でよろしいので? 何か別の類のものでもいいのでは‥‥」
「いいんですよ。俺は琵琶に生きて、琵琶に死ぬ坊主でありたいと思ってます。琵琶で誰かを楽しくしたり、救えたりしたら、こんなに嬉しいことはないですから。笑顔こそが最高の宝‥‥ってね」
「ふ‥‥なるほど、立派ですぞ。では、『笑創の琵琶法師(しょうそうのびわほうし)』というのではどうでしょうか。笑顔を創りだそうと努力する天道殿に、私から敬意をこめてお送りしましょう」
「あはは‥‥な、なんか照れますねぇ。随分大仰な感じです」
だから俺ん時と対応違わねぇ!? という抗議はやはりスルー。
他人のために生きられる天道に、胸を張ってお勧めする藁木屋であった―――
●アイーダ・ノースフィールド(ea6264)
「‥‥『褌クラッシャー』? どういう状況でそういうあだ名が付いたのか知りたいものですな‥‥(汗)」
「でしょう? 私だって嫌なのよ‥‥こんな情けないあだ名があるせいで、新たな称号が付かないのも嫌な話だし。‥‥いっそ、『褌』を壊した噂が薄れるように、もっと色々壊した方がいいのかしら?」
「それじゃただ単に『デストロイヤー』になっちゃうだけなんじゃないの?」
アイーダは、弓を基本武器とする凄腕のナイトである。
弓を主武器とするのに、どうして褌を壊したのかは激しく疑問なのだが、まぁそこは聞かぬが華だろう。
「別に新しいあだ名をとまでは言わないわ。けど、こればっかりはなんとか払拭して」
「了解しました。ではその方向で動きましょう」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥終わり?」
「終わり? って言われても、あなた絡みづらいんだもの。こういうとき、クールな人って損よねぇ」
「いや、君が言えることではないぞ、アルト‥‥」
「‥‥よく分からないけど、私は仕事さえしっかりしてくれれば文句はないわ。じゃあね」
ただあだ名を払拭してくれと頼んできた人は、基本的に話が広がらない。
それがアイーダのようにクールな人ならなおさらであり‥‥むしろ、拍手が例外的なのである―――
●海上飛沫(ea6356)
「自分には、一応『うなぎはんたー』というあだ名があります。あだ名については、自分は特に不平不満はありません。自分は、小坂部局長の単なる付き添いにすぎません。なので、くれぐれも『変なあだ名』をつけないでください!」
言葉通り、付き添いで来た海上。
藁木屋にしてもアルトにしても、そうきっぱり言われてしまうとどうしようもない。
「うーむ‥‥一度にあだ名を付けられる方には限りがあるし、無理にあだ名をつけるのもな‥‥」
「時間もないし、さくっと次に行っちゃいましょうか」
「‥‥いや、それはそれで寂しいと言うか、来た甲斐が無いと言うか‥‥」
「じゃあ『うなぎはんたー』のあだ名で弄る?」
「まっぴらです」
裏手ツッコミするも、やはりいまいち話が広がらない。
海上飛沫‥‥次回はこそは、ちゃんとしたあだな希望を持ってきていただきたい―――
●エルザ・ヴァリアント(ea8189)
「初めまして、私はエルザ・ヴァリアント。普段は踊り手をしてるの」
と、彼女もクールなタイプのようだが、ぺこりとお辞儀をすると、バーニングソードを高速詠唱で掌に宿す。
居酒屋なので勿論他の客もいるが、彼らも含めて全員がエルザに見入っていた。
炎の軌跡を描くように腕を大きく振りながら、流れるように。
身の内に満ちた情熱を表現するように。
日頃の研鑽を示すように。
己が動きの一挙手一投足を洗練していくように。
見た者が心に刻まずにはいられないくらい、赤い軌跡は流麗であったという。
そして、左足を軸に両腕を広げてくるりと一回転。
それから胸の前で腕を交差させ、決めポーズで終了。
「我が炎舞(えんぶ)、如何でしたでしょうか」
巻き起こる割れんばかりの拍手‥‥藁木屋もアルトも、これには感動である。
「いや、恐れ入った。これほどの舞手が無名とは‥‥」
「冒険者としては名が通ってても、生業で有名とは限らないもんね。でもホント、今のはステキだったなぁ♪」
是非、彼女に相応しいあだ名を。
その思いは満場一致である。
「じゃあ私からは、銀色の髪を華に例えて、『銀華』をプレゼント♪」
「そして私からは、流れるように刻まれる炎の舞を讃え、『流刻炎舞』を。合わせて、『銀華・流刻炎舞(ぎんか・りゅうこくえんぶ)』でいかがだろうか。その舞、是非多くの人々に披露していってくれ」
「感謝の極み―――」
再び拍手喝采が起こるのに、数秒もかかりはしなかったという―――
●一条院壬紗姫(eb2018)
「どうだったかな、一条院嬢。退屈しのぎになったかね?」
「えぇ、とても。思いがけず、素晴らしい舞も拝見させていただきましたし」
一条院は、お茶請けにと注文したお団子の串を皿に置き、優雅に笑った。
彼女も海上と同様、特にあだ名が欲しいわけでも払拭したいあだ名があるわけでもないという。
「やはり、人間観察は面白いですね。個性的な方々が集まったせいもありますが、非常に興味深かったです」
「まったくだ。拍手君のような賑やかな人も居れば、小坂部殿のような渋い方もおられる。そしてクールな方の中にも、様々な個性がある‥‥と。一人一人、その人だけのあだ名というのがあるなら、それは幸せなことなのかも知れないな」
「そうですね。でも、私に限っては、実績の伴っていない二つ名など、なんの価値もありませんので興味がありません。‥‥それに私は、義兄様のように一年を通して何かをやり遂げた訳でも、義姉様のように強い願いや意志を持っているわけでもありませんので‥‥」
後半の方は小声だったので、一条院は自分以外には聞こえないと思っていた。
「れーんじゅつっ! お仕事終ったから、後は飲み食いするだけだよ〜♪」
「あ、あぁ‥‥アルトか。すまない、一条院嬢。少々アルトたちの相手をしてくる」
「どうぞ‥‥ごゆっくり。私はこれで失礼しますね」
去り際に、藁木屋は一条院だけに聞こえるよう声をかける。
「きっと見つかるさ。君だけの二つ名も‥‥君だけの生き方も。君が君である限り、必ず」
「‥‥中々良い時間が過ごせました、ありがとうございます。また、何処かで会えたら‥‥」
びっくりしたような顔をした後、ふっ、と初めて表情を綻ばせ、帰路につく一条院。
藁木屋の言葉は、月並みな台詞ではあったが‥‥何故か心を軽くした。
見上げた空には、綺麗な三日月。
今日飛び交った数多のあだ名に思いを馳せ、一条院はいつになく上機嫌であったという―――