丹波山名の八輝将『翡翠の巻』

■ショートシナリオ


担当:西川一純

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月03日〜07月08日

リプレイ公開日:2007年07月11日

●オープニング

世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――

 かつて、丹波藩で半年にも渡ろうかと言う長い戦いがあった。
 丹波藩城主、山名豪斬と‥‥その家臣にして、希有な魔法戦士部隊、八卦衆に弓を引くものたちが現れたのである。
 その名は、『裏八卦』。丹波の内乱時のごたごた時に結成された、これまた凄腕の魔法戦士たち。
 冒険者を巻き込んでの戦いは、序盤こそ裏八卦が奇襲やらなにやらで有利だったが‥‥それも長くは続かなかった。
 徐々に裏八卦は捕まり始め、その数を減らし‥‥つい最近、全員捕まって処刑されたという。
 が、それはあくまで表向きの話。
 山名豪斬は、思った以上に甘い理想論者だったらしく‥‥なんと、裏八卦を家臣として雇い入れたのである。
 裏八卦は『八輝将』と名を改められ、現在は丹波藩に慣れるための研修中。
 さて、今回の八輝将は―――?

「こんばんは。お久しぶりね、西山君。これぞ久方美」
「おやま、旋風さんじゃないですか。お久しぶりです」
 店じまい間際の京都冒険者ギルド。
 ギルド職員である西山一海を直接訊ねてきたのは、丹波藩八卦衆の一人、風の旋風であった。
 その後ろには、黒髪ショートロングの女性がついてきている。
「‥‥もしかして、超久々の八輝将の研修依頼ですか?」
「そういうことよ。ほら緑葉ちゃん、挨拶しないと。これぞ礼節美」
「わ、わかってますよ。こんばんは、『八輝将・翡翠の緑葉(はっきしょう・ひすいのみどりば)』よ。今回はお世話になるんで、よろしくお願いします」
「‥‥緑葉さん? 緑葉さん〜? なーんかイメージと違いますねぇ」
「あたしだっていつもいつもテンション高いわけじゃないわよ! 兄さんと一緒じゃないからいまいちやる気が起きないだけですよーだ。悪しからず!」
 ちなみに、緑葉が言う兄さんとは、八輝将・黒曜の屠黒のことである。
 聞くところによると、幼い頃に火事で天涯孤独の身になってしまった緑葉を、屠黒の両親が引き取り、文字通り兄弟のようにして育ったらしく、二人の付き合いは相当長い。
 屠黒が八輝将であることに肯定的なので、当然のように緑葉にも現状への不満は無いようだ。
「今日の依頼は、緑葉ちゃんの研修ではあるけど妖怪退治じゃないわん。今回はね‥‥『東雲城への潜入』よん。これぞ隠行美」
「は? 東雲城と言えば、藩主の山名豪斬様がおわす丹波藩の主城ですよね‥‥?」
「旋風さん、言い方が悪いですよ。要は、『城の警備網を試すための抜き打ち実戦訓練』ってとこ。主城ともなれば、いつ何時少数精鋭の暗殺部隊に攻め込まれて、豪斬様を狙われるか分からないじゃない? そこで、あたしと冒険者たちで潜入部隊役をして、藩士たちを試すのよ」
「なるほど。ということは、藩の上役の方々は事情を知っているけれど、下っ端の方々は訓練と言うことすら知らないというわけですか。面白そうですねぇ」
「先に知らせちゃったら真剣味も薄れるし、何より本物の敵ならいつやってくるかなんて不明なわけだしねん。これぞ突然美」
「わっかりました。では、早速依頼書作りますね」
 常日頃から修練し、あらゆる事態に備えよというのが丹波藩の方針らしい。
 自らの居城で実戦訓練を行おうという判断を下した山名豪斬‥‥やはり、珍しいタイプの藩主である―――

●今回の参加者

 ea0031 龍深城 我斬(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5062 神楽 聖歌(30歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea8616 百目鬼 女華姫(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1421 リアナ・レジーネス(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb2483 南雲 紫(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2919 所所楽 柊(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

槙原 愛(ea6158)/ 王 冬華(ec1223

●リプレイ本文

●作戦概要
 某月某日、晴れ。
 蒸し暑く、太陽が照り付けていることを加味しても、何の変哲もない夏の一日であった。
 当然、東雲城の警備を担当する藩士たちは、今日この日に抜き打ち訓練があるなどとは夢にも思っていない。
 というか、賊が侵入してくるということ事態を想定していなかったかもしれない。
 潜入役を任された冒険者たちは、一人欠席者が出たので緑葉を含め6人。
 作戦の順序だては済んでいるが、肝心な潜入時刻については最後まで意見が別れ、夜にしても昼にしても一長一短があるために決着までに時間がかかっていた。
 結局、作戦の流れを鑑みると、昼の方がやり易かろうということに相成ったわけなのだが。
「錬術の使い、ね。中々上手い手だと思うけど、これをやるには昼間でないと不自然なのがちょっとね」
「いくら藁木屋本人に書状を用意してもらったからといって、夜に使いだなんて出向いてくるのは怪しいからな。少なくとも嘘はないわけだから、白昼堂々乗り込めばいいさ」
「これであっさり天守閣まで行っちゃったら笑い話にもならないけどね。丹波藩士の力量がその程度でないことを切に祈るわ。腕前の方も知りたいわけだし」
「同感だ。退屈させてくれるなよ‥‥丹波藩―――」
 囮役を請け負ったのは、龍深城我斬(ea0031)と南雲紫(eb2483)の二人。
 本当はここにもう一人加わるはずだったのが、所用で欠席。
 まぁ、お使いを名乗る人間があんまりぞろぞろ連れ立っているのも変な話なので、逆によかったかもしれないが。
「では、俺は打ち合わせどおり隠れながら二人の後をついていくからな〜。よろしく、紫サン、我斬サン」
 黒子頭巾ですっぽりと顔を隠したのは、所所楽柊(eb2919)。
 彼女はいわば保険と後詰を兼ねた役回りで、囮役が門番に止められたりした場合に強行突破を図り、自分を突入の本命だと思わせ、別働隊への注意を逸らす立ち位置である。
 無論、二人が門をスルーできるようなら頭巾を取って合流するのだが。
 三人は頷き合い、東雲城の門を目指す。
 微かな期待と高揚感を胸に秘めて―――

●案内
「忍者で”肉体美”の百目鬼女華姫(ea8616)よ〜♪ ヨ・ロ・シ・ク♪」
「わっ、わかっ、わがっだがら、抱ぎづぐのばやべでぇぇぇっ!」
 百目鬼の美しき筋肉から繰り出される抱擁(挨拶)を受け、緑葉は潰れたカエルの様な声を上げた。
 解放された緑葉は、潜入を始める前にどっと疲れたようである。
「随分と熱烈な御挨拶ですね。私はご遠慮いたしますけれども(笑)」
「まったくッ! すでに城の警備の中にいるんだから、あまり大声出させるんじゃあないわよッ!」
 こちらが本命たる潜入役、百目鬼女華姫(ea8616)、緑葉、リアナ・レジーネス(eb1421)の3名。
 城の内部に明るい緑葉に正門ではないところから入り込める場所に連れてこられ、そこから天守閣を目指すわけである。
 ちなみに、城の構造の大まかなところは囮役の面々にもすでに教授済みだ。
「ところで本当は依頼を受ける前に確認しておきたかったんですが。私たちは東雲城や兵士さん達への損害をどの程度に抑えておけばよかったんでしょうか? あとで損害賠償が来る、ということはないですよね?」
「そんなことあるわけないでしょ。殺しさえしなければ大丈夫だってアルトノワールとかいう女に聞かなかった?」
「いえ、どれだけ被害を出してもいいというのであれば、ペットのロック鳥に乗って天守閣へ突撃してみるのも面白かったかな、などと思いまして(笑)」
「さ、流石にそれはまずいでしょ。そういう襲われ方もあるかもしれないけど、それじゃ藩士さんたちの訓練にならないわ」
「そうですか。それは残念です」
「なんでもいいから行くわよッ! そろそろ囮の連中が門につくころだからねッ!」
 仕事の間はテンションが常に高いらしく、緑葉はすでに奇妙な感じになっている。
 兄の方は彼独自の論理でスイッチが押され、急激にテンションが上がるタイプであったが、今は関係ない。
 こうして、こちらの3人も移動を開始した。
 騒ぎが起きていないことを考えると、囮組みは門をスルーしてしまったのであろうか―――?

●抜き打ち訓練
 さてさて、囮組みがどうなったか見てみよう。
 丹波藩と繋がりの深い情報屋、藁木屋錬術に豪斬宛の書状を書いてもらい、自分たちをその使いだと説明した南雲と龍深城は、拍子抜けするほど簡単に門を通されてしまった。
 それに伴い、所所楽も慌てて二人に合流、城内へ通される運びとなったのである。
 策が当たったというのもあるが、それ以上に南雲の存在が大きかった。
 八卦衆や五行龍といった丹波藩の出した依頼に多数参加している上、彼女は世界的に知られた武芸者。
 名前を出しただけで門番は姿勢を正し、警戒を解いてしまったのだ。
 それだけならばまだよかったのだが‥‥。
「おい、どうするんだこの状況を〜。もたもたしている余裕はないんだぞ〜?」
「そ、そんなこと言われたって‥‥無理矢理突破するわけにもいかないでしょ(汗)」
「始末に悪いな。怪しまれて取り囲まれた方がまだ対処がしやすい‥‥」
「どうかなさいましたか、南雲様?」
「あ、ううん、なんでもないの。あ、あはは‥‥」
 そう、なんと南雲たちは歓迎され、藩士たちが集まる休憩の間に招かれた。
 警備に当たっているものは持ち場にいるようだが、登城して特に仕事のない者が集まってきて、羨望と憧れ、畏敬の念等々、良い感情の視線を向けてきてしまう。
 そんな彼等を無理矢理に突破すると言うのも気が引けたのだ。
 小声で話し合う三人。南雲が困って愛想笑いをするというのも珍しいことではある。
「待ってくれ。俺たちは豪斬様に書状を届け、申し上げることがある。あんたらの相手は後でするから、とりあえず取り次いでもらえないか?」
「は‥‥し、しかし、本日は誰の取り次ぎもするなとご命令がありまして‥‥。書状だけでもお届けいたしましょうか?」
「それじゃ困るんだな〜。直にお伝えしてくれと錬術サンに言われてるんだ」
「なれど‥‥」
「私が無理にお願いしたって言っていいわ。実際そうだしね。こっちも急ぎなのよ」
 龍深城が機転を利かせ、天守閣に行くための試みを開始する。
 藩主の名を守り、取り次ぎを渋る藩士の一人に、南雲は更に追い討ちをかけた。
(「これで承諾するようじゃお終いよ。さて‥‥どうするのかしら、藩士くん?」)
 仲間と何やら相談していた若い藩士は、南雲たちに向き直ってきっぱりと告げた。
「申し訳ありませんが、如何に南雲様のお言葉でも聞けません。我等が主、豪斬様の思し召しが最優先でございます」
「ふ‥‥それでいい。それが武士のあるべき姿勢だ」
「手間を取らせたな。最初から突破すればよかったものを」
「悪いけど、無理矢理にでも押し通らせて貰うからな〜」
 南雲は当然だが、龍深城も所所楽も名の知れた武芸者だ。
 しかしその言に抗い、事を構えようとすることにも藩士たちに迷いはない。
 当初の目論見とは違うが、ここにはかなりの数の藩士が集まっている。3人にとっても相手にとって不足はないし、囮という役割を背負った身にとっては返って好都合だ。
「来い。稽古をつけてやる―――」

●本命
「左前方の方角、20m先に2個の呼吸あり。やり過ごすにはどこへ向かうか指示をお願いします」
「そんなまだるっこしい真似できるほど城っていうのは便利にできてないのよッ! 倒して進むッ!」
「ちょ、ちょっとちょっと。さっきから随分と過激ねぇ」
 百目鬼が振り返ると、城内の廊下には倒れ伏した藩士があちこちに見て取れる。
 ほぼ全員が、緑葉を味方と認識して声をかけた瞬間にやられた可哀想な方たちであった。
「天守の最上階に行けとは言われていないッ! 天守閣の前にまで行きさえすればよかろうなのよぉーーーッ
!」
 一緒に行動してみて、リアナと百目鬼は思う。豪斬にとっても、さぞかし緑葉は扱いづらいだろうと。
 騒ぎに気付いた藩士が道を塞ごうとするが、リアナや緑葉の魔法を喰らったり、百目鬼(現在は男に変装中)のスタンアタックで撃沈されたりと、突破を許してしまう。
 普段ならあちこちの部屋に藩士が控えているのだろうが、生憎と今日は龍深城たちのほうに集まってしまっているのだ。
 やがて天守閣へ向かうため、一旦屋外へ出る。
 そこには‥‥!
「あーん? 騒がしいから何かと思えば、何やってんだお前ら」
「緑葉ぁ!? こいつはいったい何の真似だっ!?」
「ぶっ! 琥珀の井茶冶さんに水の凍真さんじゃない! 話聞いてないの!?」
「ん? その声はいつぞやのようか‥‥じゃなかった、くのいちか? 変装までしてこんなところまで来るとは穏やかじゃないぜ。下の騒ぎはお前らの仲間の仕業か!?」
「そういえば、八卦衆や八輝将が城の守りにいても不思議はありませんね。全員が常駐していないまでも、誰か一人くらいはいるものだと考えるべきだったかも知れません」
「関係ないッ! リアナ、私が突破するから援護してッ!」
 動揺する百目鬼とリアナに対し、緑葉はただ天守閣にたどり着くことだけを目的にしている。
 リアナがライトニングサンダーボルトの魔法で凍真を狙撃している間に、緑葉が空蝉の術で井茶冶と場所を入れ替わり、百目鬼はそれを確認した上で天守閣へ走るが‥‥!
「させるかっ!『兎崩雪(とほうせつ)』!」
「なめんなよ‥‥野郎!」
 凍真のアイスブリザードで緑葉が、井茶冶のディストロイで百目鬼が弾き飛ばされる。
 さしもの緑葉も後方から撃たれては魔法を使うタイミングが計れない。
「八卦と八輝の二人を相手にして、たった3人で突破できると思うんじゃねぇぇぇっ!」
「相性はよくないが、ま、これくらいはな。そこのウィザード、まだ抵抗すっか? あぁ?」
「くっ‥‥あ、あともう少しなのにッ‥‥!」
 元々少ない人数であった上に分散してしまったので、流石にこれはどうしようもなかった。
 せめて6人固まっていれば、緑葉一人くらいなら突破できたかもしれないが‥‥。
「やめよ。黙っていて悪かったが、これは余が命じた訓練だ。緑葉は我が命に従っただけのこと」
 ふと見ると、丹波藩主山名豪斬が天守閣から降りてきていた。
 勝負ありだとみなし、止めに入ったのだ。
「訓練‥‥例の八輝将の研修か? まだ続いてたのかよ。俺はてっきり立ち消えになったモンだと‥‥」
「おぬしまで言うか。まぁよい、我斬たちを止めに行くとするか―――」
 豪斬に連れられ、百目鬼たちが所所楽たちの下にたどり着いてみると、そこは想像以上の惨状であった。
 なんと所所楽たちは僅か三人でありながらまだ戦線を維持しており、藩士の方は無数の怪我人が出ている。
 勿論、3人も無事では済んでいない。あちこちから出血しており、見た目だけでもボロボロだ。
「皆の者、ご苦労であった。もう良い、訓練はここまでだ」
 突然現れた藩主にも驚いたが、藩士たちはその言葉の意味が分からない。
 その言葉を最初に理解し、息を吐いたのは南雲たちの方である。
「ま、まったく‥‥殺さずに、これだけの数の、相手は‥‥きつい、な‥‥!」
「お、終ったぁ〜! その様子じゃ、天守閣は、駄目だった、みたいだな〜‥‥」
「豪斬様、誇っていいと、思うわ。丹波藩士‥‥よく鍛えてると、思うもの‥‥」
「‥‥うむ。損な役割を任せてすまなんだ。誰か、僧侶たちを呼んで参れ」
 まずは冒険者一行及び藩士の治療を行い、豪斬は藩士たちを集め、説教しつつ褒めることも忘れなかった。
 戦国の世‥‥次もこう上手く防げるとは限らないが、一層の精進あるべしとのこと。
 そして、天守閣到達こそ逃したものの、龍深城を初めとする冒険者一行の協力と尽力を改めて労い、歓迎するためささやかな宴が催されたという。
 きちんとした説明を受け、理解した丹波藩士たちと南雲たちは、今度こそ気兼ねなく笑い合えた。
 前例のない、自らの城での訓練。それは家臣にとってもまったく想定外の出来事。
 この時代‥‥新たな前例を作り出していくくらいでなければ、生き残れないのかも知れなかった―――