【石の陰謀】魔を奏でる石細工

■ショートシナリオ&プロモート


担当:西尾厚哉

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:7 G 30 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月02日〜10月07日

リプレイ公開日:2008年10月09日

●オープニング

 ある日、キエフの町を流れる川岸に死人が流れ着いた。
 彼は川上から流れついたものと思われたが、真っ白になってしまった皮膚に恐怖に歪められた死に顔はとても正視に堪えられるものではなかった。
 身元を調べると、とある村にいた石工であったことが分かった。
 彼は村ではかなり腕のいい石工と評判で、数人の貴族から屋敷の庭に飾る置物の彫刻を任されてもいた。
 ほどなくして、再び死人が見つかった。
 キエフの町からさほど離れていない村に住む男で、彼も腕がいい石工であった。
 彼の場合は何者かに体を裂かれたような無残な姿で、まさに『捨てられた』という状態で見つかった。
 そしてさらに数人の男が死人となって発見されることとなる。
 亡くなった者に共通するのは、全員がそれなりに定評のある石工であったこと、そして死体となって発見される数日前くらいから急に行方が分からなくなっていた、ということであった。
 なにゆえ石工が狙われるのか分からなかったが、人々は間違いなく魔物の仕業と噂した。


 キエフから徒歩で2日ほど離れた場所に、大きな森がひとつある。
 その森の中に道楽者の貴族が別宅を作ったのは50年ほど前のことだ。
 未開拓で魔物まみれの森の中に住居など、と、当時はかなり非難の対象になったらしいが、そもそも考えることが少し人並み外れた御仁であったため、どうせすぐに興味も失せるだろうと人々は噂し、結果、森の中の別宅はたったひと夏を越えただけであっという間に廃墟と化した。
 今では、森のあのあたりに屋敷があったはず、と、人の記憶に残るだけだが、それが最近になってまた噂になっているのは妙な出来事が起こっているからにほかならない。
 出来事、というよりは、音、と言うべきか。
 くだんの屋敷のあたりから風に乗り、奇妙な音が聞こえてくる。
 ‥キン‥コン‥ゴン‥
 何とも形容し難いが、察するに硬いものを打ち合わせるような音であるという。
 昼夜を問わず風に乗って運ばれるその音は、聞いて決して心地良いものではなく、どちらかといえば背筋がぞっとするような、あるいは妙に不安に陥り叫び出したくなるような、そんな音であるという。

 ギルドの受付係がその音の話を思い出したのは、噂が流れているのが自分の故郷であったことと、音が『硬いもの』すなわち、石であるやもしれぬという話を聞いたのと、目の前にいる依頼者が『石工』である、という一致からだった。
「アディンはこんな小さな頃から弟子として面倒を見てきておりましてな」
 依頼者である石工のヤコフは大きな手を広げて、椅子に座る自分の肘のあたりで手のひらを下に向けた。
「親がいなかったのでわしが引き取ったのですが、素直でいい子だった。手先も器用だ。最近は地位の高い方のご指名もあって、いい石工に育っておりました。なので、急に何も言わずいなくなることなど考えられんのです」
「アディンがいなくなってどれくらいになるのですか?」
 石工の顔に刻まれた深い皺を見つめながら受付係が尋ねると、ヤコフは苦しそうに顔を歪めた。
「4日‥いや、5日になります」
 受付係はそれを聞いて次の言葉を躊躇する。石工が死体となって発見されている事件は周知のことだ。
 いずれも行方不明になって一週間ほどで発見されている。ヤコフも知らないわけではないだろう。
「少年弟子は親が連れて帰ったりしましたよ」
 ヤコフはため息をつく。
「石工になると殺される、と、若いもんも数人故郷に帰った。腕を磨いて殺されるのでは確かに割が合わんでしょうな」
「これは根拠があってのことではないのですが‥」
 受付係はそう言い、森の古い屋敷からの音の話をした。すると石工はうなずいた。
「実はわしもその話は聞きました。それで実際に音を聞きに行きました。あれは間違いなく石の音です。長年石と付き合って来たのだから分かります」
 ふうむ‥と受付係は考え込む。
「では、その屋敷の捜索をと? アディンはやはりそこにいるとお思いですか?」
 ヤコフは頷く。
「あの音は、聞いていると頭の中をえぐられそうになる。非常に不快な音だ。それでも我慢して耳を澄ませましたよ。時折聞きなれた槌の音がする。石を加工するときに打ち下ろす槌だ。アディンはきっとあそこに連れて行かれたのだと思うのです。おそらく他の殺された石工も同じでしょう」
「‥了解しました」
 受付係は頷いて羊皮紙に書き記す。
「今まで石工探しの依頼なぞ出ておりませんでしょう?」
 ヤコフの言葉に受付係は気まずそうに目をしばたたせる。確かに依頼は来ていない。
 ヤコフは自嘲気味に笑みを浮かべた。
「石工など履いて捨てるほどおりますからな。お金持ちの方々にとっては別の石工を探せばいいというくらいのものでしょう。ですが、最近いろんな方が石になり砕かれて持ち去られていたはずです」
 そういえば、と受付係は思い出す。担当が違ったが、一週間ほど前に騒ぎになっていたはずだ。
「そんじょそこらの石でなく、石になった人の体を細工しているのだとしたら、それほど恐ろしいことはありますまいな‥。わしはそれを考えると身震いがする」
 ヤコフは立ち上がると深々と礼をして去っていった。

●今回の参加者

 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea2181 ディアルト・ヘレス(31歳・♂・テンプルナイト・人間・ノルマン王国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0655 ラザフォード・サークレット(27歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb4721 セシリア・ティレット(26歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 ec0038 イリーナ・ベーラヤ(32歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

水之江 政清(eb9679

●リプレイ本文

「アテナで一足先に偵察に向かいます」
 ディアルト・ヘレス(ea2181)がペガサスと共に飛び立っていったのは数時間前だ。
 森の入り口ではイリーナ・ベーラヤ(ec0038)がフライングブルームで出発する。
 しかし残りの5人は次々に現れる魔物のせいで思いのほか時間をとるはめになった。屋敷がひと夏で廃拠になったというのもうなずける。
 ラザフォード・サークレット(eb0655)が川の方向を見極め、予想の3倍の時間をかけてようやく廃拠が見えてきた。
 大きな邸宅だ。屋敷の周辺は整地されたらしいが、草が生い茂り重苦しい空気に包まれている。川は屋敷の西側に流れていた。
「嫌な雰囲気ですね」
 草叢に身を潜めながら呟く雨宮零(ea9527)。
「しっ!」
 ラザフォートが指をたてる。
「音が聞こえる」
 デュラン・ハイアット(ea0042)も眉根を寄せる。重い音が微かに聞こえる。
 エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)はスクロールを広げパーストを発動した。
 ひとりの男が建物の外に引き摺り出される。抵抗する男に数体のインプが飛びかかり、体中を爪で引き裂くとそれぞれが男の腕と足を持ち、最後は川に放り込んだ。やはり死体を放り込んだのはこの川だ。
 彼の険しい表情にセシリア・ティレット(eb4721)が気遣わしげな視線を向ける。
「デビル‥ですか?」
 エルンストは頷いて小さく息をつく。
「人が川に放り込まれた。見えたのはインプが5体ほどだ」
 その言葉のあと、背後に気配を感じて全員が振り向いた。ディアルトとイリーナだ。
「遅いので心配しました」
 そう言ってディアルトは屋敷にちらりと目を向ける。
「建物を上から見たのですが、西側は崩れていて壁だけです。柱の台座から察するに残っている部屋は1階に2部屋。2階はたぶん1部屋でしょう」 
「今のところ外に見張りはいないみたい」
 同意を求めて自分を見るイリーナに頷くディアルト。
「エックスレイビジョンのスクロールを」
 振り向くセシリア。デュランが答える。
「ブレスセンサーを使おう」
「援護します」
 零もそれに続く。
 素早く東の壁に近づき、ブレスセンサーを発動するデュラン。
「こっちだ。4人」
 壁の左側を指す。
 セシリアはスクロールを広げた。体が微かな光に包まれる。
「‥何かしら。石の板がいっぱいぶら下がって‥ひとりは頭からすっぽり黒い布を被っています。残りはインプ‥が10体ほど」
 彼女の言葉が終わる前に荒々しい物音がした。建物の正面だ。3人ははっとして壁に身を寄せる。
「待って‥!」
「早く捨てろ!」
 声が聞こえる。零がそっと顔を覗かせると黒い姿が見えた。
 ぐったりした男がインプに引き摺られていく。また石工が殺された‥?
「アディー‥ン? 人のことより自分の心配をしろ? くく‥」
 ねっとりした口調でそう吐き捨て、戻って来たインプと共に建物の中に入っていく黒い者。
 その姿が消えたあと、呆然と立ち尽くす青年が残った。零がすばやく飛び出す。
「零さん!」
 小さく叫ぶセシリアに零は大丈夫というように小さく手をあげた。
「アディン」
 零は崩れ落ちた壁の影に身をひそめて青年に声をかけた。彼の肩がびくりと震える。
「振り向かないで。あなたはアディンですね」
 青年が微かに頷く。
「助けに来ました。あなたの親方がギルドに依頼を出したんです」
 アディンの顔が歪む。
「さっきの黒い布を被った人は?」
「魔法使いです‥」
 アディンは小声で答えた。
「彼がボス?」
「いえ‥」
 答えかけた時、怒声が響いた。
「何をしている! 早く作業しないか!」
 唇を噛む零。アディンは慌てて身を翻すと建物の中に入っていった。

 零はアディンとの会話を皆に伝えた。
「魔法使い? ストーンを使っていたのはそいつか?」
 ラザフォードが眉をひそめる。
「しかし、黒幕は別にいるような感じだが‥」
 エルンストの言葉にセシリアが口を開く。
「あの‥。アムドゥスキアスは関係ないでしょうか。私は会ったことがあるんです」
 エルンストが眉をひそめる。何度も紐解いた写本の中身が蘇る。
「誰だそれは? 気取った名前だな」
 デュランが肩の羽飾りの埃を指先で払って呟く。
 エルンストは写本の内容を皆に説明した。
「石で楽器でも作っていると? そんな自分の都合で人を殺すなど許せませんね」
 ディアルトが怒ったように言った。イリーナが屋敷に目を向ける。
「時間がないわ。私がピグマリオンリングで潜入するわね」
「リングは私も持っています。一緒に。援護をお願いします」
 セシリアが皆を振り向く。
 イリーナとセシリア、零とラザフォードは石工たちのいる部屋に直接突入することになった。
 デュラン、エルンスト、ディアルトは部屋の外で防御にまわる。ボスかもしれないアムドゥスキアスが石工たちと同じ部屋にいるならばその限りではないが、そうでなければ背後から邪魔されるのを防ぐことができる。
 扉の外れた部屋の前で突入班がそっと中をうかがった。
 大きな部屋だ。天井から吊られた無数の石の板。奥でアディンともうひとりの男が背を丸めて作業台に向かっていた。それを見張るようにインプが近くに立っている。
 ――ギン‥ゴン‥――
「こんなことじゃあ、ご主人様を納得させられないぞ!」
 黒の者が丸い球のついた棒で石板を叩く。総毛立つような嫌な音に全員が思わず顔をしかめた。
 イリーナとセシリアはリングに念を込めるとするりと部屋に身を滑り込ませた。
 インプの鋭い視線に中腰のまま息を止めるふたり。視線が逸れたのを見届けると、セシリアは黒い布を被った者にコアギュレイトを発動した。そして聖剣「アルマス」を振り下ろす。零とラザフォードがそれを見て部屋に踊り込んだ。
 黒の者の頭の布が肩に落ちた。長い金髪がこぼれる。
 呆然とするセシリア。まさか女性だったとは‥!
 刹那、零のラハト・ケレブがセシリアの視界をよぎる。インプの声が近くで聞こえた。
「ごめんなさい、びっくりして‥」
 セシリアの声に零は小さく笑みをみせ身を翻す。じっとはしていられない。インプたちが飛び掛ってくる。セシリアも剣を握り直した。
「‥枷をくれてやる!」
 アグラベイションを発動するラザフォード。
 イリーナは石の板の間をぬって、奥にいたアディンともうひとりの男の腕を掴んだ。
「こっちよ!」
 しかし、男のほうは腕を振り払い作業台に戻ってしまった。
「造らないと殺される‥!」
 インプが飛び掛ってくる。
 しかたがない。アディンだけでも‥!
 そう考え、再び彼の腕を掴んで強引に引っ張るイリーナ。
「待って! 彼も‥!」
 残る石工を見て抗うアディン。
「お願い!」
 イリーナの声にラザフォードとセシリアが救出に向かう。零はイリーナとアディンの援護に回った。石の板がぶつかりあって耳を塞ぎたくなるほどの音をたてる。
 それにしてもいったいどれだけのインプが屋敷内にいるというのか。まるで沸いて出てくるような感じだ。
 ラザフォードは強引に石工を作業台から引き離した。セシリアに援護され出口に向かう。
 部屋を出た、と思った時、ラザフォードと石工の足元が炸裂した。



「足元の影に注意しろ!」
 エルンストが叫んだ。シャドウボムを誰かが使った。ラザフォードは束の間差し込んでいた陽の光の下に出たのだ。
「ラザフォード!」
 弾け飛んだ血の中にうずくまるふたりに駆け寄るセシリア。
「私は大丈夫だ。それより彼の傷を」
 歯を食いしばって起き上がるラザフォードの言葉にセシリアはリカバーポーションを取り出す。
 ディアルトがホーリーフィールドを発動し3人を庇う。
「屋敷の外へ!」
 零の声にイリーナは呆然としているアディンを半ば引き摺るようにして零と共に屋敷の外に飛び出した。
 その直後、残った5人の頭上で声がした。
「汚い音は嫌いだ」
 ふわりと目の前に男が降りてきた。真っ黒な長い髪、端正な顔立ちは目を見張るほど美しい。その手に不思議な笛のようなものがあった。セシリアが言っていたアムドゥスキアスだ。
「おまえたちの音は美しくない‥」
 男は呟き、笛を持ち上げる。はっとしたエルンストがウインドスラッシュを放つ。小さな金属音を放ち、男の手から笛が弾け飛ぶ。怒りに歪む男の顔が見る間に一角獣の面となった。そしてその姿が黒い霞に包まれる。
 エルンストが唇を噛む。エボリューションだ。ウインドスラッシュはもう利かない。
 次の攻撃が来る!
 誰もがそう思った時、ふいに相手の動きが止まった。ディアルトがコアギュレイトを発動したのだ。
 クロスブレードを握り直す彼に石工の腕を肩に回したセシリアが叫ぶ。
「待って‥! 今のうちに脱出を!」
 ディアルトは悔しそうに一瞬敵を睨みつけ、彼女の肩から石工の腕を引き取った。
「‥じゃあ、もうちょっと固まってもらうか」
 デュランが呟き、アイスコフィンを発動した。一角獣の頭を持つ男が氷の塊と化す。
 全員が屋敷の外に出たあと、ラザフォードが自分の頬に飛んでいた血の粒を拭って言った。
「下がってくれ」
 彼はグラビティーキャノンを発動した。大きな穴を開けた建物はぱらりぱらりと石壁を崩し、しばらくして穴を中心にしてどう! と崩れ落ちていった。
「命の重みを知るがいい」
 彼は呟いた。


「アムドゥスキアスは?」
 イリーナが尋ねる。
「瓦礫の下で凍っている」
 エルンストが答える。
 零が瓦礫に目を向けた。
「這い出して、また良からぬ計画をたてそうですね」
「同じ手は使えまいよ」
 デュランがいつの間に手に入れたのか、部屋に吊るされていた石の欠片をかざして眺める。
「それは元は人の体です。ここで眠らせてあげてください」
 アディンの言葉に固まるデュラン。
「そうだな‥」
 彼は頷いて欠片を瓦礫の端にそっと置いた。

 かくして、アディンは無事救出され、依頼は成功となった。難を言えば、アムドゥスキアスの最期を見届けることができなかったことだが、ともあれ彼らの任務は完了したのだった。