あなたのことが大好きで
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:西尾厚哉
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 60 C
参加人数:3人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月17日〜10月20日
リプレイ公開日:2008年10月23日
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●オープニング
ヴァレンはいつものように目を覚ますと寝床から出て窓を開けた。
うーん、と伸びをする。その途端‥
――むちゅっ! ――
「わあああっ!!!」
口に手を当てて叫ぶ。顔がみるみる赤くなる。
「ヴァレ〜ン、オハヨーなのでーす」
目の前にふわふわと浮かぶシフールの女の子。
「そ、そーいうこと、やっちゃだめ! だめっつっただろ!!」
あたふたとしながら彼女を睨む。
「んふ。だってヴァレンのこと、だーい好きなんだもーん」
シフールの少女は小さな舌をちろりと出す。
「おまえ、仕事はっ!」
「今日、お休みなんだもーん」
あっという間にヴァレンの肩に座ると、両腕を伸ばしてきゅっと彼にしがみつく。
「だからねぇ〜、今日はずぅ〜っと一緒にいられるの〜」
「はああ‥」
ヴァレンは思わず溜息をついた。
靴屋で見習い修行をするヴァレンにシフールのミーニャがつきまとうようになったのは一年くらい前だろうか。ヴァレンの作業中は作業台の端に黙ってちょこんと腰掛け、納品の時は彼のバックの上に乗り、食事の時は横から一緒に皿をつついたりした。
最初はいい顔をしていなかった親方も今では黙認状態だ。
何より愛想のいい彼女がヴァレンと一緒に納品に行くと評判がいい。お金持ちの家に行くときにはさらに都合がいい。それが分かってからは大歓迎だ。おかみさんなどはいそいそとミーニャ用の食事を用意していたりした。
「ヴァレン、ロドニナさんところの靴、持って行ってくれ」
親方が声をかけてきた。そしてミーニャに目を向け、にっと笑う。
「お嬢さん、こいつが寄り道しないよう見張っといてくれな」
ミーニャはにっこり笑みを返す。
「わたしがついてるから大丈夫なのです〜」
思わずミーニャを睨むヴァレン。
届ける靴を抱えて作業所を出ようとすると、誰かが思い切りぶつかってきた。
「‥てっ‥!」
険しい表情の少年が目の前に立っている。同じ工房のダニイルだ。
ダニイルは靴の入った木箱を両腕に抱えてヴァレンとミーニャを睨んだ。
「のろま」
彼はそう吐き捨て、乱暴にヴァレルを押しのけて作業所に入っていった。
「相変わらずなのです」
ミーニャが小声で囁く。
ダニイルはヴァレンより二歳年上だが、どうもヴァレンのことが気に入らないようで、ことあるごとに嫌がらせをしてくる。
ダニイルにとってはミーニャがヴァレンにくっついているのも気に食わない要因だろう。
深く青いさらさらの髪に同じ色を持つ愛らしい瞳。美しい模様と輝きを放つ青い羽。
そのミーニャがよりにもよってヴァレンを好いている、それも親方公認で、というのがダニイルは鼻持ちならないのだ。
「大丈夫ですか。痛いですか」
ぶつかった腕をさすりながら作業所を出るヴァレンの顔の横でミーニャが言う。ヴァレンはミーニャに大丈夫というように笑ってみせる。
その表情を見て嬉しそうにつつつと近づくミーニャをヴァレンは慌てて手で押しのける。
「そーいうのはだめ!」
ミーニャは悔しそうに両手を振り回したが、ヴァレンはそしらぬ顔をして駆け出した。
半分は照れ隠しだ。
「悪いわねぇ。店から離れられなくてねえ」
肉屋のロドニナはいつも大繁盛だ。おかみさんのマイアが靴を受け取り嬉しそうに顔をほころばせる。そしてミーニャに顔を向ける。
「いつも仲がいいねえ。ヴァレンのお嫁さんにでもなる気かい?」
「きゅふーん! お嫁さん〜?」
嬉しそうに身をよじるミーニャ。ヴァレンは顔を真っ赤にする。
「でも、外を歩く時は気をつけなさいね。人通りのない場所には近づいちゃだめよ」
「何かあったですか〜?」
のんびりしたミーニャの声にマイアは呆れた顔になる。
「何言ってるの。あっちこっちでシフールが襲われているじゃないの」
ふたりは思わず顔を見合わせる。
「きれいな羽の子は気をつけないと。姿が見えなくなったと思ったら、羽を切り取られてしまって。なんだかねぇ、シフールの羽を収集してる変なお金持ちがいるらしくてさ、そのへんのごろつきが羽集めをして売りつける闇ルートがあるみたいなのよ」
ミーニャが大袈裟に怖がるふりをしてヴァレンにしがみつく。
「茶化さないで、ほんとに注意しなさい。ミーニャちゃんみたいな変わった模様の青い羽はほかに見ないから狙われるわよ」
マイアは言った。
「羽は切り取ってもまた生えてくるです〜。それにそもそもミーニャは悪者に捕まったりするようなドジはしなーいのです〜」
ころころと笑うミーニャ。やれやれと息を吐くマイア。ミーニャはいつも楽天的だ。
しかしヴァレンのほうは一気に気が滅入って帰路につくことになった。
ミーニャの姿が見えないと気づいたのはそれから一ヶ月ほどたった頃だろうか。
3日と開けず工房にやってきていた彼女がここ10日以上は姿を見せない。
ミーニャは日が開くときは会った時に告げることが多かった。でも、最後に会った時、彼女はいつも通り、自分の家に帰って行ったのだ。
ヴァレンは不安だった。ロドニナさんの話を聞いていたからかもしれない。
仕事に集中することができず、何度も親方に叱られた。それを見てダニイルがせせら笑う。
「ばかじゃねぇの」
ヴァレンはぐっと唇を噛んで堪えた。
仕事を終えて自分の部屋に戻ろうとした時、おかみさんが声をかけてきた。
「ヴァレン、どうしたの。あんたらしくもない」
ヴァレンは無言で俯く。
「ミーニャちゃんと喧嘩でもしたの?」
「そうじゃないです‥」
「じゃ、なに。体調が悪いんなら休みをとるから、ちゃんと仰い」
しかたなくヴァレンはミーニャの姿が見えなくて心配だと白状した。しかしおかみさんは不思議そうな顔をする。
「ミーニャちゃんは来てたわよ?」
「え‥? いつですか?」
目を丸くするヴァレン。
「そうねえ‥。4日くらい前かしら‥。後ろ姿しか見てないからはっきりとは言えないけれど‥ダニイルと仲良く喋ってたわよ?」
ダニイルと? ヴァレンは首をかしげる。ミーニャがダニイルと談笑することがあるだろうか。
「心配しなくてもまた来るわよ。あんたにぞっこんなんだから。元気出しなさい」
おかみさんにからかわれ、顔を真っ赤にしたがヴァレンは少し安心した。明日はミーニャも来るかもしれない。
しかし、翌日も、そのまた次の日もミーニャは来なかった。
おかみさんと親方がさすがに異状に気づき、ヴァレンと共に彼女の家を探し尋ねたが、何週間も前から不在であると知ってギルドに捜索願いを出したのは、それからさらに2日が過ぎた頃だった。
●リプレイ本文
「好きなんだぁ、ピロシキ」
ぱふんとピロシキにかぶりつくクォル・トーン(ec5651)を見てヴィタリー・チャイカ(ec5023)が小さく笑う。
ピロシキはヴィタリーが肉屋のマイアからもらったものだ。
知り合いのシフールを探している、と持ちかけたのだが、マイアの話は人づてばかりで直接知っているシフールはミーニャだけのようだった。
ただ、チンピラたちの溜まり場の情報を得た。
大通りから西に入り、三本筋を抜けると町並みが変わる。夜に近づいてはいけない。
これだけはマイア自身の情報だ。
彼女はヴィタリーが気に入ったらしく、「元気出して」とどっさりと「自家製ピロシキ」を持たせ、ちゃっかりと「食べたら宣伝お願い」と囁いた。
「そっちはどうだった?」
ヴィタリーの問いに顔を赤らめながら先に口を開いたのはミルファ・エルネージュ(ec4467)だ。
「私はミーニャさんの家の近くで情報を。彼女はいなくなる前はいつも通りだったそうです。ただ、気になることが‥」
「見かけないシフール?」
ピロシキを食べてしまったクォルが口を挟む。ミルファは目をしばたたせる。
「そちらも?」
「青い羽だったり、赤い羽だったり、いろいろだけど。なんか、盛り場でよく見るらしいよ」
クォルは両手を広げ、自分の背に羽を形づくって説明する。
ミルファが二人の顔を交互に見た。
「ミーニャさんのことを聞いてきた見知らぬシフールの目撃情報があります」
「ダニイルと話がしたいな」
ヴィタリーが呟くと、クォルは嬉しそうにこくこくと頷く。
「『見知らぬシフール』に会ってそうだし?」
三人は店から木箱を抱えて出て来たダニイルを見た。配達に出たようだ。
後をそっとつける。頃合を見てヴィタリーが足を踏み出した。そして『極めて自然に』ダニイルにぶつかりそうになる。
「おっと‥あれ? ダニイルさん? 靴屋の」
ヴィタリーを見上げるダニイルの目が訝しげに細められた。
「覚えてないかな。貴方に靴を作ってもらったことが。とてもいい靴でした」
「それは‥どうも‥」
ダニイルはぺこりと頭を下げた。
「またお願いしようと思っていて。貴方は腕がいいって評判を聞きましたよ。すごいですね」
ダニイルは顔を真っ赤にした。一緒に歩き始めたヴィタリーを警戒するのも忘れている。
それを見てクォルが足を踏み出す。ミルファが心配そうに彼を見送った。
「ヴィタリー、なーんだ、ここにいたんだ」
クォルは嬉しそうにふたりに声をかけた。
「ね、さっき青い羽のシフールを見たよ。あんな綺麗な羽のシフールって初めて見た」
クォルの言葉にヴィタリーは乗った。
「へえ‥。見たかったな。あ、そういえばミーニャの羽も青でしたね」
ヴィタリーはダニイルに目を向ける。
「ミーニャは元気ですか? そちらによく行くって言っていました。仲がいいのでしょう?」
「別に‥」
ダニイルの顔が微かに曇る。
「そう? 一週間くらい前に貴方とミーニャが仲良く話しているのを見ましたよ?」
「あれはミーニャじゃないよ」
ダニイルの返事にヴィタリーとクォルは、しめた、と思ったが表情には出さない。
「ミーニャの友達だ。酒場に行く約束してるとか何とか。だから、ミーニャがいつも来る方向を教えただけで」
「酒場? で、ミーニャは?」
その問いにダニイルの顔に警戒の色が浮かぶ。
「知らない。それっきり見ない。一緒に行ったんだろ。僕はそれ以上知らないよ。知らない」
ダニイルは口早にそう言うと、ふたりから離れていった。
「さて‥」
クォルは腕を組んで閑散としている通りを眺めた。軒続きの薄汚れた壁が連なっている。
大通りから西へ三本入る。肉屋のマイアから得た情報だ。そして動くなら昼間。
「ダニイルも今となっては後悔しているかもしれないな‥」
ヴィタリーは言った。
「‥で、どうする?」
クォルがそう言った時、微かな声が聞こえた。
「‥ってばーっ!」
女の子だ。そしてまた。今度は男の声だ。周囲が閑散としているだけに響く。
「でけぇ声‥んだろ! 外‥」
「どこ?」
周囲を見回すミルファ。
デティクトライフフォースの詠唱を始めるヴィタリー。しかしなかなか察知できず、彼は自分の位置を変えながら何度も印を結ぶ。6回目にやっと察知したらしく、彼は2人をひとつの建物の前に手招きした。
窓からそっと中を覗き込んだが、大きな人影にぎょっとして、3人は慌てて窓の下に身を伏せた。
「おい! 交代だぞ!」
「ああ? もう?」
「羽を傷つけんなよ。やっと半分生えたんだからよ」
「へいへい、いい金蔓だからね。寿命尽きるまで切らせてもらわないとな」
「ひどいわ‥」
ミルファが眉をひそめた。
「奥の部屋みたいだね。裏に回ろう」
クォルが窓から離れる。残る2人もそれに続いた。
目指す建物の裏手に来たあと、ヴィタリーがもう一度デティクトライフフォースを詠唱した。
「見張りがいるな‥。こっち側だと大丈夫か‥」
ヴィタリーが壁の一角を指差す。それを見てクォルはウォールホールの詠唱を始めた。
穴が開いた、と思った途端、
「んあ?」
男の顔が覗く。
「わわっ!」
驚くヴィタリーとクォル。ミルファが慌ててアイスコフィンを発動する。
「穴を塞いでしまったわ‥」
ミルファは悲しそうに言った。氷漬けになった男に邪魔されて中が見えない。
ヴィタリーがミミクリーを詠唱し始める。彼は伸びた腕を男の脇からそっと差し入れた。どうやら部屋の中を探っているようだ。しばらくして腕を引き抜くと、ヴィタリーは二人を振り向いた。
「箱みたいなものがたくさんある。ミーニャの気配があったほうも同じだ」
「どのへんなら入れそう?」
クォルの問いにヴィタリーはさっきの穴の少し右側を示した。再びウォールホールを詠唱するクォル。
開いた穴から3人はそっと忍び込み、部屋の中を見回した。確かに木箱が積み上げてあるばかりだ。
「これ!」
ミルファがぐるりと鎖を回され、大きな錠前がついている箱を見つけた。ヴィタリーがナイフを抜き、思い切り鍵に突き立てる。しかし手に響いた硬い感触に彼は顔をしかめた。
その時、箱の中から小さなくぐもった声がした。
「今度は何よ! 出してよっ!」
ミルファは箱に顔を近づけた。
「ミーニャさん? 大丈夫ですか? 助けに来ました」
一瞬沈黙したあと、ミーニャは泣き出した。
「うわーん、ミーニャ、あの子の言うことなんか聞かなきゃ良かったです〜! ひどいです〜!」
隣の部屋で人の気配がする。
クォルがクリスタルソードの詠唱を始めた。ミルファはミーニャに囁く。
「ミーニャさん、静かにね。お願い」
「分かったです‥」
ミーニャの沈んだ返事が聞こえた。
「さてと」
クォルは杖を床に置くと両手でクリスタルソードを振り上げた。
「鍵、壊すよ。頼むね」
ミルファはいつでもアイスコフィンの発動ができるよう身構えた。ヴィタリーはナイフを構え、扉の脇に立つ。
ガシン‥!
クォルは息をつくともう一度剣を振り上げ、満身の力で鍵に剣を振り下ろす。
ガシン‥! ガシャッ‥!
「うるせぇぞ!」
声がすると同時に扉が開く。ヴィタリーがナイフを相手の首に突きつけた。
「声、出すなよ」
ヴィタリーの囁く声に顔を引き攣らせる男。その視線が氷漬けになった男に向けられる。
「貴方も同じ目に遭いたいですか?」
ミルファが畳み掛けた。男はぶるぶると首を振った。ヴィタリーがナイフを突きつけたままそっと扉を閉める。
「救出成功」
クォルが言う。彼にしがみついて外に出たミーニャは男の顔を見て眉を吊り上げる。
「あっ、この最低男っ!」
「おまえがうるさ‥」
言いかけた男の喉にヴィタリーがナイフをさらに近づけたので、男は口を噤んだ。
「シフールを使って彼女を捕えたのか? 小さな声で答えろ」
ヴィタリーが囁く。男は鼻を鳴らした。
「知らねぇよ」
「でも、ミーニャは知らないシフールが連れて来たはずだ」
「だったら探してみな。おまえらにあいつの尻尾は見えまいよ」
尻尾? ヴィタリーが目を細めた時、扉の外で物音がした。時間切れだ。クォルがウォールホールの詠唱を始める。壁に穴が開いたことを確かめるとミルファは男に笑いかけた。
「あっという間ですから」
3人はミーニャを連れ、背後で「おい、どうした?」という声を聞きながら外に飛び出した。
彼らはきっと扉の前に立ちはだかる氷の塊を見るだろう。
ヴァレンは自分に近づく人影に気づいて顔をあげた。その表情がみるみる変わる。
「ミーニャ!」
ヴァレンの声にクォルの腕でぐったりしていたミーニャがぱっと顔をあげる。
「ヴァレーーン‥!」
いつものように飛びかけたが、半分しか伸びていない羽は彼女の体を空中に支えてはくれない。
慌てて駆け寄ったヴァレンがミーニャをキャッチした。
その声に、靴屋の親方とおかみさんも飛び出してきた。ミーニャを見るなり泣き出して彼女を抱きしめる。
3人がそっとその場をあとにしようとすると、別の場所で声が聞こえた。誰かが泣いているような声だ。
顔を見合わせ、壁の影から様子をうかがう。
ダニイルが背を丸めて顔をこすっていた。
「うっ‥えっ‥よかっ‥た‥ぐすっ‥」
「ダニイルさんも心配だったのね。素直になればいいのに」
ミルファが言うと、クォルは肩をすくめた。
「罪の意識があっただけじゃない?」
それを聞いてヴィタリーが憤慨する。
「そんなことは‥!」
「はいはい、ギルドに戻りますヨー!」
ミルファが2人の背をとん、と押した。
「ミーニャはあの子をぜぇーったい許さないのですぅ!」
ミーニャの声が響く。その声に振り向きながらヴィタリーは男の言葉を思い出していた。
「尻尾っていうのが気になる‥」
呟く彼にクォルが答えた。
「実は自分も」
「私もです」
ミルファが続く。
かくして三人の報告書には『尻尾、の情報有、注意』と付記されることになるのだった。