狼と雪文字
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:西尾厚哉
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 10 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月18日〜12月24日
リプレイ公開日:2008年12月24日
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●オープニング
真っ白い雪を蹴散らして馬が走る。
ガブリル・バーリンは嬉しそうに雄叫びをあげた。犬たちが吠える。
彼は馬から飛び降りると、視界に入った獲物に向かって矢を射る。そして小さな雪煙があがった。手ごたえあり。彼は自分が狐を射止めたことを知る。
「若様、これは見事ですな。リーナ様のお召し物に丁度良いではございませぬか」
従者が狐の美しい毛並みを見て言う。ガブリルは獲物を持ち上げて笑みを浮かべた。
「さあ、どうかな。あいつは無用の殺生を好まんからな」
リーナは彼の2歳違いの妹だ。狩りが好きなガブリルがその日の獲物を見せるたび、彼女は悲しそうな顔をした。
「お兄様、私、毛皮はたくさん持っています。可哀想なことをなさらないで」
彼女がそう言うのが目に見えるようだ。
再び犬が吠える。新たな獲物が? と顔を巡らせたガブリルは雪の丘の上に動くものを見つけた。
「ほう‥珍しい」
従者が思わず声を漏らす。
それは狼だった。濃い灰色の毛並みが日の光の下で微かに青みを帯びて見える。
「よし! 追うぞ!」
ガブリルは目を輝かせて叫ぶと馬に跨った。
30分ほど馬を走らせただろうか。相手はさすが野生の狼だけあってなかなか的を絞れない。
ガブリルは苛々としたように舌打ちすると、手綱を引いて馬上から弓を構えた。勢い良く矢が飛んでいく。
「お見事!」
従者が叫び、満足そうな笑みを見せるガブリル。確かに手ごたえはあった。嬉々として馬を蹴る。
しかし、矢が落ちた先に行くと何もなかった。犬たちもいない。その代わり、雪の上に点々と血が落ちていた。落ちた先を辿ると、それは森の奥のほうに続いていた。
「逃しはせぬ」
ガブリルが血を伝って行こうとすると、従者が止めた。
「ガブリル様、雲行きが怪しくなって参りました。今から森の中は危のうございます。今日はもうお戻りになられたほうが」
空を見上げるガブリル。さっきまでの良い天気が嘘のように空には厚い雲が広がっていた。気温もぐっと下がってきている。
ガブリルは悔しそうに森をひと睨みすると犬たちを呼び寄せた。
「お兄様、今はあちらこちらで大変なことが起こっておりますのに狩りなどと‥」
案の定、リーナはガブリルが獲物を見せても嬉しそうな顔をしなかった。
「雪の中の狩りで何かあっては大変だわ。お願い、もうそろそろお父様のお仕事を手伝ってさしあげて」
「手伝うも何も、所詮小さな領地じゃないか」
リーナはむっとして再び口を開こうとする。ガブリルはうっとうしそうに手を振った。
「分かった、分かった、明日からは屋敷にいることにするよ」
リーナは冗談めかして深々と礼をして部屋を出て行く兄を不機嫌そうに見送った。
遠くで狼の遠吠えを聞いたのはその日の夜だった。最初はひとつの遠吠えだったものが、どんどん増えていく。やがて遠吠えの合唱となった。
「なんだろう‥」
ガブリルは窓から外を見た。目を凝らすと月明かりの下、遠くの地平線にぽつぽつと小さな点がたくさん見えた。
しかし、しばらくして声は聞こえなくなった。
翌朝、庭番が屋敷前に不思議なものを見つけた。
それは間違いなくガブリルが前日に射た矢で、その矢の傍の雪の上には文字が書いてあった。
『灯が消えた』
バーリン子爵は息子を呼び、どういうことかと尋ねた。ガブリルは狼を射てそれを逃したことを父親に説明する。
「狼は非常に知性のある動物だが‥文字が書けるとは思えぬ。‥何かの悪い冗談か?」
父の目が疑わしそうに自分を見る。それこそ冗談でしょう、とガブリルは憤慨した。
「あの文字はお兄様ではなかったのですか?」
リーナは怯えた声で言った。
狼の遠吠えはその後も続き、その聞こえ方はどんどん近くなってきているようだった。
雪の上の文字は数日してまた庭番が見つけた。
『闇は切なく深い』
「私があんなたちの悪い悪戯をするものか。庭番の仕業ではないのか?」
「彼は長くこの屋敷に勤めている人よ。そんなこと、しないわ」
兄ガブリルの言葉にリーナは怒る。
そしてしばらくしてまた文字が書かれた。
『闇が分かるか? このままなのか?』
「どういう意味だ‥」
バーリン子爵は首をかしげる。
「旦那様」
庭番が恐る恐る声をかける。
「これは獣の仕業ではございませぬ。人です。若様は誤って人を射てしまったのではないでしょうか」
「まさか」
バーリン子爵はそう言ったが、確証があってのことではない。
「しかし、普通に人なれば、直接訴えて来るものでございましょう。それがないということは、おそらく相手はこちらの世界の住人ではございませぬ。森に棲む蛮族か、そうでなければ悪魔か‥」
庭番の言葉に渦中のガブリルはまたもや憤慨する。
「私は人を射てなぞいない。一緒にいた者も見ている。あれは確かに狼だった」
しかし、ガブリルがどんなに主張したところで相手は怒っているようだ。
早い話、このままにする気なのか、それならそれで考えがあるぞと脅かされているのである。
それにしても、夜に増える狼の群れは一体何なのか。
月明かりの中に見える黒い影はとうとうびっしりと丘の頂上を覆うばかりになった。
そして月が欠けて新月になった頃、彼らはとうとう屋敷に押し寄せた。
狼の群れは屋敷の庭に突入し、飼っていた鶏や馬をことごとく噛み殺した。
庭に立っていた彫像や細い木は倒された。
屋敷の中までは侵入してこなかったものの、皆一晩震えて過ごすこととなった。
一夜明け、見るも無残に荒れ果てた庭に、バーリン子爵はまたもや雪の中に文字を見つける。
『灯をいただく』
どうやら相手はまだ溜飲が下がっていない。
打つ手を見つけられないバーリン子爵はギルドに助け手の要請を出すことにした。
●リプレイ本文
キエフから遠く離れること二日、バーリン邸はなだらかな丘陵地にあった。森は雪の冠を被り、東方に山嶺。狼の出現に脅かされるとは思えぬほど穏やかな風景が広がっている。
一行をバーリン子爵と目を真っ赤にした娘のリーナが出迎える。
「狼の様子は」
デュラン・ハイアット(ea0042)が尋ねる。
「この2日間は遠吠えのみです」
体を震わせるリーナの肩にバーリンは腕を回す。
「娘がひどく怯えておりまして‥」
「そうではありません」
リーナは言った。
「怖いのですけれど‥気持ちが少し違うのです。‥狼たちの声を聞くと、何だか悲しくてしようがなく‥」
「ガブリル殿は?」
ラザフォード・サークレット(eb0655)が顔を巡らせる。
「兄は部屋でふてくされています」
リーナが怒ったように答えた。そして「呼んで来ます」と背を向ける。
「先に調査を始めておく」
アンドリー・フィルス(ec0129)の言葉に長渡昴(ec0199)とオリガ・アルトゥール(eb5706)が同意して頷く。
「では、私も説明のため一緒に」
バーリンは言った。
よほど不遜な態度をとるかと思いきや、ガブリルが礼儀正しく一礼をしたので3人は少し面食らう。しかし彼の表情は険しい。
「遠路感謝します。ガブリルです」
「ずいぶんと落ち着いておられるな。可愛らしい妹君が震えているというのに」
デュランの皮肉にガブリルは微かに眉を吊り上げる。
「私は狼を射ただけです」
ラザフォードが肩をすくめた。
「狩りそのものに非があるとは申さぬが、狩られる側の気分は如何なものかと」
ガブリルが反撃に出る。
「ではあなた方はよくお分かりだと? 羽根を飾った鎧に輝く毛皮のコート、狩りゆえのものであろう」
「お兄様!」
リーナがたしなめる。あんたの狩りの恩恵じゃねぇよ、と思わず言いたくなるデュランとラザフォードの気持ちをリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)が代弁する。彼女は小さく笑みを浮かべ、銀の髪をさらりと手で払う。
「天なる父母と共にアルテイラの加護を願う身としては、月下の住人の怒りは憂慮すべきもの。生きていくために失わねばならない命なら、誰がこのような事を引き起こすことがあるかな」
ガブリルは目を伏せた。ラザフォードが軽く咳払いをする。
「動物は一方的に狩られるだけの立場ではない。‥無用な殺生を続けた結果が今の状況であると理解していただきたい。命の重みは考えるべきだろう」
「分かっています、そんなことは」
ガブリルは言った。
「毛皮も使えず食べることのできない動物は狩らぬ。狼の毛皮は厚みがあり極寒の中でも堪えうる」
「論点をすり替えないでいただきたいのだが」
デュランが溜息をつく。
「我々が言いたいのは狩りの是非ではない。少なくとも君の放った一矢が原因であることは確かだろう? だとしたら反省の意もないままでは相手は納得するまい。君が射た狼は死んだのか?」
ガブリルはかぶりを振る。
「分かりません。血は森に続いていましたが、その後は追わずに戻った。雪文字など、きっと誰かの悪ふざけです」
「違います!」
リーナが微かに声を荒げる。
「彼らは何かを訴えています。お兄様は変だわ。何かを隠していらっしゃるの?」
「隠してなぞいない!」
ガブリルは言ったが、すぐに妹から目を逸らした。
「隠してなぞ‥いない」
「ともあれ、場合によっては君に出てもらう可能性もある。それは心に留めておいて頂きたい」
ラザフォードは言ったが、ガブリルは口を引き結んで床を見つめたままだった。
部屋を出たあとリュシエンヌが小さな声で囁く。
「あれは‥何かを知っているわね」
「あるいは思い出せないか」
デュランがそれに続く。
「夜になるまでに何か言ってくれれば良いが」
ラザフォードは呟いた。
屋敷の外ではオリガと昴が調査を行っていた。アンドリーはフライで空から狼の群れや痕跡を探しに行ったらしい。
「ガブリルはうまく説明をしましたか」
バーリン子爵が気遣わしげに尋ねる。
「彼はこの件について知っていることが他にあるのでは?」
ラザフォードが尋ねたが、バーリンは首をかしげる。
「さあ、どうか‥。あれは奔放ですが優しい奴です。自分に非があるならば素直に謝るでしょうが、どうも今回はそれがありません」
近づいてきた昴とオリガにデュランが顔を向ける。
「どうだ?」
「庭に踏み込んだのはやはり狼です。死んだ鶏や馬も狼の牙にやられたようです。ただ‥」
昴はそう答えてオリガの顔を見る。オリガは頷きそれに続く。
「足跡がどうも一概に狼と言えない面があります。人のような。しかし、大きさとしてはお屋敷の方々のものとさほど変わらず、判別ができないのです」
「石像や木もさすがに狼が体当たりして倒したとは思えません。毛が付着していることもありませんし」
昴は言った。
しばらくしてアンドリーが戻って来る。
「バーリン殿のお話から推測する方向にある森は小さいものだった。狼の姿も見えない。その向こうに更に大きな森がある。相当数の群れならばそちらのほうだろう」
アンドリーは言った。その時、遠くから狼の遠吠えが聞こえた。
「なんと、昼間から‥?」
バーリン子爵が目を細める。
「こちらには戦闘の意思はなく、話し合いたい旨を書いた旗を立てるのはどうでしょう。字が読める相手ならば気づくかもしれません」
オリガが皆の顔を見て言った。リュシエンヌが頷く。
「そうね‥。通らなければテレパシーで何とか話しかけてみるわ」
「材料を揃えさせます」
バーリンは言った。
リュシエンヌとオリガが旗作りのため屋敷に残り、他の者は再度外の調査に向かった。デュランとアンドリーは再度空から森に向かう。後方の森は確かに大きい。
「あの森の中を探索するのは日を改めないと難しいな」
デュランの言葉にアンドリーは頷き、彼の顔を見る。
「俺は狼がガブリル殿の一矢でつがいを失ったのではと思っている。灯をもらう、というのはリーナ殿の命を狙いに来るということなのではと考えるのだが‥」
デュランは考え込むような表情で下に目を向けた。
「家人の命を狙っているか‥。ラザフォードと昴が何か掴んでいてくれればいいが」
しかし、2人が見たのは不気味なほどしんと静まり返る森の中だった。狼の気配はおろか、他の獣の気配もない。
「でも、殺気は感じました。微かですが」
昴が言った。何かの危険を察知して動物たちは身を潜めているのかもしれない。
決着は今夜か‥。その思いが濃厚になった。
あたりが暗くなった頃、徐々に狼の遠吠えが増えていった。デュランと昴は家人と共に屋敷内で待機。アンドリーは屋敷扉内に立ち、リュシエンヌとラザフォード、オリガは庭の中央で狼が来るであろう方向を見つめながら待った。
『我らは武装なし。対話を望む』
そう書き記した旗は屋敷の前、数十m先に雪に埋もれぬよう立てた。
やがて狼たちの光る目が屋敷の外にずらりと並ぶ。月明かりで見るその姿は何とも恐ろしい。
しばらくしてその向こうから、一体が前に進み出た。しかし、その姿を見て3人は息を呑む。狼だが狼ではない。狼は二本の足で立ちはしない。狼の背後にいたのは、
「ワーウルフ‥」
オリガが呟いた。
がっしりした体躯のそれは、立てたはずの旗を門の前で下に落とすと足でぐっと踏みつけた。緊張が走る。
ウォオオ‥‥ッ!
その雄叫びと共に狼とワーウルフたちが一斉に走り出した!
群れは3人には目もくれず、屋敷に向かい次々に体当たりをしていく。扉をアンドリーが中から必死になって押さえつけ、ぴっちり締められた窓に響くすさまじい音にリーナが悲鳴をあげた。
「くそっ‥」
ラザフォードが唇を噛む。こやつら、わざと我ら3人を無視している。向かってくるならば防衛もできようが、まさかこんな出方をされるとは。手を出せば交渉どころではない。このまま戦闘に突入か‥!
その時、リュシエンヌが大きく息を吸った。彼女の透き通る声が響き渡る。
――遍く降り注ぎし光
夜の静寂に広がり
月の乙女の慈愛
全ての心を抱きしめ‥
ウォオオ‥!
狼たちがぴたりと動きを止めた。
リュシエンヌにワーウルフが近づく。旗を踏みつけた奴だ。ラザフォードとオリガが警戒して彼女の傍に寄る。
狼はぶるりと身を震わせ、3人の前に立った時は精悍な顔立ちの男になった。彼の後ろに集結していく他のワーウルフたちも人間の姿に戻っていく。
「メロディーを使いました。お赦しを」
リュシエンヌは頭を垂れる。男は言った。
「私はグロム。この家のご子息にお会いしたい」
屋敷内で外の様子を伺っていたデュランたちは、はっとしてガブリルを見た。ガブリルは頷く。
「行きます」
そう言うと外に出て、強張った顔でグロムの前に立つ。
「ガブリル‥バーリンです」
グロムはしばらく彼の顔を見つめたあと、何かを足元に放って寄越した。ガブリルが拾い上げると、それはひと房の黒い髪だった。
「我が息子、バフィトの遺髪である」
ガブリルの後ろで皆が視線を交わす。ガブリルはグロムの息子を射たのだ。
「幼きそなたが立派な男になったように、バフィトも次を担う立場であった。生き抜くためには狩りも必要。我らは許容してきたつもりだ」
ガブリルは俯いたまま何も言えない。
「しかしそなたはバフィトだけは射てはならなかっただろう。報いる気があるか」
「待ってください」
リュシエンヌがふたりの間に割って入る。
「命を命でと仰るなら‥」
そう言いかけた彼女の背後からさらに割って入った者がいた。リーナだ。
「兄の命を取るなら私の命を!」
グロムは彼女を見つめ、微かに笑みを浮かべる。
「ほう? 今は妹君に助けられる身と成り果てたか、ガブリル」
話を聞いていたラザフォードが眉を潜めてオリガを見る。何か妙だ。オリガも同じように感じたらしく考え込むように視線を泳がせた。それは更に後方に立つデュランも同じだった。
「ガブリル殿と彼らにはかつて接点がおありか?」
横にいるバーリンに尋ねる。バーリンは目を細める。
「まさか。いや‥しかし‥」
「心当たりが?」
アンドリーが促す。
「ガブリルとリーナは小さい頃、森で迷ったことがある。寒い季節であったが奇跡的に助かった。しかしガブリルは頭に傷を負い、今も当時のことはよく覚えてはいない。記憶が残っているとすればリーナであろう。それでも僅か4歳の時だ」
「それだ」
デュランは素早くリュシエンヌの傍に寄り耳打ちする。相手を説得するのなら彼女だ。リュシエンヌは頷きグロムに向き直る。
「恐れながら申し上げます」
彼女の声にグロムが視線を向ける。
「バフィト様が幼子2人の命を救ってくださった温情、深く感謝いたします。その上でのこのたびの出来事、さぞご立腹でございましょう。でも‥彼には当時の記憶がありません。彼は頭に怪我を負っていたのです」
ガブリルが微かに身を震わせた。リーナが小さく声を漏らす。
「だから赦されるというものでもありません。しかし‥」
「いいえ」
ガブリルがリュシエンヌの言葉を遮った。
「覚えていることはあります‥『またどこかで会おう』‥その言葉だけは」
足の力が抜け、がくりと雪の中に座り込む。バーリン子爵が呆然とした。
「『助け合おう。共に同じ地に住むのだから』」
ガブリルを見下ろし、グロムは言った。
「覚えているか?」
ガブリルはかぶりを振った。リーナが兄の横で膝をつく。
「私はとても寒い日、何か動物にもたれて眠った記憶があるのです。息遣いと心臓の音と‥」
「バフィトの魂に報いる気があるか」
グロムの言葉にラザフォードとリュシエンヌが立ちはだかる。デュラン、アンドリー、昴、オリガも走り寄り身構えた。
「おやめください」
アンドリーが言った。
「復讐は何も生み出しませぬ。新たな悲しみを生むことが貴殿の望みであられるか」
「私は魂に報いる気があるかと申したのだ」
グロムは答える。
「ガブリルよ、その気持ちがあるなら自ら前に出でよ」
立ち上がったガブリルにすがりつこうとするリーナを昴が止めた。
「大丈夫、相手には殺気がありません」
彼女は小さくリーナにそう言い、他の者にも頷いてみせた。ガブリルはグロムの前に立つ。
「良いか、目を閉じ決して動くな」
グロムの言葉にガブリルは頷き、唇を噛み締めて目を閉じた。腕が振り上げられる。リーナが顔を覆った時、全ては終わった。
グロムの手にはガブリルの栗色の髪が握られていた。
「バフィトの髪はそなたが持つがよい。我らはこの髪をいただく。これは誓いの印である。同じ地に住む者同士、助け合うことの。バフィトの願いを忘れるな」
グロムはそう言いながら数歩後ろに下がり、そして背を向けた。屋敷を後にする彼に他のワーウルフたちも続いていく。
闇に消えるワーウルフたちを全員が見送った。
「狼は神の使いと信仰する地もあります」
翌朝、オリガがガブリルに言った。
「誓いの印は大切になさいませ」
彼女は笑みを浮かべた。
「獣人と我らの世界は接点が深いものではない。しかし理解ある共存はお父上のお考えでもあるだろう」
ラザフォードがそれに続く。
「はい」
ガブリルは頷いた。
「可愛い妹を泣かせるなよ」
デュランがちらりと笑って手を振った。
後日、冒険者たちはガブリルが石塔を一生懸命作っている、という話を聞く。
石塔の上部を掘り抜き、吹雪の日でも昼間でもずっと灯をともすのだという。
彼の無用な狩りがぴったりなくなってしまったのは言うまでもない。