【黙示録】小さな魔法使い/悪魔の道

■ショートシナリオ&プロモート


担当:西尾厚哉

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:01月16日〜01月21日

リプレイ公開日:2009年01月22日

●オープニング

「あの子は筋がいい。この数週間でストーンとアイスミラーを覚えよりました。まあ、まだほんの入り口ですがの」
 魔法使いのレムはそう言って口をすぼめて笑う。レムはクレリックのフョードルが紹介した老人だ。何人もの弟子を育てあげた経歴がある。
 レオニード・ガルシン伯爵はそれを聞き、兵団のアルトスと話しているサクを見て頷く。
 幼いサクは森の蛮族として生き、知らぬうちに悪魔の手駒として動かされてきた。冒険者たちに助けられたのち、レオニードの城で魔法の修行をしている。
 サクはアルトスにだけは甘えた顔を見せる。親子というには近すぎる年齢だが、サクは気の優しいアルトスに父親のような思いを抱いているのかもしれない。
「‥それでね、目が覚めると誰もいないの」
 サクはアルトスに言った。最近誰かに話しかけられる夢をよく見るという。
 アルトスは黙ってサクの話を聞いて相槌を打つ。
「立ち向かえ、それを見せてもらう、って‥。これって、励ましてくれてるのかな」
 無邪気に笑うサクを見てアルトスは思う。
 この子は何だか不思議だ。魔法を覚える速さも人並み外れているが、何かが憑いているんじゃないだろうか‥。ふと、そんな気持ちも沸き起こる。

 ある日、サク宛にシフール飛脚が来た。手紙は幾重にも布で包まれ、その中から更に小さな布が出て来た。サクの村、ストウからだ。サクの村は外界とは繋がりを持たない蛮族エルフ。この手紙も味方になってくれるエレメントや同胞の手をいくつも介してようやく届いたのだろう
「‥住む場所を見つけたって。獣人の村があったけれど、邪魔しないからって言ったら許してくれたって」
「そうか。それは良かった」
 レオニードは笑みを浮かべる。
「レオニードさんに知らせて欲しいことがあるって」
 サクの言葉にレオニードは「なんだ?」というように微かに首をかしげる。
「ヴィッサリオンの目的は‥キエフへの道を作ること」
「キエフへの道?」
 レオニードは繰り返す。
「もは‥や‥森も、精霊も、人も、必要なし‥風に乗り‥全て滅びる道を‥作る」
 サクは布を見ながらたどたどしくそう言うと、レオニードの顔を見上げた。
「それだけ?」
 サクは頷く。レオニードは視線を彷徨わせる。全て滅びる道とはなんだ?
 嫌な予感がする。キエフへの道。‥戦地からキエフへの最短直線上にはこのガルシン城がある。
「ブルメル伯爵からの大隊はいつごろ到着の予定だ」
 レオニードは側近に尋ねる。数週間前に古くからの付き合いであるニコライ・ブルメル伯爵に援軍要請を出した。
「先の連絡では二、三日中には到着の予定かと思われます」
 男の返事を聞いて、レオニードはアルトスに目を向ける。
「戦況は?」
「変わらず苦戦状態です。現在約700名が応戦中。50名が負傷のため帰還、入れ替わりに回復した兵を投入しました」
「今、城内で戦力となる兵はどれくらいだ」
「60名です」
 60‥。これでは先に戦地に発たせるわけにはいかない。城が空になってしまう。
「早馬を出せ。何頭の馬を乗り潰しても良い。一刻も早い到着を望むと大隊に伝えろ」
 レオニードは命じた。

 その4時間後、アルトスはふと目を細めて空を見上げる。一瞬陽の光が遮られたからだ。
「どうしたの? アルトスさん」
 サクが尋ねる。
「禿鷹‥?」
 空で広げた翼を見てアルトスは呟く。次の瞬間、巨大な姿が急降下してくる。サクが小さな悲鳴を漏らし、アルトスは慌ててサクに飛び掛かった。
 地面にうずくまるふたりをかすめ、鷹は再び空へと昇る。慌てる兵たちの声が耳に響く。
 顔をあげたアルトスは、目の前に転がる「それ」を見た。
「サク、見るな!」
 同じように顔をあげようとするサクを抱き締めるアルトス。
 そこにはまだ新しい血を滴らせる千切れた腕が転がっていた。


 千切れた腕は疑いようもなく早馬で出た男のものだった。レオニードは歯噛みして唸る。
「大隊の到着を邪魔する気か‥!」
「そんなことはさせません。私が蹴散らしに‥」
 アルトスの声はレオニードに一喝される。
「ここにいる兵を分散させると、それこそ相手の思うつぼだぞ!」
 アルトスは唇を噛む。
「聞け」
 レオニードはそう言いながら羊皮紙を広げ、円を書く。
「ここが我々」
 そして左側、すなわち西に再び円を書く。
「キエフだ」
 次に右側、東に円。
「現在の戦地」
 三つの円を一直線に結ぶ。
「何の目的か判らぬが、奴らは意地でも我が城を踏み越えキエフまでの直線道を確保したいものとみえる」
 レオニードは城から南西方向を押さえる。
「そして大隊はここから来る。大隊の到着はもちろん奴らにとって有事。おそらく城に到着する前に全滅、もしくは弱体化させようという計画とみた。もし、城から大隊保護のため兵を出せば、今度はその隙にこちらに刃を向けるだろう」
 タン、タン、と羊皮紙を打っていたレオニードのペンが最後にバキリと折れる。
「しかし‥それならなぜ最初にここに来ないのです? ここの兵力は僅か60です」
 微かに震える声で問うアルトスにレオニードは答える。
「そなたも子供の頃、人並みに喧嘩をしたことがあるだろう。面前の悪餓鬼を相手にするより先に背後にいるボスを殴りに行くことは、勝算がなければ打って出ない戦略だ。下手をすると倍の敵を相手にすることになる」
 アルトスはせわしなく瞬きをする。
「そこに悪餓鬼の仲間らしい奴らがボスのほうに歩いてくる。もちろんボスに会わせるわけにはいかん。今度はどうする」
「無理です‥。味方の数が増えなければ」
 アルトスはかぶりを振った。レオニードはテーブルを叩いた。冷静なレオニードが初めて見せる怒りの態度だった。
「数の問題ではない! 仲間は何も知らずに歩いて来るのだ!」
「罠‥?」
 アルトスは呟く。レオニードは頷いた。
「そう、それも諦めろと言わんばかりに敵陣地に千切った腕を投げつけてな。奴らには自信があるのだろう。いや、それすらも扇動工作かもしれぬ」
 レオニードの顔が険しく歪む。
「全て滅びる道だと? 悪魔の道か!? 地獄の門と繋ぐつもりか?!  城は明け渡さぬ。道など作らせぬ! いつでも戦闘可能なように準備せよ。大隊誘導は冒険者ギルドに依頼を出す!」
 悪魔の道? ガルシン城を落とす? 地獄の門と繋ぐために?
 敬礼をしながらアルトスは思う。
 もし本当にそうなら60の軍勢は敵にとってそんなに脅威だろうか。彼らがここに直接攻撃できない理由が他にあるのではないだろうか。
 それはいったい何だろう。フョードル様の後ろにいる教会だろうか。それともレム様の弟子たち?
 考えても今は結論が出ない。

●今回の参加者

 ea2438 葉隠 紫辰(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb4667 アンリ・フィルス(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

セフィナ・プランティエ(ea8539)/ ニセ・アンリィ(eb5758)/ レア・クラウス(eb8226

●リプレイ本文

 冒険者の到着と同時に馬が用意される。
「予定通りであれば大隊は城より6、70キロ先です。お乗りください。何がいるか分からない。体力の温存を。途中まで雪の少ない道をご案内します」
 アルトスは口早にそう言うと馬に跨った。その声と小さな高い声が被る。
「アルトスさん!」
 冒険者たちが目を向けるとエルフのサクが駆け寄ってくる姿が見えた。
「あら」
 サクラ・フリューゲル(eb8317)が笑みを浮かべる。彼女とレイア・アローネ(eb8106)、双海一刃(ea3947)の顔は見知っているはずだが、サクはまっしぐらにアルトスに向かって来る。
「サク、城に入っていろ! すぐ戻る!」
 アルトスは馬上から厳しい声を飛ばす。
「サク」
 泣き出しそうなサクに双海が声をかけた。そこで初めてサクは冒険者たちの姿に顔を向け、目を丸くする。
「そんなに甘えん坊だったか?」
 双海はそう言って手をあげた。それに呼ばれてアースソウルのリエスがやってくる。
「‥リエス!」
 サクは再び目を丸くした。
「彼がおまえのそばにいてくれるから」
 サクはほんとう? というように双海とリエスを交互に見る。
「それとね」
 アリスティド・メシアン(eb3084)がサクの前に身をかがめる。
「これ、僕の友人のセフィナ・プランティエからサクにと」
 そう言って手渡された人形にサクは驚きを隠せない。どことなくアルトスに似た小さな人形。
「だから、大丈夫だね?」
 にっこり笑うアリスティドにサクは唇を震わせて頷いた。
「‥ありがとう‥。あなたの名前も教えて?」
「僕はアリスティド・メシアン」
「俺は葉隠紫辰(ea2438)だ。覚えてくれよ?」
 紫辰が横から顔を近づける。
「拙者はアンリ・フィルス(eb4667)」
 大きなアンリをサクはびっくりしたように見上げる。
「私たちのことは覚えてるでしょ?」
 笑みをみせるサクラとレイア。サクは零れ落ちる涙を手で拭った。
「我侭言ってごめんなさい‥。皆さん、無事に帰って来てね‥」
「行きましょう」
 アルトスが微かに震える声で促した。冒険者たちの心遣いに彼も泣き出しそうになっていた。


 城を出てから一時間程してアルトスは馬を止め、振り向いた。
「ここから先は雪が深く、馬では行けません。先に森があります。大きな森ではありませんが、殺された兵の戻った時間から考えて、そこが一番怪しいと思われます。それと‥」
 彼は腰に挿していた小柄を引き抜く。
「これはガルシン家の紋章を入れたものです。使者であることを示すため使って頂くようにと」
「私はシルフィードで森を越えて隊に向かいます。お借りしていいかしら」
 サクラの言葉にアルトスは頷き、小柄を彼女に手渡したあと敬礼をした。
「私はここで馬をお預かりして城に戻ります。‥皆さんのご帰還を心から願っております」
「では、一足先に行きますわね」
 サクラの声にシルフィードが翼を広げる。レイアが鷹のラリクマを呼び寄せた。
「空を見張れ。サクラに何かあったらすぐに知らせるんだ」
 アリスティドもルガールに指示を出す。彼はルガールにテレパシーも付与した。
「囮となるかもしれないな」
 サクラと鷹を見送り、レイアが呟く。
「ならばこちらは罠の裏をかかせてもらおう」
 双海の声に全員が歩を踏み出した。

 直前に自らにレジストデビルとホーリーフィールドを付与し、サクラが森の上空に到達したのは30分後。
 天候は良い。うまくいけば一時間程で大隊に接触するはず。そう思いながら森を過ぎようとした時、ラリクマとルガールの鋭い啼き声が響いた。振り向くとちらちらと蝙蝠のような羽ばたきが見える黒い塊がいた。インプの群れだ。
 相手がインプならば振りきってしまえるだろうか。顔を前に向けた途端、シルフィードが危険を察知して嘶く。巨大な影がよぎり、鋭い爪が結界に攻撃を仕掛けてきた。さらにもう一度。結界が消える。
 アクババ‥! サクラはコアギュレイトを放つ。それが落ちて行くのを確かめる間もなく、頭上で再び黒い影が動く。もう一体いる‥! そう思った途端、前方に別のインプの群れが現れた。身を反らすシルフィードにサクラは思わずしがみつく。次の瞬間には背後のインプの群れが周囲を取り巻いた。
 敵は数で勝負と出た。サクラは七桜剣でインプを薙ぎ払いながら唇を噛んだ。

 ラリクマとルガールが戻った時、5人は森を目前にしていた。
「サクラが襲われている‥!」
 テレパシーでルガールの報告を聞いたアリスティドが叫ぶ。その声を聞くや否やアンリがウイングシールドに念じ、フライで空にあがっていった。紫辰の忍犬、瑞姫が森に向かって唸り声をあげる。
「やはり森か」
 紫辰が殺気を漲らせ、アリスティドは自らにレジストメンタルを付与する。
「行くぞ!」
 双海の声に全員が雪を蹴散らし走り出した。

 オーラエリベイションを付与したアンリは、空中でインプの群れに剣を振るうサクラの頭上からアクババが襲いかかろうとしているのを見た。唸り声をあげ、身を躍らせる。デッドorライブで嘴を受けると同時にスマッシュEXで刀を振り下ろす。アクババは奇声をあげて地面に落下した。それを視界の隅で捉えながら彼はサクラを取り巻くインプを片っ端から叩き斬る。戻って来たラリクマとルガールも加勢する中、最後のインプを斬りつけたあと、彼のフライの効果が切れると同時にサクラはシルフィードと共に地面に降りた。
 肩で激しい息をつき、シルフィードから降りるなり地面に崩れ折れそうになるサクラをアンリが抱きとめる。
「リカバーを‥」
 そう言って顔をあげた彼女の目に飛び込んで来たのは、森を取り巻く白い霧だった。

 レイアの龍晶球が激しく光る。しかしデビルの姿が見えない。
「もうすぐ森を抜ける」
 アリスティドがそう言った時、瑞姫が激しく吠えた。背後に顔を向けた双海と紫辰は後ろから白い霧が迫っているのを見る。
「走れ!」
 双海の声に反応して紫辰が瑞姫と共に身を翻したが、レイアとアリスティドは霧に飲み込まれた。
「レイア‥!」
 紫辰と双海は悲痛な声をあげるサクラの姿を見る。霧に飛び込もうとするサクラをアンリが押し留める。
「大隊の元へ行くが良い! ここは拙者が!」
「でも」
「貴殿の馬は飛べぬか?」
「リカバーで‥回復できます」
 サクラは答える。
「双海殿も共に行け。また追手があるかもしれぬ」
 紫辰の声に束の間霧に目を向けたあと、双海は頷いた。
「分かった」
 サクラと双海を乗せたペガサスを見送り、アンリはオーラエリベイションを自らに付与する。富士の名水を飲み干し、さらにリヴィールエネミーのスクロールを広げた。その後「貴殿も使え」と紫辰に渡す。紫辰は受け取ったのち瑞姫に言う。
「瑞姫、レイアとアリスティドの加勢をするぞ! 2人の居場所を感じ取れ!」
 瑞姫は吠えて答えた。
「行くぞ!」
 ふたりは霧の中に突入した。


 大隊が見えて来たのは一時間もしないうちだった。近づくペガサスに気づいて弓矢隊が構えを見せる。
「危急の用なれば馬上にて失礼を致します! 私は‥」
 叫ぶサクラの声が終わる前に最初に一矢が飛び、慌ててそれを避ける。
「サクラ! 大隊の前に降りよう!」
 双海の声にサクラはシルフィードを大隊の前に降り立たせる。そして、預かったガルシンの小柄を掲げた。
「私たちはガルシン伯爵の使いの者です‥! 至急、お伝えしたいことが‥!」
 あらん限りの声を張り上げるサクラ。大隊の歩みが止まった。
 しばらくしてひとりの騎士が馬に乗って進み出る。彼は数メートル手前で止まると2人を見つめ、口を開いた。
「私はレオンス・ボウネル。この隊を指揮している」
 彼はそう言い、双海に顔を向ける。
「記憶にある顔。おまえの名は?」
「双海一刃」
「それを証明する術は」
 双海は腰に挿していたコム二オンを抜く。白い刃が陽の光に輝いた。
「ガルシンの紋を携え何用か」
「この先の森に悪魔が大隊を奇襲せんと待ち構えています。迂回してお進みください!」
 サクラはレオンスに訴える。
「迂回はしない」
 レオンスは突っぱねた。
「早急な到着が今の我らの使命」
「しかし‥!」
「どのような状況だ」
 サクラの声を遮ってレオンスは尋ねた。サクラは双海に目を向ける。彼が頷いたのでサクラは再びレオンスに顔を向けた。
「森は霧に包まれ、現在も仲間が応戦中です」
「ベルマン!」
 レオンスは背後に向かって声をあげた。その声でひとりの騎馬兵が近づいてくる。
「エックスレイビジョンのスクロールを」
 レオンスの言葉に兵はスクロールを取り出す。レオンスはそれをサクラに差し出した。
「クルードの霧ならばこれを」
「大隊はどうなさるのです?」
 面食らいつつ受け取ってサクラは言ったが、レオンスはそれには答えず手綱を引いて背を向けた。
「サクラ、戻ろう。彼はこれ以上何も答えぬ。そういう男だ」
 双海は言った。
「迂回しないなら何とか敵を倒しましょう。これとデティクトアンデッドを併用します。双海さんも使って?」
 サクラはスクロールを見て答えた。
 再びペガサスに乗って飛び去る2人を見たあと、レオンスは言った。
「騎馬兵、20名前へ」
 命令に従い20名が進み出る。
「冒険者をお守りしろ。但し全員の生還を」
 レオンスは再び顔を前に向けた。
「それがおそらく彼らの使命」


 さて、どうしたものか。
 霧の中でレイアと背中を合わせ、周囲に注意を巡らせながらアリスティドは考える。
 ふいに鞭のようなものが飛んでくる。腕を絡め取ろうとするのをレイアがリベンジ・ゴッヅで斬り落とす。間髪入れず小さな炎の塊が来る。それはアリスティドの肩を直撃し、彼は小さく呻き声をあげた。
「アリスティド!」
「大丈夫だ」
 レイアの声にアリスティドは答える。しかし次の攻撃はこたえた。ムーンアローが胸を射抜く。
「ぐっ‥」
 思わず膝をつく彼をレイアが慌てて支える。
「やってくれる‥」
 アリスティドは懐から取り出したリカバーポーションを飲み干し、ムーンアローを放つ。鋭い声と共に再び伸びてきた鞭をレイアは斬った。その直後にまたもや火の塊が来る。それは彼女の胸を直撃する。
「‥つっ‥」
 呻きながらレイアは斬り落とした鞭が尾の一部であることをかろうじて見届けた。再びムーンアローをアリスティドが放つ。
「きりがない」
 何度か同じことを繰り返し、ソルフの実を口に放り込んでアリスティドが言った時、今度は数本の尾が伸びてきた。幾つかは避けたが首をとられた。急激に息が詰まる。もうだめか‥。そう思った時、犬の吠え声を聞いた。続いて尾が外れる。
「レイア殿!」
 紫辰の声だ。声のほうに顔を巡らせたレイアは紫辰とは別の顔が目の前に突き出され、ぎょっとする。道化師のような不気味なその顔はにやりと笑い
「味方、ころ‥」
 言葉が終わる前に彼女は刀をスマッシュEXで振り下ろしていた。頭が霧の中でザクリと裂ける。白い闇に消える顔にレイアは思わず「うっ」と口を押さえた。
 周囲で多くの叫び声がする。戦っているのは紫辰か、アンリか、双海か。サクラはどうなったのか、誰かは大隊に向かったのか‥。緊張状態の2人の耳に、覚えのある声が聞こえた。
「レイア!」
「サクラ!」
 レイアが答える。
「良かった! 無事だったのですね!」
 サクラは2人に近づくと、素早くレジストデビルを付与する。
「ここから脱出します。ついて来て!」
 彼女はそう言い、身を翻した。

 サクラとレイア、アリスティドが霧から脱出した時、双海とアンリも同時に出て来た。
 紫辰は‥? 固唾を呑んで見守っていると、瑞姫の声と共に紫辰が走り出してきた。その後ろからふいごを手にした小さな小鬼が飛び掛る。
「紫辰!」
 声と共にコム二オンからブラックホーリーを放つ双海に続き、紫辰は素早く振り返りホムラで斬る。
「さて、もはや霧の中から出てくることもできぬこやつらをどうするかでござるな」
 雲散した鬼を見たあとアンリが刀を払って言った。
「大隊はどうなった」
 レイアが尋ねる。
「伝えましたわ。でも迂回はしないと‥」
 サクラが息を吐き、背後を振り向く。その目に20騎の馬が映る。彼女の様子に気づき、全員が振り向く。
「皆がご無事か」
 騎士のひとりが近づき問う。
「私たちは無事です。でも、何をなさるおつもりです? ここは放って先に城へ‥」
 サクラが言うと、その言葉を遮り騎士は笑みを浮かべた。
「何をできようもなく」
 はっとして再び森を振り向くと、霧はあとかたもなく消えていた。


 大隊800名は全員城に到着し、城中の歓声によって迎えられた。デビルたちが諦めたかどうかは定かではないが、城を踏み越え道を作ろうなどという計画はよほどの勝算がなければ難しいといえるだろう。
 冒険者からの話を聞いたクレリックのフョードルは、森に潜んでいたデビルはインプ、アクババ、クルード、グザファン、二バスだろうと推測した。霧の多さからしてクルードは相当数であっただろうし、他に潜んでいたデビルもいたかもしれないが、大隊を阻止するという目的を達せなくなったため退却をしたようだ。それはもちろん冒険者たちの功績による。
 ギルドに戻る時が来た。
 レオニード、アルトス、レオンスが最敬礼で彼らを見送る。サクはアルトスの真似をして同じように敬礼をした。
 ふと、馬上のレイアが保存食を取り出しぱくりと口に放り込む。
「暴食の指輪を嵌めているわね?」
 サクラが小さな声で言った。
「これが最後だ。困ったな」
 レイアは肩をすくめた。
「キエフに戻るまで我慢することね」
 サクラはくすりと笑う。
「サクラぁ〜‥」
「暴食の指輪? あの緊張の中で彼女は保存食を貪っていたと?」
 アリスティドが思わず呟く。
「美女の秘密は霧の中。な? 瑞姫」
 紫辰が笑って言うと、瑞姫はもちろんというように吠えた。