Revenge of the devil
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:西尾厚哉
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:9 G 4 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:01月22日〜01月27日
リプレイ公開日:2009年01月28日
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●オープニング
「えっ‥くっ!」
ドミトリーのくしゃみはいつも変だ。最後のほうでくしゃみを飲み込んでしまうような音を出す。
「押すなってば‥」
デニスがドミトリーに小声で言う。その後ろでエドアルも怯えた表情でついてくる。
「もう、帰ろうよ‥」
ドミトリーは震える声で呟き鼻をすすった。手袋についた鼻水まで凍ってしまいそうだ。
「家に戻って温かいうちに魚のスープの残りを食べたいよ‥」
「おまえが行こうって言ったんだぞ!」
デニスが叱りつける。
「屋敷の中に宝物があるって言ったじゃないか」
「僕が見たんじゃないもの。バーリンさんがそう話してたのを聞いたんだ。でもこの屋敷ずっと人がいないんだろ?」
ドミトリーは暗い部屋の中を恐ろしそうに見回す。
「わあ!」
いきなりエドアルが声を出したのでふたりは飛び上がる。
「やだ! くもの巣!」
エドアルは必死になって頭をはたいていた。
その日、ドミトリー、エドアル、デニスの3人は夜になってから家を抜け出して丘の上に建つ荒れ果てた屋敷に忍び込もうという計画をたてていた。もしかしたらまだ眠っている高価なものがあるのかもしれない、という噂を聞いたからだ。しかし、村の者はそんな噂は誰も信じていない。本当にそんなものがあったらとっくの昔に盗賊が持ち去っているはずだからだ。
3人は下着や上着をあるだけ着こんで出発したのだが、さすがにこの時期になると夜はとてつもなく寒い。
「僕、おしっこしたい‥」
エドアルが泣き出しそうな声で言う。
「そのへんでやっちゃえよ」
デニスがは突っぱねるように答える。ドミトリーがまた変なくしゃみをした。エドアルが小さく声をあげながら部屋の隅に走って行くのを見たあと、デニスはそこいらのものをひっくり返し始めた。月明かりの下でも埃が舞い上がるのが分かる。ドミトリーがけほけほと咳き込んだ。
「なんだ、これ。お面?」
デニスが何かを見つけて呟く。持ち上げてみると見た感じの大きさに比べてふわりと軽い。表を返すと恐ろしい形相の人面が月明かりの下に照らし出された。くわりと開いた口、ぽっかりと開いた暗い目からは今にも光る瞳が見えそうだ。ドミトリーが小さな悲鳴をあげる。ドミトリーの声にエドアルがズボンを慌ててずりあげながら駆け寄って来た。
「やめてよ、おしっこがズボンにかかっちゃったじゃないか‥」
エドアルは泣き出しそうな声で言う。
「ただのお面だろ。弱虫」
デニスはエドアルを睨む。
「気持ち悪いよ。そんなの捨てちゃって帰ろうよ。もういいよ」
ドミトリーが懇願した。
「だからお面だって。見てみろよ」
デニスがひょいと差し出すとエドアルが「ひぃぃ」と声をあげてのけぞった。デニスは面白がってそれを被ると、両手をあげて妙な声を出し、さらにエドアルを追い回す。
「デニスってば、もう、帰ろうよ!」
それを見てドミトリーが地団太を踏む。
しばらくして、部屋の中を駆け回っていたデニスの足がぴたりと止まった。
「もうやだ‥。デニスは変なことばっかりするんだもん」
エドアルは鼻の下に零れ落ちた鼻水を上着の袖で拭いとって憤慨した。
ドミトリーはやっとデニスが帰る気になったのだとほっと安堵の息を吐く。
「帰ろ? もう、いいだろ?」
そう言ってデニスの肩に手をかけたが、彼は反応しない。
「デニス?」
一番臆病なエドアルが、動物的な本能でデニスから後ずさる。
デニスの体がぼんやりと赤く光った。さすがにドミトリーも危険を察してデニスから遠ざかる。
次の瞬間、デニスの拳が赤く燃え上がったかと思うと振り上げられた。エドアルとドミトリーは叫び声をあげ、身をひるがえすと駆け出した。しかし薄暗い屋敷の中だ。エドアルが何かにつまづいてあっという間に床に倒れ込む。
「助けてーっ!」
エドアルの声にドミトリーが振り向くと、今まさに仮面を被ったデニスは燃える拳をエドアルに振り下ろそうとしているところだった。
悲鳴をあげるエドアルの姿と次に襲われるだろう自分の姿がドミトリーの脳裏に浮かんだのはほんの一瞬のことだっただろう。次の一瞬には『ぼくは死ぬんだ』と、ドミトリーは思った。
が、実際にはそうならなかった。
振り上げられたデニスの腕が誰かに握られて空中で止まる。
誰が? 誰がデニスの腕を掴んだの? 目を凝らすが暗闇の中で相手の姿が見えない。
先に気配を感じたエドアルが悲鳴をあげて起き上がるとドミトリーの元に駆け寄ってきた。
「フセヴォロド、さっさとマスクを剥がしなよ。」
小さな声がした。
「いいや」
もうひとつの声がする。今度は低い声だ。
「これは、ペット、だ」
「バカなこと言わないでよ。人間の子供なんて面倒臭いだけよ」
「おまえに指図される筋合いはない」
デニスの手から火が消え、暗闇から相手が姿を見せた。エドアルとドミトリーは抱き合って声にならない悲鳴をあげる。闇の中から現れた相手は美しい顔立ちの青年だった。しかし端正な顔立ちとは裏腹にぞっとするような気配を感じる。デニスの被っている面と同じくらい気持ちが悪い。
男はデニスの腕を掴んだままふたりに歩み寄って顔を近づけた。微かに漂う匂いに吐き気がする。それが死臭のようだ、と思うにはふたりは幼な過ぎた。
「戻って、精鋭の助け手を寄越すが良い。力強く、魔法力に長け、英知に富んだ者が来るが良い。そう、あの時のように‥」
「フセヴォロド‥」
再び小さな声がして小さな影が近づいた、と思った途端、男はデニスの腕を掴む反対の手でそれをばしりと撥ね退けた。
「ぎゃっ‥!」
影が闇に弾け飛んでいく。
「手慣らしだ。しばらく凍っていたからな‥」
青年はぞっとする白い顔で笑う。
「あの時の屈辱を忘れはせぬ。そう、おまえたちの世界では冒険者ギルド、とかいうのか? そこで助けを呼んで来い。奴らの阿鼻叫喚はさぞ心地よい響きで、その魂は美しいであろう。奴らの数が少しでも減ればケルベロスも喜ぶであろうて」
彼はそう言うと仮面をつけたデニスの腕を掴んだまま、ずるずると引き摺って闇の中へ消えた。
わんわん泣きながら戻って来たドミトリーとエドアルの訴えで、村中の男たちが手に棍棒や鍬とたいまつを持って屋敷に駆けつけたが、男もデニスもどこにもいなかった。
翌朝、明るくなってからも村中総出で屋敷をくまなく探したが、やはりデニスは見つからなかった。
●リプレイ本文
かの屋敷の場所を教えてくれたのはエドアルの父親だ。それは目の前の丘の上にあった。朽ちていくのを見かねて、5年前までは年寄りたちが外の手入れをしていたらしい。
デニスの母親は寝込んでしまい、父親が看病している状態だという。それを聞いてヴィクトル・アルビレオ(ea6738)が沈痛な面持ちになる。
「屋敷の内部を知りたいのだが」
サラサ・フローライト(ea3026)が筆記具を取り出す。エドアルの父親は考えながら簡単な見取り図を書いた。それによると屋敷は2階建。一部に屋根裏部屋。1階は続きの広間が3つ、少し小さな部屋が3つ、2階は6つの部屋だ。
「子供たちに話を聞くことは可能か?」
更に尋ねると、エドアルの父親はかぶりを振った。
「申し訳ないがやっと少し落ち着いたばかりで‥」
しかたがないだろう。彼女は頷いた。その時、誰かが近づいてきたことにレイア・アローネ(eb8106)が気づく。その視線を追ってエドアルの父親が声をあげた。
「ドミトリー?」
ドミトリーは母親と手を繋ぎ、怯えた表情で口を開いた。
「デニス‥い‥意地悪なとこあるけど‥悪くない‥助け‥」
そこまで言って泣き出したドミトリーの頭にレオナール・ミドゥ(ec2726)が手を置く。
「心配すんな。兄ちゃんたちが必ず連れて帰る!」
それを聞いてドミトリーは母親の服に顔を埋めた。
「フセヴォロドには卑劣なやり方は自滅の道だと教えてやらねばなるまい。偉大なる父の御名において」
ヴィクトルは口を引き結んだ。
馬たちは村に預けることになり、ディアルト・ヘレス(ea2181)はペガサスのアテナだけを屋敷の近くで待機させた。
「龍晶球はそちらに渡す」
レイアが言ったので、ヴィクトルがそれを受け取る。書いてもらった地図によれば裏からもひとつ入り口があるはずだ。レイアとレオナールはそこから屋敷内に入る。
しかし妙に静かだ。マロース・フィリオネル(ec3138)がデティクトアンデッドを発動したが、青ざめた顔で全員を振り向く。
「体長1m内外の小さいもの80体ほど。一体だけ2m近いものが」
やはり手下を山ほど揃えたものと見える。マロースは自らとレイア、レオナールにレジストデビルを付与し、サラサはレイアと話せるようテレパシーを付与。素早く屋敷に近づく2人を見送り、5人も足を踏み出した。こちらは正面から挑む。
ボウとレジストデビルを付与したディアルトは扉に手をかける。軋んだ音と共に開いた扉の中は薄暗く静かだ。
「殺気‥?」
イリーナ・ベーラヤ(ec0038)が呟いた時、屋敷の奥から多くの羽音が聞こえ、湧き上がる白い煙を見た。
石の中の蝶は激しく羽ばたいている。レイアは小さな扉に手をかけた。
「開いた途端、大群が?」
そう言ってレオナールを振り向く。彼は受けて立とうというように笑みを返して刀を引き抜いた。そしてレイアは扉を開く。途中まで開いて中から引かれるように、バアン! と音をたてる扉から彼女は飛び退った。溢れ出るように出てきたのは蝙蝠の大群だ。振り払いながらレイアはサラサに伝える。
『蝙蝠の大群が出てきたぞ!』
彼女はレオナールの位置を確認するとソードボンバーを飛ばす。隙を見て2人は屋敷内に飛び込んだ。素早く扉を閉め、残った蝙蝠にはレオナールがソニックブームを放つ。ふっと静寂が訪れた。石の中の蝶は変わらず羽ばたいている。薄暗い部屋の中を2人は注意深く壁を伝い奥へ進んでいった。そして隣の部屋で中央に立つ仮面の少年を見た。
これは本物なのか、それとも? その躊躇の途中で少年が束の間黒い霞に包まれるのを見る。はっとすると同時に少年の手から黒い炎が飛ぶ。素早く身をかわすレイア。サラサにテレパシーを送る。
『子供を見つけた!』
レオナールが躍り出た。直後、子供の姿が消える。しばらくして再び目の前に立つ子供に腕をつかまれ慌てて身を離す。ヒートハンドか。レイアが身構えたが子供は再び消えた。
その時どこかで甲高い笑い声が響いた。
屋敷内で霧とは。
インプ、グレムリン、アガチオンといった下級デビルがお互いにぶつかり合いながら突進してくる。霧はおそらくクルードだ。中心にサラサとヴィクトルを置き、ディアルトとイリーナ、マロースが三方に向かって攻撃態勢をとった。蝙蝠の群れに遭遇したとレイアの声がサラサに届いたのはその直後。
ヴィクトルがブラックホーリーを放つが相当の至近距離だ。サラサはクルードを標的にムーンアローを数本放つが霧は消えない。
「フセヴォロドにムーンアローを打つ!」
サラサは言った。
「いるかどうかは判らんぞ」
と、ヴィクトル。
「賭けだ」
答えるサラサの頭の中にレイアからの声が届く。
「レイアが子供に接触した!」
サラサはそう叫びムーンアローを放つ。彼女が指定したのは『フセヴォロド』。
そして矢は‥‥覚悟を決めた彼女に戻りその胸を貫く。
「サラサ!」
差し伸べられたディアルトの腕に一瞬倒れかかり、サラサは悔しそうに唇を噛む。
フセヴォロドはいない。ならば子供も恐らく身代わり。この戦闘は罠だ。甲高い笑い声が聞こえたのはその時だった。
「あっはははは‥! やっちゃえ!」
笑い声にサラサはムーンアローを放つ。今度は戻って来なかった。つまり命中したということだ。霧が薄れていく中、5人は潰れた声を聞いた。
「殺スナトノ仰セ。夜ニマタ来ル」
そして霧が消えていった。
「相変わらずセコい奴‥!」
イリーナがいまいましげに呟く。リカバーポーションを飲み干すレオナール。サラサもポーションで傷を癒す。
今は石の中の蝶は羽ばたかない。ヴィクトルが龍晶球を使ったがやはり同じだった。屋敷内からはあっという間にデビルたちはいなくなった。こちらの戦力を確認したのか、それとも魔力を尽かせるつもりか。
苛立ちを感じつつ、冒険者たちは明るいうちに屋敷内を捜索した。しかし奴らはデニスを連れ去ったようだ。
日が暮れたあとはヴィクトルが何度か龍晶球を使ってデビルの接近を確かめた。やがてほのかに龍晶球が輝きだしたのを見てマロースは自らとヴィクトル、サラサにレジストデビルを付与。再び霧が来るなら一人でもそこから出る必要がある。サラサがテレパシーの付与をしようとするとイリーナは言った。
「同じ手はないわよ。だって、あいつは私たちの最期を見たいはずだもの」
「そうだな、こちらも奴の最期を見届けたい」
サラサは答えた。2人は顔を見合わせ不敵な笑みを交し合う。
窓を打ち破り、無数の蝙蝠が飛び込んで来た。そして広間の中央で円陣を組み、床に降りていく。
「ヴィクトル!」
レイアが叫ぶ。
「子供はいない!」
デティクトライフフォースを使ったヴィクトルが答える。その返事にレイアが身を躍らせ、蝙蝠の群れにソードボンバーを放つ。射程外だった蝙蝠はインプの姿に変わる。マロースはそれに直接飛び込み、レオナールはソニックブームを放つ。それでも増える一方だ。いや、半分はグレムリンか。
レイアはインプの壁越しに少年の姿を見る。仮面は被っていない。それに向かって突進しようとした時、黒い炎が顔をかすめる。昼間と同じ炎だ。
レイアとレオナールは回避に出る。2人のいた場所にいくつもの黒い炎が弾け飛ぶ。奴らはブラックフレイムを使うインプとグレムリンを投入してきたようだ。1つがマロースの胸を直撃し、彼女は小さな声を漏らした。サラサがムーンアローを放つ。雲散した少年はやはり身代わり。
「上!」
イリーナが叫ぶ。確かめる前にディアルトの盾に響く衝撃をサラサは感じた。燃える少年からイリーナが盾でヴィクトルを庇う。次に目標となったレイアは身をかわした。ファイヤーバードとなった少年はゆっくりと床に降り、その後ろにさらに大きな影が現れる。今度こそフセヴォロドか。暗がりに少年の顔についた面がかろうじて見える。インプたちが2つの影を守るように再び壁となる。しかし彼らは月明かりの下ではない。
サラサは口を引き結び、ムーンアローを放った。それはフセヴォロドと少年の手前で消えた。結界だ。ヴィクトルがニュートラルマジックを放ったが、ブラックフレイムの総攻撃を受け、イリーナが彼の前に躍り出て盾で庇う。その間に再び結界が張られる。
「ヴィクトル、あの少年は本物か?」
レイアの問いにヴィクトルはかぶりを振る。
「デティクトライフは感知しなかった」
「子供をどこにやった!」
レオナールが叫ぶ。返事の代わりに微かに歪む口元が見えた。
「決着をつけよう」
ディアルトの声にレイア、レオナールが頷く。3人はフセヴォロド目がけて走り出した。ブラックフレイムの連弾が襲いかかる。レイアとレオナールが壁となるインプを薙ぎ払い、サラサとヴィクトルも後方からムーンアローとブラックホーリーで援護。バリケードを突破し、ディアルトが雄叫びをあげて結界に接触した。小さな光と共に僅かにびりりと痛みが走る。フセヴォロドの顔に微かな動揺が浮かんだ。自ら結界に飛び込んでくる敵になど会ったことがなかったのだろう。すかさずディアルトはコアギュレイトを発動する。フセヴォロドの動きが止まった。その手に笛のようなものが握られているのを見て、ディアルトは一触即発であったことを知る。直後、ディアルトはフセヴォロドの前に立ちはだかった少年が放つ黒い炎を肩に受ける。
「行くぞ!」
ヴィクトルが叫ぶ。オーラエリベイションを付与したイリーナは援護のため走り出す。コアギュレイトの有効時間は6分。なんとしてもその間にメタボリズムで奴の魔力を無にしなければならない。ブラックフレイムの嵐。少年に炎舞を振り上げるディアルト。直後、少年の手から火の玉が飛んだ。ファイヤーボム‥! 急激に炸裂した火はすさまじい音と共にイリーナとヴィクトルだけでなく屋敷の1階全てを巻き込む。恐らく放った本人も傷を負ったはずだ。しかしそれは結界が解けた証拠。サラサがはっとしてムーンアローをフセヴォロドに放つ。メタボリズムは例えカスリ傷でも負っていなければ効かない。
「ヴィクトル! 早く!」
白い頬に無数の傷をつけたイリーナはヴィクトルを促す。再び手をあげようとする少年にレイアが声をあげてスマッシュの一撃を加える。少年の姿が悪魔に変わり雲散する。ネルガルだ。火魔法はこいつの仕業か。落ちた面をグレムリンが素早く持ち去る。
ヴィクトルがフセヴォロドの腕を掴み、メタボリズムを放った。途端に相手の姿が一角獣に変わる。コアギュレイトが解けたのだ。突き上げられた角をくらい、ヴィクトルが跳ね飛ぶ。マロースが助けに走り、彼にリカバーを付与。イリーナがフセヴォロドにスマッシュで剣を振り下ろした。すさまじい声と同時に今度は角がイリーナに向く。彼女はそれを盾で交わし、カウンターアタックに持ち込もうとしたが横からグレムリンの攻撃を受け、そちらを薙ぎ払うことになる。レイアがそれを助けに出る。次に近くにいたディアルトが炎舞を振り上げた。突き出された角をオフシフトで交わし、刀を振り下ろした。再び咆哮が響く。さらにグレムリンを振り払ったイリーナが剣を打ち下ろす。一角獣はどさりと床に崩れた。
「サラサ!」
イリーナは振り向く。
「止めを!」
サラサの放つムーンアローが飛ぶ。フセヴォロドは空中に消えた。
「デニスは屋根裏の衣装箱の中で眠っている。スリープでもかけられているのだろう」
レオナールが捕まえたグレムリンからリシーブメモリーで記憶を取ったサラサが言った。
その時。
気配を感じて全員が振り向く。闇に不気味な顔が浮かぶ。いや‥あれは面だ。こいつは‥?
レイアが飛び出すが、勢いよく飛ぶ面から彼女は慌てて身をかわす。次の瞬間、火の壁が立ち上がる。ファイヤーウォールだ。火はたちまち燃え広がっていく。
「‥デニス!」
ディアルトが自らにボウを付与し身を翻した。後を追おうとしたヴィクトルだが、その足が声に止まる。
「フセヴォロド‥馬鹿な奴」
仮面が喋っている? 6人は身構えた。炎の壁に阻まれよく見えない。
「放っておきなよ、ヘルマスク。行くよ!」
さらに小さな高い声が聞こえる。
「あたしに矢を射た奴ら。焼け死ぬがいい!」
小さな羽がちらりと見えたあと、どう! と天井の一部が崩れ落ちる。
「ディアルト!」
レイアがはっとする。しかし既に2階へ続く階段も崩れ落ちていた。叫ぶレイアの腕を掴み、6人はやむなく屋敷外に出る方向に転じることとなる。
煙があがってくる。
ディアルトは屋根裏にあがるとサラサの言った衣装箱を探した。子供が入るくらいだから小さなものではない。大きな窓から入る月明かりを頼りに、ほどなくして彼はそれらしき箱を見つけた。重い蓋をあけると中で丸まって眠る少年がいた。
「デニス」
肩を揺さぶる。少年は眉を寄せて小さく目を開き、瞬きをした。そして飛び起きる。
「やめて‥!」
「大丈夫だ。家に帰ろう」
顔を歪めるデニスにディアルトは言った。デニスは呆然としたあと、顔を巡らせる。
「この煙はなに?」
ディアルトはデニスを立ち上がらせると窓を壊し、声を張り上げる。
「アテナ!」
少年は真っ白な天馬がこちらに向かって来るのを見た。
アテナがディアルトとデニスを乗せて降りてきたのを見て6人は安堵の息を吐いた。泣き出したデニスにヴィクトルが近づく。
「怪我はなさそうだな。これを食べるといい。お腹がすいただろう」
ヴィクトルが握らせた甘い味の保存食にデニスは自分の空腹に気づく。泣きながら貪るように口に入れた。しばらく何も食べていないのだから無理もない。ヴィクトルは炎をあげる屋敷に視線を移す。背後で人の声。火事を見て駆けつけた村人たちだ。
「私たちも回りの木を切りましょう」
イリーナが言った。
屋敷は焼け落ちたが、無事に戻ったデニスに村人は喜び、酒と食事が振舞われる。デニスの父親は涙を浮かべて小さな袋をそれぞれに手渡す。村で用意できる心ばかりのものを入れたという。
「何かお料理が作れそう?」
袋に鼻を近づけ、ハーブの香りを感じてイリーナが呟く。
デニスは皆にぺこんと頭を下げた。
「悪戯もほどほどにな」
レオナールが彼の頭を撫でる。
そして冒険者たちは村をあとにした。
ヘルマスク。
あの仮面もデビルか? その疑問を抱えながら。