【黙示録】小さな魔法使い/End 50
|
■ショートシナリオ
担当:西尾厚哉
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 85 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:02月10日〜02月15日
リプレイ公開日:2009年02月18日
|
●オープニング
風がすさまじい。
数週間前から続く雪の嵐に何度か戦闘も小休止状態だが、天候が回復して戦いが再び始まったとしたら、こちらの分は相当悪いだろう。ずぶずぶと体が入り込む深雪では自由な動きがとれない。空を飛ぶデビルたちには直接攻撃よりは魔法攻撃重視になる。
アルトスは首にかけていた青い石のついたペンタントを鎧の下から取り出す。しばらく見つめてぎゅっと握り締めたあと、再びそれを大切に胸の中にいれた。
「約束などするものではないと後悔を?」
声をかけられて顔をあげると、レオンスが自分を見下ろしていた。彼はきっと城を出発する前のサクとアルトスのやりとりを聞いていたのだろう。
「サク、大丈夫。必ず帰って来るから」
指が白くなるほどぎゅっと力を込めて服の裾を握り締めるサクにアルトスは言った。
サクは返事をしなかった。泣くまいと堪えるだけで精一杯のようだった。アルトスはサクの目の高さに身をかがめる。
「雪が融けたら私の村に連れて行ってあげよう。気に入るなら住んでもいい。城も近い。おまえが馬に乗る術を覚えたなら魔法の修行に通えるよ」
サクはやはり何も言わず、震える手で自分の首から青い石のペンダントを外すとアルトスの首にかけた。前にもかけてもらったことがある。サクの母親と長老と、そして師匠であった魔法使いの祈りが込められているという石だ。サクはアルトスの首にしがみついて小さな嗚咽を漏らした。
「ガルシンは冷たい領主だな」
レオンスから逃れるようにアルトスは立ち上がる。
レオニード・ガルシンはアルトスに城に待機でも良いと言った。サクはアルトスに懐いている。2人を引き裂くことはレオニードでなくてもはばかられる。だが、アルトスも戦士だ。長く一緒に戦ってきた仲間が再び戦地に赴くのに、自分だけが残ることはできなかった。
しかし、それをレオンスに説明する気持ちにはなれなかった。
大隊を率いて来たレオンス・ボウネルは見るからに優秀そうな男で、実際かなりの戦功がある男だとレオニードは言っていた。アルトスともそう年が違わないだろう。ただ、アルトスは彼の無表情で冷たい物言いや態度にどうしても馴染めなかった。指揮官がそうだからなのか、彼の率いてきた兵士たちもどことなく近寄り難い雰囲気がある。
こんな風に考えてしまう自分にアルトスは嫌悪感を持つ。同じハーフエルフなのに。同じ戦地で戦うというのに。
「今ならまだ戻れるぞ?」
立ち去ろうとするアルトスの背にレオンスは声をかける。
アルトスは小さくかぶりを振って彼の前から立ち去った。レオンスは口を引き結ぶ。
「命と意地は天秤に乗らぬ‥」
そう呟いた彼の言葉はもちろんアルトスには聞こえない。寝床に置かれたレオンスの聖剣コム二オンにアルトスが気づいたのは翌日の朝だった。
『絶対の生還のために』
柄にはそう記された小さな布が巻かれていた。
数日後、吹雪がやんだ朝、見張りの兵が顔を青くして駆け込んで来る。
「壁‥!」
彼は信じられないという表情でアルトスとレオンスに訴えた。
「敵地前に雪壁‥いや、氷の壁が‥!」
外に飛び出した2人の目に映ったのは、つい数日前まではなかったはずの氷の壁だった。
サクは人前では絶対泣くまいと堪えて、夜になると泣いた。泣いているうちに疲れて眠った。
そうすると、夢の中で誰かが髪を撫でてくれた。
『間もなくここでの最も大きな試練が訪れるであろう。
氷の奥からは悪夢が噴き出そうとしているようだ。それを止めねばならぬ。
ヴィークとリオートも間もなく到着する。
‥アーク・エンジェルからの伝えと言うが良い』
サクは目を開ける。しかし誰もいない。外は久しぶりに吹雪がやんでいた。
夢のことにしてはとてもはっきりと声を覚えている。髪を撫でてくれた手はどことなくアルトスの手を思い出させた。サクは懐から、前に冒険者からもらったアルトスによく似た人形を取り出す。
――悪夢が噴き出そうとしているようだ。
悪夢? 悪夢って何? アルトスさんは大丈夫なの‥?
城の広間は慌しく兵が行きかっていた。何が起こったのか? サクは周囲を見回し、城主のレオニードとクレリックのフョードルの姿を見つけて駆け寄る。
「レオニードさん‥!」
サクは言ったが、レオニードは手をあげて足早に離れてしまった。残ったフョードルがサクに言う。
「サク、すまぬが今日は相手をしてやれんよ」
「何かあったの?」
「戦地に大きな氷の壁が出現したそうだ。前線に的確な指示を送らねばならぬ」
「アルトスさんは‥?」
サクは思わずすがりつく。フョードルは仕方なくサクの前に身をかがめる。
「大丈夫だよ。あの男は屈強だ」
そう言って立ち上がろうとするフョードルの衣の裾をサクは必死になって掴む。
「待って! 氷の壁ができたの? その奥から悪夢が出て来るって言ってる!」
フョードルは眉をひそめてサクを見る。
「誰が?」
サクはその問いを理解しかねて不安な表情になる。
「誰が、悪夢が出ると言っている?」
「エンジェル‥」
サクは視線を泳がせる。
「アーク‥エンジェル‥」
「アーク・エンジェル?! おまえは大天使に会ったのか?」
フョードルは仰天して声をあげた。サクはかぶりを振る。
「夢の中でぼくの頭を撫でてくれて‥。氷の奥から悪夢が出て来るって。だからそれを止めろって。ヴィークとリオートがもうすぐ来るって」
「ヴィークとリオート?」
フョードルは混乱する。大天使、氷の壁、悪夢が出て来る?
数時間後、サクの住んでいたストウの村からの手紙が届く。
「戦いの助けに‥こ‥こうしょ‥う‥ジニ‥ジニール、イフリート‥連れて戦地に向かうが‥よし」
たどたどしいサクの声にレオニードとフョードルが思わず顔を見合わせる。ジニールとイフリート? 風と火のエレメント?
「短期間で氷の壁を作るような建築技術は、サブナクあたりが指南したかもしれぬ。下級のデビルたちの手を揃えて雪嵐の間に必死になって作り上げ、その奥で何やら企みをしているようだな」
フョードルはレオニードに言った。
「ならば助太刀も有り難く。ギルドへ早馬を。」
レオニードは言った。
●戦地の詳細状況
出現した氷の壁はぐるりと敵陣地を取り囲むような形であり、高さは約10m、幅は2m程度。先に攻撃を仕掛けた部隊からの報告によれば雪を氷で固めたようであり、おそらくアイスコフィンを使ったと思われる。
氷の壁の奥に何があるかは分からないが、敵の指揮者ヴァブラはそこにいると思われる。壁の周辺にもデビルは多く、下級デビルはもとより、中級レベルのデビルもいる様子。空からの攻撃もあり。
軍はアルトス部隊とレオンス部隊に分かれて攻撃中。アルトス部隊はどちらかといえば直接攻撃型。レオンス部隊は魔法を使う者が多い。人数は同じ500名ずつ。また、アルトス部隊は現戦地に慣れ、レオンス部隊よりは移動力有り。
レオンスは古代の聖剣コム二オンを所持。(威力15 デビルスレイヤー+2、ブラックホーリー威力20とレジストマジックの効果有・MP10必要)これがアルトスに貸与中。
兵士の魔法戦力は、オーラ、神聖魔法黒、精霊魔法。アルトスの側は防御系魔法を使う者が若干名、レオンス側は攻撃系魔法が充足。
吹雪は小康状態ですが、既に積もった雪で足元が非常に悪く騎馬戦は不可能。
夜間は風が強く空からの攻撃は双方不可。
●リプレイ本文
ガルシン城で待っていた精霊を見て、冒険者達は一瞬息を呑む。毛皮を腰に巻いた巨人と幻の炎を身に纏う巨人。何とも豪快な。
「確か名があったはず‥。ヴィーク?」
オリガ・アルトゥール(eb5706)の声にジニールが前に進み出た。と、いうことはイフリーテがリオート。
出発しようとする彼らに、「待って」とサクが大急ぎで全員の首に青い石のペンダントをかけた。
「お守り。石に念を込めたから。フョードルさんもお師匠さんも。アーク・エンジェルさんも夢の中でいい石だねって握ってくれた。それと、これをレオンスという人にも渡して。間に合わなかったの」
レイア・アローネ(eb8106)が双海一刃(ea3947)の顔を見たので、彼は手を伸ばした。
「俺から渡そう」
「本当は全員に作りたかったけど‥」
俯くサクの顔をレティシア・シャンテヒルト(ea6215)が覗き込む。
「大丈夫。祈りはきっとみんなに届くよ」
鳳美夕(ec0583)は笑みを浮かべ、サクの前に身を屈める。
「私はサクラの友人で鳳美夕。サクのことも聞いているよ。頑張るね!」
眩しそうに目をしばたかせ、サクは皆の顔を見回して頷いた。
風に乗り無数の雄叫びが聞こえる。味方陣営には疲れきった顔の兵士たちがいた。
「ヴィーク、リオート、少し離れて待機なさい」
オリガが機転を利かせて指示を出す。それでも目に入る巨人の姿に兵たちは目を丸くする。騎士のひとりが走り寄ってきた。
「私はアイザック・ベルマン。ボウネル大隊長指揮下の者です。戦況のご報告を」
「レオンスとアルトスは?」
双海が視線を巡らせる。
「お二人共前線に。今は隊を分割し、昼夜を通して戦地に貼りついている状態です」
彼の話によると壁は直径50mほどの敵陣地を取り囲んでいる様子。アイスコフィンを使うクルードが多く、崩す先から再び凍り、解呪や火魔法の使い手は真っ先に狙われたという。他にアザゼル、ハボリュム。空はアクババ。インプなどの下級デビルは無数。
「レオンスとアルトスに接触する」
双海の声にレイアは頷く。フィーネ・オレアリス(eb3529)が2人にレジストデビルを付与し、2人は走り出す。6人も精霊を従え、兵の敬礼に送られ出発した。
戦地は敵味方入り乱れ混乱状態だった。その先にそそり立つ氷の壁。フィーネは全員にレジストデビルを付与。オリガは自らにインフラビジョンを付与した。しかし氷の壁に雪の中。体温を持たないデビルを見切るのは難しいかもしれない。
「両隊長とテレパシーで繋ぎたいけれど‥顔も分からないし、双海とレイアにコンタクトをとってもらおう」
視力の良いレティシアは双海の赤い鎧とレイアの青い刀を見つけて言った。エスメラルダと藤丸、萩丸も応戦している。
『精霊を送るよ』
すぐにレイアの返事が届く。
『了解。私は遺憾ながらレオンス隊の中。アルトスは双海がついている』
遺憾ながら? レティシアは首をかしげる。レオンスは会っても半ば無視状態で、双海が渡したサクのペンダントを見ても何も言わなかった。双海は慣れた様子だったがレイアは少しむっとしていた。
レティシアは続いて双海に同じ言葉を送る。
『了解。レオンスには魔法援護と空中掃討を依頼した。両隊とも余力は残すようにと伝えたが、兵は疲弊しているようだ』
返事のあと双海が小さく溜息をついたがレティシアには分からない。案の定、レオンスは聖剣の効果をアルトスに説明していなかったため、彼がそれを伝えたのだ。同じ戦地にいながら2人の意思疎通はどうもかんばしくない。
「‥では、始めようか」
シャルロット・スパイラル(ea7465)が呟き、デュラン・ハイアット(ea0042)が自らにリトルフライを付与した時、リオートがいきなりファイヤーバードで飛び立った。次の瞬間には轟音と共に氷の壁にぶち当たる。呆然とする6人。それは戦闘中の敵味方も同じ。
「りおーとハ、気ガ短イ。今日ハ特ニ」
頭上でヴィークが初めて声を出した。
「最初に言え」
シャルロットが睨むと、ヴィークはくぐもった声で笑った。
「我モ先ニ行ッテ良イカ? 空ノあくばば、ヤッツケヨウ」
「レイアがリオートの近くまで来た! ファイヤーウォール発動!」
レティシアが叫ぶ。
「先に行きます。シャルロット、一緒に!」
フィーネがグリフォンに乗り、火魔法使いのシャルロットに手を差し出す。美夕が急いで2人にフレイムエリベイションを付与。飛び立つグリフォン。オリガはヴィークを見上げる。
「行きなさい! 壁前に着いたらクルードを排除」
「御意」
飛び立つヴィーク。4人も足を踏み出した。
雪の上に騎士たちが流した淡い紅色が散っている。
アクババをヴィークが払拭したので空からはインプだけだ。デュランは鷲に上空を守らせ、さらに近づく奴はストームで追い払う。騎士たちの援護も受けながらやっと壁に近づき、美夕はレティシアにフレイムエリベイションを付与する。到着した彼らにレイアが叫ぶ。
「クルードは追い払ったが、ハボリュムが邪魔だ。姿を消されてうっとうしい」
レティシアは頷き、ムーンアローを放った。矢は弧を描き壁の近くに落ちる。姿を現した相手にレイアがスマッシュEX、更に美夕が一撃。ハボリュムの体は雲散した。
シャルロットはリオートのクリエイトファイヤーで作った火を小枝に移し、ファイヤーコントロールで増長させる。それを見たレティシアが叫ぶ。
「私、油を持ってる!」
「枝を! ヴィーク!」
オリガの声にヴィークは飛び立ち、あっという間に枝を一抱え運んできた。レティシアが壁際に置いた枝の上に油を撒く。リオートがファイヤーウォールを立ち上げる。油があるのは心強い。シャルロットの火が届かない上部はリオートが担った。それにしても根気のいる作業だ。レティシアはソルフの実をシャルロットに渡し、フィーネが時間を短縮するためにニュートラルマジックで解呪する。火魔法を使う2人とフィーネ目掛けて敵が一気に押し寄せる。フィーネはホーリーフィールドを発動。ムーンアローを放つレティシア、ウォーターボムを放つオリガ、ストームで弾くデュラン。レイアと美夕、双海は騎士たちと共に援護。
近づくアザゼルに気づき、双海が飛び掛る。さらにレイアが一撃。瀕死の傷を負ってアザゼルが倒れる。レティシアははっとして素早くリシーブメモリーを発動した。
『氷壁の奥に何がある。その目的は。ヴァブラの位置は』
届いた答えに彼女は愕然とする。
『現世と地獄と繋ぐ入り口。同胞は噴出し、主は傍で待つ』
「地獄の入り口? 門‥!? ヴァブラは中!」
全員がぎょっとする。こんなところで門が?
「下部はもう脆い。一気に崩せ!」
デュランが叫び、ライトニングサンダーボルトを放つ。僅かにひびが入る。続いてヴィークもサンダーボルト。壁の一部がどさりと落ちた。しかしまだ奥は見えない。
「リオート! ヴィーク!」
オリガの声にリオートが剣を壁に打ち下ろした。ヴィークは拳を振り上げる。どう! と壁が崩れ落ちる。しかし落ちた雪を除けなければ。
リオートがマグナブローを放った。さらにもう一度。雪の塊が弾け飛び、裂け目も一気に大きくなる。ばらばらと頭上に落ちてくる雪の塊を避けながら、全員が崩れ落ちた氷壁を見た。その奥に‥。
「危ない!」
レティシアの声が響いた時、美夕とフィーネの血が雪の上に散った。ばらばらと飛び出してきたインプの群れに混じり、馬に乗った獅子の頭のデビルがいた。いたはずだが見えない。姿を消したか。
「あれがヴァブラ‥?」
レティシアがムーンアローを放とうとした時、彼女の背後で剣が振り上げられた。レイアが飛び出すが足場の悪さに彼女を庇う余裕しかなく、剣はレイアを切り裂いた。レティシアが声をあげる。敵が印を結んだ。リカバーを使ったフィーネがコアギュレイトを放つ。敵の動きは止まったが、レイアを抱きかかえていたレティシアが雪の中に倒れこんだ。魔法を使われた‥! 何を? ビカムワース? フィーネはリカバーを傷ついた仲間に一気に付与する。
「か‥壁を突破!」
レイアの声とヴィークの唸りが重なる。崩した壁が再び無数のインプの手によって塞がれようとしている。
「おのれ‥!」
デュランがストームを放つ。デュラン、双海、オリガ、シャルロット、ヴィーク、リオートは壁の中に走りこむ。最初に走りこんだデュランは数発のブラックホーリーの不意打ちを食らったが、所詮インプの放つもの。ポーションを流し込みそのまま走り込む。
皆が壁内に走り込むのを見たレイアは動きを止めたデビルにスマッシュEXの一撃を加えた。それに美夕が剣を振り下ろし、再びレイアの振り下ろす刀でようやく雲散したが、癒えたはずのレイアの傷が開く。フィーネと美夕も同じだ。あのデビルの剣は魔力を帯びているようだ。
「解呪します!」
ニュートラルマジックを放つフィーネ。そして4人も壁の内部に向かう。
内部は未だ残る壁に取り囲まれ、その中心にデビルたちが円陣を組んでいる。オリガの放ったウォーターボムを合図にしたかのようにわっと襲いかかる。フィーネは術者を守るべく結界を張った。オリガは精霊に指示。
「ヴィーク! リオート! 周辺デビルを排除!」
「あれ、何だろう?」
目を細めるレティシアの声にデュランがその視線を辿る。未だデビルが取り巻く中心で、空気が動くように向こうの景色が歪む。
「ええい、邪魔だ」
デュランはストームを放つ。デビルたちが一気に吹き飛ばされたが、揺らめく空気はそのままだ。ごくゆっくりと脈打つように大きくなっている。オリガが再びウォーターボムを放つ。しかし揺らめきは消えない。どうすればいいのか‥。
「双海殿!」
アルトスの声に双海は振り返る。
「さっきのデビルはサブナクだ。フョードル殿の情報からはヴァブラはクレリックの姿か、白い翼を持つ獅子。下級デビルは我らが引き受ける」
アルトスはレオンスと共に隊の先鋭十数人を壁内に入れたようだ。双海は頷いた。向かってくるアザゼルに一撃を加え、双海はふとアルトスを振り返る。
「アルトス! レジスト‥」
声は途中で途切れた。サブナク! もう一体いた! アルトスの血が弾け飛ぶ。更にもう一度。倒れるアルトス。無我夢中で駆け寄る双海、消えるサブナク。
「藤丸!」
双海は犬の首元からリカバーポーションを取り出す。アルトスの口元に持っていくが、無情にも口からは零れ落ちていく。
「双海っ!」
レイアの声にはっとした直後、ずきりと背に痛みが走った。藤丸が吠える。雄叫びをあげてレイアがサブナクに飛び掛る。レティシアのムーンアロー、デュランのサンダーボルト。双海は再びポーションを取り出す。アルトスの口に持っていくその手をレイアが掴んだ。
「双海‥! おまえの傷だ‥!」
小さな呻き声が双海の口から漏れた。レオンスが転がったコム二オンを掴み、近づくインプにブラックホーリーを放つ。
「死者に構うな!」
彼の言葉にレイアが怒りの表情を浮かべた。口を開こうとする彼女を押し留め、双海はポーションを飲み干す。動揺してはいけない。ここは戦地。
フィーネがレティシアと共に近づいてきて結界を張り、傷を受けた双海にニュートラルマジックを付与する。
「来たよ!」
レティシアが叫ぶ。白い翼が羽ばたく。‥ヴァブラ! 放たれた黒い炎が結界に弾かれる。オリガがウォーターボムを放つ。命中はしたが、ヴァブラは空中にあがる。その体がリオートの傍を通過した途端、リオートが声を出す。
「ヴィーク! リオート! 壁の外へ! レイアも気をつけて!」
オリガが叫ぶ。リオートにロブライフを使われた。奴は一斉攻撃で隙を与えず葬り去るしかない。しかしヴァブラは再び姿を消す。
「させない!」
レティシアがムーンアローを放つ。あの矢の先にいる。全員が身構えた。しかし矢は異様に空高く上がっていく。シャルロットのファイヤーボムは射程外になり、残るはデュランのサンダーボルトかオリガのウォーターボム。
「いけるよ!」
レティシアが叫ぶ。ふたりは同時に攻撃した。命中すれば相手は瀕死。空を見つめる皆の目に白い翼が見える。傷は負っているようだが瀕死ではない。オリガが悔しそうに声を漏らし、デュランは小さく舌打ちをする。エボリューションを使ったか、あるいは他の魔法も? 再び姿を消すヴァブラ。
「奴の魔法は射程が短い!」
レオンスの声に全員が視線を交し合う。つまり、こちらに近づかなければ奴も攻撃できない。その前に決着を!
「巻き込まれると危うい状態の者は下がれ! 行くぞ!」
ヴァブラの姿が見えない空間にシャルロットがファイヤーボムを放つ。続いて美夕が。レオンスは低レベルでオーラアルファー、騎士たちはブラックホーリー。レティシアは姿を現すヴァブラを見逃すまいと神経を集中させる。
「いた!」
レティシアの声にフィーネが素早く解呪、隙を与えずデュランがサンダーボルト、オリガのウォーターボム。再び空にあがり姿を消すヴァブラにレティシアが止めのムーンアローを放つ。もはや奴は力尽きて落ちて来るのみ。地面でぐしゃりと音をたて、耳を塞ぎたくなるような咆哮と共にヴァブラは中央の空間に吸い込まれていく。直後、周囲のデビルたちも次々に空間に吸い込まれる。最後のインプが悲鳴のような声をあげ、全てがぷつりと消えた。
頭上で風の音が響く。
「終わった‥のか‥?」
レイアが不思議そうに言った。双海がアルトスに走り寄る。彼はまだ目を閉じたままだ。レオンスも無言で傍にいる。
「大丈夫。リカバーを付与しましたから」
フィーネが静かに言った。彼女は他の負傷者も治療するために立ち上がる。
レティシアが竪琴の弦を小さく弾く。高く透き通った彼女の声が響き渡る。
長き戦いに散った者へ、そしてこれから再び歩み始める者へ。
安らぎの歌が空に吸い込まれていく‥。
城に戻ったアルトスとサクがお互いを抱き締め合う。それをちらりと見て顔を伏せ離れるレオンス。
「世話をかけて申し訳なかった」
詫びるアルトスに双海は微かに笑みを浮かべる。
「機会があればレオンスとは一緒に酒を酌み交わすといい。彼への印象もきっと変わる」
アルトスは首をかしげる。
「酒を飲むと何かあるのか?」
レイアが横から尋ねたが、双海はくすりと笑って何も言わなかった。
「何かいわくありげな‥?」
レイアは美夕と目を合わせて肩をすくめた。
「ギルドに戻ろう」
デュランが皆を促す。
シャルロットの後ろをリオートが、オリガの傍にヴィークがついていくが、その意味に2人はまだ気づかない。
あまりにも長く続いた戦いだった。
敬礼をして見送るレオニード、アルトス、そして多くの兵たちの表情もまだ固い。
それはこの世にまだ戦いが残っていることを、皆が知っているせいかもしれない。