【闇の子供たち】冥王の光
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■ショートシナリオ
担当:西尾厚哉
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:11 G 94 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月11日〜03月17日
リプレイ公開日:2009年03月17日
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●オープニング
ワーウルフの長、グロムは、かの山地へ十数人の男を送った。それを伝えて来たのは、山の調査を行った冒険者たちが出会ったドウムというワーウルフだ。
「我らは戦闘集団ではない。村の男たち全部を戦闘に出すわけにはいかぬ。できるだけ早く助太刀いただけると有り難い」
ドウムの言葉にバーリン子爵は頷いた。
「小一時間もすれば息子はキエフに発ちます。私は知己であるブルメル伯爵の元へ手紙を送った。伯爵のところでは最近ブランを使った武器が発掘されている。間に合うかどうかは分からんが、何か情報がいただけるかもしれん」
その言葉の途中で、出発の支度をしたガブリルが慌しく姿を見せる。
「あちらの様子はどうです」
ガブリルは毛皮の帽子を被りながらドウムに問う。
「前に来られた方がドラゴンに幾つかの薬を手渡しておられる。しばらくはそれで大丈夫だろう。ドラゴンはムーンアローを使うのと、夜に月が昇れば結界も張る。我らもありったけの薬と食料、武器を持っては行くが、我らの戦闘能力ではある程度の接近戦と弓矢で打ち落とすことが関の山。悪魔たちを撤退させるまでにはとても至らぬ」
ドウムの返答を受け、ガブリルは不安そうに頷き、さらに問う。
「先の調査の方が、インプ、アクババといった下級らしき悪魔を数多く確認しておられるのだが、それ以外は変化がないだろうか」
ドウムは微かに眉を吊り上げた。
「空を飛ぶデビルたちの中に精霊のような小さな者が一匹出てきた。それが火魔法を使うようだ。雪ばかりなので他への延焼は少ないが、ボムを使われるとドラゴンも傷つくし我らも避けるのが精一杯。ドラゴンが怒ってムーンアローを放つと魔法で防御する。あちらも相当魔力と薬の補充をしているように思える。それと時折、子供の声が聞こえる」
「子供の声?」
ガブリルとバーリン子爵の声が揃う。ドウムは頷く。
「正しくは『子供のような』声と言うべきか。我らは獣人界の者だ。耳も良く聞き間違えることはないし、何かがいる気配は感じ取る。しかし姿を探し出すことができない。恐らくそれも悪魔だと思う。あの声を聞くと、非常に危うい気がする」
頬が小さく痙攣する。ガブリルはそれを感じながら奥の部屋のリーナに声をかける。
「リーナ!」
「はい、ただいま!」
リーナは抱えられるだけのポーションを抱えて走ってくる。
「兄がまたキエフで補充して参りますから、これをお持ちになってください」
リーナはそれをドウムに渡した。
「感謝する」
そう答えるドウムとガブリルは共にバーリン邸を出発した。
不安でたまらない。
今思うと、グロムの村に向かう時は冒険者たちに囲まれて、自分はとても安心しきっていた。自分でも何度か足を踏み入れたことのある森の中に行くということもあっただろう。
しかし今は違う。強烈な緊張を強いる現実が待ち構えている。
山の調査に向かった冒険者たちがどれほど危険と紙一重であったかを思い知る。多くのデビル、巨大なドラゴン。彼らはそれを目の当たりにしながらも後に続く適切な情報を得て戻って来た。
今度は自分が山に赴かねばならない。冒険者に依頼をし、ワーウルフとの動きと共に的確な判断を速やかに行わなければならない。自分が行かなければ父が向かうことになる。父はもう若くない。とてもそんなことはさせられない。
魔法も持たなければ腕力もないというのに。武術にも長けていない。せいぜい狩りで弓矢の腕を磨いた程度だ。気負っていた気持ちが時間の経過と共に怯えに変わる。
――足手まとい‥
そんな言葉が脳裏をよぎる。
全てを冒険者たちに任せてしまって、自分はただ屋敷で待つだけであったなら。
馬の手綱を握る自分の手がぶるぶると震えているのを知って、ガブリルは思わず手袋の上から自分の手の甲に歯をたてた。
「情けない」
そう呟いた声も涙声だった。
ガブリルがギルドへ向かった直後、バーリン子爵はブルメル伯爵からの手紙の返信を受け取る。そこには、ブルメル伯爵家の書物庫に不死者の王伝説の記述をしたフェリックス・ブルメルの著書があったこと、古代魔法語で書かれていたためにレオンス・ボウネルという戦士に解読をさせたこと、また、彼をそちらに向かわせた、と記されていた。
レオンスという戦士は同じブランの力を持つ剣を持っているのと、地と水とオーラの魔法に通じているので、直下で護衛に使ってもらって良い、ということだった。
バーリン子爵は楽天的なブルメル伯爵を思い起こし、彼にしては何と丁寧な返信であろう、とふと思った。その彼の疑問通り、返事はブルメル伯爵の友人ロジオンがレオンスと共に伯爵の依頼で纏めたことなどバーリン子爵は知るよしもない。
『不死者の王伝承は長い時間にいろいろ尾ひれがついて場所によって内容が異なる場合もあるが、共通して王の名前はクルーク(円)――真の名ではなく呼び名であるのかもしれぬ――それと、悪事を見かねて高位精霊がどこかに彼を封印した、という言い伝えが幾つかある。
剣については、名を場所によっては冥府の剣と言ったり不死者の剣と言ったりするが、多くは冥王剣と伝承され、不死者の王が封印をされた時に共に封印されたか、あるいは打ち砕かれたという伝承はなく、隠したという話が多いことから、王とは別の場所にある可能性が高い。
行動力のあるフェリックス・ブルメルでさえ、その剣の在りかを特定できなかったが、それをデビルが探し出したというのは、そうした能力に長けたデビルの関与が予想される。くれぐれも気をつけられたし』
手紙はそうしたためられていた。
「隠れた剣の在りかを特定できるデビル‥?」
バーリン子爵は口を引き結んだ。息子は生まれて初めてのこの状態をうまく対処して戻って来るだろうか。
しかし今は助けに行ってやりたい気持ちをこらえるしかなかった。
【現地詳細】
◎現在デビルたちは洞窟内よりドラゴンを追い出そうと攻撃中。
◎洞窟はドラゴンの巣であり、その奥に通じる道より奥にデビルたちは行きたい様子。デビルの陣営は崖の下。
◎洞窟は地上50m、岩壁途中。そこに通じる道はなく、空中より入るか崖をよじ登るしか洞窟内に入る手立てはなし。
◎中にいるのはシャドウドラゴンのつがい(2体)。月魔法を使い、90度コーンのシャドウフィールドと同じ息を吹きます。ワーウルフのドウムとは顔見知りのためテレパシーを通じさせています。
◎ワーウルフは15人ほど。戦力としてはデビルを攻撃するというよりは、ドラゴンへのデビルの攻撃を邪魔だてする、という程度。戦闘に長けた部族ではないため負傷の治療と攻撃で人員を交互に動かしている様子。
◎ドラゴンの巣より奥はどのような状態かはもちろん不明。剣があるかどうかも不明だが、デビルの執拗な攻撃を見る限りにおいては剣そのものがあるか、若しくは剣に関する重要なものがある可能性は大。
◎火魔法を使うデビルの出現と、姿を現さない子供のような声を持つデビルの情報あり。
●リプレイ本文
ガブリルはジークリンデ・ケリン(eb3225)の勧めで剣を収める細長い木の箱を購入した。彼女はそれをジニールに渡す。ガブリルとシャルロット・スパイラル(ea7465)、ウォルター・ガーラント(ec1051)とロッド・エルメロイ(eb9943)、エメラルド・シルフィユ(eb7983)とレティシア・シャンテヒルト(ea6215)が3頭の馬に分乗する。
「お疲れの方は代わります。今日は山の手前で野営を。ブルメル領の戦士が待っている」
ガブリルの声が震える。手綱を握る手は哀れなほどだ。
「お前はぁ‥怖いかね?」
と、シャルロット。ガブリルははっとする。
「む‥武者震い、かな‥」
シャルロットは苦笑した。
「恐怖は我々も感じる事だ。それを知らぬ者が先に進めるわけが無い」
「皆さんも?」
思わず言ってしまい、ガブリルは赤面する。
「己が身の程を弁えその中で己が出来る事を考える。強くなる秘訣だ」
シャルロットの声のあと、木野崎滋(ec4348)が黒髪を揺らしガブリルを見上げる。
「周りを信じ、其れと共にある自分を信じる事だ。心は時に恐れさえ光に変える」
「それは‥もちろん。でも私は‥」
ガブリルは言いかけて鼻をこする。
「だめだな‥。口を開くと自信の無い言葉ばかりで」
「勇敢に敵を倒す事だけが戦いじゃないわ」
レティシアの声にガブリルは振り向く。
「貴方には貴方の戦いがある筈よ」
彼女はそう言って照れ臭そうに笑った。ガブリルは頷いた。
「‥皆さん、ありがとう。震えが少し治まりました」
山嶺が見えた頃、雪の中に立つ人影を見つけレティシアが声を張り上げる。
「レオンス君、こっちこっち〜」
レオンスは一人の騎士を伴い、既にテントを幾つか張っていた。
「レティシアお嬢様。息災で何より」
冗談も無表情なレオンス。ガブリルが馬を降りてレオンスに歩み寄る。レオンスは一礼をした。
「私はレオンス・ボウネル。閣下の直下で動くよう命を受けた。的確な指示、を願いたい」
威圧的な物言いに再びガブリルが顔を強張らせる。素っ気無く背を向けるレオンス。ガブリルはふうと息をつく。双海一刃(ea3947)が小声で囁く。
「彼は有能だが不器用だ。ああいう男だと思ってやってくれ」
「皆さんお知り合いでしたか‥あっという間に見抜かれてしまって」
双海はふふと笑い、連れて来ていた藤丸と蓮を顎で示す。
「あいつらも今でこそこうだが‥。何事も階梯というものがある。焦るな」
ガブリルは感謝の表情を浮かべつつ頷いた。
焚き火が小さく爆ぜる。双海が皆に少しずつ桜餅味の保存食を配った。レオンスと一緒に来た騎士も「主君の奥方からです」と甘い味の保存食を皆に配る。甘味に皆が小さな和みを感じた時、それは急に聞こえた。
――ヴォォォォ‥ン!!
山より竜の声。なぜ、また。
「明日は‥できるだけ早く出発しましょう‥」
再び緊張に陥り、ガブリルは言った。
翌朝、馬や騾馬は騎士がこの場で預かることに。エメラルドは迷いながらラファエロの同行を断念した。足元の悪さが報告書にあったとガブリルが言ったからだ。
「マカベウスを積んでいたが‥」
彼女は呟いたが、その判断は間違ってはいなかった。山裾の森は雪が未だ深く一歩毎に足先を確かめねばならない。斜面が急になると緩んだ雪が大きく雪崩落ち、ガブリルは何度もレオンスに腕を掴まれた。更に進んだ時、ワーウルフのドウムが姿を見せた。体中に血を滲ませている。
「バーリン殿! 竜がかなりの傷を負ったようだ!」
近くにあるドウム達の陣営には血まみれのワーウルフ達。中には腕が千切れてしまった者もいる。
「5人動ける。援護する」
ドウムの声にガブリルは動揺する。言葉が即座に出ない。レティシアが竪琴を取り出す。ピィンという音にガブリルははっとする。
『出でし黒き魔物たち 木霊する竜の声 守るべきもの 命の数々 向かえ 怖じることなく‥』
魔力を持つ彼女の声は冷静さを失ったガブリルだけでなく、皆の心に同じ光を思い起こさせる。守らねばならない。この地の平穏。魔剣はデビルに渡せない。
前衛の双海とパウル・ウォグリウス(ea8802)はエメラルドからレジストデビル、ロッドからフレイムエリベイション、バーニングソードを。ロッドは更にレティシア以外の全員にフレイムエリベイション。滋はアン・シュヴァリエ(ec0205)にレジストマジックの付与。ジークリンデはスクロールでブラックボールとリトルフライ、インフラビジョンを自らに。
洞窟前と崖下にデビルの群れ。上空ではアクババが数体旋回。双海は蓮をガブリルの傍に置き藤丸と共に崖下に駆け出す。パウルもウンディーネを残し滋と共に双海に続く。フライで空に上がったパウルは炎を飛び散らせながら斬りつける。怒ったインプが放つブラックフレイムは盾で防御。再び彼の刀から炎が飛び散る。
両手の刀で崖下のデビルを斬りつける双海。舞うように魔剣を振るう滋。近づくアクババは鷹と鷲が果敢に威嚇する。アンはブラックホーリーを、ジークリンデはストーンで攻撃。シャルロットは空中にファイヤーボム。ロッドは弾かれて残ったものへグラビティーキャノンを空に放ち粉砕。エメラルドは術者より前で直接デビルを迎え討つ。ウォルターは最後衛でワーウルフたちと共に矢を放った。レティシアはガブリルの近くにいたが、ふと雪の上に不自然につく小さな穴を見つけた。あそこにも‥ここも。増える。
「レオンス!」
彼女の声にレオンスが剣を引き抜き、ブラックホーリーを放つ。姿を見せたのは十数体のグレムリン。アンがガブリルに飛び掛った奴に槍を刺す。ぺたんと座り込むガブリル。
「しっかりしなさい」
アンの言葉にガブリルは顔を真っ赤にした。「よ、よ」と彼の腕を引っ張る蓮。アンが助け起こす。
「貴方は貴族。人の上に立つ者として民の寄る辺にならなくては。貴方の大切な人たちに笑顔で会えるようにね」
厳しいけれど温かい。アンの声にガブリルは頷く。
「リシーブメモリーを使ったわ」
レティシアが言った。
「彼らの狙いはやはり冥王剣。封印の状態は分からないけれど、見つければ即座にレミエラで力をあげるつもりのようよ」
その時。
「ふふっ‥」
崖に反響する子供の声。
「あーそーぶぅ?」
「ヴォラック‥?」
ウォルターが目を細める。直後、前衛の3人の頭上に巨大な双頭竜が火と氷の息を吐きながら舞い降りた。それは頭上を通り越して一気に中、後衛の仲間たちに向かう。アンはガブリルを結界内へ。木々を折りながら頭上を過ぎ、旋回して戻る竜にレティシアがムーンアロー、ワーウルフとウォルターも矢を放つが結界に阻まれる。ふと、エメラルドは背後に気配を感じた。振り向いた途端両頬を冷たい小さな手で挟まれぎょっとする。次の瞬間にはディストロイを放たれていた。
「魔法、だーめ!」
その声に通り過ぎる竜の息を回避しながらレティシアが唇を噛む。フォースコマンド。子供の姿はもう見えない。双頭竜は空を旋回し、ジークリンデ、シャルロット、レオンスとアンが次々にディストロイとロブライフの攻撃を受ける。
「ドラゴンと会話は?」
アンがドウムに言ったが、彼はかぶりを振る。
「フライングブルームで洞窟前へ。オーラテレパスを使ってみます」
と、ジークリンデ。
「鷹のポーションを竜に!」
アンの声に頷き飛び立つ彼女の後をパウルがフライで援護に向かい、ジニールも追う。途端にファイヤーボム! パウルとジニールがジークリンデを庇う。近づいた鷹からポーションを受け取り、ジークリンデは竜に語りかける。
『私はジークリンデ。竜よ、私の声が聞こえたら答えてください』
しばらくして声が返ってくる。
『モウ、動ケヌ』
『ポーションを持っています。中に入ってもいいですか』
『助ケテクレルノカ‥』
地上では空からヴォラックの声。ぐるぐると双頭竜で動き回り狙いを定められない。
「剣が欲しいのぉー? 譲ってもいいよぅー? あんたたち弱くてつまんないしぃ」
次の瞬間、咆哮と共に回復したシャドウドラゴンが洞窟から飛び出す。
「きゃ〜! 逃げなきゃー! 退却ぅー!」
ヴォラックは甲高い笑い声を残し上空にあがっていく。残ったデビル達も声をあげて逃げていく。ドラゴンはゆっくりと空を旋回し、冒険者たちの前に降り立った。しばらくして全員の頭に声が聞こえる。
『乗レ。早ク』
ガブリルは腰を抜かしていたがレオンスと双海で無理矢理引っ張りあげる。地上で待機するワーウルフ達を残し冒険者達は洞窟に向かう。入り口ではジークリンデとパウルが待っていた。
「竜はポーションをデビル達に奪われていたようです。私とアンのポーション1つずつで回復を。それとこれを」
ジークリンデは袋をガブリルに渡す。ガブリルは恐るおそる袋を開け、あっと声をあげる。レミエラだ。
『奴ラノ物ラシイガ、剣ト共ニ持ッテ行ケ』
竜は言った。
「その剣は本当に奥にあるのか?」
エメラルドが尋ねる。
『我ラノ体ハ奥ニ入ラヌ。ソノ目デ確カメルガ良カロウ』
ロッドとアン、双海が提灯に火を入れ、ガブリルの顔を見る。ガブリルはごくりと唾を飲み込み頷いた。
レティシアはジークリンデとテレパシーで繋ぐ。彼女とシャルロット、ウォルター、滋、ジニールは入り口に待機、他のメンバーは奥に通じる細い道へ。ガブリルは剣を収める木の箱を抱き締める。しばらくして提灯に照らされる光景に全員が困惑したように視線を巡らせた。直径10mほどの岩の部屋、40cm程の太さの無数の柱。柱と柱の間は人ひとりが通れるくらいの隙間しかない。ジークリンデはエックスレイビジョンのスクロールを取り出す。彼女は双海から提灯を預かると柱の間を巡り、一巡して戻って来る。
「中心のあの柱だけが中が空洞です。剣は見えませんでしたけれど」
その柱を壊せばいいのだろうか。いや、罠かもしれない。黙り込む一同。ジークリンデはレティシアに話しかけた。
『クルーク(円)という名の王なら、丸い部屋のさらに中心というのは意味を持つんじゃないかしら‥』
彼女の返事にジークリンデは頷く。
『私も同意見です』
彼女はロッドに目を移す。
「他の柱を傷つけず、壊すことは可能ですか?」
レオンスがガブリルの腕を掴み後方へ移動させる。何が起こるか分からない。エメラルドに提灯を預けロッドは柱に近づき身を屈め、注意深く下からグラビティーキャノン。更に2回。緊張のため震える息を吐くロッド。3回目に柱にピシリとひびが入る。足元がゆらりと動く。
「離れて!」
ジークリンデの声に慌てて皆が飛び退る。柱を中心とした直径1mほどの床がずぅんと沈み込み、柱の中間から下を伴い落ちていった。轟音が響いたのは数秒後。後に残ったのは天井から下がる柱の一部とぽっかりと空いた床の穴。
双海が提灯で穴の中を照らす。光が届かない。剣は? これは罠だったのか? 提灯を持っていたアンとエメラルドも同じように中を照らし、皆が中を覗き込む。ガブリルも近づこうとしてふと視界の隅に光を捉えた。彼は視線を巡らせ、そして口を開く。上に残った柱の中から剣先が提灯の光を反射して光っている。それがズッと下に滑り落ちようとした時、無我夢中で叫ぶ彼の声とジークリンデの声が重なる。
「上ーっ!!」
「避けて!!」
視界を銀色が過ぎり部屋の奥へ飛んだ。冒険者たちはぺたりと床に座り込むガブリルと、めずらしく青い顔をしたレオンスを見た。
1.5mほどもある両刃の剣はブランの白い輝きを放ち、提灯の光を反射すると血のような赤い色を散らせた。
ジークリンデはサイコキネキスで注意深く剣を木の箱に収める。その上から万が一のために双海が聖水を振りかける。ジークリンデは蓋をきっちりと締め、ガブリルにそれを渡す。
レオンスが目をしばたたせた。
「閣下。魔法を使いました‥お赦しを」
「命のほうが大事だよ‥」
ガブリルは震えながら答える。
「誰かの頭に剣が突き刺さると思った‥」
ふと足元がユラリと揺れる。まだ何か? ジークリンデにレティシアの声が届く。
『デビルが戻って来たわ! 剣は?!』
更に大きな揺れ。柱が途中で折れて崩れる。
「早く外へ!」
アンが叫んだ。
「剣、頂戴!」
子供の声にシャルロットがファイヤーボムを放つ。その炎が消えた先にさっきの双頭竜が見えた。レティシアがムーンアローを放つ。対象は『ヴォラック』。しかし矢は自分に戻る。更に前に別の双頭竜が現れる。
「レティシア殿! あやつトランスフォームの別物かもしれぬ!」
インプを薙ぎ払い滋が叫ぶ。その時、足元がぐらりと揺れた。
「地震‥?」
レティシアはジークリンデにテレパシーを送る。すぐに返事が戻って来た。
『剣は回収しました! 戻ります!』
再び揺れる。洞窟の天井が崩れ始める。
「剣と一緒に潰れちゃいなぁ。アガレス様がね、ココ、欲しいって」
ヴォラックの声。
『乗レ!』
竜が言う。デビル達が山崩れの影響を受けまいと撤退し始める。
「戻ったぞ!」
パウルの声が聞こえた。レティシアは夢中で叫ぶ。
「竜の背に!」
必死でしがみつき、洞窟が崩れる間一髪で全員が空中に飛び出した。地上に残っていたワーウルフたちはもう一体の竜が背に乗せ、こちらもぎりぎりの状態で雪崩より救出。
箱を抱き締めながらガブリルは背後を振り向き、雪煙をあげる山を見て声を漏らした。
騎士の待つ場所まで竜と共に戻り、全員が轟音をあげる山をなす術もなく見つめた。ガブリルは箱を抱き締めたまま、雪の中にがくりと膝をつく。
「閣下」
レオンスが言った。
「剣の処遇、ガルシン領のフョードルという方に相談されるが良いと思う。主君がガルシン伯爵をご存知だ」
「では今から」
ガブリルは震えながら答える。
「山があのようになり、剣も領地内では私の屋敷しか置く場所はない。申し訳ないが貴方の主の元まで連れて行ってくれ」
レオンスは頷く。ガブリルは竜を見上げた。
「彼らは我々の森に行くと言っている」
ドウムが言う。
「大きな体には少し狭いかもしれぬが‥御身が戻られるまで我らと竜でご家族を守ろう」
ガブリルは泣き出しそうになり、それでも立ち上がろうとして、
「参った‥足が震えて」
双海とシャルロットが両側から彼の腕を持ち助け起こす。
「途中まで私達も送ろう」
と、エメラルド。
「有難う‥私は‥皆さんにどれほど助けられ、いろんなことを教わっただろう‥こんな私でも、またどこかでお助けいただけるだろうか」
ガブリルは涙の滲む目で皆を見回し、深々と礼をした。
かくして冥王剣はデビルの手に渡ることなく回収され、ガブリルはブルメル伯爵の元へ向かう。雪煙をあげ崩れ落ちた山はデビルが手中に収めたか。それが『アガレス』という者の差し金なのか、『アガレス』が何者か、今は分からない。
なお、手に入れたレミエラは感謝の意を表しガブリルは一部を冒険者の方にお渡しした。