【黙示録】銀長星血戦
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■イベントシナリオ
担当:西尾厚哉
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:16人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月01日〜04月01日
リプレイ公開日:2009年04月07日
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●オープニング
アイザック・ベルマンは南の空、地平線に近いところにうっすらと黒く大きな影のようなものが広がるのを見た。あちらはバーリン子爵の領土。ブランが掘れたと言われる山嶺があるはず。
馬を止め、目を凝らす彼に部下が声をかける。
「ベルマン隊長! どうなさいました!」
「いや‥何でもない。早く戻ろう」
ベルマンは答えた。
‥城に戻ったらすぐに見張りを出さねば。
彼はそう思いながら馬を列に戻した。今は怪我人を運ぶことが先だ。
「申し上げます」
ベルマンは上官のレオンスに声をかける。レオンスは頬についた血を拭い、彼を振り返った。表情が険しい。
ガルシン城より来たクレリックのフョードル、アルトスらを保護した数時間後、ブルメル城はデビルの襲撃を受けた。喧騒が聞こえる。時折壁を伝って振動を感じる。
空高く飛び回るあの双頭竜には覚えがある。ヴォラックだ。あいつは冥王剣を取り戻し、ブルメル城を壊滅させるつもりだ。
バーリン子爵の息子、ガブリルを冥王剣と共に連れて来たのは失策だったのだろうか。しかし彼をここに連れて来なければ、バーリン子爵の屋敷が狙われただろう。あちらは更に戦力に乏しい。あっという間に皆殺しだ。
「かの山地からの動きがあります。テレスコープで感知した限りでは途方もない大軍です。今はまだ山中のようですが、降りてくれば二日でここに到達します」
ベルマンは言う。
「ブラン鉱脈跡の山か」
思わず顔を歪めるレオンス。ベルマンは頷いた。
「ブルメル閣下にご報告を」
「閣下に申し上げたとて指示が出るものか。それに、いったいどこに動かせる兵力がある」
レオンスは頬を拭った布を床に投げ捨てる。
「しかし、このままではブルメルは踏み越えられます」
分かっている。そんなことは。せめて教会に神聖騎士たちを要請する時間があれば。
レオンスは苛立たしげに口を引き結ぶと、ベルマンに背を向け足早に部屋を出ていった。
「やはり動き出したか」
ロジオンはレオンスの報告を聞いて苦虫を噛み潰したような顔になった。ブルメル伯爵はただ目を見開いているだけだ。
「アガレスという者の情報は聞いた以上にはもう判らぬか」
ロジオンが言うのはエルフの少年サクがヴォラックから聞いたというアガレスという名のデビルのことだ。レオンスは首を振る。
「デビル名なのか、呼称なのかも不明。兵に蔵書を調べさせましたがありません。デビル知識に富んだフョードル殿を亡くしたのは痛手です」
今さらどう悔やんでもしようがない。フョードルは殺された。
「心配しなければならないのは城のことだけではありません」
震えながらも気丈にブルメル伯爵夫人が口を開く。
「悪魔の大軍などがこの地に押し寄せれば、周辺の村も危うくなります。領主としてそんなことはさせられません」
「しかし、城にはもうここを守るだけで精一杯の兵力しかないのです」
ロジオンは奥方に言う。
「キエフはどうなのですか。冒険者ギルドに。馬は潰しても構いません。走りぬけば半日と少しで行きませぬか」
ためらうロジオン。キエフだろうと何だろうと城を出れば蜂の巣だ。領地内の教会にすら援軍要請ができずにいるというのに。
それでも結局彼は頷いた。他に方法はない。そしてレオンスを振り向く。
「機敏に動ける兵にかけられるだけの抵抗魔法を付与して出発させる。撃破は無理であろう。せめて敵軍の足止めをという依頼を。合わせて教会にも神聖騎士の要請のため兵を出せ」
「御意」
部屋を出て行きかけるレオンス。
「ロジオン殿」
横でじっと聞いていたガブリル・バーリンが振り絞るような声を出したので、レオンスは足を止める。
「わた‥私の領地に森がある‥そこにシャドウドラゴンがいる。‥彼らを呼び寄せれば力を貸してもらえるかもしれない‥」
シャドウドラゴン‥。ロジオンとレオンスは思わず顔を見合わせる。
「確かに‥シャドウドラゴンとは会話をしているが‥竜を呼び寄せることができるかどうかは判らない。場所も遠すぎる」
レオンスの言葉にガブリルはがっかりしたように目をしばたたせた。
かくしてギルドには体中から血を流し、息もたえだえとなった兵士がブルメル伯爵の代理人として書状と共に駆け込むことになる。
【補足情報】
・ブラン鉱脈跡のある山地はブルメル領地より2日の距離。
・山地からブルメルまではなだらかな丘陵地帯で、小さな森が点在する。見通しが良いが逆に隠れる場所は少ないと言える。
・ブルメルからは兵は一切出せない。冒険者のみの戦いとなる。
・数のみの把握だけで、敵軍内デビル詳細は不明。
・教会からの神聖騎士団は集めるのに時間がかかります。今回はぎりぎり間に合うかどうかとお考えください。
●リプレイ本文
幾つも連なるなだらかな丘陵。ドレスの裾のように未だ白い雪模様をつけた森を広げ、連なる山嶺。あれがおそらくブランの鉱脈跡の山地。ここから見ることはできないが、北方には戦闘中のブルメル城。
ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)は空からペガサスのホワイトベースで周囲に顔を巡らせる。丘陵部分にいくつかの森が点在する。山嶺を越えて東側にはドニエプル河があるはず。西は更に高い山脈。ここで我らが待ち受けると分かっていたとしても、デビル達がわざわざ東西の迂回をするとは考えにくい。ブルメルを目指すのに数日の差が出るからだ。
ヤングヴラドは丘陵の上あたりに防衛線構築を提案した。斜面の上ならば、柵の威力は更に増す。
「斧の類は運んで来た。力のある者は大きな斧を持つと伐採も速いであろう。塹壕用の鋤もある」
アンリ・フィルス(eb4667)が持って来た空飛ぶ絨毯の上を指す。
戦地工作技術に長けるファング・ダイモス(ea7482)の指南を受けながら、ミラ・ダイモス(eb2064)、ガルシア・マグナス(ec0569)、ヤングラウドが最も近い森の木を伐採し、最終防衛線構築作業に入る。セラフィマ・レオーノフ(eb2554)、ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)、アンリは塹壕を。
倒した木は馬たちやヴィクトルの連れたジニールのディディスカスも運び、ばさりばさりと素早く雪の上に投げ出された。斜面の上にある自然木の山は、伸びた枝がそれだけで鋭利な柵となり、足止めに威力を持つ。
パウル・ウォグリウス(ea8802)はエレアノール・プランタジネット(ea2361)に声をかける。
「森に住むシャドウドラゴンとコンタクトを試みる。ワーウルフの者とも顔を合わせているから頼めば助太刀願えるかもしれん」
エレノアールは頷いた。
「お願いします」
パウルは韋駄天の草履で出発する。うまく行けば今日中に戻ることができるかもしれない。竜が動いてくれるなら、もちろんもっと速い。
イリア・アドミナル(ea2564)、ロッド・エルメロイ(eb9943)、エル・カルデア(eb8542)、ルメリア・アドミナル(ea8594)は山裾の森へ。防衛線ができあがるまではこの4人で立ち向かうしかない。取りこぼしは後方でエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)とムーンドラゴンパピーのギュードルンで担う。
禍々しさを放つ山嶺。黒い波がぞぞと木々の間と空に動き出す。いったいどれほどの数がいるのか。イリア、ロッド、エル、ルメリアは各々フレイムエリベイションでと魔導書、光輝の書、杖で士気と魔法の成功率を上昇させる。最前にいたロッドはスモークフィールド発動。敵の視界を封じ込める。続いてイリアのアイスブリザード、エルのグラビティーキャノン、ルメリアのライトニングサンダーボルト。すさまじい咆哮。怒りの雄叫び。空にあがり、なおも前に進もうとするものをエルンストとギュードルンで落とす。それでも数が多い。ウィンドスラッシュ。ロッドのファイヤーボムも炸裂する。
「防衛線が完成しましたわ!」
背後からセラフィマがコム二オンのブラックホーリーを放ちエルンストに言った。合流するファング、ミラ、ガルシア、ヤングヴラド、ヴィクトル、アンリ。アレーナ・オレアリス(eb3532)がペガサスのプロムナードで駆けつけたのはその時だった。
「冥王剣は冒険者の手に! 兵力の損失はなし、ヴォラックは倒しましたがブルメル城は半焼です!」
半焼‥。予想外に痛手を被ったということか。
「絶対通すわけにはいきませんね」
駆け出すファング。
魔法による撹乱、斬りかかる剣士たち、交互に攻撃を繰り返し、じわりじわりと押し返すも、デビル達にも前に進まねばという目的がある。力の強さに対し、数で勝負と襲いかかる。アレーナ、エレノアールと共に城に近いラインを守っていたエルンストは指にある石の中の蝶の羽ばたきを見た。もしや、透明化のデビル‥! そう思った途端、嘶く馬の声を聞く。
「背後!」
アレーナが叫ぶ。
――ガッ‥!
巨大な剣がエレノアールの肩をかすめ、微かな血を雪の上に散らす。走り去る馬、馬上の獅子頭の騎士。エルンストがウィンドスラッシュを放つ。手ごたえはあったが、それは再び姿を消した。
「大丈夫、これくらい。ポーションがあります」
天馬の上から手を差し出すアレーナにエレノアールは言ったが、アレーナはかぶりを振る。
「サブナクの剣はニュートラルマジックで解除が必要」
「ならばヴィクトルの元へ」
エルンストが言った。エレノアールを共に天馬に乗せ、アレーナは警告の声を発する。
「透明デビル!」
しかしイリア、ロッド、エル、ルメリア、ヴィクトルが次々にダメージを受ける。一瞬見えた姿はアザゼル数体。魔法使いばかりを狙っている‥! セラフィマが剣よりブラックホーリー発動。
「そこだ!」
アンリの大太刀が光る。
――ウワォォォウ‥ッ!
アザゼルにスマッシュEX、一瞬見せた姿にファングも一撃。雲散するアザゼル。残りは何体なのか。
「思いのほか敵の攻撃が早いな」
ポーションを飲み干しヴィクトルは苦虫を噛み潰したように言った。アレーナが連れてきたエレノアールにニュートラルマジックを付与し、風神のディディスカスを呼ぶ。
「攻撃は味方の姿に気をつけろ。敵への視界妨害がある間はストームを使うな」
そう伝えたあと、結界を張る。攻撃を仕掛け、移動をしてまた結界を張る、その繰り返しをしていくしかない。
ディディスカスは高所からウィンドスラッシュを。セラフィマとエルのムーンドラゴンも上空から影を見つければ敵にシャドウボム。それでもまだ敵数は減らない。じりじりと押されているようにも思える。
「視界を押さえてもう一度魔法の一斉射撃を行います」
イリアの声に前衛にいた直接攻撃隊が下がる。ヤングヴラドとアレーナは天馬で空へ。
魔法発動するよりも早く、無数のインプからブラックホーリーが放たれる。
「くっ‥ぐうっ‥!」
ひとつひとつの威力は低くとも、量産されるとこたえる。身のこなしが早いファングですら10発程を食らい、思わず怒りの表情を浮かべる。ポーションを飲み干し、魔杖で自らにレジストマジックを付与、雄叫びをあげてデュランダルより波動を放つ。
抵抗魔法を付与していたガルシアは無傷。聖剣アラハバキでスマッシュ。偶然にも身近に見えたアザゼルにビカムワース。
その時には押し戻していた敵がまた最初に戻っている。体勢を整え再度魔法使いが前へ。ロッドがファイヤーボム。間髪入れずエルのグラビティーキャノン、ルメリアのライトニングサンダーボルト。ヴィクトルが張った結界の効果が切れる。途端
「魔法は使えぬ」
耳元で声。はっとしたが既に遅い。フォースコマンド。おのれ、奴らは誰がどの魔法を使うかを短時間で見切ってかかってくる。黒のクレリックが黒魔法の餌食になるとは‥!
さて、どうやって乗り切るか。しばし考え、ヴィクトルは近くの岩に自らの手を打ち付ける。
「ヴィクトル! 何をなさるのです!」
近くにいたルメリアが声をあげる。ヴィクトルは素早くヴィクトルはニュートラルマジックを自らに付与。
「たいしたことではない」
ポーションを飲み下し、彼は答える。そして結界を聖女の祈りを用い、効果をあげた。
「敵を15m以内に近づけてはならんぞ。魔力を封じ込めにかかる」
「分かりました」
ルメリアは答えた。
――ガッ‥!
魔法使い達の退避を助けるべく、ヤングヴラドがホワイトベースで空からデビル達に攻撃をかけ、奴らの分断を狙う。地上ではガルシアのスマッシュ。
ファングのデュランダル、ミラの斬魔刀が空を走り、敵を切る。
しかし、敵味方共一進一退、むしろ数に物言わせ、じわりじわりとデビル達は徐々に山裾を抜けようと狙う。
シャドウドラゴンを呼びに行ったパウルはどうなったのか‥
エレノアールはそう思いながら、アイスブリザードを放った。
春が近いとはいえ、ロシアの地はまだ多くの雪が残っている。それでもパウルは滴る汗を雪の上に落とした。息があがる。ウィングシールドのフライと韋駄天の草履での移動を交互に繰り返したが、もう数時間近く緊張の中だ。早くシャドウドラゴンに会わねばと気が焦る。目指す森が見えて来たのはそれからさらに一時間後。遠くの丘陵に見えるあの丘がバーリン子爵邸だ。山から離れれば何もないような穏やかな光景のはず。しかし降り注ぐ陽の光さえも今は警告灯のように思える。
――ワォォォォウ‥!
狼? 顔を巡らせる。
――ワォォォォウ‥!
再び。
ちらりと狼の姿が見えた、と思ったのも束の間、あっという間にパウルの動きに合わせ、周囲を狼の群れが伴走し始めた。ワーウルフがいるのか?
一頭の狼が先導するようにパウルの前を走る。それに着いて彼は森の中に突入した。そして目の前にうずくまる人影を見る。
「うっ‥」
呻きつつ気配を感じ、目をあげたその顔には覚えがあった。バーリン子爵の息子、ガブリルだ。
「どうしたんだ」
パウルが駆け寄る。
「あ、貴方は山の戦いで‥ええと」
「パウルだ。こんなところで何をしている。ブルメル城はどうなった」
ガブリルは申し訳なさそうに目をしばたたせた。
「剣は冒険者の方に託しましたが‥城は半分が燃えました。何とかグロム殿にお会いしてシャドウドラゴンの助けを借りる橋渡しを頼めぬかと思ったのですが‥この有様で」
どうやら足をくじいたらしい。ブルメル城から戻り、すぐさま出発したための疲労もあったのだろう。
「ポーションは」
パウルが尋ねるとガブリルは顔を赤くした。つまり持っていない、ということだ。
「悪いが俺も今持ち合わせがない。何とかグロム殿に会って知らせるまでここで待てるか」
溜息まじりに言うパウルにガブリルは頷く。
「たぶん、狼たちは知らせに行ってくれていると思います。ワーウルフたちもこちらに向かっているかもしれません。シャドウドラゴンの助けを頼んでください」
ガブリルは首からバフィトの遺髪を収めたペンダントを外す。
「貴方に託します。お願いします」
「分かった」
パウルはペンダントを受け取り立ち上がる。
「狼よ、彼は領地の安全を担う大切な身、守りを願う」
周囲を取り巻く狼に言うと、それに応えるように狼は遠吠えをした。
―ギャアァァァッ‥!
声をあげてアクババとインプがエルンストに飛び掛る。前衛を突破すると後衛がいる。それを乗り越えるとエルンストがいる。そのためどうしても先に進めない。彼らはターゲットをエルンストに絞ったようだ。ウィンドスラッシュ! アクババが甲高い声をあげる。群れを成すインプに果敢に立ち向かうギュードルン。天馬に乗るアレーナとヤングヴラドが加勢に駆けつける。
「ルゥナー! 空の守りを!」
叫ぶセラフィマ。直後、彼女に飛び掛る数体のアガチオン。水晶の盾で払い、ブラックホーリーを放つ。アガチオンの伸びた爪が、彼女の白い頬に血の筋をつける。剣を振り上げ一撃。
「レディの顔に傷をつけるなんて失礼ですわ!」
見た目は淑女でも怒ると怖い。
炸裂するロッドのファイヤーボム。エルのキャノン、ルメリアのライトニングサンダーボルト、イリアのアイスブリザード、雄叫びをあげるファング、スマッシュで剣を打ち下ろすミラ、サブナクの剣に真っ向から立ち向かうアンリ、ガルシアのカウンターアタック、高度の魔力と威力を持つ剣士たちが全力で立ち向かうもデビルの黒い波は一向に衰えを見せない。
ヴォウ‥‥‥
微かな空気の震えを感じ、ヴィクトルが眉をひそめた。何だ?
ゴゴ‥‥
地鳴り。全員がはっとする。次の瞬間、大きな揺れが周囲を襲う。冒険者のみならずデビルも平衡を失う。地震の影響を受けなかった空のデビル達が一斉に北上する。
「通すなーっ!」
ペガサスに飛び乗りファングが叫ぶ。その足元で地割れが起こる。落ち込みかけたミラの手を掴む。戦闘場のデルヴィッシュはかろうじて裂け目を飛び越えた。
防衛線まで戻れ――!
全員が走り出した。
揺れる地にパウルは思わず身を落とす。周囲の木々が揺れる。地震? ガブリルは大丈夫だろうか。
揺れが治まった時、パウルは近づく男の姿を見る。あの姿には覚えがある。ワーウルフのドウムだ。冥王剣を洞窟から持ち出す時、共に戦った。立ち上がる彼にドウムは近づいた。
「パウル・ウォグリウスか」
名前を覚えていてくれたのか。パウルは頷く。
「山か」
「そうだ。進軍が始まった。シャドウドラゴンの力を貸してもらえないだろうか。これはガブリル・バーリン殿の願いでもある」
パウルはそう言ってガブリルのペンダントをドウムに差し出した。
「ガブリル殿はこの先で負傷しておられる」
「狼たちが教えてくれたので向かうところであった。山のことももちろん知っている。しかし‥」
ドウムは言葉を切る。パウルは目を細めて彼を見た。
「シャドウドラゴンの意思は彼ら自身が決めること。恨み重なる奴らに対峙する気持ちはあるだろうが、今すぐ動けるかどうか分からぬ」
「それはなぜ?」
「ドラゴンは出産中だからだ」
出産中? パウルは呆然とした。
シャドウドラゴンは木々の間にうずくまっていた。そのそばに見知らぬひとりの老婆が立っている。少し離れてもう一体のドラゴン。こちらは夫のほうか。
「狭いこの森に家族が増えるとさらに狭くなるな。どうしたものか」
ドウムはパウルを案内して苦笑まじりに言った。老婆がふたりに気づいて顔をあげた。エルフだ。なぜこんなところにエルフが。パウルは思ったが黙って会釈をする。
「ちょっと難産だけど、大丈夫よ。もうすぐだから」
老婆は言った。
『山ノ奴ラヲ蹴散ラスノデアロウ?』
パウルの頭に声が聞こえた。
『参ル。妻モ同ジ気持チ。ナレド、モウシバラク待ッテ欲シイ』
待てないなどとは言えないだろう。パウルは頷く。
しばらくしてガブリルが狼たちに伴われてやってきた。くじいた足はどうやらポーションか薬を分けてもらったのだろう。彼はうずくまる竜に近づきそっと撫でさすった。
「ドラゴンの出産? でも卵ですよね。そんなの見るのは初めてだ」
「ほほほ、そうでしょうね。私はもう何回見たことやら」
老婆が笑みを浮かべる。その顔を見てガブリルはあれ? と思う。どこかで見た顔。だが思い出せない。誰だっただろう‥。
竜がふいに顔をあげた。空を見据えるようにぐっと上を向き、そして
――ヴォオオ‥ン!
周囲の狼たちも竜の声に合わせるように遠吠えを始めた。禍々しい空気に取り巻かれたこの地に新しい生の微かな光。
「おお、これは立派だこと」
数個の大きな卵を見て老婆が言った。
「さあ、行っておいで。子供を守るのは親の努め。この地を悪魔どもに荒らされるわけにはいかないでしょう」
竜はぶるりと身を震わせ体を起こす。
「貴方は誰ですか?」
ガブリルが尋ねる。
「私は見ての通り、エルフ。この森に住むエルフです」
老婆は笑った。
「バーリンさん、貴方の話はグロムから聞きました。この地と森を守るなら、私達ストウの村も協力を惜しみませぬ」
ストウ‥? ガブリルは何も言えぬまま老婆を見つめる。
『乗レ』
パウルの頭に再び竜の声が聞こえた。竜の背に飛び乗るパウルにガブリルははっとして慌てて小さな袋を差し出した。
「すぐに役には立たないかもしれませんが、これを皆さんに。あの時のレミエラです。私もすぐまたブルメルに行くつもりです」
「感謝する」
パウルは頷き、竜と共に飛び立った。
ディディスカスがストームを放つ。イリア、ロッド、エル、ルメリアの魔法攻撃、ファング、ミラ、ガルシア、アンリ、セラフィマの振るう剣、地震と共に冒険者達の盾を突破しようとしたデビル達だが、最終防衛線に辿り着くまでにまた押し返されることになった。東西に小さな森がある。そちらに紛れ込まぬよう、ヤングヴラド、エルンスト、エレノアール、アレーナが二手に分かれて対峙。例え魔力が尽きようとも、傷つき動けぬことになろうとも、決してここは通さない。彼らにはその気迫が満ちていた。
怒りの声を発するデビル達。その時。
――ヴォオオ‥ン!
轟音と共に巨大な黒い影が空を覆う。
「シャドウドラゴン!」
エレノアールが叫ぶ。
2体のシャドウドラゴンは怒りの雄叫びをあげ、シャドウフィールドの息を吐く。闇に包まれ方向を見失ったデビルに体当たりし、山へ向かって放り上げる。更にムーンアロー。
天馬に乗り、ヤングヴラド、ファング、イリア、アレーナが竜の加勢に出る。ディディスカス、ドラゴンパピーのギュードルン、ムーンドラゴンのルゥナーも。地上では再び魔法と攻撃。
――ヴォオオ‥ン!
それは一つの叙事詩。この世に住まう全ての命が結束し、目的を同じくして守り抜く。
悔しさと怒りの声を発しながら、黒い波は山へと後退していった。
『サテ、シバラクココデ休マセテモラウトスルカ』
シャドウドラゴンは冒険者の前に降り立ち、ヴァウと欠伸をする。
『ココノ守リ、引キ受ケタ』
「子供はいいのか。置いておいて」
パウルが言うと、竜は笑った。
『見ツメテイテモ孵化ハセヌ』
そして山に顔を向ける。
『奴ラモシバラクハ動ケヌデアロウ。小サク勇敢ナル者タチヨ、我ハ、ソナタ達ニ敬意ヲ表ス。再ビ会エルコトヲ願ウ。共ニ奴ラカラ山ヲ取リ戻ソウゾ』
ブラン鉱脈跡山地よりのデビルの進軍。
8人の勇敢なる剣士、7人の優れた魔法使いの力により行く手を阻まれ山へと追い返される。
ブルメル再建まではシャドウドラゴンが見張りとなり、恐らく迂闊には動き出せないであろう。
傷を恐れず戦った彼らの功績は称えられるべきものであり、任務は成功と記す。