【銀長星血戦】Soul Negotiations

■ショートシナリオ


担当:西尾厚哉

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 48 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月05日〜05月11日

リプレイ公開日:2009年05月13日

●オープニング

 サクは森の奥深くのエルフの村にいた少年だ。彼の村は「ストウ」といい、精霊達とことのほか仲の良い種族であった。サクも小さい頃は兄のククと一緒に精霊達と遊んでいたものだ。
 しかし、ククはもういない。母も死んでしまった。父が亡くなったのは更にその前だ。

 サクはガルシン伯爵の庇護を受けながら、今はガルシン部隊指揮官のアルトスとブルメル城にいる。
 デビルの襲撃を受けたブルメル城は半分を失ったが、冒険者達の力添えを得て少しずつ復興へ向かっている。
 サクも時々石積みを手伝ったりしたが、幼い身ではたいした力にもならない。むしろ邪魔にならないよう隅に座っていることのほうが多かった。
「サク」
 声をかけられて顔をあげると、開いた手の中に胡桃の実が投げ込まれた。
「ありがと」
 そう言うと、レオンスはほんの少し笑みを見せてすぐに背を向けた。
 レオンス・ボウネルという戦士はまだ若い。アルトスとそんなに年も違わないだろう。彼はブルメル側の指揮官だが、優しく表情豊かなアルトスと違い、無愛想であまり喋らない。
 ‥ちょっと近寄り難い、というのは、自分だけではなくアルトスもそう思っているだろうことは、何となくサク自身も感じていた。
 でも、今は違う。
 レオンスさんは本当はあったかい人だ。アルトスさんも最近レオンスさんによく話しかけてるし。
 胡桃の実を掲げてサクは顔をほころばせる。厳しい戦地の中でも、声を交わし、気持ちを通じ合わせることがみんなの大きな力になる。ヴィッサリオンというデビルの手先として恐怖を感じながら戦地に立たされていたサクにはそのことがとてもよく分かっていた。
「殻を割ってあげよう」
 横から伸びた手にサクは顔をそちらに向けた。ガブリル・バーリンだ。彼はバーリン子爵の息子で、アルトスやレオンスよりも更に若い。少し気弱で頼りなさげで、気さくな部分があるせいか、子爵の息子という立場であるにも関わらず他の兵たちと同じようにあしらわれることがある。それでもあまり気にしないところが彼の良いところかもしれない。
「アルトス殿のところに行ったら? 寂しいだろう」
 器用に胡桃の殻を割りサクに渡しながらガブリルは言った。
「アルトスさん、今、作業中だから。邪魔しちゃ悪いもの」
 サクは実を口に入れて答えた。ガブリルは小さく頷いてサクの横に腰をおろした。
「私はずっとアルトス殿ときみが親子なのだと思っていたよ。森の住人であるエルフのきみが、どうしてガルシンの兵たちと一緒にいるの?」
 サクは困ったように口を噤む。ガブリルはそれを見て少し慌てた。
「ごめんよ、言いたくなければいいんだ。別に不思議なことじゃないよな。森の住人でも私はワーウルフ達と交流がある」
「そうじゃないの」
 サクは笑みを浮かべる。
「ガブリルさんに話そうと思ったら、お日様が2回くらい空を回らないといけないような感じだから」
 そう言ってサクはガブリルの手をとった。
「ガブリルさん、ありがとう。おばあちゃん達が近くにいるって聞いて、ぼく、とても嬉しかった。ストウからは時々お手紙が届くけど、とっても時間がかかるの。それに村がどこにあるのかはよく分からなかった。ガブリルさんのおうちの近くにいるって分かったからそれが嬉しい」
 ガブリルはサクの顔をしばらく見つめ、それから少し考え込むような顔になった。サクは不思議そうにガブリルを見る。
「サク」
 ガブリルは思い切ったように口を開いた。
「さっき、ロジオン殿と話して来たんだが‥私は明日バーリンに戻る。ブルメル閣下からキエフへ状況報告をしたそうなのだが、今やキエフはあちこちからデビル達の攻撃の危険に晒されていて、こっちから北上して進軍しようとする奴らは何としても阻止しなければならない。私はもう一度ワーウルフ達やストウの村とも会うつもりだ。すぐにでも精霊の協力を仰ぎたいのだ」
 サクはじっとガブリルを見つめた。大きな零れ落ちそうな目をガブリルは見つめ返す。
「一緒に‥行くかい?」
 サクの大きな目からぽろりと涙が零れた。慌てて服の袖で涙を拭う。
「ぼくが知ってるアナイン・シーとルームは仲が悪いよ。アナイン・シーはルームを嫌がるから、ルームも他の精霊に行くなって言っちゃうかもしれない」
 拭ったのに、ぽたぽたと涙が落ちる。
「ぼくが一緒に行ったら役に立つかしら」
 ガブリルはサクの肩を抱いてやった。
「私はとても心強いよ」
 サクはとうとう泣き出した。

 かくして、ガブリルはエルフの少年サクを伴い、自らの領地に戻ることになった。
 不安そうなアルトスにサクは着いたらすぐにシフール便をお願いするからと言っていたが、予定の日を過ぎても手紙は届かず、アルトスはバーリン邸に問合せの手紙を送る。
 それで2人が行方不明になっていることが判明した。
「ポーションを持って出ただろうか‥」
 アルトスの言葉にブルメル城側では全員がぎょっとする。ガブリルのポーション忘れは今に限ったことではない。サクに直接持たせれば良かったというアルトスの後悔も既に遅し。
 ブルメル伯爵夫人がギルドへの依頼を決心した。

●今回の参加者

 ea7465 シャルロット・スパイラル(34歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2554 セラフィマ・レオーノフ(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec6486 バン・フライト(26歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)

●リプレイ本文

 弧を描く丘陵に勢いをつけた緑が溢れんばかりの生気を放つ。
 ボルゾイのショコラ♪が皆の前を駆けていく。鳳双樹(eb8121)と忍犬たろも同じ方向に向かっている。目指す先に間違いはなさそうだ。それを追いながらリン・シュトラウス(eb7760)はテレパシーを使い、シャルロット・スパイラル(ea7465)は召還したリオートの肩で声を張り上げる。
「すぅあぁぁぁくぅぅぅ‥‥! ぐぅああぁあぶるるりぃる‥!」
 水妖のキララ、水の精霊マロン♪、月の精霊セドリックとアステルが早速その真似をする。
「すぅあああくぅぅ〜!」
「ぐぅあぶりるぅぅぅ〜!」
 しかし何も聞こえない。無理か、とシャルロットが息を吐いた時、ぽつりと丘の上に立つ馬の姿に気がついた。近づいて双樹がオーラテレパスを使う。
『あなたはサクさんを乗せていたの? ガブリルさんは?』
 馬はぶるると首を振った。
『落チタ』
『どういうこと?』
『落チタョ』
 双樹は困惑したように皆を振り返り馬の言葉を伝える。
「落ちたという場所に連れて行ってもらいましょう」
 リンが提案する。双樹はそれを馬に伝えた。馬は皆を導くように歩き出す。それを見てセラフィマ・レオーノフ(eb2554)が目を細めた。
「足を少し怪我しているようですわね‥」
 ごく僅かだが左の後ろ足を引き摺る感じがする。サクとガブリルも怪我をしているのではと不安がよぎった。

 しばらくして馬は立ち止まった。先頭にいた双樹は慌てて足を止める。足元には大きな地割れ。幅は3m弱、長さは‥東西に伸びた裂け目の先は見えなかった。覗き込んでみたが真っ暗だ。シャルロットが暗闇に叫ぶ。
「サクー! ガブリルー!」
 しばらくして小さな声が聞こえた。
「‥‥さん?‥‥」
「サクっ! 怪我はないか?!」
「‥ね、‥‥の。で‥‥‥た」
 声が上まで届かない。リンは意識を集中させるように目を閉じた。
『お願い‥テレパシー、繋がって』
 祈りを込めてサクに話しかける。
『サっ君、私はリン・シュトラウス。声が聞こえたら答えて』
 そして声が届いた。
『リンさん? お願い、大きな木の枝探して』
「声が届きました!」
 全員がリンの傍に集まる。
『怪我は?』
『ないよ。でも、ガブリルさんがお熱出てる。僕、プラントコントロールが使えるから』
 リンはそれを皆に伝えたが、シャルロットが考え込む。プラントコントロールは生きた植物でなければだめかもしれない。だとしたら根のついた木はどうだろう。彼はリオートを見上げた。
「根をなるだけ傷めぬようにできるだけ大きな木を抜いてきて欲しい。できるか?」
「ヤッテ、ミル」
 リオートは森に向かっていった。待つこと1時間。彼女は長い根を引き摺って木を一本抱えてきた。
「よくやった、リオート!」
 シャルロットがそう言うと、いつも不機嫌そうなリオートの顔が少し嬉しそうにほころんだ。
 長い枝を捜し、それが穴の中に入るよう木が横たえられる。根元の部分には念のためリオートが重し代わりに座った。最初に枝に巻きつかれて上がってきたのはぐったりしたガブリル・バーリン。続いてサク。サクは地面に降りるなり声をあげた。
「ガブリルさんにお薬飲ませて! お薬ある?」
「大丈夫ですよ。今、飲ませましたから」
 リンが声をかける。サクは潤んだ目を彼女に向けた。
「リンさん?」
「はい。リンです」
 サクは彼女に突進し抱きつく。
「リンさん! ありがと! ありがと!」
 思わず抱き締め返すリン。途端にサクのお腹がぎゅるると鳴る。リンはくすりと笑って雛あられを取り出した。
「はい、どうぞ。お腹減ってるのでしょう?」
「ひなあられっ!」
 サクの顔が輝いた。その向こうでガブリルがシャルロットにゆっくりと助け起こされていた。

 抜いた木は裂け目を越えるための橋にした。2人が裂け目に落ち込んだ経緯はガブリルが歩きながら説明する。前にはあのような裂け目はなかった。馬が前足を踏み外し、2人とも穴の中に投げ出された。サクが咄嗟にガブリルの腕を掴んでレビテーションを使ったが体重の差で結局は底までゆっくり落ちることになった。バックは体に固定していたので当面の食料はあった。しかし穴の底には足首まで浸かる水が溜まり、すぐに体が冷えていった。具合が悪くなったのはサクだ。ガブリルはサクに薬を飲ませ、彼をおぶった。そして今度はガブリルも風邪をひく。しかし薬はたったひとつしかなかったのだ。
 セラフィマが手をあげてガブリルの頭を軽く叩く。
「めっ! ですわっ!」
「はい、面目ない‥」
 ガブリルはしょげる。
「でも‥ガブリルさん、僕をおんぶしてくれてたから」
 サクが言う。
「そうね」
 双樹が苦笑した。彼女の顔をサクは見上げて笑みを浮かべる。双樹と鳳美夕が姉妹と教えられ、嬉しくてしようがない。その後ろでシャルロットはむぅ、と黙り込んでいる。見つけたら双方平等に叱責してやるつもりだったが、それよりもあの裂け目が気になる。不穏だ。まるで意図的に作られたような。
『アガレス‥?』
 ふと思う。あいつの仕業だろうか。しかし、今はそれを確かめようがない。

 一行が森に着いた時、あたりは暗くなっていた。サクが森の木の枝に目を向ける。
「村への目印がある」
 サクが指差す先を見るが皆はよく分からない。しかしサクは駆け出してしまった。慌ててそれを追いかける。森の住人だったサクは暗い中でも足が速い。悲鳴をあげたのはシャルロットだ。
「サク! 待たんか! ううっ‥」
 息がきれる。それでもサクはずんずん先に進んでいく。ようやく立ち止まったサクに追いついた時、一行は柔らかな光に包まれる村の光景を目にする。小さな篝火、質素な小屋、窓にかけられた色鮮やかな織物。何人かのエルフが歩いていたが、そのうちのひとりがこちらに顔を向けた。サクが掠れた声を漏らした。
「‥お帰り。サク」
 広げられた老女の腕の中に、サクは泣きながら飛び込んでいった。

 長老らしき男が近づいてきたので、シャルロットは乾餅をどさりと地面に置いた。
「皆で食べていただけると嬉しい」
 サクの祖母と長老は少し不思議そうな表情で袋を見る。森の住人である彼らには乾餅が何か分からない。
「おばあちゃん、乾餅、美味しいよ。シャルロットさん、こんなに沢山いいの?」
 サクがシャルロットの顔を見る。シャルロットは笑みを浮かべて頷いた。
「有難う。サクが世話になります。こんなに大きくなって‥」
 長老はそう言ってサクの頭を撫でる。その顔をサクは見上げる。
「ねえ、ヴィーザと二ヴィー、一緒に来た?」
「いいや」
 それを聞いてサクは冒険者達を振り向く。
「やっぱりヴァルキューレのヴィーザとケルピーの二ヴィーがこっちに来てない。アナイン・シーのルゥダとルームのロランが喧嘩するからだ」
「2人は何故いがみ合うのだ?」
 シャルロットが尋ねる。長老はかぶりを振った。
「さあ‥。2人とも私の話を聞きもしませんわい」
 結局会わねば分からないということか。
 ガブリル、シャルロット、双樹がルームの元へ。セラフィマとリン、サクはアナイン・シーに会うことにした。高位の精霊が2人の諍いを疎んじているのだとしたら問題だ。何とか今夜中に。4人は決意してそれぞれの場所に向かう。

 双樹は水の気配を感じて、キララにパッドルワードを使わせた。それによると
『月の精が火の精と楽しそうに話しながら西のほうに行ったよ』
で、あるらしい。シャルロットはリオートを先にルームの元へやっていた。口数の少ないリオートが談笑している姿は少し想像しにくいのだが、意気投合したのだろうか。
 しばらくして双樹は誰かに手をとられてぎょっとする。
「美しいお嬢様」
 目の前に若い男がひざまづいていた。
「貴方のような乙女に夜の闇は似合いません。私と共に月光を」
 とろけそうな笑みを浮かべる相手は間違いなくルームであると分かっていても双樹は真っ赤になる。シャルロットはリオートが遠巻きに成り行きを眺めているのを見た。面白がっているようにも見える。
「我々はぁ、あんたと話に来たのだがね」
 シャルロットが言うと、ロランは立ち上がって肩をすくめる。
「男に興味はない。消えろ」
 額に青筋が立つが、シャルロットはぐっと堪える。ロランは双樹の肩に腕を回した。
「黒い瞳の麗しい姫‥」
 顔を近づけるルームに双樹は慌てて兎餅を取り出し、彼の口元にびしりと当てる。
「お土産です。よろしければ皆でいただきながらお話を」
「餅も良いが、貴方の唇も‥」
「いい加減にしなさい!」
 その声はガブリルだった。彼はぐいとロランから双樹を引き離す。思いもよらない彼の行動に全員が目を丸くした。
「付け焼刃の貴族の真似事などしても女性は振り向きません」
 ロランは本当の貴族に叱咤され、不機嫌そうに口を噤む。
「ロラン殿。貴方の住むこの地が悪魔に侵食されようとしているのですよ」
 そっぽを向くロラン。ガブリルは溜息をついてシャルロットを見た。シャルロットは息を吐き、口を開く。
「おまえはぁ‥どうしてアナイン・シーと仲良くできないのだ? 悪魔どもとの戦いは我々だけでは限界がある。皆で力を合わせねば乗り越えることはできん。今のままではそれが叶わぬ」
「私は別にルゥダを嫌ってはいない」
 ロランは答えた。
「私はストウの住人が好きだ。だからここに来た。だが彼女は私に近づくなと言う。悪いのは彼女だと思うがね」
「誰しも折り合いの悪い方はいらっしゃいますわ。でも、こんな状態では貴方も辛いでしょう?」
 双樹が言うと、ロランは目を輝かせて再び彼女に近づく。ガブリルが慌てて間に入った。
「ロラン殿、話し合うことをお考えにならないか?」
「冗談じゃない」
 ロランはガブリルを睨む。ガブリルはしばらく考えたのち口を開いた。
「じゃあ、こうしましょう。もし貴方がルゥダ殿と和解できたなら、私は貴方を然るべき時に舞踏会にご招待します」
 それを聞いてロランの表情が変わった。
「但し、きちんと貴族としての礼節を身につけねばなりませんよ? 貴方が望むならそれもお教えします」
 おいおい、大丈夫か? とシャルロットが彼の脇腹をそっとつつく。ガブリルは大丈夫、というようにちらりと笑みを見せた。
「いいだろう」
 ロランは言った。
「但し、彼女が会わないと言ったらそれは私の責任ではないぞ」
「彼女はきっと会います」
 双樹がにっこり笑って答えた。


 アナイン・シーはお気に入りの木の枝の上で竪琴を爪弾いていた。セドリックとアステルの姿に気づき、顔をあげる。
「ルゥダ!」
 サクの声にルゥダはこちらに顔を向けた。長く美しい髪がさらりと揺れる。
「おや、サク。久しぶりね。おまえどこに行っていたの?」
 彼女はひらりと花びらが舞い落ちるように地面に降りてきた。
「愛らしい吟遊詩人と気品ある剣士の友人を得たか?」
 リンとセラフィマの姿に気づき、にっこりと笑う。
「今宵は良き月夜ですこと」
 リンが笑みを返す。
「いかがです?」
 セラフィマが桜根湯と手作りケーキを取り出す。リンはシードルを。
「私に? どうして?」
 顔を輝かせつつ、ルゥダは尋ねる。
「お話をしに」
 セラフィマとリンは声を合わせて答えた。

 リンのシードルはあっという間に空になった。セラフィマがワインとベルモットを出す。ワインを舌先で舐め、ルゥダはうっとりと呟く。
「素敵な夜。こんな可愛い方たちと時間を過ごせるなんて」
「他の精霊さんたちとは一緒に過ごされませんの?」
 セラフィマが言うと、ルゥダは肩をすくめた。
「前の場所ではヴィーザが私の親友だった。彼女が来てくれれば私も嬉しいのに」
「どうしてヴィーザは来なかったのです?」
 リンが尋ねる。
「来るわけがない。あの破廉恥男が居る限り。あんな奴、どこかに行ってしまえば良いのだ」
「ロランさんのこと?」
 セラフィマの声にルゥダはぶるっと身を震わせる。
「おお、嫌だ。その名を聞くだけでも悪寒が走る」
「それはまたどうして」
 と、リン。ルゥダは彼女に目を向ける。酔っている様に見えなくもない。
「どうしてなどという質問は愚かよ。あいつは誰かれ構わずキスをする。ヴィーザもそれが嫌だった。額に頬に首筋に腕に胸に‥」
「ええっとぅっ!」
 セラフィマが慌てて声をあげる。ちょっとまずい。サクには刺激が強すぎる。サクはきょとんとしているだけだったが。
「そ、それが嫌で、その、ロランさんと喧嘩を?」
 ルゥダはワインをくいっと飲み干す。
「近づいて欲しくないのだ。べたべた、べたべた、うっとうしい」
「ロランは悪い子じゃないよ。やること大袈裟だけど」
 サクが口を開いた。
「大好きだからキスするんだよ。おばあちゃんもキスしてくれたよ。お兄ちゃんも僕がきれいな石を見つけたら、すごいねってキスしてくれたよ。僕もククにしたよ。お母さんも‥」
 サクはふと言葉を切る。
「お母さんも‥キスしてくれたよ‥。大好きだよって言ってもらえて‥いいじゃない‥してもらいたくったって、できないことも‥」
 最後のほうは涙声になっていた。
「サク‥」
 泣き出したサクをリンが抱き締める。セラフィマが頭を撫でてやった。ルゥダは酔いが覚めてしまったような顔でそれを見つめる。やがてふうと息を吐く。
「参ったね」
 ふいに彼女が立ち上がったので、3人はびっくりして顔をあげた。
「知っている。あいつらはこの世を滅ぼそうとしているのだろう?」
 ルゥダはそう言い、すっと歩き出す。その先に、シャルロットと双樹、ガブリルが連れてきたロランがいた。ルゥダは片手を腰に当て、ロランに向かって笑みを浮かべる。
「戦場でキスは禁止。おまえはそれを守らねばならない。でなければ、ヴィーザが槍でおまえを射抜くよ」
 ロランは笑って大袈裟に礼をしてみせた。サクが泣くことを彼も望まない。ルゥダは皆を見回した。
「ヴィーザと二ヴィーに声をかけよう。出陣だ」
 そして彼女はサクに近づき、その小さな頬にキスをした。
「サク、おまえが大好き。素晴らしい人たちに囲まれているおまえのことが」
 サクは再び泣き出し、ルゥダに抱きついた。


 ルゥダとリンの歌声が響く。ロランは美麗な男の姿ではなく、元の姿に戻って夜空を飛び回った。2人の声が静かな眠りを運んでくる。セラフィマは双樹の膝に頭をもたせかけて寝息を立てるサクを見て笑みを浮かべた。
「ルームの教育などをする貴族はおまえが初めてかもしれんぞ?」
 シャルロットが言うと、ガブリルは苦笑した。
「戦いは苦手だけど、それなら何とかなりますよ。たぶん」

 翌朝、一行はストウから乾餅と精霊達の和解を感謝され、シャドウドラゴンが残したという黒い鱗の欠片のついたペンダントとソルフの実を渡された。サクは必ずまた戻るからと言い、冒険者達と共に再び旅立つ。
 後日、ガブリル・バーリンの救出を知ったバーリン子爵からも僅かながらの謝礼金が冒険者達に届けられた。