【北の戦場】銀長星血戦/戦姫と共に

■ショートシナリオ


担当:西尾厚哉

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:05月17日〜05月22日

リプレイ公開日:2009年05月26日

●オープニング

――ブラン鉱脈跡の山地で不穏な動きが見受けられる。

 その知らせがブルメル城に届いたのは、精霊たちの支援を得るためにブルメル城を出発したガブリル・バーリンとエルフの少年サクの消息が断たれたことが分かった4日後だった。
 北の大地は既にあっという間に戦場と化した。キエフが危ない。数多くの戦士、兵、冒険者たちが各所に飛び、既に避難誘導、支援活動、戦闘、偵察を行っている。
 ブラン鉱脈のあった山地は一ヶ月ほど前から悪魔たちが拠点を張っている。
 奴らからのブルメルへの直接侵攻を阻止すべく、協力をかって出てくれたのはシャドウドラゴン2体だ。竜は城と山の間に立ちはだかり、悪魔どもが少しでも城に近づこうとしようものならすさまじい殺気と共に追い払う構えを見せている。そのため今まではこちらへの進軍はなかった。
 が、しかし。
 季節は春になり、山の東方にあるドニエプル河を北上し、奴らは進軍を開始しようとしている。
 危険を顧みず偵察を行ってくれた冒険者たちが得た情報はブルメル側にとっても一番怖れていたことだった。雪が融けない前ならば、わざわざ大きく迂回をしてまで河沿いをキエフに向かい北上することなど奴らも考えることはあるまい、という思いがあった。
 しかし、今はもう違う。各地での侵攻に合わせ、ついに動きを開始したか。
「神聖騎士団は」
 指揮官のレオンス・ボウネルの声に、直下のアイザック・ベルマンが答える。
「間もなく到着です。数、500と聞いています」
「200は城の防衛に。残り300で奴らの進路を断ちに行く」
 そう言い放ったレオンスの視線と、ガルシン城から兵500を率いてブルメル支援のため逗留している、アルトス・フォミンの視線がぶつかる。
「さあ、行きましょうか」
 レオンスが口を開く前にアルトスは言った。
「こちらの兵も500。半数を城に残そう。ブルメルの兵、神聖騎士団と合わせ950の兵がいれば城の守りは手薄にはならないだろう。我らは550で河の奴らの足止めを」
「アルトス、サクが戻って来るまでは‥」
 言いかけるレオンスを無視し、アルトスはベルマンに目を向ける。
「私の部下、250名をお願いします。彼らは必要あればブルメルのために命をも差し出すだろう」
 ベルマンは返答に戸惑い、思わずレオンスの顔を見る。背を向けようとするアルトスの腕を彼は急いで掴んだ。
「アルトス、おまえはここで待て。おまえにもし何かあったら‥」
「大丈夫」
 アルトスはレオンスの手を払い退け、振り向いてにこりと笑みを浮かべた。
「冒険者たちがサクの救助に向かってくれた。私には分かる。あいつは必ず精霊たちの協力を得る。河の異変は同行してくださっているガブリル・バーリンのお父上、バーリン子爵にも伝わっているだろう。何よりもレオンス、君と私という2人の優秀な指揮官が向かい、奴らを阻止できぬはずがない」
 レオンスは口を噤んだ。確かにバーリン子爵側にも各地の異変は伝わっているだろう。山を見張っているワーウルフたちはもっと早くに異変を感じ取っているかもしれない。
 その時、兵のひとりが走り寄ってきた。
「早馬が来ました! バーリン子爵からです。精霊が動きました。シャドウドラゴンの加勢とガルシン領から来る精霊が! 既に向かっているとのこと!」
「ガルシン領から?」
 主君の地から来る精霊と聞いて、アルトスが小さく目を見開いた。察するに、サクの村ストウがガルシン領にいた時に知り合った精霊か。
「主君にギルドへの依頼をお願いする」
 レオンスは言った。
「冒険者方は我々よりも早く状況を把握しておられる。戦地の指南を」
 アルトスは頷き、出発の準備を行うため背を向けた。

【戦況詳細】
 ●デビル軍陣地は、キエフより約40km南に位置するブラン鉱脈跡があった山地。
 ●敵の数は不明、しかし相当数ということが数々の調査から報告されている。中〜下級とりまぜて軍団として構成されている様子。
 ●彼らの目的は、キエフ侵攻の直線上にあるブルメル城撃破であったが、シャドウドラゴン2体に行く手を阻まれ、迂回をして山地東を流れるドニエプル河を北上し、キエフへの進軍を開始する様子。但し、全軍迂回ではなく一部迂回と思われる。一部は残り、継続してブルメル侵攻を狙うと考えられる。(キエフへは本来こちらからのほうが近いため)
 ●雪解けを迎え、ドニエプル河の水量は若干増えています。決壊などされると下流のブルメル領地が危険。
 ●敵の総指揮者は「アガレス」という名のデビルであること、また、大規模な地震を起こす能力があるようだ、ということが過去の戦闘で明らかになっている。黒い鷹のような羽を持つデビルを見た、という報告もある。それ以外は不明。
 ●精霊が加勢に向かいます。何が来るかは不明。また、いつ到着するかも不明。
 ●味方の軍は総勢550。レオンス・ボウネル率いる神聖騎士(黒)300、アルトス・フォミン率いる兵士250。アルトスの兵は基本的に直接攻撃型兵士である。

 補足
 ●関係シナリオは「闇の子供たち」「冥王の光」「銀長星血戦」とタイトルにあるシナリオです。上記以外の情報で更に情報を得たいという方はお読みいただくといいですが、情報がなくても成否には影響しません。

●今回の参加者

 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7465 シャルロット・スパイラル(34歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea9285 ミュール・マードリック(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2554 セラフィマ・レオーノフ(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb4667 アンリ・フィルス(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb5868 ヴェニー・ブリッド(33歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec0195 アルバート・レオン(39歳・♂・ナイト・人間・イスパニア王国)
 ec0205 アン・シュヴァリエ(28歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec3237 馬 若飛(34歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec3565 リリス・シャイターン(34歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

キサラ・ブレンファード(ea5796)/ ニセ・アンリィ(eb5734)/ 九烏 飛鳥(ec3984

●リプレイ本文

 レオンス部隊とアルトス部隊は既に到着していた。
 ミュール・マードリック(ea9285)がスクロールを広げ、「アガレス」を鍵にフォーノリッヂを発動。数秒後、彼の顔に浮かんだ僅かな変化に双海一刃(ea3947)は気づく。何が見えた? と目で尋ねる双海にミュールは躊躇する。光る白い刃、黒い翼、残忍な瞳。そう、それだけならば伝えても良かった。しかし、一瞬見えた血に濡れた黒髪は明らかに仲間のもの。黒髪は双海、アルバート・レオン(ec0195)、アン・シュヴァリエ(ec0205)。あれがアガレスならば、誰かが奴と接触することになる。
「情報があるなら知っておいたほうが良いことも」
 ヴェニー・ブリッド(eb5868)がたおやかな笑みを浮かべて言う。ミュールは頷き、見たことを伝えた。
「姿を見せればそれこそこちらの思うつぼ」
 アルバートが答える。騎士然とした彼が言うとそれが言葉だけではないと思わせる。アンも笑みを見せる。
「ここは守って見せるわ」
 同じく心配いらないというように双海はミュールの肩を叩く。
「行こう」
 彼の言葉にミュールは彼と共に地上からの偵察へ。アガレスはここに来る。その可能性が濃厚になったことは確かだ。

 2人が偵察に向かっている間、アルバートとヴェニーは周辺の地形やここから分かる敵の動向を探りに向かった。
「偵察隊の情報にもよるが‥できるだけ敵を引きつけ陸戦に持ち込もうと考えている」
 シャルロット・スパイラル(ea7465)がレオンス、アルトスに言う。
「‥が、決壊を防ぐ手立てが思いつかん」
 それを聞いてレオンスが口を開く。
「河の決壊は奴らにとっても進軍の邪魔であるはずだ。となればその行動に出るのは最後の手段であると私は思っているが‥」
 アルトスがそれに続く。
「そんな暇も与えず叩こう。私の部隊は前線に」
「こちらの兵100も出す。残りは別の場所で私が指揮を」
 レオンスは答えた。
「ご挨拶に稲妻を打ち込んでやるよ」
 リリス・シャイターン(ec3565)が不敵に笑みを浮かべる。攻撃能力の高いアンリ・フィルス(eb4667)と馬若飛(ec3237)、アルバートの急襲、双海、ミュールの戦闘力とシャルロットとヴェニーの魔法攻撃、アン、セラフィマ・レオーノフ(eb2554)の空中攻撃。奴らが突破できるはずがない。はずがないが‥未だ全貌を見せぬアガレスの存在。
「さてどう出るか‥」
 シャルロットが呟いた。


 ミュールと双海は川岸で様子を確かめる。増水は思ったほどではない。透明度もある。つまり豪雨や山崩れなどは起こっていない。双海がふと顔を巡らせる。
「ミュール」
 振り向いたミュールは双海の言わんとすることに気づく。2人は素早く木の陰に身を潜ませた。聞こえる。微かに草と落ち葉を踏む音が。忍犬が小さく唸るが双海はそれを抑える。2人同時に剣を抜き、しばらくして伏せていた双海の目が開く。
「行け!」
 その声と同時に藤丸と萩丸が勢いよく駆け出した。続き2人も犬の後を追う。双海のコム二オンからブラックホーリー、姿を現した敵にミュールがテンペストで一撃。相手がどさりと倒れる。ネルガルだ。双海とミュールに剣を突きつけられ、瀕死の状態でネルガルは呻く。
「愚かな人間ども‥お前たちの考えることなどお見通し」
「どういうことだ」
「知るか。血の喘ぎを堪能して死ぬがいい‥!」
 はっとして2人は飛び退る。ドン! という音と共にファイヤーボムが炸裂。威力が低いため2人は傷を追わなかったが、瀕死であったネルガルは自らの術で雲散した。
 2人は顔を見合わせ、先に向かって進み出した。

 河が決壊した時、最も被害が甚大になる場所が必ずある。それはつまり敵にとっては好都合な場所。アルバートはその場所をある一点に絞り込む。ここから数キロ先の丘と丘の狭間だ。それについては高所からレビテーションのスクロールを使い、更にテレスコープとインフラビジョンを使用したヴェニーも同意した。その場所より先で敵を待ち受ける形とする。
「数が多くてまるで黒い煙よ。ここからは15キロほど先。ほとんどが下級デビルのようだけれど」
 ヴェ二ーは言った。そこへ偵察に出ていた双海とミュールが戻って来る。
「ネルガルが偵察に動いている」
 双海は言った。
「それと蛇を連れたデビル」
 ネルガルを仕留めた後、2人が見たのはうごめく真っ黒なデビルの大軍だった。下級デビルたちの中にアザゼルの巨体も見えた。その中で更に異様な姿を見せていたのが黒い馬に跨り、片手にクサリヘビをまとわりつかせたデビル。苛々とした様子で時々周囲を飛ぶインプを殴り飛ばしていたので目立ったのだ。
「ヴィヌ」
 レオンスが言う。
「城の蔵書庫で読んだ。過去見で精神的な揺さぶりをかけ、嵐を呼び川の水量を操る」
「川は若干だが水が増えているのは確かだ」
 ミュールは答えたが、考え込むように目を伏せる。倒したネルガルが言った言葉が気になる。
『お前たちの考えることなどお見通し』
 だからヴィヌを動かすのか? 手の内を見せているのはどちらだろう。妙だ。
「夜の間に配置についておいたほうが良かろう。先導いたす」
 アンリの提案にレオンスとアルトスは頷いた。ヴェニーと若飛も先導を担う。さほど足元を気にすることもなく1時間半後全ての人員が予定通り配置についた。アンリ、双海、ミュールで交互に夜間の歩哨に立つ。不気味なほど静かな夜が過ぎ、そして空が白み始めた。


 アンはインタプリティングリングで指示をすると先に鷲のカリンを空に放つ。その後、天馬のキルヒと共に空へ。セラフィマも結界を張り月龍のルゥナーと共に空に上がる。アンリはヘルメスの杖、信仰の耳飾りを装備。その後、オーラの効果を自らに付与しミュールと共に最前線へ。ミュールは水竜の月影を術者の護衛に残した。ヴェ二ーはホークウィングで雨雲を召還する。アルバートは神聖騎士を連れて少し高い場所に移動。双海は決壊の際は犬で知らせると両指揮官に伝え、神聖騎士より魔法防御を受けて若飛、リリスと共に術者たちの守備へ。静寂が徐々に緊張を帯びてくる。
 カリンが高く啼く。敵が近いのだ。アンはセラフィマを振り向く。頷くセラフィマ。アンは結界を張り先に進む月龍に続く。最初のインプの群れが突撃してきたのは5分もしないうちだった。2人は剣を引き抜き、戦う素振りを見せながら後退するようにゆっくりと旋回する。
 彼女たちが誘う黒い霞の一軍をヴェ二ーが確認した。シャルロットは十数体の灰の分身を作り、更にリオートを召還。それを合図に近づいたセラフィマとアンが魔法射程外に出る。ヴェ二ーの手から稲妻が飛ぶ。ホークウィングの力によって扇状に広がった雷光は次々とデビルを跳ね飛ばす。更にシャルロットとリオートの火球。リリスも稲妻を飛ばす。それをすり抜けた奴には若飛が破魔弓を構え、双海がブラックホーリーと直接攻撃。最前線では既に乱闘が始まっている。アンリとミュール、アルトス部隊が次々に倒す。そちらに意識が向いたデビル達を、アルバートが神聖騎士達と共に丘を駆け下り雄叫びをあげ更にかく乱させた。
 ――ザァァァァッ‥!
 水上にインプの一軍が動いた。セラフィマがルゥナーで向かう。リリスも天馬のアリスに飛び乗り雄叫びをあげる。チャージングの一撃。すかさず次の敵へ。燃え尽きるまで敵を叩き落とすしかない‥!
 アンリが視界をよぎる黒い馬の影を見た。目前の敵に剣を構えつつ影を視界の隅で探す。ミュールが抜いた冥王剣にヴィヌの目が興味深げに細められた。
「ほう、冥王剣。異端のお前には荷が重かろう。それともかつてお前を罵り嘲った者どもへの復讐をなすか?」
 ミュールは微かに笑みを浮かべる。オーラを纏う彼に奴の言葉は通用しない。
「地獄へ帰れ」
 そう言って剣を振り上げた途端、ヴィヌの姿は消えた。
「どこへ消えた」
 アザゼルを倒したアンリが顔を巡らせる。ミュールは唇を噛む。河に目を向けるが水位は変わらない。奴はなぜ姿を見せた? 2人は同時に疑問を頭に浮かべるが、周囲を取り巻く敵に再び意識を集中させるしかなかった。


 5時間後。双海はクルードを葬り水上に目を向ける。リリスとセラフィマの表情が微かに歪んでいる。地上の兵達にも激しい疲労が見える。もしここでヴィヌが河を決壊させると逃げ遅れる者も多く出るだろう。
「やれ‥本当に劣勢かね」
 シャルロットがゆらりとしかけて踏みとどまり呟いた。ヴェ二ーの表情も険しい。河上のリリスの体がインプに激突されアリスから滑り落ちそうになったその時。
 ――ゴゥゥゥゥ‥ッ!
 強い風が吹いたかと思うと激しく光る稲妻の筋が走り、水上のデビルを次々に串刺しにするのをリリスは見た。デビル達が怯む。
「お待たせしました」
 銀の鎧のヴァルキューレのヴィーザが稲妻の槍を頭上で受け、空でにこりと笑った。片手に握る手綱の先にいるのはケルピーだ。
「良いところを持っていきおって」
 シャルロットが笑みを返す。ヴィーザはくくくと笑う。
「いいえ、良いところはこれから。さて、二ヴィーの手綱を操りたい方はどなた? 水上歩行が使えます。忍者さん、どう?」
 差し出され双海は頷く。ケルピーならリリス達の加勢をしに行ける。双海を見送ってヴィーザは周囲に顔を巡らせた。
「お疲れのご様子。では‥」
 艶やかに兵達の頭上に飛ぶヴィーザ。そして
「しっかりせんかい、ワレ! こんなんで負けとってどないすんじゃ! 死にたいんか、コルァ! しっかり戦え!」
 シャルロットが凍りつき、若飛が思わず槍を構える手を止めた。
「威勢の良い精霊でござるな」
 アンリがにやりと笑い、ミュールが苦笑する。
「でも、元気が出たことは確かよね」
 アンが倒れた兵を助け起こし言った。しかし魔の気配は濃くなった。再びキルヒに飛び乗ろうとしたアンは背後の気配にはっとしたが、がきりという衝撃を受けて地面に転がった。大きな足が喉元を踏みつける。彼女は顔を歪めながら黒い翼が視界一杯に広がるのを見た。
「乙女の騎士か」
 低い声。アガレス? 抗おうにも苦しくて声も出ない。キルヒが主を救おうと嘶き飛び掛るが重力波で弾き返された。波は遠くに延び無数の兵が撥ね飛ぶ。
「戦姫よ、動くな」
 アガレスは剣を抜きアンの額に突きつけヴィーザの動きを抑え込む。
「アンが‥!」
 遠くでそれを見てとったヴェ二ーが叫ぶ。次いで彼女はデビル達が進軍方向を変えて二手に分かれるのを見る。アンの近くにいるのはアンリとミュール。助けに向かおうとする2人の前に再びヴィヌが立ちはだかる。
「ここは拙者が!」
 アンリの声にミュールは冥王剣を抜き頷く。レジストゴッド、オーラマックスを付与。分岐したデビル軍にアルバートが向かったのを確認したヴェ二ーはミュールを援護すべくヘブンリィライトニングを発動する。しかし無効化された。それも計算のうち。閃光が飛び散った次の瞬間、ミュールの攻撃がアガレスに飛ぶ。
 ――ガキッ‥!
 アガレスはにやりと笑う。冥王剣は彼の盾によって阻まれていた。
「なるほど聞きしに勝る剣。しかし同じブランで作られたものには互角」
 手に伝わる衝撃に顔を歪めるミュール。ブランで作っただと?
 びりびりと広がっていく緊張を味方全員が感じ取る。森が動いた。プラントコントロールだ。手足をとられる兵に更に重力波が加わる。
「次の攻撃前に乙女の頭を砕くぞ。それともその剣をこちらに渡すか」
 アンは顔を歪める。自分がここから逃れなければ皆が動けない。どうすれば‥!
 その時、ふいにアガレスの体が揺らいだ。今だ! アンは必死になって彼の足から逃れる。駆けつけたアンリが急いで彼女を庇った。ミュールの攻撃。それはむなしく空を切った。身を翻したアガレスはあっという間に地中に潜り、代わりに無数の下級デビルが押し寄せる。しかし様子がおかしい。
「何か‥聞こえる」
 ヴェ二ーが呟いた。風に乗り声が聞こえる。微かだった声はやがて無数の声となりあちこちに木霊し響く。デビル達がぎぃぎぃと苦しむような表情を浮かべた。
「ルゥダ達が歌い始めたようね」
 ヴィーザは槍を持ち上げる。シャドウドラゴンの守り地で祈りと歌が始まった。強き願いが風に乗りここまで届いたのだ。
「ヴィヌは」
 ミュールが尋ねるとアンリは首を振った。
「重傷を負わせたが逃げた。あやつら元から川の決壊は目くらましであったのではないか」
「最後の一瞬だけ思考が読めたわ」
 アンが喉元を抑えながら言った。
「アガレスは冥王剣が見たかったみたい。それと半分は興味よ。あいつは冒険者に遭遇したことがない」
 そしてブランの残りを探し出し、盾を作ったと? 黒い翼、黒い鎧と盾、対照的に真っ白な顔、残忍な瞳。使うのは地魔法。奴の能力はおそらくそれだけではあるまい。何にしても今は奴らが祈りの歌に怖気づいている間に押し戻すしかない。
「行くわ」
 アンは気丈にキルヒに飛び乗った。
「ありがとう。オーラマックスの効果が切れたら呼んで」
 彼女はそう言い飛び立った。


 明らかにデビル達の勢いが失せた。兵と共に敵の中を走り抜くアンリ、ミュール、アルバート。光るヴィーザの稲妻の槍、その横を飛ぶ若飛の槍に彼女は嬉しそうな笑みを浮かべる。ヴェ二ーの雷光、シャルロットとリオートの火球、アン、リリス、セラフィマの空中攻撃、水上の双海の剣。アルバートが振り下ろした剣の先で消えたネルガルを最後に静寂が訪れた。
「死者は」
 レオンスが息をきらして剣を振る。アルトスが同様に荒い息で答える。
「死者なし。負傷者百数十名。いずれも命に別状はない」
 よろめきかける彼を双海が慌てて支える。
「こんな戦場‥以前の比ではない‥」
「戦いはこれからですわよ」
 ヴィーザが兜を脱ぎ、長い髪を振って言った。
「でも、戦士にしばし休息を。大丈夫。ここはあたくしと二ヴィーが続き守りを」
「では」
 シャルロットがぽふんと彼女の頭に柔らかいものを乗せる。ねこさんキャップだ。
「リオートには小さ過ぎてな。守りを続ける協力者に感謝の意を」
 ヴィーザはキャップを取り、目を丸くして見つめたのちそれを抱き締める。
「くれるのん? うっそぉ! めっちゃ嬉しいぃ!」
「‥‥」
 どうしてこの精霊は気分が高揚すると変な言葉になるのだろう。セラフィマが笑ってブラゴットの栓を抜いた。
「皆さん、一口ずつ飲んで戻りましょう。今日の勝利と次なる戦いのために」

 ドニエプル河は何もなかったかのように水を湛え、夕日を映していた。
 ブランを使ったという盾。奴らが山を欲しがった理由はこれだったのだろうか。河への北上、ブルメル城を踏み倒す進路も閉ざされた奴らだが、これで諦めるとは思えない。
「だが、今度は先手を」
 レオンスが夕日を睨みつけて言う。銀の星のように輝くブランの山地を舞台とした戦いは戦士達の束の間の休息のあと、最後の血戦となる。