【北の戦場】銀長星血戦/祈りと共に

■ショートシナリオ


担当:西尾厚哉

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月18日〜05月23日

リプレイ公開日:2009年05月26日

●オープニング

「ブルメル伯爵、教会の‥ヴァレンティン・モル司祭がお話をと」
 兵の声にブルメル伯爵と、横にいた伯爵夫人が顔を見合わせる。真っ先に頭に浮かんだのは、何か粗相があったのだろうか、ということだった。神聖騎士団の依頼をし、それについては丁重に御礼申し上げたはず。それなのに、なぜだろう‥。それでも伯爵夫人は頷いた。
「分かりました。参ります」
 司祭がわざわざ出向いてくれているのに、会わないわけにはいかない。

 ヴァレンティン・モルは部屋には入らず、中庭で兵が崩れた城の復旧工事に勤しむさまを眺めていた。彼の姿を見て気弱なブルメル伯爵が怖気づくが、夫人が「大丈夫、わたくしがお話しますから」と勇気づけ、夫の腕を掴んだ。
「モル司祭、わざわざお越しいただき恐縮です」
 伯爵夫人が丁重に挨拶をする。
「此度は優秀な騎士団を感謝しております」
「山の様子が怪しいと聞いたが‥もう出発しましたか」
 穏やかな表情でモルがいう問う。
「はい。さきほど」
 司祭は頷いた。そして再び顔を動き回る兵に向ける。
「だいぶん、復旧したご様子」
「ええ。完全にというのは無理ですけれど、何とか次の攻撃に堪えうるだけの砦をとは考えております」
「次なる攻撃など仕掛けられてはなりませんな‥」
 呟く司祭の言葉に、伯爵夫人は目を細める。伯爵は不安そうにふたりを見つめるばかりだ。そんな2人を彼は再び穏やかな表情で見た。
「この城の東側は前の攻撃で被害が少なく済んでいます。なぜだかお分かりですか」
 夫人と伯爵は顔を見合わせる。
「城の東には司祭様のおられる教会が。恐らくそのためではないかとわたくしは思っておりました。助けてくださった冒険者の方もそう仰っていましたし‥」
「教会がただそこにあるだけでは悪魔どもの制圧には至りませんよ。離れているとなればなおのこと、存在するだけで直接影響など及ぼせません」
 モル司祭は笑った。
「威力があるかどうかは分からなかったのですが‥私たちは平和への祈りの歌を全員で歌っていたのです。何度も何度も」
「歌‥?」
 呆然として夫人は司祭を見つめる。
「声はもちろん聞こえてなどおられなかったでしょう。でも、人の声は威力を持つ。願いを込めた祈りの歌はきっと。そして1人より2人、2人より3人、そして更に数多くの声ならば力はきっと大きくなる」
「ええ‥そうかもしれません」
 夫人は司祭が何を言わんとするか察しきれず、戸惑いながら彼を見つめる。
「ドニエプル河を北上せんとする悪魔たちは賢なる戦士たちが向かわれた。しかし悪魔どもは決してこちらへの侵攻を諦めてはいまい。河沿いを北上するよりはこちらのほうがキエフに近いのです。ならば、動き出す前に先に手立てを」
「司祭様‥」
 夫人はとうとう声をあげた。
「わたくしには分かりませぬ。何をすれば良いと仰るのです?」
「歌を」
「歌?」
「そして結界を。あれから時間をかけて祈りを捧げ、祈りを込めた紐に村人たちがたくさんの祈りの結び目をつくりました。その紐を使い、ブルメル城前に結界を。シャドウドラゴンがいてくれているあの場所にです。結界を作り、祈りの歌を響かせましょう。教会からも修行中のものが向かいます。もちろん私も。力仕事には限界があるゆえ、ギルドに依頼をします」
「村人たちが‥祈りの結び目を‥」
 掠れた声で夫人は呟き、その目から涙をこぼした。その後ろで伯爵のほうは既に号泣状態だ。
「避難を願うだけで‥城からは何もできなかったというのに‥」
「結び目を作ることは各地で行われているようで、それを教会の者が耳にして呼びかけをしたようです。それに、作ってくれたのはブルメルの領地の民だけではありませんよ」
 司祭は言った。
「バーリン子爵の領地からも」
 伯爵がううっと嗚咽を漏らす。その様子に気づいて兵たちが手を止めてこちらを見た。2人を見つめ、モル司祭は言葉を続ける。
「歌と祈りの結界だけではもちろん万全とは言えないでしょう。しかし、もし河の侵攻を押さえられ、こちら側への侵攻もままならぬとしたら、敵は山に篭もるしかなくなります。その時こそ、こちらが優位に立てるとも言えます」
「なぜです? 山にいるだけでわたくしたちは手出しができなかったのですよ」
 夫人の声にモル司祭は笑みを浮かべた。
「アガレス自らが目立つ動きをする可能性があるからです。これまでと今では状況が違う。各地で聞く悪魔の侵攻はそうしろと命令している上位の悪魔がいるはずだからです。アガレスもその命を受け動いている。つまり、奴にとっても今ここで戦功を収められないということは、大きな失点となる。必ず焦りを感じて動くはず。奴の明確な姿なり居場所が分かれば、今度はこちらがそこを突けば良い」
 そんなにうまくいくのだろうか。不安げな表情の伯爵夫人の手を勇気づけるように司祭は握った。
「村人たちが皆で歌を歌う。風に乗り、もしかしたら声が聞こえるかもしれません。その時には城でも願いを込めた歌を。バーリン子爵の地でもあちらの教会で祈りが捧げられる。今戦いを行っている河の防衛へも歌が影響を及ぼすかもしれません。大丈夫。必ず我らはこの地を守ることができる。そう信じるのです」
 ブルメル伯爵夫人は夫の顔を見た。ブルメル伯爵が口を震わせながら頷く。それを見て夫人も頷いた。

●今回の参加者

 ea6320 リュシエンヌ・アルビレオ(38歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb3308 レイズ・ニヴァルージュ(16歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec0193 エミリア・メルサール(38歳・♀・ビショップ・人間・イギリス王国)
 ec0886 クルト・ベッケンバウアー(29歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec4924 エレェナ・ヴルーベリ(26歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ec5023 ヴィタリー・チャイカ(36歳・♂・クレリック・人間・ロシア王国)
 ec6536 シルル・シェーナ(17歳・♀・神聖騎士・シフール・イギリス王国)

●サポート参加者

シェアト・レフロージュ(ea3869

●リプレイ本文

「これはこれはご苦労をして来られた」
 モル司祭はクルト・ベッケンバウアー(ec0886)を見て言った。クルトは荷物が多すぎて身動きならなかったところを、たまたまギルドからブルメル方面へ向かう荷馬車に乗せてもらうことができ、何とか城まで辿り着いたのだ。
「申し訳ありません‥」
 クルトは顔を真っ赤にしたが、その肩をブルメル伯爵夫人が優しく抱く。
「いいえ。来ていただけて光栄ですわ」
「丁度良い。貴方がお持ちの木材をお譲りいただけるかな」
 モル司祭は言った。そして彼の手に聖なる釘と聖なるパンを乗せる。
「我々が欲しいのは資材。そして貴方にとって役に立つのはこれかもしれぬ。まあ、皆さまにお渡しするものではありますが。さあ、行きますぞ」
 促され、クルトと共にブルメル城から多くの祈りの紐を乗せた馬車が出発した。

 シャドウドラゴンのいる地では既に皆が集まっていた。到着した荷馬車から全員で荷を降ろし、紐を結ぶ柵の準備をする。柵の資材はクルトが持っていた木材だ。クルトは荷を運んでもらった恩に報いるためにも馬車から降りて真っ先に周囲を確認し、万が一敵の襲撃があったらどう立ち向かうのか、その時に柵がどのようにあれば良いのかを考察し、皆に伝える。彼の提案に基づき、足らない木材は鳳双樹(eb8121)の連れたキムンカムイが枝を手折り、エミリア・メルサール(ec0193)の馬ハーモニィとヴィタリー・チャイカ(ec5023)のデストリア、二ールが纏めて運んだ。組んだ柵にリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)、エレェナ・ヴルーベリ(ec4924)、教会の僧侶たちが紐をつけ始める。風精のスズナ、アースソウル、水妖のリュドミーラ、月精霊のマリアも見よう見真似で紐を持つ。ヴィタリーは紐の端にそっと自分も結び目を作る。それを見た他の冒険者や僧侶たちもひとつずつ結び目を足した。
 少し離れた場所ではシャドウドラゴンがゆったりと寄り添っている。
「竜よ、元気になったんだな。奥方も。良かった」
 ヴィタリーが声をかけると竜は低い唸りをあげた。
『ヴィタリー・チャイカ、オマエノオカゲダ。アリガトウ』
 声がヴィタリーに届く。
「俺の力だけじゃないよ。みんなの力だ。今回も皆で祈りを届けるよ」
――ヴォォォォ‥
 竜は賛同するように声をあげた。その声を聞きながらレイズ・ニヴァルージュ(eb3308)の友人、シェアト・レフロージュ(ea3869)とリュシエンヌ、エレェナが発声練習の手ほどきを始める。
「歌うコツは楽しむことが一番」
 とシェアト。
「でも、音程とか‥外れないかちょっと心配」
 双樹が顔を赤くして呟いた。
「大丈夫よ」
 リュシエンヌがにっこり笑い、指を空に向ける。
「見て。ほら、あの雲に声が届くように声を出すの」
 少しためらったのち、双樹は大きく息を吸い込むと彼女の指に誘われるように声を出した。
「素敵よ」
 エレェナがにっこり笑う。顔をほころばせる双樹。その様子を見てあまり歌に自信のない修行僧達も一緒に指導を受けたいと集まってきた。その後ろからさりげなく近づくルームのミカヤの毛をヴィタリーはすかさずむんずと掴む。
「女性陣に迷惑をかけるな。でないと耳元で鍋をガンガン叩いてやるからな」
 小声で言い聞かせるヴィタリー。
「しません、そんなことは」
 ぽん、と男の姿になりミカヤは答える。いつものごとく息を呑むほどの美男子だ。じゃあ、なんでそんな姿に変身するわけ? とヴィタリーは思うが今のところ黙って様子を見る。
 歌の練習は夕刻近くまで続いた。
「あまり根を詰めすぎると喉に負担をかけてしまうから今日はこのへんで」
 リュシエンヌが言った。あとは日が暮れてしまわないうちに紐を柵につける。
「僕、ごはん作ります」
 レイズの声に家事ができるヴィタリーも同意する。
「俺も手伝うよ」
 一部の僧侶たちが夕べの歌を歌い始めた。リュシエンヌとエレェナはそちらに向かう。エミリアと双樹、クルトは他の僧侶達と共に再び紐の取り付けに。うっすらと月の明かりが見え始めた頃、シェアトがムーンフィールドを張り、仕事を終えて戻っていった。
「思いの篭もった結び目ですね」
 エミリアは紐を見つめて言った。近くにいた双樹が顔を向ける。
「わたくしは慈愛の神セーラに仕える身、この地で任務につけるものかどうかしばし悩んだのです」
 双樹は笑みを浮かべた。
「あたしの生まれはジャパンよ。でも、歌いたいの。平和への願いはみんな同じ」
 エミリアは目を潤ませて紐を見つめる双樹をじっと見つめた。双樹は顔をあげそして2人で笑みを交わす。そこへ‥
「姫、何を泣いておられる」
 どこかで聞いたような声。振り向いた双樹は両腕をがしりと掴まれた。
「相変わらず美しい‥またお会いできるとは何たる光栄」
 輝く美麗な顔がそこにあった。
「こらあっ! ミカヤっ!」
 ヴィタリーの声が飛ぶ。
「ミカヤではない。私はロランだ」
 むっとして顔を向けたロランは近くにいる男に気づく。
「お」
「お」
「同属」
 双樹は思わず苦笑する。ルームの美意識は似ているのだろうか。ヴィタリーの連れたミカヤとロランの人間の姿は並ぶとよく似ていた。
「ええええええ〜〜〜!」
 ヴィタリーが走って来て悲鳴をあげる。
「なんでミカヤが2人いるんだ!」
「ミカヤではない、ロランだ」
「ヴィタリーさん、髪がまっすぐなのがロラン、少し癖があるほうがミカヤです」
 双樹が言った。ロランは前に会ったからよく知っている。
「お前の連れているのもルームか」
 背後で声がしてそこにいた全員が振り向く。アナイン・シーがいた。
「遅くなり申し訳ない。ルゥダです」
 彼女は長い髪をさらりと背に払う。
「丁度良い。この性悪男、見張っていただこう」
 嫌だと思わず言いかけるヴィタリー。一匹でも大変なのに。しかし輝くルゥダの笑みに断れない。
「お願いする」
 歌の集団に向かうルゥダを見送り、ヴィタリーは息を吐く。
「神の慈悲を」
 エミリアが言った。
「神の試練を」
 ヴィタリーは答えた。


 レイズが一生懸命に焼いたクレープと、ヴィタリーの作ったボルシチが配られる。あちこちで円陣を作り、皆が空腹を満たした。ミカヤとロランはちゃっかり女性陣の中に座っている。ヴィタリーは気が気ではない。
「今日はご苦労でした。いかがですかな。声は」
 モル司祭の声にリュシエンヌは顔を寄せてきたロランの横っ面をばきりと殴り飛ばしながらにっこり笑って頷いた。
「大丈夫ですわ。皆とても良い声で。明日は空一杯に響かせますわ」
「ドニエプル河のほうでは戦闘が始まります。いや、もう既に始まっているかもしれません。声が届けばあるいは味方にとって有利になるかも」
「届けます。きっと」
 エレェナが答える。モル司祭は頷き去っていった。
「おや、少し頬が腫れたかしらね。明日までに治しておきなさい」
 ロランを見てリュシエンヌがさらりと言う。
「美しい人なのに‥何と強い拳だ」
 ロランは涙目で呟く。ロランの状態を見て、エレェナに近づこうとしていたミカヤは慌てて座りなおした。
「ええ、たくさんの試練を乗り越えてきていますもの。私にキスがしたければ、もう百年してからおいで」
 おっほっほと高らかに笑うリュシエンヌ。
「素敵だ」
 ルゥダがうっとりと言った。
「なるほど、私も次からそう言おう」
 ロランはそれを聞いてむくれた。
 夕食後、月あかりの下でエレェナが静かに竪琴を爪弾く。その傍にルゥダもやってくる。クルトがじっとエレェナを見つめる。
「約束をしたものね‥クルト」
 エレェナは静かな笑みを浮かべた。
「恋歌だったけど」
 と、クルト。
「そうだね‥でも、それは次の機会にね」
 クルトは頷いた。

月影の 清かに積もる
精霊が 加護の色濃き
麗しき 北の大地で

歌よ祈りよ 大地に溶けよ
ただ愛おしき 数多の命
守護する術の ひとつとなりて

 ルゥダの竪琴と声が重なる。精霊たちが空を舞う。エレェナの声は物静かながらも夜の闇を奮わせる情熱を持って響いた。リュシエンヌの声がそれを更に後押しする。
「気のせいかしら」
 双樹がエミリアに言った。
「祈りの紐が‥光っているように見えるの」
「いいえ。光っています。皆の願いと祈りが‥大地と空に溶け込んで」
 エミリアは答えた。
「神よ。我々は立ち向かう。祈りの声、届け賜え‥」
 モル司祭はそっと呟いた。


 夜が白み始めた頃、僧侶達が朝の祈りと共に歌を開始する。今日は声が枯れるまで歌い続ける。
「ロラン、ミカヤ、おまえたちも歌うんだ」
 ヴィタリーが2人のルームに言い聞かせる。
「もちろんだ」
 2人同時に答える。兄弟じゃないかと思えるほどの同意の仕方だ。
 リュシエンヌが竪琴をピィンと鳴らす。続いてエレェナの竪琴。少し遅れてルゥダ。ヴィタリーとエミリア、レイズが手を胸の前で組む。奏でられた曲は賛美歌だ。リュシエンヌの声と同時に朝日の最初の一筋が丘を照らした。
『さあ、一緒に』
 彼女の表情に促され、双樹とレイズ、クルトも頷いて声を出す。僧侶達の声がそれに続く。
――ヴォオオ‥ン
 シャドウドラゴンが空に顔を向けて声を響かせた。
『おや?』
 歌いながらリュシエンヌが微かに表情を変えた。竜の声以外にどこからか声がする。まるで獣のような。呼応してボルゾイのレフとプラズマフォックスの射干も声をあげる。
「ワーウルフと狼たちだ」
 ルゥダが言った。
「ブルメル城でも‥バーリン領地でも、皆が声を出しているはずです」
 モル司祭が後ろから声をかけた。
 皆の願い。平和への祈り。届け、世界に。

 異変が訪れたのは午後を回った時だった。頭上を影が通り過ぎる。
「アクババ」
 クルトが弓を構える。アクババ以外に10数体のインプ。
『天の輝きまで想いよ 届いて‥』
 双樹は小さく口ずさみながら構えの姿勢に出る。歌いながら戦ってみせる。
「姫、お任せを」
 そう言ったのはロランだ。彼とミカヤはあっという間に人間から元の姿に戻り空に上る。2体でデビル達を包囲し、片っ端から叩き落とす。それを竜がムーンアローで葬った。ものの10分もかからなかっただろう。地上に戻り、再び美麗な男の姿に戻ったロランは得意げに髪をかきあげ、指の先で腕の塵を跳ね飛ばした。ミカヤも「いかがでしょう」というようにヴィタリーの顔をわくわくして見つめる。
「む、う、うむ、よくやった」
 ヴィタリーは小さく咳払いをして答えた。
「残念であるな。主が女性であったならばキスの褒美があったかもしれぬ」
 ロランはミカヤに言い、自分は嬉しそうに双樹に近づく。
「私は姫に‥」
 途端にパン!と衝撃を受け、ロランは目を丸くした。
「あぁら、ごめんなさぁい? 魔力の杖はまだキミには必要なかったわねぇ?」
 おーっほっほっほと笑うリュシエンヌ。ロランは口を歪めてすごすごと退散した。
 しかし、デビルの姿はその時だけではなかった。最初の一陣は単なる偵察であったのかもしれない。
 皆が山に近い丘の上にずらりと並ぶ黒い影を見た。全員が歌いながらも身構える。青白い馬に乗った一体のデビルが斜面を降りてきた。さすがに遠い。ここからではムーンアローも届かない。
「サブナク‥のようだな」
 モル司祭が言った。サブナクはこちらに近づいて来ようとはしなかった。じっと様子をうかがっているようにも見える。
「奴らも祈りの歌は怖いのです。だから近づけない。もしかしたら我らが疲れて来ることを狙っているのかもしれない」
 持久戦。これは相当大変かもしれない。全員が目一杯声をあげている状態で近づけないのだとしたら、ひとりでも欠落すれば攻撃ということか。
「心配するな」
 ルゥダが声をかける。
「決してここを通しはしない。私とロランが命をかけても守り通してみせる」
「覚悟はできています」
 ロランも笑みを浮かべた。初めて口にする彼のまともな言葉だったかもしれない。

 2時間後、睨み合いは続いていた。僧侶のひとりがふらりとしかける。竜が微かに殺気を出し始めた。
 クルトはふと背後に気配を感じ、振り向いた。そして目を丸くする。彼の表情に気づき、他の冒険者達も歌いながら顔を向ける。そして同じように目を見開いた。
 人、人、人‥。村人の姿の者もいれば鎧兜をつけた戦士の姿の者もいる。皆一様に歩きながら歌っていた。
「ルゥダ‥!」
 一頭の馬に乗り、近づいて来た少年がいた。エルフの少年、サクだ。ルゥダとロランは彼の村から来ている。
「どうした、ベルマン。城の守りは」
 モル司祭がサクを乗せて来た戦士を見て驚いたように言った。
「村人達が、僅かな時間で良いからこの場所で歌わせてくれと。どうしてもと聞かないので」
 ブルメルの戦士アイザック・ベルマンは言った。
「ガルシン伯爵が神聖騎士100名を派遣してくださったのです。ブルメルは、フョードル殿が命をかけて守りたかった地。むしろ教会側からの自主的な派兵であったようです。大丈夫。村人達はちゃんと送り届けます」
「そうか‥」
 モル司祭はそれ以上言葉が続かなかった。歌声はもはや天に響き渡るほどの大きさになっていた。
「サクさん」
 双樹が声をかけると、サクは目を潤ませて双樹に駆け寄った。
「双樹さん! 河で皆が戦ってる! アルトスさんも、レオンスさんも!! ぼくの知ってる人達が、戦って‥る‥!」
「分かった。皆で歌を届けよ?」
 双樹はサクを抱き締めた。
「リュシエンヌ」
 呼ばれてリュシエンヌはルゥダに目を向ける。
「お前の体、少し借りるよ。奴らを蹴散らそう」
 次の瞬間、ルゥダの体は空中に消えた。そしてリュシエンヌは自らの声が途方もない威力で周囲に響き渡るのを感じた。
『さあ、歌え』
 頭の中でルゥダの声が聞こえる。リュシエンヌは立ち上がり、空を見上げた。
 祈り、願い、平和を‥!

金の日が沈むよ 今日も一日が終わる
最後の一吹きのように 風が通り過ぎれば
ざわめきの後 森も山も眠る
泉のせせらぎが 子守唄を歌う
炎のぬくもりに包まれて おやすみなさい
銀の月が空にかかる 夢を見守りながら

 風が吹く。それはまるで今まさに戦う戦士達のもとへ人々の歌を送り届けるかのように走っていった。
――ヴォォォォ‥ン!
 竜が声をあげる。
 サブナクが、ゆっくりと背を向け丘を登って行くのが見えた。そしてデビル達はいなくなった。


「何と美しく、祈りの紐が光っていること」
 ルゥダが言った。
「心配ない。声は届いただろう。歌の威力を吸い込んで、地も祈紐も輝いている。私とロランは引き続きここで竜と共に歌い続けるから、皆さま戻ってお休みになられるが良い」
「月の精霊よ、感謝する」
 モル司祭の言葉にルゥダはひざまづいて頭を垂れた。
「お任せを」
 ルゥダは別れ際に「ストウの村から」と言って四葉のクローバーをひとつずつ冒険者達に渡した。
 祈りよ、届け。
 全ての人に平和と平穏をもたらさんことを。
 心の中で願いつつ、冒険者達はこの地をあとにしたのだった。